乳がんの「乳房再建(自家組織)」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者坂東裕子(ばんどう・ひろこ)先生
筑波大学医学医療系 乳腺内分泌外科学分野 准教授
1972年東京都生まれ。96年筑波大学医学専門学群卒。96年都立駒込病院臨床研修医、2001年都立駒込病院非常勤医師を経て02年ドイツ生科学研究所(GBF)客員研究員となる。04年東京医科歯科大学大学院博士課程修了。都立駒込病院外科医員を勤めたのち、05年筑波大学医学医療系講師を経て、12年より現職。日本外科学会専門医、日本乳癌学会専門医。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

腹部や背中の組織を用いた再建法

 患者さん自身の腹部や背中の組織を移植して、乳房のふくらみを作る方法です。
 人工乳房に対して違和感をもつ人に適しています。

腹部などに大きな傷はつくがより自然な乳房ができる

 乳房再建には、人工乳房(以下インプラント)を入れる方法のほかに、自分自身のおなかや背中の組織(自家組織)を移植する再建術があります。
 こうした自家組織移植による乳房再建が選択肢となる患者さんの条件とは、次のようなものです。

●体のなかにシリコンなどの人工物を入れておくことに抵抗を覚える
●放射線療法によって皮膚が硬(かた)く変性してしまった(これから放射線の治療を受けて変性が考えられる場合も含む)
●がんの切除にあたって皮膚を大きく切除したり、大胸筋(だいきょうきん)の切除が必要だったりしたために、ティッシュエキスパンダー(組織拡張器)やインプラントを埋め込むことができない
●経済的な事情で保険診療による治療を受けたい

 自家組織による再建は、インプラントによる再建と違い、自分の組織を生かして用いるので、免疫反応はなく、自然でやわらかいふくらみを作ることができます。また、年齢や体型の変化に合わせて反対側の乳房とほぼ同様の自然な経年変化が訪れる、触ってみて皮膚の感覚がある、ぬくもりを感じるといった大きなメリットがあります。ただし乳房以外の、体の別の部分に大きな傷がつき、場合によってはそこの筋力が低下するといった面がデメリットとなります。
 インプラントか自家組織か、あるいは自家組織だとすれば、どこの組織を使うか、といったことを決める際には、患者さんの希望とともに、乳がんの切除範囲、切除量、もともとの乳房の大きさや体型(脂肪が多めか少なめか)なども大きくかかわってきます。
 当院では、2010年3月から「乳房再建・リンパ浮腫(ふしゅ)外来」を設けています。乳がんと診断され、治療法を選ぶ時点で、再建の可能性についても説明します。少しでも関心をもった患者さんには再建外来を受診してもらい、再建を担当する形成外科医に相談できるようになっています。
 早い段階から、がんの切除法と再建法を選ぶことができるシステムを導入することで、手術後の患者さんのQOLを高めようというのが狙いです。
 乳がん治療において、再建手術は特別なものではありません。再建に関して、早期に患者さんに適切な情報を提供できるようになったことで、患者さんの安心感や信頼感が増してきたと感じています。

●自家組織再建による再建の適用
・乳房切除術を行っている
・人工乳房(インプラント)を使うことに抵抗がある
・放射線療法を行っている(行う予定がある)
・放射線療法による皮膚の変性がある
・皮膚や大胸筋(だいきょうきん)切除の範囲が大きい
・健康保険適用の範囲で再建術を受けたい
このほか、全身状態なども加味される
●人口乳房と自家組織の違い
人工乳房(インプラント) 自家組織
入院期間 日帰り~数日 1~2週間程度
手術あと 乳房切除時に作られた傷のみ 乳房切除の傷と腹部または背中の傷
健康保険
適用
エキスパンダーに一部適用以外は自費診療 健康保険適用による(3割負担など)

乳房の大きい人に適している腹直筋皮弁法

自家組織移植の術式は乳房の大きさなどで判断

組織を移植する方法は二つある

手術の内訳

 自家組織を用いた乳房再建も、インプラントによる再建と同じく、乳房切除術と同時に行う「一期再建」と、乳房切除術後しばらく時間をおいて行う「二期再建」が可能です。
 体のどの部分の組織を移植して乳房を再建するかによって、手術法は「腹直筋皮弁(ふくちょくきんひべん)法」と「広背筋皮弁(こうはいきんひべん)法」とに分かれます。
 腹直筋皮弁法は、腹部の組織を使います。腹部は、筋肉や脂肪の量が多いので、乳房の大きい患者さんに向いています。また、腹部の筋肉を取るときには、脂肪も一緒に取るため、手術後は、おなかのまわりが少しすっきりします。
 広背筋皮弁法は、背中の組織を用いる方法です。背中は、筋肉や脂肪はそれほど多くないので、再建できる乳房の大きさには制限があります。乳房が大きい患者さんには向かず、比較的乳房が小さい患者さんに向きます。
 移植に際しては、移植する組織、つまり皮弁を完全に切り離さずに、乳房の位置に持ってくる場合と、組織をいったん切り離してから、皮弁の血管と乳房周囲の血管とをつなげる場合があります。前者を「有茎(ゆうけい)皮弁」といい、後者を「遊離皮弁」といいます。有茎皮弁と遊離皮弁を両方用いて行うこともあります。
 さらに遊離皮弁では、できるだけ筋肉の損傷を避ける方法として、筋肉を深く取らず、皮膚と脂肪と穿通枝(せんつうし)という血管を移植する穿通枝皮弁や、穿通枝よりもっと細い血管と皮膚と脂肪を移植する腹壁動脈皮弁を移植する方法が試みられるようになってきています。これらの方法は、0.5mm以下の血管をつなぎ合わせる手術ですので、高度な技術が求められます。また、乳房側にそれらの細い血管に対応できる、同じくらいの細さの血管が残っていなければできません。
 有茎皮弁は、神経は外しますが、筋肉を血管ごと移植します。血管を切断しないので、血流が維持され、再建した乳房に血行障害がおこったり、傷の治りが遅くなったりすることはほとんどありません。
 遊離皮弁は形を整えやすい方法ですが、血管を一度切って、再度つなげるので、新しい乳房に血流障害がおこる可能性が残ります。血流障害がおこると、移植した部分に酸素や栄養が行き渡らなくなって、皮膚が壊死(えし)してしまうケースもあります。当院では非常にまれで、現在ではほとんどおこりません。
 自家組織によるものにしろ、インプラントを用いるものにしろ、乳房再建を行うのは、乳腺(にゅうせん)外科医ではなく、形成外科医が担当します。
 当院では、乳房再建専用の外来設立と同時に統計をとり始めていますが、2010年の1年間で乳房再建の手術を受けた人は、乳房切除術を受けた人の25%程度でした。4人に1人が選択されており、再建を選択した人のうち、自家組織による乳房再建を選ばれている患者さんのほうがインプラントより多い傾向にあります。

●自家組織による乳房再建のメリット
自分の組織を使うので免疫反応がおきない
自然に近いふくらみを作れる
年齢・体型の変化とともに変化する
触れたときにぬくもりがある、皮膚の感覚がある
傷あとが大きく、手術後の痛みや入院期間が長い、合併症の可能性などデメリットを含めて、よく検討することが大切。

治療の進め方は?

 手術時間は、腹直筋皮弁法で3時間以上、広背筋皮弁法で2~3時間。
 インプラントに比べて、体への負担は大きくなりますが、自然な仕上がりが期待できます。

手術後は活動制限なし できる限り早くリハビリ開始

手術の手順入院から退院まで

 自家組織を用いた乳房再建のうち、一期再建についての手順を簡単に説明します。二期再建も基本的な流れは同じです。
 まず、準備段階として、担当する形成外科医のもとを受診してもらい、手術前の診察で、乳房の大きさや形(高さ、幅、厚み、下垂ぐあいなど)を確認します。患者さんの希望を聞きながら、腹部と背中、どちらの組織を用いるのが適切かを検討します。さらに、乳房切除術を担当する乳腺外科医と形成外科医と、切除範囲や切除量など細かな点を確認、打ち合わせをし、当日の計画を立てます。
 当日、乳房切除術が終わると、その場で形成外科医が手術を引き継ぎ、再建術を行います。腹部や背中の組織を胸に移植し、乳房のふくらみを作っていきます。
 その際、麻酔がかかっている状態で患者さんの上半身をおこします。座った姿勢にして、乳房の下垂のぐあいなどを念入りに確認しながら、左右のバランスをチェックしてより自然に仕上げます。
 再建にかかる手術時間は、術者によりますが、腹直筋皮弁法では約3~5時間、広背筋皮弁法では約2~3時間です。手術後の患部にドレーンを入れるなどの処置は、乳房切除術の流れと同様です。インプラントの場合と同じく、「皮下乳腺切除術」や「乳輪乳頭温存乳房切除術」といった乳房切除術をしたほうが、より自然に近い形に仕上がります。
 入院中は、尿管カテーテルを抜いた手術翌日以降、活動に制限を設けることはありません。自分で歩いてトイレに行く、食事をするといった行動ができます。指や手、ひじの関節を動かすなどのリハビリテーションも開始します。
 ただし、腹部や背中を切開したときの傷が安定していないため、とくに腹直筋皮弁法を行った患者さんでは、痛みが強い、前かがみの姿勢以外はとりにくいといった場合もあります。痛み止め(非ステロイド系消炎鎮痛薬)を使い、できるだけ早く、通常の生活への復帰を目指します。
 腹直筋皮弁法では10日~2週間ぐらい、広背筋皮弁法では1週間ぐらいで退院できます。
 退院後は、定期的に診察をして、移植した組織の状態を確認します。
 乳輪乳頭を切除した場合には、入浴時などに乳輪を覆う専用シールをつければ十分、とふだんは乳輪乳頭がないことにこだわらない患者さんがいる一方で、どうしても作りたいという患者さんもいて、考え方は患者さんによっていろいろです。希望される患者さんには、乳輪乳頭の再建を行います。

広背筋皮弁法の場合

一期再建での広背筋皮弁法

治療後の経過は?

 移植後の傷の痛みは1カ月程度でおさまります。
 血行が保たれれば、やわらかく自然な乳房が再建されます。

自然なやわらかい乳房ができるが腹部や背中には傷が残る

海外の乳房再建の動向

 自家組織を用いた乳房再建では、乳房以外の部分に傷が残ることは避けられません。腹直筋皮弁法では、下腹部に30cm程度、広背筋皮弁法では肩甲骨あたりに15cm程度の傷が残ります。腹部は、下着で隠れる位置を切開し、背中の傷は正面からは見えませんが、背中の大きく開いた服だと見えてしまう位置です。
 患者さんにとっては、再建後の傷はQOL(生活の質)の面から、大きな問題です。手術をしてしまってから後悔しても取り返しがつかないので、事前に過去の患者さんの写真などを見せて、よく理解してもらうようにしています。
 自家組織による再建は、インプラントに比べ体の負担が大きいので、手術後しばらくは、腹部や背中の傷が痛んだり、腕が動かしにくくなったりします。リハビリや、一時的に痛み止めを服用することで対応は十分可能です。長引いたとしても約1カ月で回復し、痛みはなくなります。
 合併症として注意が必要なのは、腹直筋を取り除いたことによる、腹部の筋力の低下です。それによって、腹部に力を入れにくくなり、ふくらんでしまったり、腸が飛び出てしまったりする腹壁瘢痕(はんこん)ヘルニアがおこることがあります。こうした合併症を防ぐため、最近では筋肉にできるだけ傷をつけずにすませる移植方法(穿通枝皮弁など)が導入されてきています。
 血流の悪化により組織が壊死(えし)する合併症は、1~5%程度とされています。とくに喫煙者、糖尿病を患っている人、動脈硬化が進んでいる人では、合併症のリスクが高まることがわかっています。
 自家組織は、自分の組織を使っているだけあって、自然のやわらかさをもった乳房の再建が可能です。ただし、健康な体の一部に傷をつけることになります。
 一方、インプラントでは、再建した乳房が硬くこわばってしまう可能性や感覚の喪失、炎症をおこした皮膚からインプラント素材が露出した場合には取り除かなければならないといった危険性も伴います。ただし、手術時間も短く、外来でもできるため、体への負担は軽くなります。
 乳房再建術を選択するにあたっては、こうしたそれぞれの特徴をよく知り、優先すべき自分の希望がなんであるかをきちんと踏まえて、決定してほしいと思います。そのためには、乳がん治療を担当する乳腺外科医とともに、施設内に(あるいは連携しているところに)乳房再建に精通している形成外科医がいて、患者さんの声に耳を傾けてくれる施設を選ぶことが大切です。

●日本における乳房再建の壁

 アメリカでは乳房切除術後の再建率は4~5割程度ですが、日本では全体の1割程度といわれています。それにはいくつかの理由があります。一つは、再建を行う形成外科医がまだ少ないこと。また、どの病院に乳房再建ができる形成外科医がいるのか、患者さんに情報が行き渡っていないこと、健康保険適用の問題などが挙げられます。
 乳房再建術は1970年代に欧米で活発になり、日本では76年に人工乳房(インプラント)での再建、79年に自家組織による再建が初めて行われました。いずれも東京都立駒込(こまごめ)病院の形成外科医、坂東正士(まさし)先生(本文・坂東裕子先生の父)によって行われ、再建の認知と普及に貢献されました。しかし、再建術が長らく健康保険適用ではなかったことも、再建を望む患者さんにブレーキをかけています。最近になって自家組織は健康保険適用となりましたが、人工乳房は一部の素材しか認められておらず、再建に携わる形成外科医の育成と合わせて対応が急がれるところです。

●茨城県初、乳房再建・リンパ浮腫外来を開設

関堂充先生(左)と坂東裕子先生(右)

 2006年4月より、乳がんの手術後の自家組織による一期再建、二期再建が健康保険適用となり、患者さんもより整容性の高い乳房再建を求めるようになってきました。再建技術が飛躍的に進化してきたこともあって、「乳房切除―再建」を一つの流れとして患者さんの選択肢となり始めています。
 患者さんにとっても、また、乳がん治療に携わる医師にとっても、乳房再建は、もはや特別な選択肢ではなく、標準治療として検討されるべき手術といえます。
 患者さんにとって「乳房温存療法」がもっとも好ましい手術と考えられていた時期には「温存ありき」といった風潮があったことも否定できません。その結果、温存はしたものの乳房が大きく変形してしまい、患者さんのその後の生活の質が下がってしまうという例がみられたことも事実です。
 それに対し、いまは「きれいにならない温存より、乳房を摘出して乳房再建したほうがいいのではないか」という考えをもつ医師が少しずつ増え、同時に患者さんの意識も変わってきています。たとえ、再建を選ばなくても、そうした選択肢があるというだけで励まされる患者さんもいます。
 筑波大学附属病院では、これまでこうした悩みに対する窓口はありませんでしたが、2010年の3月から「乳房再建・リンパ浮腫(ふしゅ)外来」を設け、形成外科医(関堂充(せきどうみつる)教授)による乳房再建についての相談と説明、手術後のフォローアップが始まっています(外来は毎週水曜午前中)。
 患者さんの関心の高さからか、受診者は増加中で、そのうち、ほぼ半数の患者さんが、実際に乳房再建を希望するということです。

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