肝臓がんの「肝動注化学療法」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者小尾俊太郎(おび・しゅんたろう)先生
公益財団佐々木研究所附属杏雲堂病院 消化器・肝臓内科科長
1965年山梨県生まれ。1991年帝京大学医学部卒業。東京都多摩老人医療センター、東京大学医学部附属病院内科研修医、同大消化器内科医員を経て、2002年から公益財団佐々木研究所附属杏雲堂病院勤務。07年、東京大学大学院医学系研究科修了。同院肝臓科部長、10年より消化器・肝臓内科科長、現職に至る。香川大学医学部消化器神経内科、帝京大学ちば総合医療センター、東京大学消化器内科、山梨大学医学部第一内科非常勤講師。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

抗がん薬を肝動脈に直接注入する局所化学療法

 リザーバーとカテーテルを体内に留置し、肝動脈から持続的にがんに向かって抗がん薬を流し込みます。インターフェロンなどの薬と併用することで、より効果を高めます。

治療効果を高めて副作用を抑える治療

皮下埋め込み式の器具を通して直接がんをたたく

 肝動注化学療法(HAIC:Hepatic Arterial Infusion Chemotherapy)は、皮下に埋め込んだリザーバー(ポート)と肝動脈に入れたカテーテルを通して、がんにつながる肝動脈に直接抗がん薬を流し込み、できるだけがんを効率的にたたく治療です。
 どの部位におけるがんでもそうですが、抗がん薬治療のポイントは、「いかに治療効果を高めて、副作用を抑えるか」にあります。肝臓は血管の集合体のような臓器ですから、そこにできたがんは血流が豊富です。がんにつながる肝動脈を狙って抗がん薬を入れることで、豊富な血流に乗って抗がん薬が流れ込み、がんをたたくことができます。
 肝臓に入った抗がん薬は、その後全身に回りますが、全身化学療法に比べ、ほかの臓器に及ぼす影響が少なく、副作用をある程度抑えることも可能です。
 この治療が始まったのは1960年代で、肝臓がん治療のなかでは歴史の長い治療といえます。肝障害がおこることが問題となった時期もありましたが、その後、薬の投与方法などが改良され、その問題も解決して安全な治療となっています。

●治療の特徴
・カテーテルで肝動脈に抗がん薬を直接注入する
・抗がん薬の副作用は全身化学療法より抑えられる
・抗がん薬は携帯型ポンプで持ち歩ける
・初回以降は入院の必要がない
・ステージIII、ステージIVの進行がんや門脈腫瘍(しゅよう)栓のあるがんにも有効
・術後生存率は肝切除とほぼ同等

使う薬剤はフルオロウラシル+インターフェロン

 肝動注化学療法では、あらかじめ肝動脈の中にカテーテルを挿入し、リザーバーという器具を足のつけ根の皮下に埋め込む必要があります。カテーテルというのは細く軟らかい管で、先端部分が少し細くなっている太さ2.7mmのものを使います。リザーバーは500円硬貨ほどの大きさで、肝動脈に入れたカテーテルと携帯用の薬液ポンプから出ている管を連結します。抗がん薬の入ったポンプから薬液を肝動脈に注入するときは、リザーバーに針を刺し込んで接続します。ポンプと接続用の器具からなるシステムをシュアフューザーといいます。
 注入する抗がん薬は、フルオロウラシル(商品名5-FU)です。全身化学療法で用いる量をそのまま注入すると、肝臓がダメージを受けてしまうため、投与量を減らしています。ただし、その量では十分な効果が得られにくいので、フルオロウラシルの作用を増強する別の薬を併用します。
 併用する薬は、シスプラチン(商品名アイエーコールなど)かペグインターフェロンアルファ|2a(以下インターフェロン:商品名ペガシス)です。シスプラチンは抗がん薬の一つで、インターフェロンは肝炎の治療薬です。インターフェロンはもともと肝炎ウイルスを駆除するときに使う薬ですが、肝臓がんに対する作用や、免疫力を高める作用があることがわかっています。
 当院では、抗がん作用や免疫増強作用、フルオロウラシル増強作用という三つの作用が期待でき、印象として副作用が少なかったことから、インターフェロンを併用する「インターフェロン併用5-FU肝動注」を主に行っていましたが、最近になって「低用量シスプラチン併用5-FU肝動注」も始めました。
 実は、「インターフェロン併用5-FU肝動注」は、まだ健康保険の適用ではありません。そこで、当院の条件に合致した患者さんには、臨床試験に参加していただくかたちで治療を受けてもらっています。
 シスプラチンを補強剤として使う「低用量シスプラチン併用5-FU肝動注」の療法は、健康保険が認められていますので、通常の治療として行っています。

主な薬と組み合わせインターフェロン併用5-Fu肝動注による門派腫瘍栓への効果肝動注化学療法のしくみ

門脈腫瘍栓がある場合に最も有効な治療

治療の適応(条件)

 肝動注化学療法が行われるのは、主に肝切除やラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法、あるいは肝動脈化学塞栓(そくせん)療法が難しい患者さんです。このような患者さんには、ほかに分子標的薬のソラフェニブトシル酸塩(以下ソラフェニブ・商品名ネクサバール)による全身化学療法を行うという選択肢もあります。
 当院では、ほかの臓器への転移(遠隔転移)が認められた場合はソラフェニブ、それ以外は肝動注化学療法を第一選択としています。特に、がんが塊状型の場合や、門脈腫瘍栓がある場合では、この治療を勧めています。
 門脈は肝臓にある主要な血管の一つで、小腸から栄養を運んできます。門脈から運ばれた栄養分は肝臓で人間に必要な成分につくり直されます。がんが成長すると門脈に浸潤(しんじゅん)します(脈管(みゃっかん)侵襲)。がんが「栓」のようになって、門脈をふさいでしまった状態が、門脈腫瘍栓です。
 門脈腫瘍栓ができると、肝細胞への栄養の供給が途絶えてしまうため、一気に肝障害が進み、肝不全に陥ってしまいます。肝不全が続けば命にかかわります。
 肝動注化学療法は、このような門脈腫瘍栓に対しても、非常に有効な治療であることがこれまでの治療結果の解析からわかっています。
 これまで800例以上の患者さんに、インターフェロン併用5-FU肝動注を行い、患者さんの52%で病勢を制御できたことを確認しています。また、奏効が得られた患者さんの生存期間中央値も1年以上のばすことに成功しています。
 一方、肝機能が悪く、腹水や黄疸(おうだん)のある場合では、積極的ながん治療よりも、対症療法のほうが、予後を改善すると考えています。

治療の進め方は?

 最初にカテーテルとリザーバーを体内に埋め込む手術をします。抗がん薬の投与はその日から始め、5日投薬して2日休薬する流れを2回くり返します。

埋め込み手術は60分 傷口は2cm程度と小さい

 ここでは、「インターフェロン併用5-FU肝動注」を行う場合の治療を説明します。
 前日に入院し、治療初日は体内に留置しておくカテーテルとリザーバーの皮下埋め込み手術を行います。この手術は、われわれ内科医が放射線科スタッフとともに血管造影室で行います。
 患者さんは着衣をすべて脱いだ状態で治療台に横になり、足のつけ根に局所麻酔をします。まず、アルプロスタジル(商品名リプルなど:血管を拡張して血流をよくする薬)を注射し、その後造影剤を注入します。X線の透視画像(造影剤を入れることで見える血管画像)で血管の位置を確認しながら、足のつけ根の血管から肝動脈へと、ガイドワイヤー、カテーテルの順に挿入していき、先端をがんの近くまで到達させます。
 このとき、3~6mm径の小さなコイル状金属(プラチナ製)を血管の太さに合わせて選び、カテーテルで挿入して目標となる血管以外の周辺血管を1本1本、丹念にふさいでいきます。これにより、抗がん薬が目標のがんに到達しやすくなると同時に、ほかの細胞や組織にダメージを与えるのを防ぎます。
 次にカテーテルの末端がある足のつけ根を局所麻酔下に約2cm切開し、皮下にリザーバーを留置してカテーテルと連結したあと、3針縫って傷を閉じます。
 治療時間は平均60分前後です。
 リザーバーを埋める場所ですが、足のつけ根のほかに、鎖骨(さこつ)の下や腹部に入れる場合もあります。当院では抗がん薬を入れるときに針が刺しやすく、安全性も高いことから、主に足のつけ根に行っています。

治療室のセッティングと埋め込み器具治療の進め方

特殊なポンプを使ってフルオロウラシルを持続動注

 埋め込み手術後、患者さんが落ち着いた時点で薬の投与を始めます。
 まず、インターフェロン(90μg)を皮下に注射します。インターフェロンの投与は1週間に1回だけです。続いて、フルオロウラシル(1日500mg。5日で2,500mg)は、5日間連続して計120時間にわたりゆっくりと注入していきます。その後、2日間休薬します。
 抗がん薬を少量ずつ持続動注するために必要な器具が、シュアフューザーです。これは片手に収まるぐらいのサイズの小型ポンプで、一定量の抗がん薬が一定の速度で出るしくみになっています。治療を行うときは、このシュアフューザーに5日分のフルオロウラシルを入れ、シュアフューザーの先端にあるL型の針をリザーバーに刺し込んでおきます。これによって肝動脈に抗がん薬が徐々に流れていくことになります。
 なお、低用量シスプラチン併用5-FU肝動注の場合も基本的なスケジュールは同様です。ただし、皮下注射するインターフェロンとは異なり、シスプラチンの投与はシリンジポンプという一定の量を正確に点滴できる器具を用い、30分かけてフルオロウラシル投与開始の直前に動注します。

主な薬と組み合わせ

入院は原則、初回のみ 2回目以降は自宅で治療

入院から退院まで

 初回のみ、皮下埋め込み手術と薬の効果や副作用などを確認するため、入院が原則です。シュアフューザーの扱い方に慣れてもらうことも必要です。早ければ1週間後に退院し、自宅で治療を続けてもらいます。
 二回目以降は、シュアフューザーに抗がん薬を詰めかえ、また、インターフェロンの皮下注射をする8日目と、リザーバーから針を抜く14日目には受診が必要ですが、それ以外の期間は通常の生活をしていただきます。
 1コース目の終了時(2週間後)に効果を確認し、今後の治療方針を検討します。

肝動注化学療法の基本情報

治療後の経過は?

 2週間後に腫瘍マーカーで、効果を予測します。
 効果が認められた場合は、続けて治療を受けてもらいます。副作用の有無やカテーテルのトラブルなども確認します。

画像診断より先に2週間後に効果を予測

 初回の治療では、2週間目を行ったところで効果予測を行います。
 この時点ではCTや超音波などの画像検査で判定することが難しいため、AFP(アルファフェトプロテイン)とPIVKA‐IIの二つの腫瘍マーカーの値で効果を予測します。これまでの患者さんのデータから、腫瘍マーカーの値が下がっている場合は、その後に行う画像診断でもがんが小さくなることが多いことがわかっています。腫瘍が小さくなることが予測されれば続け、まったく反応がなければほかの治療を考えることになります。判断がつかない場合は、もう少し続けてもらいます。
 CTは1カ月後に撮影します。その段階でどの程度効果が現れているかを確認することができます。
●主な副作用とその対策
副作用 症状 対策
消化器症状 食欲不振、吐き気、味覚異常、下痢、便秘など ・無理に食べない
・好きなものを食べる
骨髄抑制 白血球減少、倦怠(けいたい)感、感染症 ・清潔を保つ
・手洗い、うがいをする
腎(じん)障害 むくみ、尿量・尿回数の減少、尿毒症 ・水分をとる
その他 かゆみや発疹(ほっしん)口内炎など ・ローションなどによる保湿
・うがい、口すすぎをする

副作用は抗がん薬とインターフェロンのもの

 副作用については、大きく分けて抗がん薬による副作用と、インターフェロンによる副作用とがあります。抗がん薬では味覚異常や食欲不振、吐き気、口内炎、下痢、白血球減少などがおこり、インターフェロンでは発熱や倦怠(けんたい)感、白血球減少などがみられます。
 食欲がないときは無理をせず、食べたいと思うもの、好きなものを少しずつ口にするようにと指導しています。冷たいものやあっさりしたもののほうが、食べやすいようです。骨髄抑制で免疫力が低下し、かぜなどの感染症にかかりやすくなるため、帰宅時や食事の前などは手洗い、うがいを必ずします。
 そのほか、薬の副作用ではありませんが、まれにカテーテルが肝動脈から抜けてほかの臓器に抗がん薬が回ってしまうトラブルがおこることがあります。そうならないために、抗がん薬を入れる前は必ずX線検査でカテーテルの状態を確認します。
 また、体内に異物が入ったことによってできる血栓が、脳に飛んで脳梗塞(こうそく)をおこすことがあります。これは鎖骨からカテーテルを入れる場合におこりやすく、当院が足のつけ根の血管からカテーテルを入れる理由の一つは、そうしたリスクを回避するためでもあります。
 当科を受診する患者さんの95%が肝臓がんで、進行度でいうとステージIII、IVの進行がんが中心です。肝動脈化学塞栓療法や、分子標的薬のソラフェニブを用いた全身化学療法も行っていますが、やはり治療数として多いのは肝動注化学療法で、年間70~80人に実施しています。

がんの増殖抑制効果は52% 肝機能がよい人ほど効果が高い

生存期間中央値は6.5カ月

 2000年から2012年2月末までに治療を行った、進行がんの患者さん約850例の治療成績では、がんの大きさが変わらない(安定)も含めた増殖抑制効果は52%で、そのうちがんが完全に消えたり、一部小さくなったりした(完全奏効・部分奏効)割合は32%でした。生存率は、治療後1年後が31%、3年が6%でした。肝機能がよい患者さんほど高い結果が得られています。
 また、治療が効きやすい条件下のもとであれば、生存期間中央値は12.3カ月に上ります。これは症例全体でみた累計生存率(6.5カ月)の2倍になります。

845例の治療解析からわかる効果

有効性を実証する臨床試験も進行中

肝臓がん患者さんの生涯治療回数

 肝動注化学療法は国内の医療機関が中心となって行ってきました。医療機関ごとのデータもそろってきつつあります。これまで私たちが行ってきた約850例にもおよぶ治療の集積データは、この治療の有効性を十分実証していると考えています。現在、インターフェロン併用5-FU肝動注と分子標的薬ソラフェニブによる治療効果を調べる比較試験も始まっています。ソラフェニブの有効性は科学的に実証されていますから、インターフェロン併用5-FU肝動注の成績が同等あるいは上回れば、国際的にも認知されていくと期待しています。