肝臓がんの「肝切除」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者高山忠利(たかやま・ただとし)先生
日本大学医学部 消化器外科教授
1955年東京都生まれ。日本大学医学部卒業。同大大学院医学研究科外科学修了後、国立がん研究センター中央病院外科医長、東京大学医学部肝胆膵移植外科学助教授を経て、2001年から日本大学医学部消化器外科学教授、現在に至る。肝臓手術に心血を注ぐかたわら(2008~2010肝臓手術数全国1位)、論文執筆にも余念がない(英文論文計416編)。主な役職に、日本肝臓学会理事、日本外科学会評議員、日本消化器外科学会評議員、日本肝胆膵外科学会評議員、日本肝癌研究会常任理事ほか多数。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

がんのある区域を切除して根治を求める

 肝臓がんの標準治療の一つです。  「系統的肝切除」という考え方に基づき、安全・確実にがんを切除します。

かつて肝臓がんの手術は非常に危険で難しかった

 肝臓がんの手術が始まったのは、今から60年ほど前です。胃がんの手術が150年以上前に始まったことを考えると、まだまだ歴史が浅い手術といえます。
 肝臓がんの手術がほかのがんより遅れをとっていた大きな理由は、手術の難しさにあります。
 肝臓は細かい血管が密集している血液の固まりのような臓器ですから、小さな切除でも大出血をおこす危険性があります。たとえば1980年代の手術では、1回の肝臓の手術における出血量は5,000~1万mLにも及びました。人の体の血液の量は体重の13分の1、約8%、つまり体重50kgの人の体内にある血液の量は約4,000mLです。一般的には血液の半分を失うと命にかかわるとされていますが、自分の血液の量を上回る量が、肝臓の手術で失われていたわけです。当然、輸血をしても追いつかないこともあり、手術死亡率は10~20%と、残念ながら到底よい成績とはいえない状態でした。
 また、多くの場合、肝臓がんの患者さんは肝炎、肝硬変などがあって肝機能の低下を伴っています。肝切除においては、できるだけ切除範囲を減らして肝臓を残すのが望ましいのですが、1985年以前は右葉(うよう)を切除するか、左葉(さよう)を切除するかといった「葉切除」しか方法がなく、大きく切ることで肝機能が低下し、肝不全をおこして術後に亡くなる例も少なくありませんでした。

●日本大学医学部消化器外科による肝切除の特徴
・出血量が少ない
・手術件数が国内で最も多い
・5年生存率が他施設より高い
・手術の難しい尾状葉(びじょうよう)のがんも切除可能
・手術の平均出血量は377mLと日本最少

系統的肝切除で安全・確実にがんを切除

 このような難しい肝臓がんの手術が、劇的に変わったのは、1985年のことです。肝臓を複数の区域に分けて、区域ごとに切除する「系統的肝切除」という考え方が、実際の手術に応用されるようになってからです。
 表面上は肝臓は一つの塊にしか見えませんが、実は、中に入り込んでいる門脈が枝分かれし、それぞれの血流の範囲によって八つの区域(支配領域)に分かれています。この考え方に基づいて肝臓を切除すれば、それぞれの門脈の分枝(ぶんし)が支配する領域を丸ごと切除できるため、再発も減らせます。患者さんの肝臓をできるだけ残したいという、執刀医の希望にもかないます。まさに、「系統的肝切除」は現代の肝切除になくてはならない考え方といえます。
 このように肝臓を八つの区域に分類する考え方を、「クイノー分類」と呼びます。これを最初に発見したフランスのクイノー教授の名をとったものです。クイノー分類では、左葉は2から4番、右葉は5から8番というふうに、区域に番号をつけています(1番は尾状葉(びじょうよう)と呼ばれる背中側の区域です)。理論自体は1954年に提唱されていますが、当時はまだ机上の論理にすぎませんでした。それを1985年に初めて手術に応用し、「幕内(まくうち)術式」として発表したのが、日本の肝臓外科のパイオニア、幕内雅敏(まくうちまさとし)先生(日本赤十字社医療センター院長)です。
 なお、やや複雑になりますが、区域については「ヒーリー&シュロイ分類」による分け方もあります。区域の分け方はクイノー分類と同様ですが、こちらの分類のほうがよりシンプルに、四つに分けています。  わが国ではクイノー分類に基づく区域を「亜区域」、ヒーリー&シュロイ分類に基づく区域を「区域」として、状況に応じて使い分けながら、手術を行っています。

肝臓がんの区域切除

細かい止血で出血量を減らし献血以下の出血量に

肝切除における出血量

 幕内術式で出血量は大幅に減らせたとはいえ、やはり肝臓の手術は出血が多くなります。それに対し、最近では肝臓からの出血を抑える技術が確立し、術中の出血量を平均1,000mL程度まで減らすことが可能になりました。この結果、術中の死亡率が20年前の20%から1~2%へと大幅に減っています。
 現在、多くの肝臓外科医が利用しているのは、エネルギーデバイスという止血用の道具(マイクロ波組織凝固装置、超音波メス、ハーモニックスカルペル)で止血する方法です。血管を熱などで変性させてつぶし、止血していきます。
 一方、われわれの日大外科チームでは、デバイスで熱処理する止血法はとらず、血管を絹糸で縛るというオーソドックスな処理方法をとっています。ときには糸より細い血管を縛ることもあり、大変細かい作業で時間がかかりますが、安全で確実に止血できる利点があります。この手法により、当院では平均出血量は377mLと日本最少であり、献血分(400mL)以下に抑えています。

肝障害度がAなら手術可、Cは不可、Bは状況による

肝切除の適応

 肝切除の利点は、肝臓がんへの最も根治性の高い治療というところにあります。ただし、肝機能を考慮して手術の可否や切除の範囲を考えなければならないところに難しさがあります。
 肝切除では、肝機能を判断する目安として「肝障害度」を用います。肝切除が可能なのは、肝障害度がA――つまり、機能が良好なケースになります。Bはケースバイケースで、Cは基本的に手術を受けることができません。当院の手術の割合をみると、Aの割合が約80%、Bが約20%です。
 日本肝癌(がん)研究会の『肝癌診療ガイドライン2009年版』(日本肝臓学会編、金原出版)では、手術ができる条件を、「肝障害度がAかB、がんの数が3個まで」としていて、第一選択すべき治療として推奨されています。がんの大きさは特に問われませんが、大きくなるほど切除範囲も広がり、肝機能の維持が難しくなります。

腹水とビリルビン、ICGで肝障害度を評価

切除範囲の決定まで

 肝障害度を評価する五項目のうち、われわれが重視しているのは、腹水の有無、血清ビリルビン値(以下ビリルビン)、ICG15分値(インドシアニングリーンテスト、以下ICG)です。
 腹水とビリルビンは肝切除が可能かどうかをみる判断材料、ICGはどこまで肝臓を切除できるかを判断する材料となります。以下に詳細を記しますが、この基準も前出の幕内先生が提唱したことから、「幕内基準」と呼ばれています。
(1)腹水の有無
 腹水がある場合は、基本的に肝切除はできません。
(2)ビリルビン
 ビリルビンは血液中の赤い色素であるヘモグロビンが壊れたときにできる黄色い色素です。本来なら肝臓で代謝されるのですが、肝機能が悪いとそれがとどこおり、血液中にたまってきます。それが黄疸(おうだん)です。ビリルビン検査は血液中にどれくらいビリルビンが残っているかをみるもので、2.0mg/dL未満なら黄疸がないと判断され、肝切除の対象となります。
(3)ICG
 ICGはインドシアニングリーンという緑の色素を用いた精密検査の一つです。この色素を片方の腕の静脈に注射し、15分後にもう片方の腕の静脈から血液を採取します。このとき採取した血液の状態で、色素がどれだけ肝臓で代謝されたかがわかります。
 ICGで調べるのは、肝臓の能力(予備能)の程度です。測定の結果、色素が体内に残っている割合が10%未満であれば正常な肝臓とされ、肝臓全体の3分の2まで切除することが可能です。10~19%なら3分の1、20~29%なら6分の1となり、30%を超えると腫瘍(しゅよう)だけを切除するしかできなくなります。
 肝切除をする際は、事前にCTやMRIなどの画像をもとに測定しておいた切除の予定範囲(がんの大きさ+がんが浸潤(しんじゅん)した血管の根元までの範囲)と、ICGで得た予備能とを照らし合わせます。そのうえで切除可能な範囲内にがんが収まれば、肝切除の対象になります。
 具体例を挙げてみます。たとえば、ICGの結果が28%だった場合、肝臓全体の6分の1しか切除できないということになります。一つの亜区域の平均が肝臓全体の15%、6分の1以下(亜区域によって大きさは異なります)なので、がんの大きさが一つの亜区域に収まれば手術が可能ですが、二つの亜区域にまたがるようであれば、3分の1の切除が必要となり、肝切除はできません。

場所と大きさと脈管侵襲で切除する区域を決定する

がんは門脈に沿って転移する

 がんが2カ所以上にある場合は、それぞれのがんがある区域を切除することになります。その場合、切除できる量より切除しなければならない量が多くなることが少なくありません。そういうときは、がんだけをくりぬく「腫瘍核出術(かくしゅつじゅつ)」という方法をとることもあります。
 門脈の中にがんが広がっている「脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)」がある場合は、門脈を介して肝臓内にがんが転移する可能性があるため、がんとその門脈ごと切除する必要が出てきます。
 このように、肝切除の治療計画では肝機能とがんの状態のバランスのなかで治療を進めていきます。しかし、前述したように肝臓がんの多くは慢性肝炎や肝硬変から発症するので、肝機能が悪いために、手術を受けられない患者さんも少なくありません。
 実際、肝臓がんの患者さんのうち手術ができるのは全体の3分の1にとどまっているのが現状です。

治療が難しい尾状葉肝がんの切除を可能にした「高山術式」

 日本大学医学部消化器外科の肝臓がんを扱う外科チームには30人余りのスタッフがおり、年間250例(胆管がん、肝移植等を含む)を超える肝臓の手術を実施しています。これは国内では最も多い数です。がんのできた場所や大きさなど、ほかの医療機関では手術が難しいとされた患者さんが紹介されてくることも少なくありません。
 なかでも当科の特徴は、尾状葉という場所の手術を積極的に行っているということです。尾状葉は肝臓の裏側(背中側)、右葉と左葉の間の奥にあって、クイノー分類でいう亜区域のなかでは唯一、前面から見えないところにあります。そのため、尾状葉単独での切除は難しく、今まではあきらめるほかありませんでした。それを可能にしたのが、「高山術式(尾葉状単独全切除術)」です。
 尾状葉の手術は、私が国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に勤務していたとき開発した術式ですが、今では国内の肝臓外科医もこの術式にならって手術を行うようになりました。とはいえ、難易度が高く、この手術を行える外科医はまだ限られているのが現状です。

治療の進め方は?

 全身麻酔をしたあと、みぞおちから腹部にかけてJ字に切開。
 事前の検査で確認した区域を丁寧に止血しながら切除していきます。

がんの位置と切除範囲を確認する

手術の手順

 手術の前に行うCTやMRIなどの画像検査で、がんの場所を特定し、切除する亜区域(区域)を決めます。がんが一つの亜区域にとどまっていればそこだけの切除になりますし、門脈にがんが侵襲していれば、周囲の亜区域もあわせて切除することになります。  ここでは右葉の上、7番の亜区域を切除する流れについて説明します。
 まず、全身麻酔をしたあと、みぞおちからへそに近いところまで真っすぐ切開し、そのあと肋骨(ろっこつ)に沿って斜め上に切開します。アルファベットの「J」に似た切り方になるので、「J字切開」と呼んでいます。ちなみに、がんのある場所によっては真っすぐ切開するだけのこともあります。切開が終わったら、器械で肋骨を持ち上げ、中にある肝臓を手前に引き寄せます。
 肝臓に超音波を当てて、がんの位置を確認したあと、切除する亜区域の境界を探します。肝臓は外から見るとのっぺりとしていて、どこに境界があるのかわかりません。そこで、切除予定の区域を走る門脈の分枝にインジゴカルミン色素を注入して、色素の広がり具合を見て、切除範囲を確認します。色素は門脈が枝分かれして血流を支配している範囲だけに広がり、その部分の肝臓の表面が青色に染まるので、区域を判別することが可能になります。

糸より細い血管もすべて止血していく

 切除範囲が決まったら、そこを電気メスでマーキングし、鉗子(かんし)で肝臓を破砕していきます。肝臓は柔らかい臓器で、さまざまな太さの血管が密集しています。血管を残して、肝臓だけを割るには、先が鋭くない鉗子で肝臓を砕いていったほうがいいのです。
 肝臓を割ったあとに残った血管は、一本ずつ糸で結んでから、切っていきます。太い血管では糸を二重にして縛る工程を3回くり返すことで、しっかりと止血します。細い血管は1回だけ縛ります。血管は糸より細いものもすべて止血します。それが出血を抑えるポイントとなります(これは当院のやり方で、ほかの施設では止血用の器具を用いた止血法を併用していることが多いようです)。
 出血を抑えるための工夫としては、門脈と肝動脈といった肝臓に血液が入る血管の根元を、鉗子などで15分ほどはさんで血流を止め、肝臓に入る血液の流れを一時的に抑える「間欠的肝流入血流遮断法(プリングル法)」を併用します。
 切除が完了したら、切除面をガーゼで押さえて圧迫止血を数分行います。最後に持ち上げていた肋骨を元に戻し、傷を閉じて終了です。切除した肝臓は病理検査に回して、がんの性質などを調べます。
 手術時間は切除する範囲によって異なりますが、平均6~8時間です。

肝切除の流れ
手術室のセッティングと手術のようす

術後は翌日から歩行開始 肝機能が落ち着いたら退院

入院から退院まで

 手術を終えた患者さんは、翌日までICU(集中治療室)で管理し、翌日には歩いて病棟に戻ってもらいます。痛みに関しては、背中に入れた管から痛み止め(硬膜(こうまく)外麻酔)を入れてコントロールしますし、必要に応じて鎮痛薬を追加できるので、痛み自体で苦しむことはほとんどありません。硬膜外麻酔の管は、術後3日目には抜きます。
 手術で一旦低下した肝機能が以前のように戻るまでには、2~3週間かかりますが、肝機能の状態が問題なければ退院できます。当院ではおよそ7~10日後になります。

肝切除の基本情報

治療後の経過は?

 当院では術後は月2回の診察を2~3カ月間続け、その後、3カ月後、半年後と回数を減らしていきます。
 それを最低でも5年間は続けます。

術後の病理検査の結果で定期検査の時期を変える

 退院後は、普通に生活してもらってかまいません。手術でがんが取れたとはいえ、慢性肝炎や肝硬変は治っていないわけですから、そちらの治療は継続します。
 当院では、退院後2~3カ月は月2回の診察を行い、超音波(エコー)検査や血液検査(肝機能と腫瘍マーカー)、腹水や胸水の確認をします。その後は3カ月後、半年後、1年後というように、徐々に間をあけていきます。地方から来られた方で、なかなか病院まで来るのが難しかったり、紹介先の医師が肝臓の専門医だったりしたときは、そちらの医療機関で経過観察をお願いしますが、そういう事情がない限り、5年間は当院で経過を診(み)ていきます。
 病理検査の結果で悪性度が高かった場合は、もう少し期間を狭めて診察を受けてもらいます。

術中の死亡例はほぼゼロ 気をつけたい合併症は三つ

 安全に手術ができるようになり、術後の合併症も大きく減っています。ただそれでも、後出血、胆汁漏(ろう)、腹水・胸水、腹腔内膿瘍(ふくくうないのうよう)、皮下膿瘍などの合併症には気をつけなければなりません。
 術後にじわじわとにじむように出血することを後出血といいます。止血を重視するようになったため、今はほとんど心配がなく、当院では年間250例(胆管がん、肝移植などを含む)の手術のうち、後出血は1例あるかないかです。
 切除した面から胆汁がもれる胆汁漏は、後出血に比べ、多くみられる合併症です。
 胆汁漏については以前は自然に止まるまで待っていましたが、人によっては2~3カ月もかかることもありました。
 今は2、3日ようすをみて止まる気配がなければ、胆汁がもれているところを縫う再手術をします。
 腹腔内膿瘍は切った部分に膿(うみ)がたまることをいい、熱が出るなどの兆候が現れます。管を入れて膿を抜く治療をします。
 皮下膿瘍は切開創(そう)に膿がたまることをいいます。特に肝機能が悪い人は、傷の治りが遅いので、皮下膿瘍がおこりやすいといえます。
 同じく肝機能が悪いと胸水や腹水がたまりやすくなります。おなかや胸が苦しいときは、水を針で抜く治療をします。

治療成績は5年生存率60% 今後の課題は…

肝細胞がん病期別累積生存率

 肝臓がんの手術成績は、年々向上しており、全がん協(1997~2000年)部位別臨床病期別の5年相対生存率は、49.9%です(手術例のみ)。20年前は20%でしたから、30ポイント余りのびています。
 当科での全手術例の5年生存率は全国平均より10%ほど高い59.6%です。詳細はI期84.1%、II期67.4%、III期50.6%、IVA期34.1です(IVB期は原則、手術はしないので数値はありません)。