肝臓がんの「3Dシミュレーション肝切除」2008年に先進医療認定、2012年に健康保険適用に

監修者國土典宏(こくど・のりひろ)先生
東京大学大学院医学系研究科・肝胆膵外科学・人工臓器移植外科学分野教授
1956年香川県生まれ。81年東京大学医学部卒業。同大学第二外科助手を経て、89年アメリカのミシガン大学外科に留学。95年癌研究会附属病院(現・がん研有明病院)外科、2001年東京大学肝胆膵外科、現職に至る。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

切除部位を3D画像で予測する

 外科治療では事前にどのように手術を進めていくのか、患者さんの病態などに応じた治療計画を立てることがとても重要になります。最近では、立体画像を駆使して治療計画を組み立てていく3D(三次元)シミュレーション肝切除という方法があります。

コンピュータ解析で肝臓、血管、がんの位置を正確に把握

肝臓の3Dシミュレーション画像

 3Dシミュレーションは、CTやMRIなどの画像データから、コンピュータ解析を行い、肝臓、血管、がんの画像を三次元(3D)でリアルに表示させるもの。簡単にいえば、「患者さんの肝臓をコンピュータが画面上で立体的に再現する」ものです。
 この作業によって、実際におなかをあける前にあらかじめ肝臓の形や血管の状態、がんの位置などを知ることができるだけでなく、肝臓の容積やどの血管がどの区域を支配しているのか(どの部分に栄養を送っているのか)といったことまでがわかります。
 肝切除は、立体的に再現された画像から切除範囲を予測して行います。予測した切除範囲と、実際に切除する肝臓との間に相違があっては適切な計画とはいえません。術後はコンピュータが予測した容積や形と、実際に切除した肝臓の重量や形を比較して検証を行いますが、予測とずれたことはありません。

肝移植から始まったシミュレーション技術

 この立体画像によるシミュレーション技術の開発にかかわり、第一例を行ったのが、われわれの肝胆膵(すい)外科チームです。きっかけは生体肝移植でした。
 生体肝移植ではドナーが提供する肝臓の量より、レシピエント(患者)が必要とする肝臓の量が少なくなくてはなりません。成人から子どもに渡す場合は、ほぼ問題はありませんが、成人どうしの移植の場合、ドナーに必要量を残し、かつレシピエントに必要な量を渡す。しかも、どちらも安全を確保できるかどうかを判断しなければなりません。
 また、血管の支配領域を把握して移植をしないと、せっかく移植をしても血液が流れない部分ができ、そこがうっ血して、肝臓としての機能を果たせないという状態に陥りかねません。実際、肝臓を700g移植しても、そのうちの300gしか機能していないということも、過去にはありました。
 こうした問題について、これまでは移植をする医師が計算をしたり、さらに勘(かん)や経験に頼ったりしていたというのが実情でした。この3Dによる計画立案の技術が導入されてからは、移植量が正確にわかるようになり、より確実で安全な移植ができるようになったのです。
 2004年からシミュレーション技術に基づいた生体肝移植が始まり、その後肝切除にも応用するようになりました。

●3Dシミュレーション技術の有用性
・CT、MRIなどの画像データから3Dシミュレーション画像を作成
・肝臓の血管の位置や太さから、血管の支配領域を表示
・肝臓の容積を計測し切除後の残肝容積を測定
・がんのある区域を正確に把握
・安全で確実な肝切除の実施

区域の割合を計算することでより安全に手術ができる

 肝切除では、肝臓を門脈の支配下ごとに区域を分け、がんのある区域だけを切除する「区域切除」「亜区域切除」を行うのが基本です。亜区域はクイノー分類で八つに分けられ、その一つひとつの大きさは個人差もあって異なります。正面から見て大きくても実際は奥行きがなくて容積は小さかったり、小さくても奥行きがあって容積が大きかったりします。
 従来は切除する区域について、輪切りになったCTの画像を一つひとつ組み合わせていって容積を計算していましたが、シミュレーション技術を使うと、コンピュータ上に即座に立体像が再現されるので、容積もすぐに、正確に算出することができます。
 肝切除ではまた、肝機能の状態で切除できる大きさが変わってきます。たとえば、「肝機能が低下しており、がんのある区域の切除だけでは難しいので、部分切除にする」といった判断が、以前より細かくできるようになりました。このように適切な判断に基づく計画が可能になったことが、より安全な肝切除につながっているといえます。

患者さんの監査画像から肝臓を再構築する

2008年に先進医療認定、2012年に健康保険適用

3Dシミュレーションソフト開発チーム

 シミュレーション技術は、2008年に先進医療として認定されています。当時この技術を利用していたのは、全国でも15施設ほどでしたが、2012年4月に健康保険が適用されてからは、20~30施設にまで増えています。
 当院では、年間約200例の肝切除を行っていますが、そのうち100~120例でシミュレーション技術を用いた肝切除を実施しています。シミュレーションは本来なら、肝切除をするすべての患者さんに行えればよいのですが、3Dデータの解析にはまだかなりの時間を要するため、条件を設けざるをえません。具体的には、次のような条件の患者さんに絞り行います。
・がんが大きく、複数の区域を含めた切除が必要になる
・肝機能があまりよくない(肝障害度でAでも比較的Bに近い場合や、B)
 がんが小さく、区域も一つで済むような、比較的簡単な手術では行いません。

確信をもって手術に臨めるようになった

 初めて外来を受診した人で、前述した条件を満たす場合には、まずシミュレーション技術を用いて、手術が可能かどうかを調べます。術前カンファレンスでも、このシミュレーション画像を全員で検討し、術式を再確認します。
 基本的にはシミュレーション画像は頭に入れて手術に臨みますが、手術室でもプリントアウトしたシミュレーション画像を貼り出したり、画面上に出して、術中にさっと確認することはあります。
 実際の肝臓を見てみても、表面は区域ごとにきちんと分かれているわけではありません。ひと塊になっていて、どこに区域の境界があるのか、外からは判別することができません。そのため、手術するときは支配している血管(門脈)に色素を注入して、その広がり具合から境界を判別します。シミュレーション画像を導入してからは、事前に立体画像で境界を見ているため、これまでより色素の広がり具合に納得して切除ができるようになりました。

切除範囲の予測と実際の手術の比較

再発時にも再手術しやすくなる

3Dシミュレーション肝切除の基本情報

 シミュレーション技術を取り入れることによって、安全に正確に肝切除ができるようになったことは、患者さんにとって大きなメリットです。さらに、手術を行う医師にとっても、メリットがあります。
 たとえば、なぜこの術式を選んだのか、根拠をもって、わかりやすく患者さんやそのご家族に説明することができます。また、安全性を数字で示すことができ、術前に綿密な方針が立てられるので、われわれ医師も以前より確信をもって、手術に臨むことができるようになりました。
 もちろん、シミュレーション技術を取り入れたからといって、手術が簡単になったわけではなく、肝切除に高い技術が必要であることには、変わりありません。逆に綿密なシミュレーションどおりの切除ができる技術の正確さを、求められるようになったといえるかもしれません。
 さらにこの技術は、再手術にも役立ちます。再手術をする場合、しばしば問題になるのが癒着(ゆちゃく)です。前回の手術で切除したあとの肝臓が、ほかの組織とくっついてしまっていることがあり、色素を入れても境界線がわかりにくいことが多いのです。その場合でも、シミュレーション技術を用いれば事前に切除範囲を予測することができ、再手術でも安全に切除することが可能です。
 問題点は、シミュレーション技術の操作法を習得するのに時間がかかることです。シミュレーションソフトの作成を行うのは専任の技術補佐員になりますが、基本となるデータ入力にもある程度時間がかかることは、今後の課題といえるでしょう。

●シミュレーション技術を応用した画像支援ナビゲーション

 東京大学の肝胆膵チームでは、シミュレーション技術を応用した肝切除の「画像支援ナビゲーション」開発にも取り組んでいます。CTやMRIをもとに3D合成した画像と、手術の器具が連動して、今どの部分をどの向きで切除しているのかといったことが、リアルタイムでわかるシステムです。
 このシステムが確立すれば、技術的に難しい肝切除であっても、より安全に、確実にできるようになると思います。すでに耳鼻咽喉(いんこう)科や脳神経外科の分野では、実際に使われています。
 画像支援ナビゲーションによる肝切除では、これまでのように色素を用いなくても切除する領域がわかります。血管が近くにあることも画像からわかるので、そこを避けて切除することも可能です。より確実に、出血量を抑えた肝切除ができるようになります。
 しかし、肝臓は呼吸に伴って動いてしまい、軟らかい臓器なので持ち上げると形が変わってしまいます。目標となるがんの位置が定まりにくいという肝臓の特性を踏まえると複雑なナビゲーションソフトの開発が必要であり、完成には、まだ時間がかかります。
 手術に用いても問題ないクオリティの画像支援ナビゲーションの完成を目指して、努力を続けたいと思っています。