肝臓がんの「重粒子線治療」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者安田茂雄(やすだ・しげお)先生
(独)放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院医長
1960年茨城県生まれ。87年千葉大学医学部放射線科入局。沼津市立病院放射線科、2001年国立千葉病院放射線科を経て、02年より放射線医学総合研究所重粒子医科学センター治療課第1治療室医長、現在に至る。専門は放射線腫瘍学。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

強い破壊力で進行がんをシャットアウト

 炭素イオンを加速させてできる重粒子線で、がんを破壊する治療です。
 正常細胞への影響が少なく、治療期間も短いため、体に負担がかかりません。

炭素イオンを高速でぶつけてがん細胞のDNAを壊す

 重粒子線は放射線の一つで、この重粒子線がもつ強いパワーでがんを集中的にたたく治療法を、重粒子線治療といいます。簡単にいえば、「超高速で飛んでいる炭素イオンをがん細胞にぶつけることで、がん細胞のDNAを壊して増殖を阻止し、がんを死滅させる」という治療です。
 重粒子には炭素やネオン、シリコン、アルゴンなどがありますが、これらのなかで現在がん治療に利用されているのは、炭素イオンです。このため、重粒子線を「炭素イオン線」と呼ぶこともあります。

最大エネルギーはがんのある位置で放出される

病気の治療に用いる放射線の種類

 放射線療法の仲間には、重粒子線のほかに、X線、陽子線があります。
 X線は、治療だけでなく検査(X線検査やCT検査)などでも使われている汎用(はんよう)性の高い放射線で、高速の電子を対象の原子にぶつけてつくります。一方、陽子線は水素の原子核である陽子を加速させたもので、重粒子線と同じ「粒子線」の仲間です。性質も重粒子線と似ていて、肝臓がんの治療にも用いられています。
 放射線の特性として、X線は体表面から浅いところ(1~3cm前後)で線量が最大になり、体を通り抜けます。一方、重粒子線や陽子線は線量に応じた深さで止まり、体を通り抜けません。止まる直前に一気に強いパワーを放出してピーク状の狭い高線量域(ブラッグピーク)を形成し、それより手前の線量は低く、奥は照射されません。ピークを狙った場所(がんの位置)に合わせて照射を行うことで、病巣に線量を集中させて周囲の正常な組織の線量を低くでき、安全に治療が行えます。
 重粒子線とほかの放射線とのいちばんの違いは、破壊力です。重粒子は陽子や電子よりも質量が大きいため、放出したときのパワーも強くなります。重粒子線が放つ細胞に対する破壊力は陽子線の2~3倍にも上ります。このように、重粒子線はがんに対して効果的な治療法なのです。

●重粒子線治療の特徴
放射線療法のなかでがんを破壊する力が最も強い
正常な細胞に及ぼすダメージが少ない
治療期間が短い(入院3泊4日)
がんの縮小・再発を抑える効果が高い

世界初の重粒子線治療施設はサッカー場と同じ広さをもつ

 重粒子線に体の中にあるがんをたたく効果があるかもしれない――そういわれるようになったのは、1980年代です。1993年には放射線医学総合研究所が世界で初めて重粒子線によるがん治療装置「HIMAC(Heavy Ion Medical Accelera-tor in Chiba)」を稼働させました。それ以降、研究所の附属の施設である当院では肝臓がんをはじめ、さまざまながんにおいて重粒子線治療の臨床研究を続け、その成果を国内外に向けて発信しています。
 HIMACでは、常時、ライナックやシンクロトロンという加速器で加速された炭素イオンから重粒子線がつくり出されています。これを必要に応じて治療照射室にある照射装置に送ります。重粒子を加速させるために必要なスペースは、サッカー場ほどの広さにもなります。そのため、重粒子線治療装置を導入するには広い土地が必要になるなど条件が限られてしまうのが問題といえるかもしれません。現在、一部の施設でコンパクト化も進んでいます。
 治療時には、医師や診療放射線技師が治療照射室の隣にある照射管理室でモニターを見ながら患者さんに合った線量を照射していきます。治療照射室には垂直照射、水平照射ができる装置が設置されていて、縦、横両方からの照射が可能になっています。

重粒子線を発生させ、加速する装置HIMAC

治療を受けた患者さんは約400人、治療期間は2日間

重粒子線治療の累積患者数肝臓がん治療件数推移

 当院が肝臓がんに対して重粒子線治療を始めたのは、1994年です。3回の臨床試験を経て、2005年9月に先進医療として認められました。
 今は1日1回の照射を2日間続けるというスケジュールで治療を受けてもらっています。治療で照射する総線量(単位は人体が受ける放射線のエネルギー量であるグレイ)は45グレイ、1日当たりの線量は22.5グレイです。大きさやがんのある場所によっては、同じ線量で4日間・4回の治療を行う場合もあります。
 原則、2日間で終了するスケジュールで現在、先進医療として治療を提供していて、回数が多い(4~15回)ときと同等の効果が認められています。
 なお、2012年3月までに当院で治療を受けた肝臓がんの患者さんは425人で、これは当院で治療を受けたがん患者さん全体の6.5%に当たります。ここ数年では、2009年度が43人、2010年度が37人、2011年度が35人でした。

3cm以上がよい適応 高齢者でも治療可能

 重粒子線治療が受けられるかどうかは、事前の診察とその結果をもとに行われるカンファレンスによって決定されます。具体的には、次の条件になります。
 まず、肝機能が中等度以上に保たれていて(「Child-Pugh分類」でAかB)、がんが一カ所に固まって存在する(限局する)ケースです。また3cm以上のがんはラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法では難しいため、重粒子線治療のよい適応になると考えています。ただし、治療が可能ながんの大きさにも限界があり、13cm以上になると重粒子線が当たらない部分が出てくるおそれがあるため、原則、対象となりません。
 年齢や持病は問題ではなく、むしろ、高齢だったり、別に疾患があったりして、ほかの治療を行えない人には、受けるメリットの大きい治療だと考えています。当院で治療を受けた最高齢の患者さんは87歳でした。心臓病があり手術は無理でしたが、重粒子線治療を行って、5年以上元気で過ごされています。
 さらに、がんが肝臓内にある門脈という血管に広がりふたをしてしまう門脈腫瘍(しゅよう)栓ができている場合や、がんが門脈や肝動脈、下大静脈などの間にはさまれていて手術やラジオ波焼灼療法が難しいときも、重粒子線なら治療可能です。血管に対しては重粒子線の影響が少ない(感受性が低い)ため、がんだけを死滅させることができるからです。
 一方、がんがほかの臓器に転移している(遠隔転移)場合、あるいは、がんが肝臓内に多数、散らばっている場合は治療できません。これは肝臓内の一定の限られた範囲に重粒子線を照射するという放射線療法の特徴によるものです。
 このほか、腹水があると肝臓の位置がずれてしまい、正確な照射ができなくなるので、対象となりません。腹水がコントロールできていれば治療は可能です。がんが胃や腸など周囲の臓器の近くにある場合も、それらの臓器に重粒子線が当たって穿孔(せんこう)などをおこす危険性があるので行えません。

普及への最大の課題はコスト面

 肝臓がんの重粒子線治療に対する認知度は専門家、一般ともに決して高いとはいえません。日本肝癌(がん)研究会の調査では、肝臓がんの治療として放射線療法が用いられている割合は、1%未満でした。重粒子線治療がほかのすべての治療より優先される治療だとは思っていませんが、がんの状態によっては「放射線療法が適している」患者さんがいるということを、もっと啓蒙(けいもう)していかなければならないと感じています。
 また、先進医療の対象となってはいるものの、重粒子線照射技術料は自己負担で314万円。これに入院費などが別途かかります。こうした高額な治療であることが、治療の間口を狭めていると思われますが、民間の医療保険、がん保険などを利用して負担を減らしていただくとよいでしょう。
 とはいえ、今は施設の小型化が進み、新しい設備のある群馬大学の重粒子照射施設では、当施設の3分の1以下まで規模を縮小することができています。さらに低コスト化、効率化などが図られれば、もっと費用も下がり、治療が受けやすくなるかもしれません。われわれも、そこに期待しています。

治療の進め方は?

 1日22.5グレイを2日間連続で照射します。
 治療中は原則入院となりますが、3泊4日と短い期間で終わります。

体を固定する固定具を製作、治療の姿勢でCTを撮る

照射のしくみ金属マーカー留置後のX線写真

 事前の検査や診察で、治療することが決まったら、次のような手順で準備を進めていきます。
 まず、治療中に体が動くのを防ぐ固定具を作ります。固定具は、横になったときの体の形に合わせたもので、体の下に発泡スチロールの粒が入った袋を敷き、体の上からプラスチック製のカバーをかぶせます。固定具を作る際に、われわれが気をつけているのは、「苦痛なくじっとできるような姿勢でいられるようにする」ということです。姿勢の合わない固定具だと、治療中、居心地が悪くなり、患者さんにとって負担になりますから、あらかじめそのことを伝え、製作に入る前に違和感があったら遠慮なく言ってほしいとお願いしています。
 次に金属マーカーを肝臓内に埋め込みます。肝臓は呼吸で位置が変わってしまうので、X線写真に映るマーカーは照射位置を確認するのに役に立ちます。埋め込む際は局所麻酔をして、長さ3mm、太さ0.5mm程度の小さい金属片を1、2本、超音波画像を見ながらがんに近い縁の部分に留置します。この処置のあとは安静が必要なので、入院していただきます。
 続いて、治療を受ける姿勢(固定具をつけて寝た状態)でCTを撮り、画像で肝臓の形状やがんの位置などを確認します。治療のときと同じ姿勢をとるのは、肝臓の形が体位によって変わってしまうのを避けるためです。医師や診療放射線技師は、このCTをもとに、照射範囲や線量を細かく決めていきます。また画像データからがんの形に合わせたコリメータとボーラスを作成します。これらが完成するまで3日間ほどかかります。
 コリメータとボーラスが完成したら、治療のリハーサルを行います。患者さんには実際の治療と同じ姿勢で横になっていただき、不具合がないことを確認して、治療時の照合用のX線写真を撮影します。
 こうした一連の準備にかかる日数は7日から10日です。

●治療の適応となる条件
適応する ・肝機能がChild-Pugh分類でAまたはB ・がんが限局している ・大きさは問わないが13cm以上は難しい
適応しない ・腹水がある(コントロール可能なら治療できる場合がある)
・多発がん、胃や腸の近くにあるがん
・遠隔転移がある

2日間で2回照射、1回の治療時間は20~30分

初診から治療終了後まで

 当院の場合はリハーサルの前日入院、2日間治療、治療後は当日または翌日退院という、3泊4日のスケジュールを原則としています。治療は、2日間で2回、1回22.5グレイ、合計45グレイの線量を照射します。線量比率はがんの大きさや部位によって調整することがあります。照射は水平方向と垂直方向の2方向から行います。
 治療当日、照射室に来たら、リハーサルどおりあお向け(またはうつぶせ)に寝て、診療放射線技師が位置合わせをしていきます。
 位置合わせのあと照射に入ります。肝臓がんでは呼吸に合わせた照射「呼吸同期照射法」を行います。これは、肝臓は呼吸によって上下するので、照射範囲にズレが生じないよう、照射のタイミングを決める設定を行うものです。位置合わせのときに患者さんの体表面に赤外線発光装置を設置しておき、呼吸に伴う体の動きをモニターします。その動きは波形で表されるので、波形が一定のラインより下がったとき(息を吐ききったとき)のタイミングで照射していきます。
 実際の治療では、患者さんはじっと横になっているだけです。痛みや熱さを感じることはありませんが、30分程度一切体を動かさないのは、少しつらいかもしれません。照射時間は合計で数分ほどですが、位置合わせや呼吸同期照射法を行うため、治療時間はトータル20~30分ほどかかります。終わったあとは歩いてそのまま病棟に戻ります。

2回照射後の肝細胞がんの変化治療の手順

治療後の経過は?

 数カ月から1年かけて徐々にがんが小さくなっていきます。放射線の専門家でないと変化がわかりにくいことから、治療後も継続してフォローアップを行います。

治療後は定期的に経過観察する

重粒子線治療の基本情報

 治療後はフォローアップも引き続き行うようにしています。治療後1年は3カ月に1回受診してもらい、CTやMRIを撮って、がんの状態を確認します。
 また血液検査では、腫瘍マーカーや肝機能の状態もチェックします。まず「がんがこれ以上小さくならない」とわれわれが判断するまで、フォローアップを続けます。その後はかかりつけ医と連携しての定期検査になります。
 重粒子線治療では、治療後のがんの画像は、専門家でないとわからないような、独特の変わり方をするのが特徴です。がんは数カ月から1年の経過で少しずつ小さくなっていきますが、完全にがんが画像上から消えることはまれで、ほとんどは一定の大きさに縮小した状態で維持されます。
 普段肝臓がんのCT画像を見慣れている医師であっても、重粒子線治療後の変化は判断が難しく、治療の効果が現れていないと誤解を招いてしまう危険性もあります。
 そうしたことから、当院で責任をもって経過観察をすることが大切になります。

皮膚障害のピークは約6週間後に現れるので注意

 治療後は、疲れすぎや、脱水などに注意します。
 治療による副作用は概して軽く、9割以上が無症状で過ごせています。肝機能は少し変化しても、大きな問題にはなっていません。
 おこりうる副作用のうち、日焼けのような皮膚障害は照射直後ではなく、6週間後ぐらいにピークを迎えます。特に治療を必要とするものではありませんが、2~3週間たっても皮膚にうっすらとしか色がつかないので、患者さんは大丈夫だと思ってしまい、あとで日焼けの色が濃くなって驚かれることが多いのです。
 そのほか、まれにですが重粒子線が肺に当たると肺炎をおこすことがあります。また、重粒子線が当たった部分の肋骨(ろっこつ)がもろくなり、何らかのはずみで骨折することがあるので注意が必要です。

局所制御率は約90% 生存率は3年で66%

 重粒子線治療の有効性について、まず、局所再発をどれくらい抑えられたかをみる局所制御率をみると、がんの大きさ、場所、治療回数にかかわらず約90%と、大変高いものでした。
 生存率では、重粒子線治療のよい適応とされる、5cm以上のがんで、かつ肝機能がよいChild-Pugh分類がAのグループだけをピックアップしてみると、1年目で93%、3年目で66%、5年目でも43%と良好で、肝切除(5~10cmのがんの場合で、1年目82%、5年目44%)と変わらない治療成績が得られています(肝切除の成績は第18回全国原発性肝癌追跡調査報告より)。

重粒子線による局所制御率重粒子線の治療成績