肺がんの「縮小手術」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者鈴木健司(すずき・けんじ)先生
順天堂大学医学部附属順天堂医院 呼吸器外科教授
1965年東京都生まれ。90年防衛医科大学校卒業。95年国立がんセンター東病院レジデント、99年国立がんセンター中央病院スタッフドクター、2007年同病院医長を経て、08年より現職。

本記事は、株式会社法研が2012年3月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肺がん」より許諾を得て転載しています。
肺がんの治療に関する最新情報は、「肺がんを知る」をご参照ください。

肺葉の一部のみ切除し、肺機能の温存を狙う

 胸部を小さめに切開して、肺葉の一部を切除し、呼吸機能をできるだけ残す手術です。
 リンパ節転移のないごく早期のがんや、持病のある高齢の患者さんが対象となります。

病巣部分を中心に小さく切り取る手術法

 肺がんの開胸手術は大きく4つに分かれます。1つ目はがんがみつかった側の肺を丸ごと切除する「肺全摘(ぜんてき)術」、2つ目は右肺3つ、左肺2つに分かれる肺葉(はいよう)単位で切除し、現在の標準的な手術となっている肺葉切除術です。これに加えて、最近、件数が増えているのが肺葉をさらに区域に分けて、区域ごとに切除する「区域切除」、そして、がん病巣だけをくり抜くように切除する「部分切除(楔(くさび)状切除)」です。縮小手術とは一般に、この区域切除と部分切除の2つを指します。
 肺全摘術や肺葉切除術では、がんが広がっている危険性のある周辺のリンパ節も一緒に郭清(かくせい)(切除)します。肺がんの場合、病期I期の早期がんであっても、約15~20%はリンパ節に転移していると考えられるからです。
 これに対して区域切除では、状態によって一部切除することはありますが、原則的にリンパ節は郭清せず、部分切除ではリンパ節の郭清は一切行いません。すなわち、リンパ節転移のないI期の場合に縮小手術が可能ということになります。

●縮小手術の特徴
・肺葉全体ではなく、がんのある一部を切除
・原則としてリンパ節郭清(切除)はしない
・呼吸機能を可能な限り残す
・胸の切開部も縮小
・術後の痛みが少ない
・手術時間、入院期間の短縮

持病のある患者さんや、ごく早期のケースが適応する

 肺がんの縮小手術は、肺葉を少しでも多く残すことで呼吸機能の温存を図ります。さらに、手術時間や入院期間が短縮でき、術後の痛みも少ないので、早期の社会復帰など、治療後の患者さんの生活の質の維持に有効です。
 一方、肺がんの手術のもっとも重要な目的は、根治をめざすことです。それにはがんが確認できた部位はもちろん、転移の可能性のあるリンパ節も切除して、がんを完全に取り切る必要があります。患者さんの負担が減ってもがんの取り残しがあっては、手術の意味がありません。
 そこで、縮小手術では、がんの取り残しによる局所再発(切除した部位の近くにがんが発生する)の危険性を徹底的に避けるため、リンパ節転移の有無などを術前に的確に見極めることが大変重要で、細心の注意を払っています。縮小手術の適応となるのは次のようなケースです。

左右の肺の肺葉はさらに区域に分けられる

(1)ハイリスク(手術に影響する持病がある)


 肺気腫(はいきしゅ)(COPD:慢性閉塞(へいそく)性肺疾患)などで、肺の機能が低い、肺活量が少ない人は、1つの肺葉を丸ごと切除すると、残った肺葉では通常の生活ができなくなるおそれがあるため、縮小手術の対象となります。心不全・心機能不全、腎(じん)不全(人工透析)、コントロールの悪い糖尿病などの場合も、手術および手術後の肺機能低下の体への影響が大きいため、縮小手術の対象となります。

(2)多発肺がん


 がんが複数の肺葉に確認された場合、2つの可能性があります。それぞれが別々に発生した原発(げんぱつ)がんである多発肺がんの場合と、1つの肺葉にできたがんがほかの肺葉に転移した肺転移の場合です。
 多発肺がんはどちらもI期までにとどまっていれば手術療法の対象になります。両方を肺葉切除したのでは、術後の生活が困難になるため、それぞれ区域切除をします。複数の肺がんに対して区域切除を行うには非常に高度な技術が必要なため、実施可能な医療機関は限られます。当施設では安全に行っています。
 肺転移の場合は、手術以外の治療が必要となります。

(3)すりガラス状陰影(GGO)


 通常、がんはCT画像では白く映りますが、すりガラス越しに見たように薄くグレーに映る状態は「すりガラス状陰影」と呼ばれています。これは、ほぼ100%リンパ節転移のない、腺(せん)がんのごく早期(IA期の一部)と診断され、縮小手術の適応となります。
区域切除と部分切除

難しい手術を安全に行えるか体への負担を減らせるか

縮小手術が適する主なケース

 区域切除が肺がんの手術全体に占める割合は、全国的にみると、10年ほど前には1%にも満たない程度でしたが、現在は約8%と急増しています。CT検査の普及で、適応となる早期(I期)でみつかる人が増えたことや、体力的に肺葉切除術が難しい、高齢の患者さんが増加し、より負担の少ない手術が求められるようになってきたためとみられています。
 区域切除は、肺を立体的に、三角柱のようなイメージで切除することになります。肺の構造上、内部に深く入り込んでいる区域は、切除・縫合を同時に行える自動縫合器が使いづらいため、電気メスで切り取るしかありません。その際、解剖学をはじめとするさまざまな知識や経験がないと、血管を傷つけ大出血をおこす危険があり、非常に難しい手術となります。
 また、II期、III期で抗がん薬や放射線療法を受け、がんを縮小させたうえで縮小手術となるケースもありますが、薬剤や放射線によってがんの周辺が変質しているため、切除には熟練が必要とされます。
 縮小手術の「縮小」の本来の意味は、ただ切除部分を小さくする、ということではありません。傷が小さくても、出血量が多かったり、手術時間が長くかかっていては、患者さんにとっては「縮小」になりません。患者さんにかかる負担を小さくすることが縮小手術の目的です。さらに、がんを取り切るという目的を果たすには、外科医として難易度の高い手術を安全に行うことができるかどうかが問われます。
 肺がんの患者さんには高齢者も多く、心臓疾患や糖尿病など、持病への対策が必須です。私が勤務する順天堂医院は総合病院なので、患者さんに問題があれば、各疾患の専門医にただちに対応してもらうことが可能です。医療機関を選ぶ場合には、その点も考慮することが大切だと考えています。

肺がん縮小手術の推移

治療の進め方は?

 胸部の切開口は肺葉切除の開胸手術より小さく、胸腔内をよく見るために胸腔鏡を併用します。
 平均手術時間は1時間50分、手術翌日から歩き、6日目ごろには退院となります。

手術の1~2日前に入院 術前1カ月以上の禁煙が重要

しっかり説明をして患者さんと話し合い、理解と納得のうえで手術に臨む

 肺がんの縮小手術を受ける場合も標準の開胸手術と同様、手術予定日の1~2日前に入院し、肺機能を中心に全身の状態を確認するための術前検査を受けます。呼吸機能訓練や、痰(たん)を出しやすくするためにネブライザー(吸入器)による吸入も行います。できるだけ体を動かして、体調維持に努めることも重要です。
 手術直前まで喫煙していると、術後に肺炎など、命にかかわる合併症をおこす危険性が高まります。喫煙者は、手術を安全に行うために、手術前1カ月以上の禁煙が必要です。

切開はわきの下を10cm程度 胸腔鏡も併用する

 肺がんの標準となっている開胸手術では、切開部位の筋肉を約20cmにわたって切り、開胸器を使って手術口を広げますが、肋骨(ろっこつ)の間が十分に開かない場合は、肋骨を1~2本切ってはずす必要があります。一方、完全胸腔鏡(きょうくうきょう)下手術では、カメラ(胸腔鏡)や手術器具のための数cmの傷口を3~4カ所あけるだけです。
 縮小手術の場合はこの中間にあたる小開胸手術になります。当施設の場合、補助的に胸腔鏡も併用するので、胸腔鏡のための1~1.5cmの傷口1カ所をあけ、切除のためにわきの下に10cm程度の切開を行います。筋肉も肋骨も切ることはありません。
  「開胸」も「胸腔鏡」も両方行うという意味で、この手術は、ハイブリッドサージャリーと呼ばれることもあります。
 肺葉切除術の場合は、心臓から出入りする大きな血管や気管支を縛って切断する必要がありますが、縮小手術ではその処置は不要です。がんを含む切除部位をつまむようにしたうえで、その周辺を自動縫合器で切断したり、超音波メスや電気メスで切り離したりしていきます。切開部が小さいために繊細な手技が要求されますが、直接見えにくい箇所は、胸腔鏡からの拡大されたモニター映像で確認しながら行います。肺の切断面からの空気もれや出血に備えて、ドレーンと呼ばれる管を体外に出し、傷を閉じます。
 当施設では出血量は30~40mL程度であり、輸血の必要はありません。所要時間も肺葉切除術の3~4時間に対して1時間半~2時間半、平均1時間50分に短縮されています。

手術室のセッティングと手術法

翌日から歩行、食事 早ければ3日目には退院も

手術後の合併症予防には

 手術後は、できるだけ早くから動くようにします。ベッドに横になっている時間が長いほど、足腰が弱り、肺塞栓(そくせん)症(いわゆるエコノミークラス症候群)など、合併症の危険性が高まるからです。当施設の場合、患者さんには手術の翌日から歩いて、食事をとってもらうようにしています。傷の痛みで痰(たん)を出しにくくなると、肺炎の危険性が増すため、せきをして痰を出すようにします。
 縮小手術なら2日目にはドレーンもはずれ、早い人は3日目、平均でも6日目には退院となり、肺葉切除術の場合より数日は入院期間を短縮できます。

糖尿病、心臓病などがあると入院が長引く傾向

入院から退院まで

 糖尿病の患者さんは、肺の切断面を含めて傷の治りが遅くなり、入院が長引きます。
 また、最近は、狭心症や心筋梗塞(こうそく)の治療で、心臓の動脈にステントと呼ばれる網状の管を入れている人もめずらしくありません。このような人は、血液が固まらないための薬の服用を続けています。手術前には薬を休止しますが、出血が止まらなくなる危険があるため、出血量の少ない治療でないと受けられません。さらに術後の管理にも慎重を期すので、入院期間が長くなりがちです。脳梗塞の治療を受けている患者さんも同様です。このような患者さんの入院期間は、縮小手術であっても2週間ほどになることがあります。

治療後の経過は?

 治療効果は良好で、重い合併症もみられません。縮小手術と肺葉切除術の生存率を比較する臨床試験を、日本国内で実施中。体への負担がより少ない手術の普及が期待されます。

間質性肺炎の悪化は少ない合併症は標準の開胸手術と同様

 当施設の縮小手術は、下のグラフにみるように、非常に良好な成績を上げています。
 肺がんの患者さんは、肺が線維(せんい)化してかたくなる間質性肺炎という肺の病気を併発していることがあります。手術後は間質性肺炎が悪化しやすく、医療機関によっては、その約20%に急激な悪化がみられます。しかし、当施設では全国でもっとも少ない約2%にとどまっており、安全に行われています。
 このほか、縮小手術の主な合併症としておこりうるのは、肺がんの開胸手術ととくに違いはなく、息切れ、空咳(ぜき)、傷の痛みなどです。また、手術によって出血、声がれ、術後肺炎、肺水腫(はいすいしゅ)(肺のむくみ)、呼吸不全、不整脈、肺瘻(ろう)(肺の空気もれ)などがおこることもあります。
 退院の2週間後に、外来で術後の検診を受けます。その後は間隔をあけながら、5年間は、定期的に再発のチェックを続けます。

体への負担が減る方向へ縮小手術で呼吸機能を温存

 肺がんの手術は1930年代に肺全摘術から始まり、50年代に肺葉切除術が開始されて、現在、これが標準手術となっています。肺全摘術の手術による死亡率は5%、20人に1人という割合ですが、肺葉切除術ではせいぜい0.5%、1000人に5人というレベルに達しており、より安全で、患者さんへの負担が少ない手術に移行してきています。
 一方、患者さんのQOLを左右する呼吸機能で比較すると、1つの肺葉切除によって、残った肺の呼吸機能は約20%低下します。区域切除では、1カ所につき約10%、部分切除では、1カ所につき約3%の低下で抑えることができ、縮小手術は呼吸機能温存のために有効です。
 しかし、現状では、縮小手術は、がんの取り残しの危険性を伴うとの指摘もあり、縮小手術の適応には慎重な論議が行われているところです。
 95年にアメリカで、病期IA期のT1N0M0という早期でみつかった肺がんの患者さんを対象に、肺葉切除と区域切除とで5年後の生存率を比較した結果、肺葉切除術を受けた人のほうが、区域切除を受けた人よりも生存率が高いことが明らかになりました。

すりガラス状陰影は、縮小手術が標準治療に

縮小手術の基本情報縮小手術の治療成績

 では、日本ではどうなのかという問題が提起され、これにこたえるため、私も参加する日本臨床腫瘍(しゅよう)研究グループ(JCOG)による臨床試験が、現在、日本国内で行われています。2つのタイプの肺がんを対象にした臨床試験であり、1つはCTでみつかるごく早期のがんであるすりガラス状陰影(GGO)、もう1つは約10%がリンパ節転移を伴うといわれている早期がんです。
 すりガラス状陰影についての試験はすでに終了し、2012年2月現在、結果を待つだけという段階ですが、縮小手術でも肺葉切除術に劣らない生存率が得られるとの結果が予想され、今後、縮小手術がすりガラス状陰影の標準治療になるものとみられています。
 一方のリンパ節転移の可能性がある早期がんについては2012年2月現在、試験中で、結果が出るまでにまだ15~20年かかります。
 現在では、早期肺がんの根治を求める標準手術はあくまでも肺葉切除です。したがって、縮小手術は、医師も患者も、その必要性および伴うリスク、医師の経験や実績、施設の特性を十分検討し、納得して選択すべき治療だと考えます。


体幹部定位放射線療法(SBRT)

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