肺がんの「重粒子線治療」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者山本直敬(やまもと・なおよし)先生
放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院 治療室長
1960年和歌山県生まれ。88年信州大学医学部卒業。同年、千葉大学医学部肺癌研究施設外科入局。千葉大学医学部附属病院肺外科、千葉県がんセンター呼吸器科、国立病院機構千葉東病院呼吸器外科等で肺がんの外科治療を行う。97年4月~2002年3月まで放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院勤務、2007年5月より現職。

本記事は、株式会社法研が2012年3月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肺がん」より許諾を得て転載しています。
肺がんの治療に関する最新情報は、「肺がんを知る」をご参照ください。

強い破壊力をもちながら体に優しく手術できない肺がんも治療可能

 大きな破壊力をもつ重粒子線を、超高速でがん細胞にぶつける治療です。
 サイズの大きな肺がんにも対応できるうえ、正常細胞への影響はほとんどありません。

最大線量をがんに集中照射 治療効果が高く障害は少ない

重粒子線治療の特徴

 重粒子とは炭素、ネオン、シリコン、アルゴンなどの粒子(イオン:プラスまたはマイナスの電気を帯びた原子)のことです。これらの粒子を光速の70%以上という超高速に加速すると、重粒子線という放射線になります。
 この重粒子線や陽子線(水素の原子核を利用)を、集中的にがん細胞にぶつけ、がんを破壊する治療法を粒子線治療といいます。
 なお、私が勤務する放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院をはじめとして、日本の重粒子線治療施設では、重粒子のうち、炭素のイオンを使用しているため、重粒子線治療は炭素イオン線治療とも呼ばれています。
 従来の放射線療法で使われているのはX線ですが、X線は体に入った直後がもっとも放射線量が高く、体の奥深くに進むほど低くなっていきます。
 これに対して、重粒子線の場合、超高速で体に当てると、ある程度の深さまで到達したところで止まり、そこで線量が急増します。この線量が急増したところをブラッグピークといい、ブラッグピークに至るまでは線量があまり上がりません。そして、ブラッグピークを過ぎると一気に線量が下がります。
 重粒子線治療では、この性質を利用して、標的とするがんにブラッグピークを一致させて照射します。これにより、最大のエネルギーをがんに集中して当てられるうえ、がんの周囲の正常な組織への障害を少なくすることができます。
 また、重粒子は文字どおり、質量が重くて大きいため、超高速に加速してがんに当てることで、がん細胞を遺伝子レベルから破壊、死滅させる強力な作用をもっています。そのため、従来の放射線療法では治りにくいとされる、5cmを超えた大きながんも治すことができます。
 これらの特徴は、粒子線治療の1つである陽子線治療でも同じですが、重粒子は陽子よりも重くて大きいため、重粒子線のほうが治療効果が高くなります。重粒子線の破壊力は、陽子線の2~3倍とされています。
 さらに、当施設では、強い破壊力をがんに集中させることで、肺がんの治療回数(期間)を減らす研究に取り組んでいます。治療期間を短縮することで、患者さんの体の負担も、治療時間を確保する負担も減ります。また、1人当たりの治療装置の使用時間が減ることで、より多くの患者さんが治療を受けられるようになると考えています。
 2012年2月現在、当施設のほかに肺がんの重粒子線治療を受けられるのは、群馬大学重粒子線医学研究センター、兵庫県立粒子線医療センターの2カ所です。いずれの施設も、重粒子線治療が先進医療として認められています。さらに、九州国際重粒子線がん治療センターが建設中であり、神奈川県立がんセンターでも重粒子線治療装置の導入を進めています。

重粒子線を発生させ、加速する装置HIMAC

患者さんの7割以上がI期 高齢や持病で手術困難な人

日本国内の実施施設状況

 がんが1つの肺葉(はいよう)にとどまっている早期の非小細胞肺がん(I期)では、通常、手術で根治をめざしますが、重粒子線治療はI期がんに対して、手術にも匹敵する効果が期待できます。
 そこで、I期であっても手術の難しい次のような患者さんは、重粒子線治療の対象となります。
 (1)高齢やほかの持病(心臓病や糖尿病など)、肺気腫(はいきしゅ)(COPD:慢性閉塞(へいそく)性肺疾患)などによる肺の機能低下のために手術が受けられない。
 (2)すでに肺がん手術の経験があり、2つ目の肺がんがみつかったが、手術は体への負担が大きいためできない。
 実際に、1994年から2000年までに当施設で治療を受けた131名のI期がんの患者さんのうち、76%が手術が難しいとされた患者さんでした。また、最近では80歳代後半の高齢の患者さんが増えています。

手術では取りきれないがんや切除しにくい場所のがんにも効く

 また、肺の入り口の気管支近くにできた肺門(はいもん)型(中心型)のがんや、血管や神経が集中している場所にまで広がったがんは、手術で切除しようとすると周囲の組織が傷つきやすく、高度な技術が必要となります。このような場合でも、重粒子線治療なら、がん細胞だけを破壊することができます。
 さらに、I期だけでなく、がんがリンパ節や周囲の臓器に広がっている局所進行がんの一部(II~IIIA期)も、重粒子線治療の適応となります。
 実際に、当施設で重粒子線治療を受けたII期・IIIA期の患者さん37人について、治療後5年の成績が報告されています。4週間で計16回照射したところ、治療後5年の局所制御率(照射部位に再発がない人の割合)は87.8%、原病生存率(死亡原因を肺がんのみに絞って集計した生存者の割合)も55.3%となりました。手術では取りきれないがんであっても、破壊力の強い重粒子線治療であれば、がんが消える可能性があるといえます。
 なお、このような局所進行がんに対しては、さらに効果を上げるため、現在、抗がん薬と組み合わせた治療法の開発を検討しています。

●重粒子線治療の適応となるがん(非小細胞肺がん)
I期がん
・がんが1つの肺葉(はいよう)内にとどまっていて、リンパ節転移がない
局所進行がん
・がんが1つの肺葉内にとどまっていて、リンパ節転移が少ない(T1~T2N1)
・胸壁浸潤(しんじゅん)があるがリンパ節転移がない(T3N0)
・縦隔(じゅうかく)型肺がん(※1),パンコースト腫瘍(しゅよう)(※2)など
・がん性胸水(※3)、胸膜播種(はしゅ)(※4)などがない
上記に共通の条件
・手術できない、または手術を受けたくない
・病名とその状態について患者さん本人に告知がされており、かつ本人に同意能力がある
・活動性の重複がんがない
・全身状態に問題がないか、問題があっても歩行や身のまわりのことはできる
・以前に同じ部位への放射線療法を受けていない
・重粒子線治療前4週間以内に化学療法を受けていない
・照射部位に活動性の結核、真菌症などの難治性感染症や間質性肺炎が合併していない

※1:縦隔近くのがんが縦隔に直接広がり、リンパ節転移も巻き込んでひとかたまりのがんとなっているもの
※2:肺のいちばん上にできるがん
※3:胸腔(きょうくう)内に体液がたまった状態
※4:がんが胸膜に散らばって転移しているもの

治療の進め方は?

 治療計画を立て、治療中に体を固定する型や、照射範囲をコントロールする器具を製作して重粒子線を胸腔内の肺がんに正確に照射します。
 現在、1回照射の臨床試験も進行中です。

治療が決定したら専用の固定具を製作

肺がん患者さんの固定具。治療中、体が動かないように固定し、照射位置がずれるのを防ぐ

 重粒子線治療を希望する患者さんは、事前にさまざまな検査を受ける必要があります。当施設では2日間かけて、PET検査、CT検査、MRI検査、骨シンチグラフィ、さらには肺活量や肺機能の検査、心電図なども確認します。
 そして、PET検査の結果を中心に、重粒子線治療が患者さんにとって適切な治療法かどうか、倫理審査を行います。承認されたら患者さんに詳細な説明を行い、治療についての同意を得ることになります。患者さんによく考えてもらったうえで意思を確認するため1~2週間の間をおいてから再度来院してもらっています。
 治療が決まったら、準備として、初めに固定具を作ります。これは、がんに重粒子線をピンポイントに照射するため、治療中に位置がずれないように患者さんの体を固定するものです。まず、発泡スチロールの粒が詰まった袋の上に横になってもらい、体が安定するように整形します。さらに、特殊なプラスチックで、胸部を覆うカバーを作ります。これらは患者さんの体に合った、一人ひとり専用の固定具となります。

息を吐ききったときに合わせ治療計画を作成

初診から治療終了後まで

 固定具を製作したら、治療計画用のCT画像を撮影します。
 肺の位置は呼吸によって大きく移動してしまうので、この呼吸によるずれを計算に入れて照射する必要がありますが、照射の間中、患者さんに息を止めてもらうのは大変です。そこでCT画像撮影時に、胸部カバーにLEDの赤外線を発射する装置を取りつけ、患者さんには自然に呼吸してもらいます。モニターで呼吸による赤外線の上下の動きを感知して、肺が安定しやすい、息を吐ききったときのCT画像を撮影します。この画像に合わせ、「どの部位に、どれだけの線量を当てるか」といった詳細な治療計画を作成します。
 実際の治療時にも患者さんに赤外線発射装置をつけてもらい、赤外線の感知によって正確な肺の位置を把握し、照射を行います。これを呼吸同期照射法といいます。

赤外線を発車する装置を使い、呼吸によって照射位置がずれないようにする

照射範囲を絞るコリメータ 深度をコントロールするボーラス

 次に、治療計画をもとに、コリメータとボーラスを製作します。
 コリメータは、重粒子線の照射範囲を絞り込むための器具で、厚さ5cmほどの真ちゅうのかたまりをくり抜いて、CT画像を参考に、当てたい範囲の形を作ります。
 一方、ボーラスは、重粒子線の到達する深度を調整するための器具で、ポリエチレンのかたまりを立体の地形図のような形に成形します。厚みのある部分を通過した重粒子線は、そのぶんエネルギーを失い、体の深い位置にまで到達できません。その性質を利用し、正常細胞にあたる部分には厚みをつけ、反対に、がんに達する部分を薄くします。このコリメータとボーラスによって、治療計画どおり、肺がんの形に合った照射が実現できます。
 準備ができたら、患者さんに入院してもらい、治療の前にリハーサルを行います。当施設では実際の重粒子線治療室のほかにリハーサル専用の部屋があります。ここで、実際に固定具などを使い、1時間半~2時間かけて、治療計画と一致するよう、慎重に患者さんの体の位置を決めます。

重粒子線治療と定位放射線照射の治療計画図の比較 重粒子線照射の仕組み

照射は2~3分で終了照射中に痛みや刺激はなし

 患者さんが重粒子線治療室に入り、治療台に寝ると、担当技師がリハーサルどおりに位置合わせを行います。通常15分ほどで位置合わせは終了します。患者さんの治療計画上の3次元画像と、実際の患者さんのがんの位置が一致していることを医師が確認し、照射開始となります。
 当施設の重粒子線治療装置の照射口は垂直と水平の2方向固定となっており、患者さんが寝ている治療台を左右に20度ずつ傾けることで、合計4方向からの照射を行います。照射そのものは2~3分で終了します。痛みはもちろん、熱感などの刺激もなく、患者さんはただ寝ているだけですみます。
 治療室への入室から退出までは、通常30分以内です。

治療室と重粒子線の流れ

I期がんには4回照射が標準 1回照射も試験的に実施

肺がんの患者数の推移

 I期の非小細胞肺がんに対する当施設での重粒子線治療は、当初18回(6週間)照射から始まり、徐々に短縮化が図られ、9回(3週間)照射を経て、現在は4回(1週間)照射が標準的な治療になっています。
 通常、火~金曜の4回行い、原則としてこの間入院となりますが、通院での治療が可能な場合もあります。
 照射する線量(単位は人体が受ける放射線のエネルギー量:グレイ)は、がんの大きさが3cm以下なら52.8グレイ(1回13.2グレイ×4回)、3cmを超えると60グレイ(1回15グレイ×4回)としています。
 さらに、2012年2月現在、まだ臨床試験中ですが、1回(1日)照射も行っています。こちらは28グレイから徐々に線量を上げて研究を重ね、現在は、50グレイを1日で照射する方法をとっています。
 なお、局所進行がんに対しては、16回(4週間)照射を行っており、線量は72グレイ(1回4.5グレイ×16回)としています。

退院後は定期検査を続けて再発・転移や合併症をチェック

 治療が終わったら、翌日には退院となります。
 退院後は、とくに生活の制限はありません。退院1カ月後に血液検査とCT検査、3カ月後にさらにくわしい検査(PET検査、CT検査、骨シンチグラフィ、MRI検査)を行い、再発・転移はもちろん、治療に伴う合併症がおこっていないかどうかをチェックします。
 そして、退院3カ月後以降は3カ月ごとの検査となり、2年を目安に続けます。その後は半年に1回ずつ、5年間は経過観察を受けてもらいます。

肺がんだから実現できた1回照射

治療前 治療後

 われわれの施設、放射線医学総合研究所では、各がんに対して治療期間を短縮する研究に取り組んでいますが、現在、1回照射が実現できているのは肺がんのみです。
 肺以外の臓器のがんは、照射の通り道となる部分にほかの臓器があることが多く、一度に高い線量を照射することは危険を伴います。しかし、肺内の発生位置により、周囲にほかの臓器がない肺野(はいや)型(末梢(まっしょう)型)の肺がんの場合は、がんだけを高線量で狙い撃ちにできます。
 1回照射の治療は、2003年に開始して200人以上の患者さんが受けており、局所制御率の平均は約80%となっています。これは照射線量やがんの大きさを問わず、すべての患者さんの平均です。現在の線量は50グレイですが、36グレイの段階の成績でも、2cm以下のがんであれば、ほぼ99%という非常に高い局所制御率が得られています。これは4回照射に遜色(そんしょく)ない成績といえます。
 現在は、サイズの大きいがんに対しても1回照射で4回照射と同等の局所制御率を得られるよう、徐々に照射線量を上げながら研究を続けているところです。

治療後の経過は?

 治療効果は、I期がんで局所制御率が90%以上という非常によい成績が得られています。
 一方、合併症として日常生活で問題となるほどのものは発生していません。

I期がんでは手術なみの治療成績

重粒子線治療後の局所制御率

 当施設で、9回もしくは4回照射を受けたI期非小細胞肺がんの患者さん計131人の経過をみたところ、治療後3年の局所制御率は93.0%、5年でも91.8%であり、90%以上を達成しています。
 がんの大きさ別にみると、3cm以下のIA期のがんでは3年の局所制御率が98.6%。3~5cmのIB期でも85.0%と、3cmを超えるがんであっても良好な成績が出ています。
 治療後3年の原病生存率も、IA期で89.9%、IB期でも65.4%となっており、これは手術と同等の治療成績であるといえます。
 また、定位放射線照射、陽子線治療と比較しても、同等の成績が報告されています。

合併症はきわめて軽く、間質性肺炎の悪化もなし

重粒子線治療の基本情報重粒子線の9回・4回照射による合併症

 合併症に関して、従来の放射線療法では、間質性肺炎(肺が線維(せんい)化して、かたく縮んでいく病気)が悪化しやすいことが知られています。しかし、当施設では、これまでに肺がんと間質性肺炎の合併症をもった10数人の患者さんに重粒子線治療を行っていますが、間質性肺炎の症状悪化などは確認されていません。
 重粒子線治療でもっとも気をつけなければならないのは、放射線性肺炎です。これは、一定量の重粒子線ががん周辺の肺の組織に当たったときに、その組織がかたくなる(線維化する)ことでおこります。痛みや息切れといった症状が現れ、肺活量も減ります。通常は日常生活に支障が出るほどではありませんが、もともと肺機能が低い人や肺活量が少ない人には影響が出ることがあります。ただし、これは広範囲に照射するIII期以降のがんでおこりやすい合併症で、I期の患者さんにおこる可能性は低いといえます。実際、9回照射・4回照射を受けた80歳以上のI期の患者さん28名についての分析結果をみても、肺機能の障害は軽度となっています。
 そのほか、重大ではないものの、治療後におこりやすいのは、皮膚炎と、筋肉や骨、神経の痛みです。

●皮膚炎
 照射した部位の皮膚に、軽い炎症がおこることがあります。治療後2週間くらいが発症のピークで、人によっては赤くなったりヒリヒリしたりしますが、1カ月もするとおさまります。通常、あとは残りませんが、人によっては軽い色素沈着がおこる場合があります。

●筋肉や骨、神経の痛み
 治療後、20%ほどの人に筋肉や肋骨(ろっこつ)の痛みが出る場合があります。理由ははっきりしませんが、治療後6カ月、人によっては1年もたってから痛みが現れます。なかには痛み止めが必要なほど痛む場合もあり、再発か転移ではないかと不安になる患者さんもいますが、痛みはほとんど1カ月程度で、長引くとしても3カ月でおさまります。また、肋間(ろっかん)神経痛がおこることもありますが、通常、痛み止めを使うほどではありません。
 このように、重粒子線治療は高い治療効果をもち、かつ、体への負担が少ないため、高齢の患者さんや手術の難しい患者さんにとって、安全で確実な治療法といえます。
 なお、治療費については、大がかりな設備を必要とするため、従来の放射線療法に比べて高額です。ただし、I期非小細胞肺がんに対する4回照射、II期・IIIA期非小細胞肺がんに対する16回照射は現在、先進医療として認められています。重粒子線治療そのものは314万円かかりますが、入院や検査の費用には健康保険が適用されます。
 I期がんの1回照射、肺門型や肺門近くの肺がんなどは、臨床試験の対象となることがあります(2012年2月現在)。臨床試験に参加される場合は、314万円分が不要となるため、患者さんの負担は入院費や検査代などだけですみます。
 臨床試験の対象となるのは、患者さんのがんの状態や治療歴などの条件に適した一部の患者さんのみとなります。詳しくは担当医に相談してみましょう。

1期非小細胞肺がんに対する各放射線療法の治療成績

体幹部定位放射線療法(SBRT)

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