前立腺がんの「重粒子線治療」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者辻比呂志(つじ・ひろし)先生
放射線医学総合研究所重粒子医科学センター
融合治療診断研究 プログラムリーダー
1956年福岡県生まれ。北海道大学医学部卒。道内の病院勤務を経て、筑波大学で陽子線によるがん治療に取り組む。1995年スイスポールシェラー研究所へ留学。1997年から放射線医学総合研究所。2007年から現職。前立腺がんのほか、眼球悪性黒色腫、涙腺がんも専門としている。

本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。

抜群の破壊力で悪性度の高いがんに対抗

 重粒子線(炭素イオン線)を使って、がんを狙い撃ちにする治療です。悪性度の高いがん、高リスクのがん治療に強みをもっています。

狙った深さに止められ悪性度の高いがんを治療

重粒子線治療の特徴

 重粒子線治療は、放射線の一種である炭素イオン線を使った治療です。重粒子とは重く大きい炭素、ネオン、シリコン、アルゴンといった元素のイオン(プラスかマイナスの電気を帯びた原子)のことで、超高速に加速すると重粒子線という放射線になります。
 目ではとらえられない、極小の粒状の物質を想像すればわかりやすいかもしれません。その小さな粒を光の速さの60~80%という猛スピードに加速して、がん細胞にドンとぶつけると、がん細胞のDNAが傷ついて増殖できなくなり、がんが死滅するという原理です。
 前立腺がんの治療には、放射線の仲間であるX線も使われていますが、X線は体に入ったときがもっとも放射線の量が高く、その後は放射線量が低下しながら、体を通り抜けていきます。
 重粒子線はX線とは性質が異なり、体内に入ると放射線量が低いまま進み、ある一定の深さで止まります。止まる直前に放射線量がピークになり、その位置より先には進みません。このピークになる位置を調整すれば、前立腺の形に合わせた照射が可能です。
 X線では目標となるがん細胞より奥に位置する正常細胞を避けることが難しいのですが、重粒子線では当てたくない部分を避けて、合併症を少なくすることができます。
 放射線の一種、陽子線も狙う深さを調節できますが、がん細胞を破壊する力は、重粒子線のほうが2~3倍強力とされています。この性質のため、重粒子線治療は合併症が少なく、悪性度の高いがんを退治できるという、すぐれた治療法になっているのです。
 また、強度変調放射線治療(IMRT)で、理想的な線量分布を得るには、非常に複雑な計算をして7方向から放射線を当てる必要がありますが、重粒子線治療では照射範囲とともに到達する深さもコントロールできるので、治療計画はIMRTよりシンプルで、3方向からの照射となります。

重粒子線を発生させ、加速する装置 HIMAC

●炭素イオンを超高速に加速する世界初の医療専用装置HIMAC

 重粒子線治療に世界で初めて取り組んだのは、アメリカのローレンスバークレイ研究所で、1970年代のことでした。ネオンイオン線を用いた研究でしたが、十分な成果を得られないまま、資金難のため1993年で研究は打ち切られました。
 日本では放射線医学総合研究所(放医研)が、1993年に重粒子線がん治療装置(HIMAC)を完成させ、1994年からがん治療に用いています。
 ローレンスバークレイ研究所は、物理学の基礎研究用の施設の一部を借りて医療用に使っていたのですが、放医研のHIMACは世界初の医療専用装置です。
 HIMACは直径約40m、周長約130mの巨大な主加速器をもっています。炭素イオンを徐々にスピードアップし、最終的にこの加速器で光速の6~8割という猛スピードに加速し、治療に使っています。

前立腺がんの治療が多く全体の2割を超える

日本国内の実施施設状況

 前立腺がんの重粒子線治療は現在、千葉県の私が勤務する施設(放射線医学総合研究所重粒子医科学センター)と群馬大学重粒子線医学研究センターの2カ所だけで行われています。このほか、佐賀県では2013年のオープンをめざした九州国際重粒子がん治療センターが建設中で、神奈川県でも建設計画があります。
 重粒子線治療はさまざまながんの治療ができますが、当施設では前立腺がんの患者さんを全体の22%ともっとも多く治療しています。

高リスクでも5年生存率は82%

重粒子線によるがん治療数のトップは前立腺がん

 前立腺がんの重粒子線治療は、限局がん、局所進行がんが適応となり、リンパ節やほかの臓器に転移がある場合は、適応にはなりません。
 重粒子線治療がほかの治療法に比べてすぐれているのは、悪性度の高い高リスクの患者さんの治療成績です。この場合の悪性度の高さはグリソンスコアで表していますが、グリソンスコアで患者さんをグループ分けし、放射線療法と重粒子線治療の成績を比較したのが上の表です。放射線療法はアメリカのグループによる臨床試験のデータです。放射線療法単独の場合と、放射線療法とホルモン療法を併用した場合のデータがあります。一方、重粒子線治療は当施設のデータで、ホルモン療法と併用しています。
 リスクの高いグループ4で比較すると、放射線療法とホルモン療法の併用で、5年生存率が約20ポイントもの大差がついています。この結果は、重粒子線を照射した場合の再発率が低いからではないかと考えています。重粒子線治療はリスクの低いがんを治せるのはもちろんですが、悪性度の高い高リスクの患者さんにも適しているといえるでしょう。

重粒子線治療は高リスク例の治療成績にすぐれている

治療の進め方は?

 治療計画を立て、コリメータ、ボーラスなどの重粒子線をコントロールする器具を製作。
 その後、入院して4週間の治療を受けます。

審査を経て承認された患者さんだけが治療対象に

初診から治療終了後まで

 初診時には紹介状、CTやMRIの検査画像、病理組織検査報告書を持参してもらいます。最初にがんの進行状態や性質について診断をします。治療に耐えうる全身状態かどうか、治療の説明を理解する能力があるかどうかもチェック対象です。
 当施設での重粒子線治療は先進医療として認められていますが、国の施設ということもあって、研究的な側面があります。患者さんには、その点を理解してもらわなければなりません。また、当方でも患者さんにとって適切な治療法かどうか倫理審査を行い、承認された患者さんだけが治療の対象となります。
 こうした手続きも含めて、患者さんにはきちんとした説明をしています。また、説明したその場で治療についての同意を求めることはしていません。1~2週間の間をおき、よく考えたうえで、再度来院してもらい、同意書に署名、捺印(なついん)していただきます。
 治療が決まったら、準備を行います。重粒子線を正確に狙ったところに当てるためには、毎回同じ姿勢をとる必要があります。そこで、横になった状態で体を固定するプラスチック製の固定具を製作します。もちろん、患者さん一人ひとり専用のものです。
 固定具を作ったあとに、治療計画用のCT画像を撮影します。治療計画ではCT画像に照射する部位や周辺の重要臓器の輪郭を入力し、どの方向からどのくらいの線量を照射するか、コンピュータを使って、綿密に計算します。
 この治療計画をもとにして、コリメータとボーラスを製作します。コリメータは厚さ5cmの金属製板の中央を病巣の形にくり抜いて、重粒子線を照射する範囲を絞るものです。金属製の板は重粒子線をさえぎるので、当てたい範囲の形を作ることができます。
 ボーラスは彫り込みによって、厚みのある部分と薄い部分を作った、立体的なポリエチレン製の器具です。山岳や平野を表した立体模型のようなものを想像してください。
 山岳部分、すなわち厚みのある部分を通過した重粒子線は、それだけエネルギーを失うので、体のあまり深いところまでは届きません。一方、平野の部分、つまり厚みの薄い部分を通過した重粒子線は、エネルギーのロスが少ないので、体の深いところまで届きます。ボーラスは体内のどの深さまで重粒子線を到達させるのかをコントロールする器具といえます。
 コリメータとボーラスを使って、コンピュータで計算した治療計画どおり、前立腺の形に合った放射線量の分布を実現するわけです。さらに、患者さん一人ひとりについて、治療計画の確認を行います。
 準備が整ったら、入院してもらい、重粒子線治療室の隣にあるリハーサル室で、位置決めに使うX線写真を撮影するなどして、治療のリハーサルを行います。このリハーサルには1時間30分~2時間程度かかります。
 その後、いよいよ治療に入ることになります。

重粒子線照射のしくみ

治療期間は4週間、合計57.6グレイを照射

 前立腺がんの治療では、重粒子線の照射は4週間かけて16回行います。照射1回当たりの線量は3.6グレイ(放射線のエネルギーを人体が受ける量の単位:線量)で、総線量は57.6グレイになります。
 リハーサルで撮影したX線画像をもとにしながら、5~20分かけて慎重に位置合わせをし、重粒子線を照射します。照射に要する時間は2~3分程度です。
 治療全体としては3方向から照射しますが、1回の照射では2方向からしか照射しません。患者さんは横たわった状態でじっとしているだけです。痛み、熱さなどの不快感はまったくありません。リラックスした状態で照射を受けることができます。
 4週間の治療が終了したら、翌日に退院となります。退院後はもともと診察を受けていた泌尿器科と当施設の、両方で経過観察をしていくことになります。前立腺がんの場合は、定期的にPSA検診を受けて、PSA値が上昇していないかどうかをチェックすることが大切です。また、治療開始から6カ月以内に、CTやMRIで画像診断を受けてもらいます。
 前立腺がんの患者さんの場合、もともと症状がなかった人が多いので、治療が終了しても自覚症状に変化はありません。ただし、合併症がみられる場合もあるので、原則1~3カ月ごとに検診を受け、何か異常を感じたらすぐに医師に伝えるようにしてもらっています。

治療の手順・治療室と重粒子の流れ

効果を落とさずに合併症を減らす治療法改善に常に挑んでいる

スタート時の治療・現在の標準治療

 重粒子線治療は、1回当たりの照射線量が3.6グレイ(放射線から受けるエネルギー量の単位)、合計16回の治療で総線量57.6グレイの治療を4週間かけて行っています。これが現在確立されている標準治療です。
 われわれの施設、放射線医学総合研究所は、国の研究機関として常に医療の進歩をめざすという使命があるため、現在の治療法よりもさらに期間を短縮して3週間で治療できないか、臨床試験を始めています。治療期間が短縮できれば、より多くの患者さんを受け入れることが可能になります。
 実は今の標準治療も、以前に取り組んでいた治療法を改善して確立したものです。もともとは5週間かけて20回の照射、1回当たり3.3グレイ、総線量66グレイという治療で始めました。その後、総線量を63グレイに落とし、さらに今は57.6グレイにまで落としたのです。治療効果を維持しながら、副作用をより少なくし、かつ治療期間を4週間にまで短縮したわけです。
 今取り組んでいる3週間の治療も、治療効果を落とさずに、より副作用を少なくすることが大前提となっています。3週間の治療が確立されるまで、順調にいっても3年はかかる見通しです。

治療後の経過は?

 各リスク平均の5年生存率は95%。とくに高リスクの治療成績がほかの治療法に比べて高く、合併症はほかの治療法に比べて軽いのが特徴です。

PSA非再発生存率も90%、重い合併症はみられない

重粒子線治療後の生存率とPSA非再発生存率

 重粒子線治療の治療効果は非常に高いものがあります。上のグラフは、われわれの施設での重粒子線治療による5年生存率とPSA非再発生存率を示しています。5年生存率は約95%、PSA非再発生存率は約90%です。
 当施設での重粒子線治療は、高リスクの患者さんが全体の60%近くを占めているという特徴があります。治療が難しいとされる患者さんが多いなかでの結果ですから、非常に高い成績といえるでしょう。
 一方、合併症がきわめて軽いのも重粒子線治療の特徴です。下記の「重粒子線治療による合併症」の上の表は、当施設における前立腺がん重粒子線治療での合併症発生率を示したものです。この表を見るとわかるとおり、外科的治療を要する重い合併症(3度)は1例もありません。理論的にはこうした合併症がおこることもありうるので、事前にそのリスクを患者さんに説明していますが、今のところおこっていません。
 現段階での標準的な治療として確立している総線量57.6グレイを16回に分けて照射する方法では、2度の合併症は直腸で0.7%、膀胱(ぼうこう)・尿道では2.6%ときわめて少なくなっています。こうした成績をほかの放射線療法と比較したものが、下記の「重粒子線治療の合併症」の下の表です。海外の施設との比較になりますが、当施設の重粒子線治療で合併症の発生率がきわめて低いことがよくわかります。

リスク別にみた前立腺がん重粒子線治療件数の推移

 重粒子線治療では、早期にみられる合併症と、晩期合併症といって治療後半年から数年たってみられるものがあります。
 早期の合併症としては、頻尿(ひんにょう)が多くみられます。頻尿の程度には個人差があるものの、おおむね1年以内にほとんど気にならない程度に改善します。頻尿以外には、残尿感がある、オシッコの切れが悪いといった症状もみられますが、これらもいずれ改善します。

重粒子線治療による合併症

 一方、まれにではありますが、血尿や、オシッコが出にくくなってしまったりすること(尿閉)があり、尿閉をおこさないことが重要なテーマになっています。なお、手術療法と違って尿失禁になることはありません。
 晩期合併症でときにみられるのが、直腸からの出血です。これも程度に個人差があって、排便時にトイレットペーパーに血がつくことが1、2回あったという程度の人もいれば、しばしば出血するという人もいます。ただし、これも先に説明したとおり、ほかの治療法に比べて割合として多いものではありません。
 性機能については、重粒子線治療では性的な意欲も含めて、勃起(ぼっき)機能は残せる可能性があります。ただし、前立腺の機能がだんだん落ちてくるので、精液が少なくなったり、出なくなったりすることは覚悟しなければなりません。
 また、高リスクの場合はホルモン療法を併用するので、性機能を維持するのは難しいと考えられます。

先進医療として認められているが技術料は自己負担

重粒子線による前立腺がん治療の基本情報

 重粒子線治療は、炭素イオンを光の速度の約7割以上にまで加速するため、大がかりな設備を必要とします。このため、治療費が高くなってしまうのが泣きどころです。
 ただし、重粒子線治療は2003年10月から、先進医療として承認をされているため、照射の技術料以外の診察、検査、投薬、入院などにかかる費用には健康保険や高額療養費制度が適用されます。照射の技術料は全額自己負担となり、当施設では314万円です。
 生命保険では先進医療の特約がついているものもあり、加入していれば、保険金で賄うことができます。
 なお、臨床試験に参加される場合は、費用の自己負担はありません。