[選択肢が拡大する脳卒中予防の現在] 2013/04/19[金]

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 脳卒中(=脳血管疾患)は、がんや心臓病と並び、「日本人の三大死因」として広く認知されてきていました。ところが、2012年に厚生労働省から発表された最新の死亡原因統計(平成23年人口動態統計月報年計)では、がん、心臓病、肺炎に次ぐ第4位の死因となっています。
 私たちにとって、脳卒中のリスクは減少したのでしょうか?答えは「NO」です。
 死亡率の低下はお薬も含めた医療体制の充実が背景にあり、脳卒中の患者数自体はほぼ横ばいとなっています。2011年時点での脳卒中(=脳血管疾患)の総患者数は約124万人。死因トップのがんの総患者数が152万人(ともに厚生労働省「平成23年患者調査」より)であることを考えると、まだまだ“国民病”として、注意しなければならない病気だということが分かります。
 加えて近年では、高齢化を背景に、今後ますます動脈硬化による虚血性心疾患や、心房細動が原因となって発症する心原性脳塞栓症が増加することが懸念されます。死亡リスクに加え、寝たきり等の重度障害になる可能性も高い心原性脳塞栓症では、確実な脳塞栓症の予防が重要で、抗凝固療法が最も有効とされています。これまで長きにわたりワルファリンが心房細動患者さんの心原性脳塞栓症発症予防に対して標準的に使われてきましたが、用量調節のための定期的な血液検査やビタミンKを含む食事の制限など、患者さんの負担もありました。それに対し、最近ではこうした患者負担を軽減するお薬なども発売され、臨床医にとっても、患者さんにとっても新たな選択肢が広がっています。こうした脳卒中治療の最前線を、国立病院機構 九州医療センター 脳血管センター 脳血管内科科長の矢坂 正弘先生にうかがいました。

死亡含め重症化しやすい心原性脳塞栓症を予防するためには

 「心房細動によって起こる心原性脳塞栓症は重い障害が残ったり、死亡に至るケースもある重篤な脳卒中ですが、急性期医療が充実してきたことで、多くの患者さんの命が救われるようになりました。しかしその一方で、一命を取り留めた患者さんの多くに身体のマヒ症状や言語障害、嚥下障害などの重い障害が残ってしまい、患者さんはもちろん、その介護をするご家族の負担が新たな問題として増えてきています。このように、脳卒中のリスクはこれまでの“死亡リスク”から“死亡も含めた発症後の障害リスク”にむしろその幅は広がっているといっても過言ではなく、抗凝固治療を含めた“脳塞栓症の予防”の重要性はますます上がっているといえます」と矢坂先生は語ります。心原性脳塞栓症は心房細動が起こることで心臓の中の血の流れが澱み、血の塊り(=血栓)が心房内に形成され、それが血流にのって脳の血管に詰まることで起こります。これらを予防するためには、血液を固まりにくくするお薬(=抗凝固薬)によって、血栓の形成を防ぐ必要があるのです。
 「心房細動とは、簡単にいうと、心臓の一部(=心房)が通常のスピードより速い早さで小刻みに動くことを表します。小刻みな速い動きなので、血液が十分に心房から次の部屋(=心室)に送られることなく、心房に長い間とどまってしまいます。そうすると、血液が固まり、心房に血栓を作ってしまうのです。血栓ができてもすべての患者さんが脳梗塞になるわけではありません。ご存じのように脳は、身体の中で最も多くの酸素を使う器官の1つで、心臓から多くの血液が脳へと運ばれるため、血栓が心房からはがれて血流にのり、脳の血管に詰まった時に脳梗塞が起きるのです。だからこそ、脳卒中を予防するためには心臓内で血栓を作らせないことが重要になります。そこで使われるのが、血液が固まるのを防ぐ抗凝固薬です。といっても、この抗凝固治療は全ての患者さんに行うものではありません。文字通り、“血が固まるのを防ぐ”お薬ですから、何らかの原因で身体のどこかで出血してしまった時には、“血が止まりにくくなる”というリスクもあります。ですが、これらの出血のリスクを見極めるための評価基準もあり、多くの患者さんで実績がある基準なのであまり心配することなく、主治医の先生にお任せいただければと思います。」(矢坂先生)

チェックシート

発症してからでは遅すぎる。だから予防が大事

 身体のマヒ症状や言語障害、嚥下障害などが後遺症として残ってしまう脳卒中は、一度発症してしまうと他の病気と比較しても入院期間が長くなる傾向にあります。また、すぐ治療をしないと病気が進行して症状がひどくなったり、再発作が起きて死亡することもあります。さらに、リハビリも早く始めないと、合併症が出て筋肉がこわばったり、症状が悪いままになってしまうこともあります。こうしたことから、一番重要なのは「脳卒中にならないこと」であり、そのためには抗凝固療法などの「予防」が重要となります。
 「脳卒中、特に心原性脳塞栓症のリスクが高まる背景として2つの事柄があります。それは“加齢”と“生活習慣の乱れ”です。前者はどうにも抗えませんが、後者についてはご本人ならびにご家族の努力でいかようにもリスクを低減できます。そのためにも、現在、抗凝固薬を服用している患者さんはもちろん、そのご家族においても“脳卒中はどんな病気か”“抗血栓薬の効果”“どんな症状が出たら119番すべきか”などを知っておく必要があると思います」(矢坂先生)

“我慢しない”お薬も~広がる経口抗凝固薬の新しい選択肢

 抗凝固療法で用いられるお薬として、国内外で長くワルファリンが使われています。ワルファリンは50年以上の歴史がある薬で、医師にとってもいわゆる“使い慣れた”薬となっています。
 「“生活習慣を整える”ことと“抗凝固薬をきちんと服用する”ことで、脳梗塞発症のリスクは低下します。その抗凝固療法の中心として、これまで長い間使われてきたワルファリンですが、難しい点が2点ほどあります。1つは納豆や青汁、緑黄色野菜などのビタミンKを含む食物が食べられないこと。そしてもう1つは定期的に血液検査を行うことです。完全に管理されている病院食とは違って、自宅での食事はなかなか完全にビタミンKを除外することは難しいものがあります。また、“●●は食べちゃダメ”と制限を設けることが、患者さんの予防のモチベーションにおいて影響があることは否めません」(矢坂先生)
 そうした患者さんの声をうけて、最近ではワルファリンと同等もしくはそれ以上の脳卒中予防効果を持ちながら、食事制限を必要としなかったり、お薬の飲み合わせの影響が少なかったりと、患者さんの負担や制限が少なく、予防に前向きに取り組める新しいお薬(=新規抗凝固薬)も登場しています。さらに、1日1回の内服ですむお薬も開発されるなど、より患者さんの負担を軽減する新規抗凝固薬があります。
 「他のお薬の影響が少なく、食事制限が無いなどの患者さんにとってのメリットが取り上げられがちなこの新規抗凝固薬ですが、実は私たち医師側にとっても大きなメリットがあります」と矢坂先生は語ります。
 「新規抗凝固薬は従来薬と比較して、頭蓋内での出血リスクが低くなっていることが明らかになっています。これはすなわち、抗凝固薬内服中に死亡リスクの高い頭蓋内の出血リスクを抑えることで、万が一の場合でも患者さんの命を救うことになります。また、処方に必要な検査の数も減ったことで、外来で患者さんと向き合う時間が長くなり、心房細動の陰に隠れた別の病気の発見などもしやすくなっています」(矢坂先生)

前向きな気持ちで継続する。それが脳卒中予防の第一歩

抗凝固療法中の脳卒中予防方法 脳卒中の予防について矢坂先生は、「抗凝固療法は最大の合併症である脳出血を避けて脳梗塞を予防することが大切です。まず、現在抗凝固薬を服用している患者さんは “しっかりお薬を飲み続ける”ことが重要です。さらに抗凝固療法中の脳出血予防に“血圧管理”“血糖管理”“禁煙”“過度な飲酒を慎む”の4つの点が重要です。繰り返しになりますが、脳卒中はご自身だけでなく、家族にも大きな負担がかかります。“なってから考える”では遅いのです。“ならないように考える”ことが大事です」と語ります。
 脳卒中を予防する抗凝固療法で重要なのは「しっかり継続してお薬を飲み続けること」です。“制限が少なく”“面倒でない”新しいお薬も登場していますので、気になる方は病院で相談してみてはいかがでしょうか。

矢坂正弘(やさか・まさひろ)先生

国立病院機構 九州医療センター 脳血管センター 脳血管内科科長
1982年熊本大学卒業。1985年~2005年まで国立循環器病センター脳血管内科勤務、途中1994年から2年間メルボルン大学オースチン病院神経内科で脳血流や脳神経超音波に関する臨床研究に従事。2005年から現職。専門は脳卒中学、抗血栓療法学、脳神経超音波学。
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