「チョイスと参加」が旗頭の英国医療改革、そのけん引役は「情報開示」だった

[病院を知ろう!プロジェクト] 2010/03/19[金]
このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加この記事についてつぶやく


ブレア前首相
photo by Wikipedia

 「無料で公平な医療を全国民に」を掲げる英国の医療制度(NHS=National Health Service)。90年代には患者の手術待ちが数カ月~数年に及ぶなど、崩壊の危機に陥ったものの、1997年に登場した労働党ブレア前首相になってから10年計画で劇的な改革が行われた。
 その全体像をまとめた書籍『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』(集英社新書)が、評判になっている。著者の武内氏は、厚生労働省に勤め日本の医療制度にも近い立場にいるだけに「そのまま適用はできないものの、貴重なヒントが多い」と言う。詳しい内容を伺った。(※なお、以下は武内氏の個人的な見解です。)

まるで地域住民による“医療自治”

ロンドンの救急車
photo by freefoto.com

QLife(以下、Q):武内さんは、英国の医療改革の特徴として「政治のビジョンとリーダーシップ」の次に、「患者中心の医療」を挙げていますね。

A:医療システムは社会の「公共物」であり共有財産だからこそ、それを支える国民、患者の視点を最大限に活かそうと考えられています。ただ「患者中心」といっても、「患者サマをお客様扱いしましょう」という概念ではなく、「患者が能動的・主体的に予防や治療に関わる」ことを意味しています。

Q:患者が能動的に医療に関わる、とは?
A:英国では、患者自身の判断力を尊重し、健康に対する意識を高め、また医療資源のより良い活用と改善を図る主体者になってもらう方向で、政策が考えられ始めています。そのため、患者に「チョイス(選択)」と「参加」の機会を創り出すことが、改革の大きな柱でした。そして「エンパワーメント」も、重視されたコンセプトです。

Q:キーワードは、「チョイス」と「参加」と「エンパワーメント」ですね。順番に教えてください。
A:「チョイス」とは、医療機関の選択をはじめ、患者が医療サービスを「選択」するという発想です。国民に選択をさせるのは「患者中心の医療」の入口であり、選択のためには「徹底的な情報開示」が必要とされました。これは”配給型”の英国医療の伝統からすれば斬新な取組でした。今では病院や診療所の第3者評価を簡単にネットで閲覧できるし、地域ごとの健康状態の特徴データも確認できます(後述)。情報が多過ぎてかえって迷う患者さんもいるのではと心配するくらいですが、このオープンな姿勢が医療システム全体への信頼感や共有感を培っている面もあるのではないでしょうか。また、医療機関にプレッシャーを与えて改善意欲や緊張感を持たせる効果や、競争促進で質が低い医療機関の新陳代謝につながる効果も狙っていると思います。

Q:では2番目の「参加」とは何ですか?
A:個人と地域の2つのレベルがあります。個人次元では、自分の治療方針や内容に関与すること。そして地域次元では、医療機関などの運営方針に関与することです。後者はかなり本格的で、例えば病院(トラスト)の役員会メンバーに必ず地域住民を任命することが義務付けられていて、しかも “医療の素人”でも役員の仕事ができるよう専門的知識を研修する機関まであります。またリンクス(LINks=Local Involvement Networks:地域参画ネットワーク)という地域住民評議会が、患者や医療従事者のアンケート調査を行って、問題点の対策をNHS機関に求める権限などを持っているのです。

Q:医療の地方自治ですね。
A:そうした取り組みを通じて、3つ目の「エンパワーメント」を実現しています。これは、日本では聞き慣れない言葉ですが、「能力開花、権限付与、あるいは本来持っていた力を発揮させること」と訳せば良いでしょうか。患者側も相応の知識や意識を身に付けましょう、そして個人レベルでは自分の健康や治療に責任を持ち、地域レベルでは医療資源という公共財に責任を持ちましょう、と誘導しているのですね。政府の文書などにも”our health”というフレーズが良く使われます。患者や市民も医療の「受け手」としてサービスを享受する立場というだけでなく、主体的・能動的に関わっていくという姿勢が重視されている印象を受けました。

徹底的に医療が「見える化」された
photo by Wikipedia

Q:よくもそんな改革が10年で実現しましたね。
A:けん引役を果たしたのが「情報開示」です。情報開示の発展途上国である日本から見ると、それはもう、恐るべき(笑)情報開示。

Q:NHSのWEBサイトを見ると、医療機関に関する情報開示が、詳細です。
A:「詳細な自己紹介」「提供される治療一覧」「「領域別の治療成績」「患者満足度調査の結果」「医師は勿論、看護師や事務方に至るまで本名明記(注:全項目を埋めている医院は多くないが)」「患者の評価コメント(良い点と悪い点の併記)」と、多岐にわたっています。

Q:膨大な情報量で驚きました。
A:さらに、ケア品質委員会(Care Quality Commission)という組織のWEBサイトでは、NHSに属さない私立医院も含め全医療機関について、監査した結果を掲載しています。特に病院に関しては、医療品質や収支状況について、「優」「良」「可」「劣」の4段階スコアが、1年おきにどう変化しているのかが分かります。
 さらには、患者満足度調査結果が極めて詳細です。例えば「精神科の診療」について「患者の言うことに耳を傾けているか」「信頼感」「患者に敬意を持って接したか」「十分に時間をかけたか」「予約変更しなかったか」「同じ主治医が診たか」といった項目について、患者の声をもとにして、平均値との比較スコアがグラフ付きで出てきます。

Q:なぜそんな大胆な「情報開示」に踏み切れたのですか?
A:多くの医療機関が公的に運営されているということもありますが、情報開示が「フェア」だと考えているからでしょう。英国では「フェアネス」が重要な美徳とされています。「フェア」とは、「出発点を同じにする」というニュアンス。片方だけが情報を握ったり、有利な情報操作をするのは、アンフェアと嫌われ、そのことには誰も反論できない雰囲気があります。

Q:「必ずしも正確じゃない」「数字が一人歩きする」という批判が出ないのでしょうか。
A:医療は複雑ですから、情報に正確性を求め過ぎると、難解な表現になったり、そもそも情報発信が不可能となります。不完全でも段階的に開示する方が良いですし、それしか出来ません。また、使い方を規定せずに、「対話の材料」と位置づけることも重要です。選択、質問、議論、改善検討するための材料だと思います、情報は。

Q:情報というと、「材料」ではなく、「根拠」と位置づけられそうですが。
A:知人の英国人に聞くと、「あくまで参考」と言います。情報を誤差含みで解釈・利用することに慣れているのでしょう。また、政府が直接医療機関の評価を下すのではなく、専門家による第3者機関に監査・発表させている点も、良い塩梅なのでしょう。
 実は最近も、ある医療機関が監査時に提出したデータに大幅なねつ造があったという事件がありました。ですから、けして完全ではなく、彼らも、さまざま試行錯誤を続けているのです。

英国から日本が学べること

Q:でも、「医療制度に試行錯誤は許されない」という意見も聞きます。
A:大英帝国のメンタリティかと思うのですが、「我々は世界の先進国である」という、良い意味での優等生意識があります。必要な時には思い切って「社会を進化」させようとします。イノベーションを良しとして、それに付随する試行錯誤をいとわないところは、日本も学ぶべきではないかと思います。

Q: 日本でも思い切った医療改革をする時期でしょうか?
A:その期待が国民の間に高まっていると、私は感じます。もともと私が英国の医療改革に興味を持ったのは、日本と国民性が似ているのではないかと思ったからです。島国で、米国と欧州のパワーバランスに揺れ、保守的なカルチャーも強い。政治的にも、米国ほど民間市場原理を重視するわけではなく、かといってフランス・ドイツのような社会民主主義的な国でもない。
 その英国で、医療制度でさえ決意と手順があれば「動き、変わる」ことを証明してくれたのは大きいことです。まだ道半ばで、構想どおりに進んでいないこともあります。しかし、それはどんな改革にも付きものです。けしてバラ色一色となっていない現実も含めて、その挑戦のプロセスは、とても参考になると思います。

武内和久氏武内和久氏
東京大学法学部卒業後、厚生省(現厚生労働省)に入省。2005~2008年に在英国日本国大使館に勤務し、その当時に情報収集・研究した内容を2009年に『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』と題して発表。(竹之下泰志氏と共著、集英社新書) ブログのURLはhttp://tktkjpan.exblog.jp/

公平・無料・国営を貫く英国の医療改革 (集英社新書)
公平・無料・国営を貫く英国の医療改革
武内 和久 (著), 竹之下泰志 (著)
無料で公平な医療を全国民に―この理想を掲げて一九四八年、英国の医療システム(NHS)は誕生した。以来英国民はこの制度を誇りにしてきたが、九〇年代には患者の手術待ちが数カ月に及ぶなど、種々の問題が表面化して崩壊の危機に陥った。この事態に果敢に立ち向かい、二〇〇一年から一〇年計画で劇的な改革へと導いたのがブレア以降の労働党政権である…(Amazonより)

みんなの感想:この記事はあなたの健康に役立ちましたか?

とても参考になった まあまあ参考になった 普通だった 参考にならなかった
100% 0% 0% 0%
一言感想

この記事を読んだ人は他にこんな記事も読んでいます。


記事の見出し、記事内容、およびリンク先の記事内容は株式会社QLifeの法人としての意見・見解を示すものではありません。
掲載されている記事や写真などの無断転載を禁じます。

相談できる病院を探す

  • 漢方 漢方のことはお医者さんに相談
  • 漢方 漢方のことはお医者さんに相談
  • 糖尿病 糖尿病が気になる方はこちらから
  • 脳卒中、認知症など 日本神経学会認定神経内科専門医
QLife会員新規登録はこちら
注目トピックス
人気記事ランキング
健康・医療の記事一覧
医療機関のみなさまへ
QLife漢方-漢方の医学的・科学的情報をわかりやすくお伝えします。
QLifeがん-がん治療についてのさまざまな情報をわかりやすくお伝えします。