「地域医療の診察室さながら」の講義

⇒この記事の先頭は帝京大学帝京大学が地元診療所と連携して開始「医学生が地域診療を実践的に学ぶ」画期的プログラム です。
「地域医療の診察室さながら」の講義
診療所実習から大学に戻った学生さん達に、今度は「井上教授による講義」が待っていました。昼間とは一転し、座学の夜が始まります。「実習による経験からの学びと、座学での学びとを、織り交ぜることによって医学教育はもっと良くなる」と井上教授は言います。
逆に言うと、診療実習では雑多な出来事があまりに広範に発生するため、わずか1日では「強い刺激」以上のものにはなりにくい、ということでしょう。現場で経験、吸収した多くのことを、体系づけ、方向性を与え、知識として定着させることを狙います。
「リアルケース・ベイスド・ラーニング(Real Case Based Learning)」
とはいえ、井上教授の講義は一味違います。教官が教壇に立ち、話す内容を学生さん達が黙ってノートに書き取るという、旧来のスタイルではありません。ほとんど実習に近いくらいのアグレッシブさがあります。多数の事例を用いて、学生さん達に次々と質問を投げかけ、考えさせ、答えさせる形式です。ディスカッションのスピードが速いので、学生さん達は息をつく暇がありません。「だってその方が、眠くならないし、楽しいでしょ?自分が発言したことは意識しなくても覚えているものですよ。」と井上教授。
一般的な座学と実習の中間形態、といったらイメージできるでしょうか。教授はこの手法を「リアルケース・ベイスド・ラーニング」と呼び、体系立てて実例学習を多数こなすことを追求します。
その「ケース」には、井上教授自身の過去症例データベースがあてられます。患部の写真が、スクリーン上に大写しされて、患者さんのバックグラウンド(性別・年齢)、来院のきっかけ、患部の様子などが紹介されます。それらの情報をもとに、学生さん達は瞬時に何の疾患であるかを判断し、対処方法や投与薬剤名を考えなければなりません。矢継ぎ早に井上教授から質問が飛ぶからです。
「地域医療の患者さんは、さまざまな健康問題を抱えて診療所にやってくる。一般的な病気以外でも、対処していかなくてはいけない。」村にたったひとりの医師が、患者さんのあらゆる健康問題、疾患、怪我を診察して、治療を施す、そのノウハウや面白さを短時間で学生さん達に伝授したいという強い想いが感じられました。
ケースから学ぶ:「これは何でしょう?」
この日最初の症例は、皮膚に発疹が認められる20代女性。この患者さんは、発疹が最初にどこにできたかは覚えておらず、軽度の痒みはあるものの、体調に変化はないとのこと。しかし自分の体に何が起きているのか分からず不安になり、診察を受けにやってきたそうです。発疹は、輪郭がギザギザしており、大きさはさまざま。乾燥しており、触ると皮膚が少し落ちるという状況……以上の情報が学生さん達に伝えられ、次に患部の拡大写真スライドに移りました。背中から腰にかけ、神経にそって発疹がつらなっています。学生さん達はみな、ヒントを見逃がすまいと、食い入るように画面を見つめます。ここで井上教授から、「何の疾患だと考えられますか?」との質問が出ました。学生さん達は一人ずつ、「何かしらの皮膚疾患」、「帯状疱疹」、「何かアレルギーではないか」、「抗体が原因」、「薬疹では」と次々に答を返していきます。
正解は、『ジベルばら色粃糠(ひこう)疹』とのこと。「比較的多くみられる疾患です。自然治癒するものなので、特に治療は必要ありませんね。では、患者さんには『治療は必要ありません』とだけ言えばいいんでしょうか?あなたならどうしますか?」、(学生さん達)「・・・・」
教授は続けます。「不安を持って来院した患者さんに対して、どんな疾患名で、何が起きているのか、現在はどんな状況にあるのか、今後どうなるのかを説明して安心してもらうのも、医師の役割なんだよ。そのためには疾患の“自然歴”(経過の仕方、または狭義では自然治癒の仕方)を熟知していることが大事だね。」
教授の症例データベースは、面白い体験談の宝庫でもあります。その後も、「火傷した男性の最初の処置(ズボンはどう脱がせたらよいか?)」、「釣り針が指に刺さった際の処置(こんなの医学書に書いていない!)」など、事例が次々と出てきました。確かにこういうリアルな話は、地域医療を実践している先生ならでは、です。「今日は教科書に書かれていない話も多くしました。教科書になければ重要ではないのか?そんなことはありませんよね。学生諸君は、そういう視点から考えることも学んで下さい。」
学生に伝えたいのは「ナラティブ・ベイスド・メディシン(Narrative Based Medicine)」の重要性
ケーススタディにおいて、井上教授は意識して患者さんの背景情報を提供します。例えば、「この人は普段から礼儀正しくて、滅多なことでは時間外に受診するような人ではないのに、正月の休診日に診療所の戸を叩いてきたんです。それだけでも尋常な痛みでないことがわかるよね。」
その理由はNarrative Based Medicine(NBM)を重視しているからです。(関連記事:『EBMとは何?知っておきたい「よくある誤解」「生活者ができること」』中の「ナラティブ」説明箇所をご参照ください)
それは、近年注目されている臨床手法で、患者さんとの対話を通じて患者さん自身の物語から病気の背景を理解し、抱えている問題に対して全人格的なアプローチを試みるものです。井上教授は、「大病院は病気・怪我になった人を診る場所ですが、地域医療とは、人々の生活の場において、それぞれの方のパーソナリティや生活の状況をもみるのです。」と、普段の生活のなかからコミュニティ全体をみていく必要性を強調していました。
この話は、本記事の冒頭インタビューで教授が指摘した、「ケアの連続性が医療の費用対効果を高める」という話にも通じます。患者さん側にとっても、普段から医師との付き合いがあれば、来院に至った経緯や不安・要望などを遠慮せずに話すことができて、納得のいく治療が実現しやすいでしょう。
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