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過敏性腸症候群の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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過敏性腸症候群とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 過敏性腸症候群では、腹部の痛みや不快感といった腹部症状と、便通異常(下痢と便秘、あるいはいずれか一方)が一過性ではなく一定期間持続してみられます。検査を行っても、腫瘍や炎症といった腸の器質的な異常(形態的な変化も含む)は認められませんが、腸の働き(機能的)に異常が生ずる病気です。

 長期にわたって症状の改善と悪化をくり返すこと、症状によって学校生活や社会生活に支障をきたすこと、周囲の理解が得られにくいことなどから、精神的な苦痛が大きい病気ともいえます。さらに、そうしたストレスや不安、うつなどの精神的な要因が症状に影響を与え、悪化させることも特徴です。

 便通異常の傾向によって便秘型、下痢型、下痢・便秘混合型、その他(分類不能型)の4つのタイプに分類されます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 原因については多くの要因が推察されていますが、明確なものは確定されていません。各種の原因のうち、実際の治療に際して考慮されているものとして、ストレス、不安、うつなどとの関連があり、それらを緩和する治療などが行われています。そのほか、それぞれの症状を軽減する対症療法として便通のコントロールも行われます。

 過敏性腸症候群の診断としては、通常の腸の検査(内視鏡および生検病理、便潜血、CTなど)は、腫瘍や炎症などといった器質的な病気を除外するという意味では役立ちますが、それだけで機能的な異常を示す特徴をもつこの病気を確定することはできません。そこで、現在、過敏性腸症候群の診断にはRome III診断基準を用いることが推奨されています。正確な診断、適切な治療のためには専門医への受診が勧められます。

Rome III診断基準

 ・腹痛あるいは腹部不快感が

 ・最近3カ月のなかの1カ月につき少なくとも3日以上をしめ

 ・下記の2項目以上の特徴を示す

  ①排便によって改善する

  ②排便頻度の変化で始まる

  ③便形状(外観)の変化で始まる

 *少なくとも診断の6カ月以上前に症状が出現し、最近3カ月間は基準を満たす

 **腹部不快感=腹痛とはいえない不愉快な感覚

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
食事療法を行う ★5 食事療法の効果は非常に信頼性の高い臨床研究によって認められています。ただし、症状が個人によって異なるため、統一された標準的な食事療法はなく、個人や症状に応じて対処する必要があります。たとえば、腹痛や下痢を誘発する可能性のある油脂や香辛料を控えたり、逆に便秘症状に対しては食物繊維を豊富に摂取できる高繊維食が勧められます。また低FODMAPダイエット(Fermentable、Oligo-、Di-、Mono-saccaharidesandPolyols:オリゴ糖、2糖類、単糖類、ポリオールといった発酵性の炭水化物の摂取を最小限にし、その後、少しずつ摂取を開始していき、症状に影響する食品があるかどうかを確かめる食事療法)の有用性も注目されています。 根拠(1)~(7)
プロバイオティクス(ビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌)を用いる ★5 プロバイオティクスとは、腸内細菌のバランスを改善することにより、菌がもたらす人に有益な作用を治療として利用するものです。総合的にはプロバイオティクスは過敏性腸症候群に対する有効性が示されています。経済的なコストの負担も少なく、副作用がほとんどないこともあわせ、治療として推奨されます。 根拠(8)~(17)
ストレスや不安などの心理・精神症状が大きく症状に関与している場合には、これらを軽減する薬物療法を行う ★3 過敏性腸症候群の患者さんのなかには、精神的なストレスや不安が症状の現れ方に非常に大きく影響する人がみられます。このような患者さんに対して、抗うつ薬や抗不安薬を用いることがあります。ただし、副作用も出やすい薬剤であるため、患者さんの利益・不利益を十分勘案し、これまで示した腹部症状を中心とした一般的な薬物療法によって十分な改善が得られない患者さんに限って、専門家と相談しながら使用するのが望ましいでしょう。 根拠(26)(27)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

高分子重合体

主に使われる薬 評価 評価のポイント
コロネル/ポリフル(ポリカルボフィルカルシウム) ★5 高分子重合体ポリカルボフィルカルシウムは、非溶解性の親水性ポリアクリル樹脂の一種です。腸内の水分を調整する作用(消化管内で水分を保持する作用、および消化管内の内容物を運ぶ働きを調整する作用)があり、下痢にも便秘にも効果が期待できます。 根拠(24)(25)

下痢型に対する5-HT3受容体拮抗薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
イリボー(ラモセトロン塩酸塩) ★5 下痢症状に悩まされる(下痢型)過敏性腸症候群に対する5-HT3拮抗薬の効果について、男性の患者さんにおいて治療の効果が証明されています。2013年より、日本では男性にのみ5-HT3拮抗薬の使用が保険適用となっています。 根拠(18)

便秘型に対する5-HT4受容体作動薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ガスモチン(モサプリドクエン酸塩水和物) ★3 5-HT4受容体刺激薬は消化管運動改善薬です。日本での保険適応は慢性胃炎のみで、過敏性腸症候群には保険適応はありません。欧米での使用頻度は少なく、日本を中心としたアジアでは使用されることがあります。便秘型の過敏性腸症候群で腹痛、腹部膨満感の改善、排便回数の増加、便の性状変化、ガスの減少などの効果が認められたとの報告があります。 根拠(19)(20)

便秘型に対する粘膜上皮機能変容薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アミティーザ(ルビプロストン) ★5 粘膜上皮機能変容薬は便秘の改善薬です。便秘によって生ずるさまざまな症状に対する効果が認められています。 根拠(21)~(23)

抗うつ薬や抗不安薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
トフラニール(イミプラミン塩酸塩) ★3 精神的なストレスや不安によって症状が悪化する患者さんに対しては、それらを軽減する抗うつ薬や抗不安薬が用いられることがあります。ただし、副作用も出やすい薬剤であるため、専門家と相談しながら一般的な薬物療法によって十分な改善が得られない患者さんに限って用いられます。 根拠(26)(27)
トリプタノール(アミトリプチリン塩酸塩) ★3
メイラックス(ロフラゼプ酸エチル) ★3
デパス(エチゾラム) ★3

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

患者さん本人が病気を理解することが重要

 消化管やほかの臓器にこれといった病気がないのにもかかわらず、腹痛や便通異常がみられる病気です。明確には原因が特定されておらず、いろいろな要因が複合的にかかわっている可能性が考えられています。また、症状をみてみると、たとえば同じ病気であるのに下痢と便秘のように正反対の症状があったり、症状の現れかたに大きな個人差があったりします。そのため、それぞれの患者さんの症状に応じて、それらを抑える対症療法を行うのが一般的です。患者さん本人も、こうした病気の成り立ちや症状の背景をよく理解することが非常に大切です。

 基本的にはまず生活習慣の改善や食事療法を行い、下痢、便秘などの便通異常のコントロールと、心理・精神的な方面からのアプローチが中心となります。

 日本消化器病学会編集「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014」には、過敏性腸症候群(IBS)の治療フローチャート(第1段階~第3段階)が示されています。診断や治療に際しては、こうした知識に熟知している専門医への受診が勧められます。

心理・精神状態に対する薬が用いられることも

 腹部症状を改善する治療を主体に進めて改善がみられなければ、ストレスや心理状態と症状との関連をよく見極め、その関与が大きいと判断された場合には抗うつ薬や抗不安薬の使用を検討します。その関与があまり大きくない場合には、必要に応じた精密検査を行って、改めてほかの病気の可能性がないかを調べます。その結果を踏まえ、抗うつ薬、漢方薬、抗アレルギー薬の併用などを考慮します。

 これらの薬物療法の効果が認められない場合には、さまざまな専門的な心理療法が検討されることもあります。

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根拠(参考文献)

  • (1) Shaw G, Srivastava ED, Sadlier M, et al. Stress management for irritable bowel syndrome: a controlled trial. Digestion. 1991;50:36-42.
  • (2) Lambert JP, Brunt PW, Mowat NA, et al. The value of prescribed 'high-fibre' diets for the treatment of the irritable bowel syndrome. Eur J Clin Nutr. 1991;45:601-609.
  • (3) Drossman DA, Whitehead WE, Camilleri M. Irritable bowel syndrome: a technical review for practice guideline development. Gastroenterology. 1997;112:2120-2137.
  • (4) Cann PA, Read NW, Holdsworth CD, et al. Role of loperamide and placebo in management of irritable bowel syndrome (IBS). Dig Dis Sci. 1984;29:239-247.
  • (5) Prior A, Whorwell PJ. Double blind study of ispaghula in irritable bowel syndrome. Gut. 1987;28:1510-1513.
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  • (10) Lisker R, Solomons NW, Perez Briceno R, et al. Lactase and placebo in the management of the irritable bowel syndrome: a double-blind, cross-over study.Am J Gastroenterol. 1989;84:756-762.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)