慢性腎不全(人工透析導入前)の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
慢性腎不全(人工透析導入前)とは、どんな病気でしょうか?
●おもな症状と経過
腎不全は腎機能が正常に働かない病気で、このうち数カ月から数年かけて徐々に腎臓の働きが低下していき、体内の老廃物を十分排泄できない状態を慢性腎不全といいます。腎臓の働きが急激に低下した状態は急性腎不全といいます。
一般に腎機能が正常の30パーセント以下であれば腎不全とし、血清クレアチニン値で2~3ミリグラム/デシリットル以上となります。慢性腎不全になると、多くの場合、進行性で、完全に治すことはできません。最終的には人工透析、腎移植などの代替療法が必要になりますが、いかにしてこれら代替療法の必要となる時期を先送りできるかが重要な課題です。
血液検査上、血清クレアチニンや尿素窒素などの値がある程度まで上昇し、腎臓の働きが低下していても、最初のうちは自覚症状がまったくありません。腎臓の機能が正常時の10~50パーセント程度まで低下すると脱力感や疲れやすさ、頭痛などの自覚症状が現れてきます。
いわゆる腎不全の末期症状である尿毒症の状態になると、貧血、骨がもろくなる骨粗しょう症や骨軟化症、皮膚のかゆみ、消化性潰瘍や急性膵炎、痛風/高尿酸血症、脂質異常症、神経症状(中枢神経の機能低下、けいれん、自律神経障害、末梢神経障害など)、高血圧や心筋梗塞、心外膜炎、心不全などの症状が出現します。なんらかの症状が現れるころには、かなり進行していることが多いので、健診などで異常が指摘されたら必ず専門医を受診すべきです。
●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
のう胞腎などの先天的な病気のほか、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、骨盤内腫瘍や前立腺肥大症などによる尿管や尿道の閉塞、尿路感染症などさまざまな病気が原因となります。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
食事療法を行う | たんぱく質を制限する | ★4 | たんぱく質制限が腎機能の低下を抑える効果が乏しくても、代替療法が必要となるまでの時間を延長させることについては、比較的信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(1)(2) |
食塩を制限する | ★4 | 食塩の制限は、慢性腎不全で合併の多い高血圧の予防と治療、心血管疾患と末期腎不全の予防のために有効であることが信頼性の高い臨床研究によって証明されていますが1日3グラム以下の過剰な塩分制限は勧められていません。 根拠(3) | |
降圧薬を使って血圧を下げる | ★5 | 降圧薬のレニンアンジオテンシン(RA)系阻害薬はたんぱく尿を減少させ、腎機能障害の進行を抑制することが、非常に信頼性の高い臨床研究によって報告されています。RA系阻害薬以外の降圧薬も、血圧を下げることによって腎機能を保護する効果がありますが、RA系阻害薬の効果のほうがすぐれているため、RA系阻害薬がどうしても使えない場合を除けば、ほかの降圧薬は第一選択になりません。RA系阻害薬単独では目標の値まで血圧を下げることができないときには、ほかの降圧薬を加えます。 根拠(4)~(6) | |
利尿薬で排尿を促す | ★5 | むくみや心不全に対して利尿薬が有効であり、慢性腎不全に合併する心血管疾患の発症を抑制するという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7) | |
脂質異常症を改善する | ★4 | 脂質異常症の治療により慢性腎不全の合併症である心血管障害の発症を抑制できることが信頼できる臨床研究で報告されています。スタチン系と呼ばれる脂質降下薬はたんぱく尿を減少させ、腎機能の悪化を抑制できることが信頼できる臨床研究で報告されています。 根拠(8)(9) | |
クレアチニンの吸収を抑制させる | ★3 | クレアチニンの吸収を抑制させる球形吸着炭は日本でのみ認可されている薬剤で、腎機能の指標の一部を改善させ、慢性腎不全の進行を抑制させる可能性があると報告されています。 根拠(10) | |
代謝性アシドーシスを補正する | ★4 | 重曹などで代謝性アシドーシス(血液が腎不全のために酸性になること)を治療すると腎機能の悪化を抑制することが信頼性の高い臨床研究で報告されています。 根拠(11) | |
高カリウム血症を改善する | ★3 | 生理学的にあるレベル以上の高カリウム血症になると心停止をおこすことがわかっています。このためカリウム結合性レジンを用いて血清カリウム値を下げることで、心停止のリスクを低くします。心停止をおこすことがわかっている以上、倫理的に比較臨床研究を行うことはできません。 根拠(12) | |
合併症の治療を行う | 腎性骨症の治療を行う | ★3 | 活性型ビタミンDを用いることで、生命予後を改善したという報告はありますが、腎不全そのものの進行を遅らせることができるかどうかははっきりしていません。 根拠(13) |
腎性貧血の治療を行う | ★3 | 腎性貧血に対してエリスロポエチンを用いることで生活の質(QOL)が向上し、急性心筋梗塞や{脳梗塞}などの頻度が低下することを示す臨床研究があります。 根拠(14) | |
高尿酸血症の治療を行う | ★3 | 慢性腎不全に伴う高尿酸血症の治療で、腎不全の進行が抑制されることが臨床研究によって確認されています。 根拠(3) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
腎臓を保護する目的で血圧をコントロールする
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ACE阻害薬 | エースコール(テモカプリル塩酸塩) | ★5 | 降圧薬のACE阻害薬が腎機能やたんぱく尿の悪化を抑制するという、非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(4) |
コバシル(ペリンドプリルエルブミン) | ★5 | ||
レニベース(エナラプリルマレイン酸塩) | ★5 | ||
AII受容体拮抗薬 | ニューロタン(ロサルタンカリウム) | ★5 | AII受容体拮抗薬で血圧をコントロールすることにより、人工透析が必要なレベルまで腎機能が悪化したり死亡したりする確率を下げられることが、非常に信頼性の高い臨床研究で示されています。 根拠(10)(15) |
ブロプレス(カンデサルタンシレキセチル) | ★5 | ||
アバプロ/イルベタン(イルベサルタン) | ★5 | ||
ミカルディス(テルミサルタン) | ★5 |
排尿を促す
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ループ利尿薬 | ラシックス(フロセミド) | ★5 | 利尿薬によって排尿量が増加し、むくみや心不全を改善させ、慢性腎不全に合併する心血管疾患の発症を抑制するという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7) |
脂質異常症を改善する
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
スタチン系脂質異常症治療薬 | メバロチン(プラバスタチンナトリウム) | ★4 | 脂質異常症の治療により慢性腎不全の合併症である心血管障害の発症を抑制できることが信頼性の高い臨床研究で報告されています。スタチン系と呼ばれる脂質降下薬はたんぱく尿を減少させ、腎機能の悪化を抑制できることが信頼性の高い臨床研究で報告されています。 根拠(8)(9) |
クレストール(ロスバスタチンカルシウム) | ★4 | ||
リポバス(シンバスタチン) | ★4 | ||
リバロ(ピタバスタチンカルシウム) | ★4 |
クレアチニンの吸収抑制をはかる
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
クレメジン(球形吸着炭) | ★3 | 球形活性炭はクレアチニンの吸収を抑制し、慢性腎不全の進行を抑制させる可能性があると報告されています。 根拠(10) |
高カリウム血症に対するカリウム結合性レジン
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ケイキサレート(ポリスチレンスルホン酸ナトリウム) | ★3 | ポリスチレンスルホン酸カルシウムなどのカリウム結合性レジンが高カリウム血症を改善させますが便秘や腸管壊死などを起こすことがあり、腹部症状に注意して使用する必要があります。 根拠(12) | |
カリメート(ポリスチレンスルホン酸カルシウム) | ★3 |
合併症を改善する
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
活性型ビタミンD3製剤 | アルファロール/ワンアルファ(アルファカルシドール) | ★3 | 活性型ビタミンD3製剤を用いることで、腎性骨症の進行が抑制できることが報告されていますが、同時に腎不全そのものの進行には影響がないことも確かめられています。 根拠(13) |
ホーネル/フルスタン(ファレカルシトリオール) | ★3 | ||
ロカルトロール(カルシトリオール) | ★3 | ||
リン吸着剤 | カルタン(沈降炭酸カルシウム) | ★3 | リン吸着剤により二次性の甲状腺機能亢進症の悪化が抑制され、腎性骨症の進行に寄与する可能性が報告されています。 根拠(16) |
ホスレノール(炭酸ランタン水和物) | ★3 | ||
フォスブロック/レナジェル(セベラマー塩酸塩) | ★3 | ||
腎性貧血治療薬 | エスポー(エポエチンアルファ) | ★5 | 腎性貧血の治療にこれらのエリスロポエチン製剤を使用することでQOLが向上し、心筋梗塞、脳梗塞など心臓・血管の病気の頻度が低下することを示す、非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(10)(14) |
エポジン(エポエチンベータ) | ★5 | ||
ネスプ(ダルベポエチンアルファ) | ★5 | ||
ミルセラ(エポエチンベータペゴル) | ★5 | ||
高尿酸血症 | ザイロリック(アロプリノール) | ★3 | 慢性腎不全に伴う高尿酸血症の治療を行うことで、腎不全の進行が抑制されることが臨床研究によって確かめられています。腎不全が進行した場合には減量が必要です。 根拠(17) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
治療は食事療法と薬物療法の2本柱で
慢性腎不全になると、ほとんどは進行性で完全に治すことはできません。腎機能がある程度まで低下すると、透析などの腎代替療法が必要となります。そこで、いかに腎機能を保護して腎代替療法の時期を先送りできるかが治療の課題といえます。
慢性腎不全の治療は、主として食事療法と薬物療法の二つを基本として進められます。食事では、塩分、たんぱく質、カリウムを多く含む食物、それに過度の水分摂取を制限することが基本となります。
一方、慢性腎不全の初期から服用すべきと考えられている薬物として、レニンアンジオテンシン(RA)系阻害薬をはじめとする降圧薬があります。とくにACE阻害薬、AII受容体拮抗薬の有効性(腎臓を保護することで腎代替療法が必要になるまでの期間を延長できること)が実証されたことは、腎疾患の治療上、もっとも重要な最近の進歩と考えられています。したがってあまりにも腎機能が悪化してしまっているなどの特別な理由がない限り、できるだけRA系阻害薬を用います。
合併症の治療にも重点を
慢性腎不全の場合、腎機能の低下が強くなるに伴って、合併症が増えてきます。それらおのおのの治療を行う必要があります。
たとえば腎性貧血を改善するためのエリスロポエチン製剤の使用、高カリウム血症に対するポリスチレンスルホン酸カルシウムの使用などが必要になります。
服用する薬にも注意が必要
ある種の抗菌薬(アミノグリコシド系やテトラサイクリン系など)や非ステロイド抗炎症薬など、いったん腎臓に入ってそこから排泄されるタイプの薬は腎臓に負担がかかるため、これらの薬の服用には注意が必要です。
なかでも血清カリウム値を上昇させるタイプの薬(利尿薬のアルダクトン、RA系阻害薬など)は十分注意して、専門家の管理のもと指示に従って内服する事が必要です。
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根拠(参考文献)
- (1)Fouque D, Laville M. Low protein diets for chronic kidney disease in non diabetic adults. Cochrane Database Syst Rev. 2009; CD001892.
- (2)Hansen HP, Tauber-Lassen E, Jensen BR,et al. Effect of dietary protein restriction on prognosis in patients with diabetic nephropathy. Kidney Int. 2002;62:220-228.
- (3)日本腎臓学会.エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013.東京医学社.
- (4)de Galan BE, Perkovic V, Ninomiya T, et al. Lowering blood pressure reduces renal events in type 2 diabetes. J Am SocNephrol. 2009;20:883-892.
- (5)Sarnak MJ, Greene T, Wang X, et al. The effect of a lower target blood pressure on the progression of kidney disease: long-term follow- up of the modification of diet in renal disease study. Ann Intern Med. 2005;142:342-351.
- (6)Casas JP, Chua W, Loukogeorgakis S, et al. Effect of inhibitors of the rennin-angiotensin system and other antihypertensive drugs on renal outcomes: systematic review andmeta-analysis. Lancet. 2005;366:2026-2033.
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- (8)Baigent C, Landray MJ, Reith C, et al. The effects of lowering LDL Cholesterol with simvastatin plus ezetimibe in patients with chronic kidney disease(Study of Heart and Renal Protection): a randamised placebo-controlled trial. Lancet 2011;377:2181-2192.
- (9)Navaneethan SD, Pansini F, Perkovic V, et al. HMG COA reductase inhibitors(statins) for people with chronic kidney disease not requiring dialysis. Cochrane DatabeseSyst Rev. 2009;15:CD007784.
- (10)Bakris GL, Weir MR, Shanifar S, et al. Effects of blood pressure level on progression of diabetic nephropathy: results from the RENAAL study. Arch Intern Med. 2003;163:1555-1565.
- (11)de Brito-Ashurst I, Varagunam M, Raftery MJ, et al. Bicarbonate supplementation slows progression of CKD and improves nutritional status. J Am SocNephrol. 2009;20:2075-2084.
- (12)Sandal S, Karachiwala H, Noviasky J, et al.To Bind or to Let Loose: Effectiveness of Sodium Polystyrene Sulfonate in Decreasing Serum Potassium. Int J Nephrol. 2012;Article ID 940320.
- (13)Shoben AB, Rudser KD, de Boer IH, et al. Association of oral calcitoriol with improved survival in nondialyzed CKD. J Am SocNEphrol. 2008;19:1613-1619.
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- (15)Parving HH, Lehnert H, Bröchner-Mortensen J, et al. The effect of irbesartan on the development of diabetic nephropathy in patinetst with type 2 diabetes. N Engl J Med. 2001;345:870-878.
- (16)Block GA, Wheeler DC, Persky MS, et al. Effects of phosphate binders in moderate CKD. J Am SocNephorol. 2012;23:1407-1415.
- (17)Goicoechea M, de Vinuesa SG, Verdalles U, et al. Effect of allopurinol in chronic kidney disease progression and cardiovascular risk.Clin J Am SocNephrol. 2010;5:1388-1393.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)