特発性血小板減少性紫斑病の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
特発性血小板減少性紫斑病とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
特発性血小板減少性紫斑病は、出血したときに血を固める働きをする血小板が減少し、体のさまざまな場所から出血しやすくなる病気です。
具体的には、皮膚に紫斑(点状または斑状の出血)が現れたり、歯ぐきからの出血や鼻血、便に血が混じったり、黒い便がでる、血尿、脳出血などがあります。歯ぐきや鼻血などの粘膜出血や、血便・血尿などの消化管出血、性器出血、脳出血などの重篤な出血症状がみとめられた場合は、早急に診断し、治療を開始することが必要です。
この病気は急性型と慢性型の2つに分けられます。急性型は子どもに多くみられ、主としてウイルス感染の1カ月以内に突然血小板が減少しますが、ほぼ3カ月以内に自然に回復します。
一方、慢性型は成人に多くみられます。慢性型でも、出血の症状がなく、血小板数が3万/マイクロリットル以上の場合は、治療を行わなくても、健康な人と比べて病後の死亡率(生命予後)が変わらないことが報告されています。しかし、出血の症状がある場合や血小板3万/マイクロリットル以下の場合は、生命予後が悪くなるため治療が必要です。(1) (2)
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
免疫機能の異常な働きによって、血小板に対する「自己抗体」が産生され、脾臓で血小板が破壊されることや、破壊されやすい血小板が産生されるために、血小板の数が減ってしまうことが原因ではないかと推測されています。
国際的には、患者の多くは紫斑が認められないため、2010年に「特発性血小板減少性紫斑病」から、「免疫性血小板減少症;Primary immune thrombocytopenia」に病名が変更されました。しかし、日本では、難病指定で特発性血小板減少性紫斑病の名称が使われたため、今後もこの名称が使われると考えられます。(3)(4)
病気の特徴
日本で新たに特発性血小板減少性紫斑病と診断される患者数は、年間約3000人です。子どもでは男女同数です。20~40歳代では、男女比1対3と、女性に多く発症する傾向がみられます。発症年齢は、子どもでは5歳未満がもっとも多く、成人では20~40歳の女性および60~80歳男女に発症のピークがあります。(5)
治療法とケアの科学的根拠を比べる
特発性血小板減少性紫斑病の治療は、重篤な出血を防ぐことが目標となります。現段階では、国内外ともに複数のランダム化比較試験や観察研究による極めて強いエビデンス(GRADE system A) のある治療法はありません。いずれの治療法も、ランダム化比較試験による限定的あるいは観察研究による強いエビデンスにとどまっています。(6)(7) このため、日本では2012年に治療ガイドラインではなく、治療の参照ガイドという形式で治療指針が公表されました。このガイドに沿った治療を行うことにより患者の7割が治療に反応することが報告されています。(8)
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
生命を脅かすようなひどい出血がある場合には、血小板輸血、副腎皮質ステロイド薬や免疫グロブリン製剤などを用いる | ★3 | 専門家の間では、生命を脅かすようなひどい出血(脳出血、大量の消化管出血、性器出血など)がある場合は早急に血小板数を増加させる治療(血小板輸血、副腎皮質ステロイド薬を点滴により大量に入れるステロイドパルス療法、免疫グロブリン製剤を静脈注射するなど)をいくつか併用することが当然であるとの意見で一致しています。 根拠(6) | |
出血症状がない場合は経過観察を行う | 子どもに対して | ★3 | 血小板数によらず、出血症状がない、もしくは症状が紫斑のみである場合は、経過観察することが推奨されています。 根拠(7) |
成人に対して | ★3 | 出血症状がなく、血小板数が3万/マイクロリットル以上であれば、ヘリコバクターピロリ除菌療法以外の治療は行わず、経過観察されることが一般的です。 根拠(8) | |
成人に対してヘリコバクターピロリ除菌療法を行う | ★3 | 日本のようなヘリコバクターピロリ感染が蔓延している地域では、尿素呼気テストでヘリコバクターピロリの存在を確認し、陽性の場合は除菌療法を行うと約半数で血小板の増加が認められます。 根拠(9)(10) | |
副腎皮質ステロイドを用いる | 子どもに対して | ★3 | 出血症状のある子どもに対しては、短期のステロイド内服が推奨されています。 根拠(11) |
成人に対して | ★3 | 血小板が3万/マイクロリットル未満もしくは出血症状がある場合、長期(3週間以上)のステロイド内服が推奨されます。 根拠(12) | |
免疫グロブリン製剤を用いる | ★3 | ◇出血症状のある子どもに対して、単回投与が推奨されます。 根拠(11) | |
手術により脾臓を摘出する | 子どもに対して(13)~(16) | ★3 | 出血症状があり、他の治療法で血小板数が改善されない場合、脾臓を摘出することで血小板が増加し、症状を落ち着いた状態で維持できることが臨床研究で示されています。いつ手術を行うべきかについては、十分な検討がなされていません。 |
成人に対して(17)(18) | ★3 | ステロイドの内服で血小板が増加しなかった場合や、ステロイドの減量中に血小板が再度低下した場合は、脾臓を摘出することにより、血小板数が増加することが知られています。手術後、6~7割の方が5年間血小板数を維持できたと報告されています。リツキサンやトロンボポエチン受容体作動薬による治療方法と脾臓摘出のどちらがすぐれているかについてはまだ結論がでていません。 |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
血小板輸血製剤 | ★3 | 命にかかわるような重篤な出血がある患者に対して、止血のため緊急時に使われます。特発性血小板減少性紫斑病になった患者さんは、血小板が破壊されやすいため、輸血された血小板も通常よりも早く減少します。根本的な治療ではありません。 根拠(19)~(21) |
副腎皮質ステロイド薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
プレドニン(プレドニゾロン) | 子どもに対して | ★4 | 子ども、成人いずれにおいても、血小板数を増加させることが臨床研究で示されています。成人では、1~2週間で3分の2の患者さんが治療に反応し、2割の患者が長期の寛解を得ます。 根拠(11)(12) |
成人に対して | ★3 |
免疫グロブリン製剤
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
グロブリン-Wf(人免疫グロブリン) | 子どもに対して | ★3 | 子ども、成人いずれにおいても、血小板数を増加させることが、臨床研究で示されています。しかし、長期的に死亡率を減少させるかどうかについては、十分な研究がなされていません。 根拠(12)(16) |
成人に対して | ★2 |
トロンボポエチン受容体作動薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
レボレード(エルトロンボパグオラミン)/注射薬ロミプレート(ロミプロスチム) | ★3 | トロンボポエチン受容体作動薬はプラセボと比較して、血小板数を改善させ、出血のリスクを減らしますが、血小板数を長期に維持できることは困難です。日本では、二次治療(セカンドライン)、海外ではリツキサンの後の三次治療(サードライン)の治療薬です。 根拠(22)(23) | |
リツキサン(リツキマシブ) | ★3 | 脾臓摘出後、もしくは脾臓摘出の適応がない方で使用されます。6割の患者が血小板数が5万/マイクロリットルを超え、1年弱、血小板数が維持できることが報告されています。欧米ではセカンドライン、日本では保険適応がないためサードラインの治療薬です。 根拠(24) | |
ダナゾール、免疫抑制薬(シクロスポリン、アザチオプリン、シクロホスファミド)、デキサメタゾン大量療法など | ★2 | 上記の治療に抵抗性であった場合に考慮されます。保険適応がなく、サードラインの治療薬です。 根拠(8) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
重症の場合では血小板輸血が必要
大量の消化管出血や性器出血、脳出血など、重篤な出血をおこしている状態の患者さんでは、血小板輸血を行い、副腎皮質ステロイド薬、免疫グロブリン製剤などを同時に使用します。このような集中的な治療法の有効性は、臨床研究で検証されているわけではありませんが、生命にかかわる状況では、医学的にも倫理的にも妥当な対応と考えられます。
解熱鎮痛薬の服用は最小限に
日常生活では頭部を打撲しないように注意し、出血しやすくなる鎮痛解熱薬、特にアスピリンは服用しないようにします。(25)
症状のない小児では経過観察
子どもに多くみられる特発性血小板減少性紫斑病の急性型は自然に治ることがあるので、治療をせず経過をみる場合があります。
ヘリコバクターピロリ除菌療法を行う
日本では、呼気テストでヘリコバクターピロリの存在が証明された場合は、除菌療法が行われます。成人で出血症状がなく、かつ血小板数が3万/マイクロリットル以上の場合には、除菌療法の反応をみて、その後、血小板が下がってこないか、注意深く経過観察していきます。
長期的にステロイド薬を用いる
除菌療法に反応しなかった患者さんでは、出血傾向がある場合や血小板数が3万/マイクロリットルを超えない場合は、副腎皮質ステロイド薬が使用されます。
脾臓を摘出する
ステロイドに反応しなかった場合や、ステロイドを減量している途中で血小板が再び減った場合は、ガンマグロブリンで血小板を増加させてから脾臓を摘出します。
トロンボポエチン受容体作動薬、リツキサンなど
脾臓摘出によっても、血小板が増えない場合や脾臓摘出が行えない患者さんでは、トロンボポエチン受容体作動薬、リツキサンなどによる治療を行います。
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根拠(参考文献)
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- (2) Cohen YC, Djulbegovic B, Shamai-Lubovitz O, et al. The bleeding risk and
- natural history of idiopathic thrombocytopenic purpura in patients with persistent low platelet counts. Arch Intern Med. 2000 ;160:1630-8.
- (3) Toltl LJ, Arnold DM. Pathophysiology and management of chronic immune
- thrombocytopenia: focusing on what matters.Br J Haematol. 2011 ;152:52-60.
- (4) Michel M.Immune thrombocytopenia nomenclature, consensus reports, and
- guidelines: what are the consequences for daily practice and clinical research?SeminHematol. 2013 ;50 Suppl 1:S50-4.
- (5) (5) 難病情報センター 特発性血小板減少性紫斑病 http://www.nanbyou.or.jp/entry/30
- アクセス日2014年12月30日
- (6) Neunert C, Lim W, Crowther M, et al.; American
- Society of Hematology.The American Society of Hematology 2011 evidence-based practice guideline for immune thrombocytopenia. Blood. 2011;117:4190-207
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- (25) Up to date: Patient information: Immune thrombocytopenia (ITP) (The Basics)
- https://portal.luke.ac.jp/contents/,DanaInfo=www.uptodate.com+immune-thrombocytopenia-itp-the-basics?source=see_link
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)