2016年改訂版 2003年初版を見る

後天性免疫不全症候群(AIDS)の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

つぶやく いいね! はてなブックマーク

後天性免疫不全症候群(AIDS)とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 後天性免疫不全症候群(エイズ)は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)がさまざまな感染経路で人体に入り込み、免疫細胞の機能を損なわせて免疫不全状態となったものです。症状がでるまでの潜伏期間は10年ほどですが、感染後2~8週間後に、HIVに対する抗体ができて免疫反応を確認することができます。HIVに感染しているかどうかの検査はこの反応を利用しています。

 最初はかぜ症候群のような症状で始まり、原因不明の発熱、体重減少、寝汗、全身倦怠感などがあり、リンパ節の腫れがおこります。これらはエイズ特有の症状ではないためエイズ関連症候群と呼ばれています。

 さらに症状が進むとエイズに特徴的な合併症である日和見感染症をおこします。これは通常では感染をおこさないような弱い病原体による感染症で、わが国ではカリニ肺炎による発熱、せき、痰、息切れなどの呼吸器症状を示す患者さんが多くみられます。消化器症状ではカンジダ症、咽頭炎、食道炎、下痢などがあります。そのほかトキソプラズマ肺炎、ヘルペス、帯状疱疹、クリプトコッカス髄膜炎、顔や体に腫瘤ができるカポジ肉腫などもみられます。症状が進むと意識障害、記憶力の低下などの神経症状が出現します。

 エイズはいったん発病すると有効な治療法が少ないため、その後の経過は極めて悪くなります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 HIVにはHIV-1型とHIV-2型がありますが、世界的に蔓延しているのはHIV-1型です。HIVは患者さんや潜伏期の感染者の血液、精液、膣分泌物、唾液、母乳、尿、涙などの体液のなかに存在します。感染経路は性交渉、汚染された血液・血液製剤の輸血、注射針の共用、母子感染です。

 血液中に入ったHIVは免疫をつかさどるリンパ球の機能を奪ってしまうため、宿主である人間は徐々に感染症に対しての免疫能力が衰えていきます。感染当初はウイルスの増殖と免疫機能によるウイルスの破壊がほぼつりあっているので症状はまったくありません。徐々にウイルスの増殖がウイルス破壊を上回り、免疫機能が一定の値を下回るとエイズとして発病します。

続きを読む

治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
プロテアーゼ阻害薬(PI)、ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)、非ヌクレオシド系阻害薬(NNRTI)、インテグラーゼ阻害薬(INSTI)のうちの3~4剤を組み合わせて併用する抗レトロウイルス療法(ART)を行う ★5 十分な抗ウイルス効果を得るために、NRTI 2剤と、NNRTI、PI、INSTIのいずれか1剤を選択し、薬剤によっては侵入阻止薬を併用することが推奨されています。 根拠(1)
二次感染予防のために感染した人にはHIV感染であることを告知する ★2 ほかの疾患による二次感染を予防するためには、薬物療法だけではなく栄養状態やほかの慢性病の管理も重要だと考えられています。また、ほかの人への感染を防ぐ意味でもカウンセリングは重要です。有効性を直接証明した臨床研究はありませんが、いくつかのガイドラインでカウンセリングの重要性が示されています。 根拠(2)
感染予防のためコンドームを使用する ★4 コンドームを一貫して使用することで異性間のHIV感染の相対危険度が90~95パーセント減少したという臨床研究があります。信頼性の高いそのほかの研究でもコンドームの有効性が示されており、多くのガイドラインでコンドームの常時使用が推奨されています。 根拠(3)(4)
日和見感染症を引きおこした場合はそれぞれの病気ごとの治療を行う ★5 エイズに合併する日和見感染症に対して予防法や治療法が研究されています。とくにカリニ肺炎、肺結核、ヘルペス単純ウイルス感染症、水ぼうそう・帯状疱疹ウイルス感染症については、非常に信頼性の高い臨床研究によって有効性が確認された治療があります。 根拠(5)~(10)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

抗レトロウイルス療法(ART)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI) 2剤+プロテアーゼ阻害薬(PI) 1剤 エプジコム(アバカビル・ラミブジン合剤)または ツルバダ(エムトリシタビン・テノホビル合剤)+プリジスタ(ダルナビル) ★5 これらの薬剤を組み合わせた治療の効果については、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(11)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

潜伏期間は約10年

 HIVに感染し、ウイルス量が増えて免疫細胞の機能を損わせ、免疫不全状態となり、症状がでるまでの潜伏期間は10年ほどあります。症状がでる前に専門医の指導のもとで治療を開始することが大切です。

 したがって、感染の機会があったと疑われる人は、早急に検査を受けて感染の有無を調べる必要があります。その意味で、病気に対する知識をもつことが予防、治療の有力な第一歩といえるでしょう。

抗レトロウイルス療法(ART)が有効

 プロテアーゼ阻害薬(PI)、ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)、非ヌクレオシド系阻害薬(NNRTI)、インテグラーゼ阻害薬(INSTI)のうちの3~4剤を組み合わせて併用する抗レトロウイルス療法(ART)の効果が非常に信頼性の高い臨床研究によって証明されています。薬剤によっては、侵入阻止薬を併用することが推奨されています。エイズを発症する前で、免疫に重要な働きを果たすCD4細胞が350~200/マイクロリットル以下の時点で服用を開始するのが一般的です。

服薬のしかたを守ることが大切

 薬の量が多く、決められた服用のしかたを守ること(服薬遵守)は大変ですが、服薬遵守の程度によって治療の有効性が決まりますので、指示通り服薬することがもっとも大切です。しかし、食事内容や同時に服用している薬との相互作用、プロテアーゼ阻害薬やヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬による副作用(皮下の脂肪萎縮や沈着、リンパ節腫大、骨粗しょう症など)などのために、薬を変更しなくてはならないこともあります。

カウンセリングで病気についての理解を深める

 HIV感染症について本人の理解を深めることが、複雑で、多岐にわたる病状への対応を適切に行ううえで重要であると考えられているため、カウンセリングに十分な時間がかけられます。

日和見感染症には有効な治療法がある

 エイズに伴うカリニ肺炎、結核、ヘルペス単純ウイルス感染症、水ぼうそう・帯状疱疹ウイルス感染症など日和見感染症については、それぞれについて有効性が証明されている治療法があります。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

  • (1)Bartlett JA, Fath MJ, Demasi R, et al. An updated systematic overview of triple combination therapy in antiretroviral-naive HIV-infected adults.AIDS. 2006;20:2051-2064.
  • (2)Revised guidelines for HIV counseling, testing, and referral. MMWR Recomm Rep. 2001;50(RR-19):1-57.
  • (3)Pinkerton SD, Abramson PR. Effectiveness of condoms in preventing HIV transmission. SocSci Med. 1997;44:1303-1312.
  • (4)Weller S, Davis K. Condom effectiveness in reducing heterosexual HIV transmission (Cochrane Review). In: Cochrane Library, Issue 3, 2003. Oxford: Update Software.
  • (5)Ioannidis JPA, Cappelleri JC, Skolnik PR, et al. A meta-analysis of the relative efficacy and toxicity of Pneumocystis carinii prophylactic regimens. Arch Intern Med. 1996;156:177-188.
  • (6)Bucher HC, Griffith L, Guyatt GH, et al. Meta-analysis of prophylactic treatments against Pneumocystis carinii pneumonia and toxoplasma encephalitis in HIV-infected patients. J Acquir Immune DeficSyndr Hum Retrovirol. 1997;15:104-114.
  • (7)Bucher HC, Griffith LE, Guyatt GH, et al. Isoniazid prophylaxis for tuberculosis in HIV infection: a meta-analysis of randomised controlled trials. AIDS. 1999;13:501-507.
  • (8)Quigley MA, Mwinga A, Hosp M, et al. Long-term effect of preventive therapy for tuberculosis in a cohort of HIV infected Zambian adults. AIDS. 2001;15:215-222.
  • (9)Ioannidis JPA, Collier AC, Cooper DA, et al. Clinical efficacy of high-dose acyclovir in patients with human immunodeficiency virus infection: a meta-analysis of randomized individual patient data. J Infect Dis. 1998;178:349-359.
  • (10)Feinberg JE, Hurwitz S, Cooper D, et al. A randomized, double-blind trial of valaciclovir prophylaxis for cytomegalovirus disease in patients with advanced human immunodeficiency virus infection. AIDS Clinical Trials Group Protocol 204/Glaxo Wellcome123-014 International CMV Prophylaxis Study Group. J Infect Dis. 1998;177:48-56.
  • (11)Nishijima T1, Komatsu H, Teruya K, et al. Once-daily darunavir/ritonavir and abacavir/lamivudine versus tenofovir/emtricitabine for treatment-naïve patients with a baseline viral load of more than 100 000 copies/ml.AIDS. 2013;27:839-842.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)