[イベント調査隊が行く] 2008/11/26[水]

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「肺動脈性肺高血圧症」聞いたことない病名です。長い病名のこの病気はPAHとも言われ、肺動脈の血圧が異常に上昇する進行性の希少疾患らしいです。
自覚症状は動いた時の息切れが初発症状であることが多いのですが、病気と気付かず、進行してから発見される事もある病気です。珍しい病気であるため、医師が意識しないと発見されにくく、潜在患者はもっといる可能性が高いといわれています。
そして気づくと手遅れで死に至るケースもあるそうです。

聞くだけでは得体の知れない何とも恐ろしい病気に聞こえますが最近では新たな治療法も徐々に増えつつあり、治療環境も変わってきているそうです。

何も知らずに怯えるより、きちんと知るべきだと感じ、専門の先生と患者さんの話を聞いてきました。

患者さんの感謝の気持ちが今でも心の支え

専門の先生が病気について解説してくれました。
お話してくれたのは渡邉先生。
dr_watanabe1.jpg「この肺高血圧症という病気は心臓から肺に血液を送る血管(肺動脈)の末梢の細動脈の内腔がせまくなって血液がとおりにくくなり、肺動脈の血圧(肺動脈圧)が高くなる病気です。心臓のなかでも、肺動脈に血液を送る部屋を右心室といいます。この右心室は高い圧力に耐えられるようにできていないため、肺動脈圧の高い状態が続くと機能が低下してしまいます(右心不全)。以前は診断後すぐに死を宣告されることなどもあったようですが、最近ではいくつかの治療薬が登場し、患者さんの予後も大きく改善しつつあります。」


肺循環と体循環「PAHでは、運動時の息切れや動悸が自覚され、突然の失神発作や、右心不全の徴候である顔面や下腿の浮腫(むくみ)などの症状により、患者さんの生活の質は著しく低下します。極めて稀な疾患ですが、30歳前後の比較的若い世代の発症例が多く、確定診断後の平均生存期間は以前は約3年とされ、予後不良の疾患とされてきました。
肺高血圧症は、自覚症状と心電図や胸部X線、心臓のエコー検査、最終的には心臓カテーテル検査で診断されます。現在日本国内には約6,000人の患者さんがいますが、肺高血圧症はあっても自覚症状が乏しい潜在患者さんがいる可能性は高いといわれています。」

「PAHに対しては、内科的治療が主体ですが、内科治療に奏効しない患者さんには肺移植が選択されることもあります。しかし近年、新しい種類の薬が次々に登場し、治療成績は格段に向上してきています。特に、以前は勃起不全治療薬として用いられた薬(シルデナフィル)が肺高血圧症に対してきわめて有効である事が発見され、日本でも本年4月から肺高血圧症治療薬として用いる事が可能となりました。いくつかの薬の組み合わせによって、肺高血圧症がコントロール可能な疾患となることが強く期待されます。」

なるほど・・・患者さんを取り巻く環境は変わりつつあるようですね。
先生、お話ありがとうございました。

正しく、そして希望の持てるメッセージを伝えていきたい

shigemori1.jpg次にお話してくれたのは、自身この稀な病気にかかり、治療を続けながらオペラ歌手として活躍されている重藤啓子(しげとう けいこ)さん。
重藤さんは講演の前に歌を披露してくださいました。きれいで、それでいて力強いその歌声を聴いた時は、正直とても難病、とくに肺や心臓への影響が大きい病気を患っているようにはとても見えませんでした。

重藤さんはこの病気の現状からお話されました。
この病気は基本的に痛みがなく、初めの頃は自覚症状を感じるのも難しいため、原因不明で死にいたることもあるそうです。
実際に重藤さんは一度死を宣告されたそうですが、それはその時に診察した先生がこの病気やこの病気の治療法を知らなかったのが原因であり、もし専門医であれば容易にそのような判断をされることがなかったのではないかと思うそうです。
悲しむべきはこの病気は大人のみならず、子供にもありえる話なので、少しでも多くの方に知っていただきたいという想いでこういった機会に自ら伝えることにしているそうです。

イタリア在住中に坂道を急いで上った時に失神したことが、今思えばこの病気に気付いたひとつのきっかけだったそうですが、イタリアで診察された時は、病名などは違うもので、それまでに大きな病気をされたことのない重藤さんはそれほど気に止めなかったそうです。

そして2002年に一時帰国した際にこの病気であることが判明、すでに病気が進行していたことから間一髪の発見だったそうですが、このころは、少し歩いただけでもゼイゼイいってしまうほど辛かったそうです。

不幸中の幸いでしたが、その後よい先生に恵まれて無事に治療を受けることができたそうです。
最初の病院で、誤った診断や治療を受けて以来、病院もお医者さんも以前は好きではなかったらしいですが、今では辛抱強く〝生命〟を救ってくださっている主治医の先生や、医療従事者の方たち、日本の医療レベルと世界一と考えられる医療制度に毎日感謝していると、重藤さんは笑いを交えながらお話されていました。

最近では随分環境がよくなったと実感するそうですが、一方で知らないことで亡くなっていく方もまだ多いとのことで、きちんと専門の先生に診ていただくこと、そして少しでも変だと感じたら病院へ行くことの重要性を特に気持ちをこめて伝えられていました。

現在は日々の治療にきちんと向き合いながらオペラ歌手として活躍されている重藤さんですが、そのほかに自身で理事を勤める患者会を通じて、正確な情報を提供し、より前向きで、元気や勇気が得られるメッセージを伝えていきたいと最後に締めくくられました。

100万人に7~8人程度といわれる病気にかかりながら、大変な苦労も多々あったはずですが、時には楽しくさえお話される重藤さんのパワーに会場は終始明るい雰囲気に包まれていました。

重藤さん、ありがとうございました。

dr_watanabe_1001.jpg渡邉先生 浜松医科大学医学部 臨床薬理学・臨床薬理内科 教授

北海道大学医学部卒業後、浜松医科大学医学部付属病院での研修の後、ディュッセルドルフ大学循環生理学研究所に留学される。その後浜松医科大学医学部第三内科 循環器内科分野で助手、同大学臨床薬理学講座の助教授、教授を歴任した後、同大学付属病院臨床研究管理センター長を兼任し、現在の同大学付属病院臨床薬理内科長を務める。
日本臨床薬理学会の認定医、指導医、日本循環器学会の専門医など。

shigemori_1001.jpg重藤啓子(しげとう けいこ)さん オペラ歌手、特定非営利活動法人 肺高血圧症研究会 理事

武蔵野音楽大学声楽科を卒業後、国際ロータリー財団奨学生として渡伊。フィレンツェ市L.ケルビーニ音楽院声楽科および同学院室内学(声楽)のマスターコースを首席で卒業。同院の助手を務めた後、インチーザ市C.カムポリ音楽院声楽科で教鞭を執る。バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーを持ちヨーロッパ各地で公演、好評を博す。ピアニスト、モニカ・チョーチと、Duo R・Lupiとしても活動。
現在東京で、ベルカント唱法研究会「えにしだ会」を主宰。オペラをG.サンドーニ、C.スターラに、リートをE.ヴェルバに、現代音楽、フランス音楽をL.ポーリ各氏に師事。
2002年に日本に一時帰国中、肺高血圧症であることがわかる。
現在も治療を続けながら精力的に音楽活動中。


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