「双極性障害(躁うつ病)治療の“いま”」
[知っておきたい「双極性障害」のこと] 2012/06/15[金]
“うつ病が治らない”と感じたら“双極性障害”の可能性を考慮すべき

上田均 先生
陽気でテンションが高くせかせかとした“躁”と、逆にテンションが低く考えも行動も渋滞気味になる“うつ”という、二つの両極端の状態を繰り返す双極性障害(躁うつ病)は、その診断の見極めが意外に難しい病気です。双極性障害の診断には、躁状態が存在することが必須条件ですが、本人も周りも気づかないくらい軽い程度の“躁”と長く苦しい“うつ”の反復が、数か月から数年という長いスパンで起こる場合など、診断には長期にわたる経過観察が求められることがしばしばあります。
さらに、患者さんの多くは“うつ”状態の時に病院を受診しますが、その症状は「うつ病」とほぼ同じですから「うつ病」と誤診されやすいのです。その後、数カ月から数年を経て、躁・軽躁状態が現れてきて初めて、「双極性障害」と診断できるのです。双極性障害では、「うつ病」治療で用いられる抗うつ薬が無効だったり、かえって病状の悪化を招くことがあります。そのため、いわゆる“隠れ双極性障害”の患者さんの中には、「うつ病がなかなか治らない」と悩んでいる方も少なくありません。実際、うつ病と診断された患者さんの約10人に1人が双極性障害だったという報告もあり、病院にかかっていない人を含めると潜在的な患者人口はさらに多いと予想されます。
「双極性障害はうつ病よりも再発が多く、うつ状態がいったん回復して通院を止めた方でも、また2~3年後にうつ状態が再発して来院される場合があります。うつ病と双極性障害のうつ状態は見極めるのが難しいのですが、気分が沈んでいるのにせかせかしたり、イライラが強いなど、うつ症状に“怒りや焦り”の感情が含まれている場合は双極性障害の可能性があります。特に女性の場合、双極性障害により、産後にイライラを伴った“うつ”が起こってきたり、月経周期に一致して感情の起伏が大きくなり、家族にあたってしまうことがあります。」
うつ症状が現れる主な疾患とその特徴
双極性障害 | ・何度も“うつ”を繰り返す ・過去に躁・軽躁状態になったことがある |
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うつ病 | ・2週間以上“うつ”(落ち込み、意欲低下)状態が持続する ・過去に躁・軽躁状態がない |
気分変調症 | ・比較的軽度の“うつ”が長期間持続し、気分が晴れることがない ・周囲への不満や他罰性がみられる |
適応障害 | ・明らかなストレスが原因 ・一時的な“うつ”症状で原因が解決すればよくなる |
※「今日の治療薬2011」をもとにQLife編集部にて作成
双極性障害の治療は、「薬物療法」が中心。最近では新しい治療薬も続々登場

ライフチャートの一例
一般的なうつ病の治療は、順調にいけば数ヶ月~1年程度で終わりますが、双極性障害は非常に再発しやすいためさらに長期間の治療が必要です。双極性障害は“脳の化学的な故障”ですから、治療は気分安定薬や新規抗精神病薬による薬物療法が中心となります。薬物療法に加えて、心理教育や対人関係-社会リズム療法、家族療法、認知行動療法などが日本うつ病学会の治療ガイドラインで推奨されています。
「当院では双極性障害の疑いがあれば、患者さん自身にライフチャート(これまでの人生における気分の波を図にする)を作成していただき、生活歴の見直しを図ります。治療は薬物療法に加えて、心理療法士による集団認知行動療法、デイケアで心理教育・疾病教育を行っています。これらを治療に加えることで、まず患者さん自身が病気について理解を深めていただき、軽躁状態や寛解状態(躁でもうつでもない状態)であっても薬を飲み続けられるようになることが目標です。『病気の第1の治療者は患者自身である』という言葉は双極性障害にも当てはまります。患者さん自身が病気を理解した上で、治療や予防に積極的に関わらなければ、どんなに有効な治療薬が開発されても良好な状態を維持することは困難です。」
双極性障害の治療の基本的方針
躁状態の治療 | ・気分安定薬や新規抗精神病薬の服用を中心とした薬物療法 |
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うつ状態の治療 | ・気分安定薬や新規抗精神病薬の服用を中心とした薬物療法 (抗うつ薬は適さない) |
再発防止のための 維持療法 |
・気分安定薬や新規抗精神病薬の服用を中心とした薬物療法 ・心理社会的治療 (心理教育や対人関係-社会リズム療法、家族療法、認知行動療法など) |
「双極性障害の治療ガイドライン2011(日本うつ病学会)」より
双極性障害の治療では、これまで一般的にリチウムやバルプロ酸ナトリウムといった、気分安定薬が用いられてきました。中でも最も多く用いられているリチウムは、適正な用量調節のために、定期的な血中濃度のモニタリングが必要です。また、バルプロ酸ナトリウムは眠気や肥満が問題になりやすく、患者さんのQOLにも大きな影響を及ぼすことが少なくありませんでした。
最近では、新しい作用で速効性が期待できる新規抗精神病薬2種類が認可され、使用が増えてきています。また、ラモトリギンも気分安定薬として維持療法に対する使用が認められました。ラモトリギンは、発疹が起こる可能性が比較的高いため、ゆっくりした増量スケジュールを守る必要があります。新規抗精神病薬は、体が震えたり落ち着かなくなる錐体外路症状や体重増加、血糖・脂質上昇や眠気が生じる場合があります。以上のように、近年、双極性障害治療薬は選択肢が増え個々の患者さんに合った薬剤を選択することで、服薬継続の負担を軽減し、QOLの向上が期待できるようになりました。
双極性障害に対する治療薬
気分安定薬 | ・リチウム(リーマスほか) ・バルプロ酸 (デパケンほか) ・カルバマゼピン (テグレトールほか) ・ラモトリギン (ラミクタール) |
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新規抗精神病薬 | ・オランザピン(ジプレキサ) ・アリピプラゾール(エビリファイ) |
※「今日の治療2011」をもとにQLife編集部にて作成
「以前は双極性障害に処方できる薬剤も少なく、手が震えたり、眠気が出たりするなど副作用のために飲み続けることが困難な場合もありました。双極性障害の患者さんは、寛解期には普通の社会生活を営んでおり、繊細で豊かな感情を有している方が多く、体重増加や眠気などの副作用に敏感です。双極性障害の治療は長い期間を要し、躁・うつ・維持全ての病相を治療できる薬が非常に少ないのが現状です。最近、治療選択肢の幅が広がったことは、患者さんやご家族にとっても、われわれ医師にとっても明るい兆しが見えてきたと感じています。」
治療は「あせらず」「じっくりと」が基本。薬を飲み続けていれば、再発は抑えられる

双極性障害の治療は、喘息や脳梗塞の治療のように“再発予防”が重要です。再発予防のためには、本人や周囲の人たちが病気を理解し、長期間じっくりと治療に向き合う必要があります。寛解状態が続いている時は、薬を飲む必要性を実感できずに自己判断で服用を中止してしまいがちです。治療を怠ったり、中断したりすると再発を繰り返し、急速交代化(1年のうち4回以上、躁とうつ状態を繰り返す)が起こってきて、仕事や家庭生活、ついには生命まで失いかねません。まずは専門医に相談して、一緒に治療計画を立て、あせらず着実に治療していくことが大切です。
「うつ病の場合、正しく治療を行えば通常は半年ほどで症状は改善していくのですが、2年以上うつ病の治療を行っていても全く症状が改善しない場合は、双極性障害の可能性があります。こうした場合は、生活歴を見直しセカンドオピニオンを求めてみましょう。正しい診断にたどり着き、正しい治療をあせらずにじっくりと行えば再発は抑えられます。ご自身やご家族の“幸福な時間”を取り戻すためにもぜひ一度専門医に相談してください。」

上田均(うえだ ひとし)先生 もりおか心のクリニック 院長
1955年、北海道生まれ。
岩手医科大学大学院卒業後、国立療養所南花巻病院(現国立病院機構花巻病院)、岩手医科大学、盛岡市立病院に勤務。
2006年、精神科デイケアを併設した「もりおか心のクリニック」を開院。
主な関心領域は、統合失調症・双極性障害の薬物治療、精神科リハビリテーション。的確な診断、合理的な薬物療法と心理社会的療法の調和のとれた精神科医療の実践がモットー。
実際に検索された医療機関で受診を希望される場合は、必ず医療機関に確認していただくことをお勧めします。口コミは体験談です。当サービスによって生じた損害についてはその責任の一切を負わないものとします。病院の追加、情報の誤りを発見された方はこちらからご連絡をいただければ幸いです。
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