[教えて!ドクター] 2010/11/05[金]

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抗うつ薬が非常によく効くうつ病と、抗うつ薬が効きにくいうつ病があります


取材協力/宮岡 等 教授 北里大学東病院精神神経科科長、同医学部主任教授
取材・文/松沢 実・医療ジャーナリスト
カルナの豆知識2008年6月号特集より

「プチうつ病」「気まぐれうつ病」は
本来のうつ病ではない

 「検査をしても、体の異常は認められなかったので、ストレスによるうつかも知れませんね」
 「少し、うつになっているのかも知れませんから、副作用の少ない新しい抗うつ薬を出しておきましょう」
 気分が落ち込み、体もだるいのでクリニックを受診したら、医師からこんなことを告げられて、抗うつ薬を処方してもらう人が増えています。もちろん、それで2~3カ月のうちに治ってしまえばよいのですが、半年、1年と経ってもなかなか症状が改善しないまま、何年間も抗うつ薬を飲み続けている人もいます。
 「うつ状態であるという理由で、抗うつ薬を処方されているのかも知れませんが、うつ病には『抗うつ薬が非常によく効くうつ病』と、『抗うつ薬が効きにくいうつ病』があります。何年も抗うつ薬を飲み続けている人は、ひょっとしたら、『抗うつ薬が効きにくいうつ病』かも知れませんから、専門の精神科の医師に相談されてはどうでしょうか」と、北里大学東病院精神神経科科長の宮岡等先生(北里大学医学部精神科主任教授)は、警鐘を鳴らしています。
 最近は、「うつ病は心の風邪」と言われ、誰でもかかる可能性がある病気と喧伝されています。日本には人口の5%、600万人近くのうつ病患者がいるとも言われています。その中には、「プチうつ病」「気まぐれうつ病」「非定型うつ病」などと言われ、安易な抗うつ薬の処方を受けている人が少なくありません。長期にわたって抗うつ薬を服用している人は、抗うつ薬が有効なうつ病なのかどうか、改めて医師に尋ねることも必要かも知れません。

抗うつ薬が非常によく効くうつ病は大うつ病性障害

 現在、うつ病はアメリカ精神医学会の『DSM-IV』という、診断基準によって診断されることが多いようです。『DSM-IV』では、うつ病を「気分障害」に含め、この「気分障害」を「うつ病性障害」と「双極性障害」に分けています。
 宮岡教授「『うつ病性障害』は、さらに『大うつ病性障害』と『気分変調性障害』に分けられるのですが、抗うつ薬が効くうつ病は少なくても、『大うつ病性障害』の特徴を持っているものなのです」
 しかし、現実には、この「大うつ病性障害」とは異なる「気分変調性障害」などもうつ病と診断されて、抗うつ薬が十分な検討なしに処方されていたりします。
 宮岡教授「また、『大うつ病性障害』に『気分変調性障害』や『人格障害』などが合併している方は、『大うつ病性障害』のみの診断がつく方よりも、抗うつ薬が効きにくいと言われています。このような場合、抗うつ薬をいくら服用し続けても、『大うつ病性障害』と同じほどに抗うつ薬が効くことはないのです」
 「プチうつ病」や「気まぐれうつ病」、「非定型うつ病」などと呼ばれるうつ病の中には、大うつ病性障害もあるかも知れませんが、気分変調性障害や適応障害、人格障害などであったり、大うつ病性障害にそれらを合併していたりすると、考えたほうがよいケースも稀ではありません。
 宮岡教授「大うつ病性障害ではない、他の精神疾患や、大うつ病性障害に他の精神疾患が合併している患者さんに対して、抗うつ薬がまったく効かないというわけではありませんが、それだけではなかなか治りにくいというのが現実なのです。『プチうつ病』や『気まぐれうつ病』などもそうですが、専門家の間でほとんど議論されていない言葉が世の中に流れているのは、一般の方を混乱させるばかりかも知れません」

稀ではない気分変調性障害や自己愛性人格障害の合併

 24歳の間宮昭一さん(仮名)がクリニックを受診したのは、母親が直腸がんの手術を受けたことをきっかけに、憂うつ感と強い不安感に悩まされるようになったからです。好きだった本を読む気力もなくなり、全身倦怠感や食欲の低下、不眠、頭痛などの体調不良も出現し、ときどき会社を休むようになっていました。
 宮岡教授「間宮さんは、大うつ病性障害の診断基準を満たす状態でした。しかし、よく話を聞いてみると、中学生時代から気分の落ち込みを感じることが多かったそうですし、就職した後の研修期間中や友人と口論したときも、憂うつ感によく襲われたそうです。環境の変化に脆いようにみえる性格傾向もありました。厳密に『DSM-IV』で診断すると、大うつ病性障害に加えて、気分変調性障害や自己愛性人格障害なども合併していると、考えられました」
 間宮さんのような患者は、抗うつ薬が効きにくく、なかなかそれだけでは治りません。十分な休養を取ると同時に、環境の変化に対する受け止め方の修正や、自らの落ち込みやすい性格を少しずつ変えていくように、努力することが求められます。

大きく変わったうつ病の診断体系

 現在、一般の国民の間には、うつ病という病気について大きな混乱が生じていると言えます。「うつ病」という言葉ひとつ取ってみても、診断基準である『DSM-IV』には「気分障害」や「大うつ病性障害」「気分変調性障害」などの言葉が登場し、これまで言われてきた「うつ病」とは重なっている部分と異なっている部分があります。一方、マスメディアでは「プチうつ病」や「気まぐれうつ病」など、専門家でも知らないような用語が氾濫しています。
 一般の国民に混乱をもたらした、大きな要因のひとつとして、近年、うつ病を含めた精神疾患の診断体系が、大きく変わったことが挙げられます。
 宮岡教授「古典的な診断体系では、精神疾患を大きく3つのタイプに分類していました。(1)身体疾患から生じる外因性精神障害と、(2)原因不明の内因性精神障害、(3)性格や環境が主な原因となっている心因性精神障害です」
 外因性精神障害とは、尿毒症や肝性脳症、薬物中毒などによってもたらされる精神症状を指し、心因性精神障害はかつて神経症(ノイローゼ)と言われていました。そして内因性精神障害とは、内因性うつ病や躁うつ病、統合失調症のことです。うつ病をもっとも狭い意味にとると、内因性うつ病を指している、ということになります。
 宮岡教授「内因性うつ病は治療しなくても、長くても1年半程度で症状が改善し自然治癒することが多い、と言われています。もちろん、十分な休養と抗うつ薬による適切な治療を受ければ、より早く治癒するでしょう。再発することが多いので、再発予防のためには症状がよくなっても、しばらくは抗うつ薬をやめないことが必要です。抗うつ薬がよく効くのは、内因性うつ病である、とも言えます」

うつ病の範疇に新たに組み込まれた神経症

 アメリカ精神医学会から、『DSM-IV』の前身である『DSM-III』という診断基準が出されたのが1980年ですが、それが日本の医療現場に入ってきた頃から、うつ病の概念が変わってきたようです。
 宮岡教授「たとえば、かつて性格や環境に起因する心因性精神障害の神経症でも、うつ状態に陥ることがあり、『抑うつ神経症』などと呼ばれていました。『DSM-III』で、『抑うつ神経症』にもっとも近いのは気分変調症ですが、これは感情(気分)障害に含まれています。これもうつ病という診断が増えた、すなわち、うつ病の概念が広がった原因のひとつでしょう。その結果、抗うつ薬の効きにくいうつ病も、『うつ病』と呼ばれるようになったと言えるかも知れません」

うつ病を正しく診断するには十分な問診が不可欠

 では、新たな診断基準である『DSM-IV』がよくないのではないかというと、決してそうではありません。
 宮岡教授「『DSM-IV』は、うつ病を含めた精神疾患を、患者さんの症状とその経過に基づいて分類・診断するところが大きな特徴で、精神医学を科学として、より発展させるための基礎を作ったのは間違いありません」
 問題は『DSM-IV』に習熟し、適切に使いこなしているとは言えない医師もいる、ということなのです。『DSM-IV』では多軸診断といって、患者さんの性格や生活上の出来事を評価しなければなりませんし、病名も当てはまるものがいくつもある可能性を念頭において、使わなければなりません。『DSM-IV』をきちんと使おうとすると、個々の患者の症状はもとより、普段の生活や環境などについて十分な問診を行うことが不可欠なのです。医師が、自分が思いついた病気について、『DSM-IV』のその病気の診断基準に症状が合致しているか否かを、確認して診断しているだけではだめなのです。
 宮岡教授「『DSM-IV』が広がって、患者さんへの面接を十分にしない医師が増えたと非難したり、『DSM-IV』を悪者扱いしたりする人がいますが、『DSM-IV』自体の問題ではなくて、使い手の使い方の問題が大きいと思います。きちんと使えば、うつ病においても、大うつ病性障害のみを診断し、気分変調性障害などの疾患や、人格障害を見落とすことはなくなるはずです」

なかなか症状が改善しないなら、精神科を専門とする医師への受診を

 一方、わが国では、「うつではないか」と疑って最初から精神科の医師を受診する患者は非常に少数で、ほとんどの患者は、まず内科などの医師を受診します。プライマリケア医など、精神科以外の医師が、大うつ病性障害の診断基準を満たすかどうかを、判断することはできるとしても、他の精神疾患の合併を適切に診断することは、かなり難しいようです。すなわち、抗うつ薬が効くうつ病なのか、それとも他の精神疾患を合併しているために、抗うつ薬が効きにくいうつ病なのかを判別するのは難しい、というのが現実なのです。
 宮岡教授「『うつ病と言われて抗うつ薬をもらっていますが、自分のかかっているお医者さんは大丈夫なのでしょうか?』と患者さんから質問されることがあります。主治医に自分の診断は何か、抗うつ薬が有効である可能性はどの程度か、などを遠慮なく尋ねるほうがいいと思います。それで納得がいく答えが得られなければ、病院を変えるとか、他の病院でセカンドオピニオンを求めるなど、他の方法を考えてもよいでしょう。ただし、うつ病に関しては正確にわかってないことも多いので、医師が数字を示さないから頼りにならないと考える必要はなく、わかっていないことはわかっていないと、きちんと説明できる医師であれば、それでよいことが多いと思います」
 厚労省が発表した患者調査では、ここ9年間で、クリニックや病院などを受診したうつ病(気分障害)の患者数は、2倍以上に増加しています。この急増の背景には、内科などのクリニックで「ストレスからくるうつではないか」と、安易にうつ病と診断された患者も含まれているのではないでしょうか。
 重要なことは、抗うつ薬を服用してもなかなか症状が改善しないうつ病なら、一度はかならず精神科を専門とする医師を、受診することではないでしょうか。そして、自分を取り巻く環境や自らの性格を振り返ることなども、必要となるかもしれません。

宮岡 等 教授 北里大学東病院精神神経科科長、同医学部主任教授
高知県生まれ。81年慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学病院、東京都済生会中央病院精神神経科、昭和大学医学部精神科講師、助教授を経て、99年から現職。2007年北里大学東病院副院長。著書・編著に『内科医のための精神症状の見方と対応』(医学書院)、『精神科 必須薬探る』(中外医学社)、『よくわかるうつ病のすべて』(永井書店)など多数。うつ病をはじめ精神疾患の気鋭の研究者であり、患者サイドに立った医療の実現を目指す医師として広く知られている。

※掲載内容は2008年6月の情報です。

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