[教えて!ドクター] 2011/06/03[金]

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「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」を身につけよう

取材協力/杉山孝博(すぎやま・たかひろ)院長 川崎幸(さいわい)クリニック
取材・文/松沢 実・医療ジャーナリスト
カルナの豆知識2010年4・5月号特集

85歳以上になると4人に1人が認知症

 現在、厚労省の調査によると、65歳以上の高齢者のうち、認知症の人は8.9%にのぼるといわれています。歳を重ねるごとに認知症の人は増えて、85歳以上のお年寄りでは男性の22.2%、女性の29.8%に認知症の症状が現れています。
 「歳をとれば物忘れもひどくなり、それまで出来ていたことが出来なくなります。まして重い病気になれば何もわからなくなり、最後は昏睡に陥り死を迎えます。つまり、どんなにしっかりしていた人であっても、いずれ記憶力や判断力などの低下から、認知症の症状が現れてくるのです。若いうちに突然死するのでなければ、誰もが皆、認知症になるともいえます」と、指摘するのは認知症の診断と治療、介護などの第一線に立ち、的確なアドバイスで患者の家族などから圧倒的な信頼を寄せられている、川崎幸クリニックの杉山孝博院長です。

知的機能の低下から自立した生活が困難になる病

 認知症とは、いったいどのようなものなのでしょうか。京都の盛林診療所の三宅貴夫院長は、次のように明確に述べています。
 杉山院長「認知症とは、一度、獲得した知的機能(記憶や認識、判断、学習など)の低下により、自己や周囲の状況把握や判断が不正確になり、自立した生活が困難になっている状態です」
 つまり、自立した生活が出来ていたのに物忘れがひどくなり、適切な判断力や推理力などの知的機能の低下から、周囲の人に迷惑をかける言動が現れ、見守りや援助を必要としている状態です。「生活障害」ということもできます。

9割以上を占めるアルツハイマー型認知症と血管性認知症

 杉山院長「認知症には、その原因=病気からさまざまなタイプがあります。そのうち脳の神経細胞が萎縮して起こるのが、アルツハイマー型認知症です。そして、レビー小体という異常な変化が大脳皮質に現れるレビー小体型認知症や、前頭葉や側頭葉を中心に脳の萎縮が見られる前頭側頭型認知症(ピック病)を加え、全体の6~7割を占めています」
 また、脳梗塞や脳出血などによる神経細胞の死滅から生じる、血管性認知症もあります。
 杉山院長「ほかに頭蓋骨と脳との間に血液がたまる慢性硬膜下血腫や、過剰な脳脊髄液が脳室を広げる正常圧水頭症、あるいは脳腫瘍や初老期のうつ病などからも、認知症を引き起こします」
 しかし、慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、脳腫瘍、うつ病が原因の認知症は、手術や適切な治療によって劇的に症状の改善が見られることもあります。何よりも、きちんとした診断を受けることが大切です。

認知症の症状をきちんと理解すれば、奇妙な言動も十分に納得できる

 年老いた家族が認知症を発症させると、誰もがうろたえ、どのように対応してよいかわからず、大混乱に陥ります。認知症の人を介護するには、まず認知症の症状についてきちんと理解することが必要です。
 杉山院長「しかし、普通の健康な人が、認知症の症状を理解するのは、たやすいこととはいえません」
 それまできちんとした日々を送ってきた家族が、自分たちの顔もわからなくなるなど、常識的には考えられないことが生じるからです。
 30年近くにわたって認知症の患者を診てきた杉山院長によると、認知症の症状について正確に理解すると、認知症のお年寄りの奇妙かつ異常な言動は、いずれも十分納得できるものであるとのことです。「認知症を理解するための9大法則・1原則」としてまとめられていますから、これを手引きに認知症についての理解を深めていくことが早道でしょう。
 紙数が足りないので「9大法則・1原則」の一部しか紹介できませんが、目から鱗が落ちるような急所を突いた事柄ばかりです。

「記憶の逆行性喪失」で最後に残った記憶の時点が認知症の人の現在

 杉山院長がまとめた「9大法則・1原則」の中の「第1法則 記憶障害に関する法則」には、「記憶の逆行性喪失」というのがあります。
 杉山院長「これまで蓄積されてきた記憶が、現在から過去にさかのぼって失われていく現象を『記憶の逆行性喪失』といいます。その人にとっての現在は、最後に残った記憶の時点になるということです」
 『いまから会社に行く』
 突然、こう言って出かけようとする認知症の父親は、40年以上も前の30歳代のころに戻っているのです。もちろん、妻は30歳代の若い女性であり、息子はまだ10歳にも満たない幼子です。
 『もう定年退職してから20年以上経っているのだから、会社に行っても迷惑をかけるだけですよ』と妻が説得しても、見知らぬおかしなお婆さんが変なことを言って出勤させまいとしている、と思うばかりです。
 杉山院長「そんなときは『大きな電車事故があって、いま電車は止まっているそうですよ。会社からも連絡があって、今日は休業だそうです。庭の草取りでもしてくださいね』と頼み、気を逸らせる言い方のほうが認知症の人を納得させやすいものなのです」

認知症の家族(男性)から「布団の中に入ってこい」と言われたけれど……?

 性的な問題にかかわることも同じです。
 杉山院長「私が往診していた80代の認知症の男性のことです。介護している息子さんの40代のお嫁さんが、『布団の中へ入ってこい』と誘われたそうなのです。『もう、ぞうっとしてしまって……』と相談を受けました」
 杉山先生がその男性と話してみると、太平洋戦争の話しか出てこなかったそうです。当時から40年以上も前の話であり、その男性はその時代に戻っているのです。息子のお嫁さんを自分の妻だと勘違いしても、おかしくはないでしょう。
 杉山院長「その男性は40代の壮年に戻っているのです。あなたを自分の妻だと思って声をかけているのであり、決して息子の嫁を誘惑しているわけではありません。愛情を欲しているのだから、ご飯を持って行ったときに、ちょっと手を握るなどしてあげるとよいのでは……とアドバイスしました」
 その後、週に1回の往診時にかならずお嫁さんの話を聞き、的確なアドバイスを続けていったところ、数カ月後には何の問題もなくなったそうです。

平気でウソをつくのは症状そのもの

 「9大法則・1原則」の中の第3法則は「自己有利の法則」です。自分にとって不利なことは絶対認めない、というものです。
 杉山院長「たとえば、トイレの前の廊下がおしっこで汚れています。そんな汚し方をするのは、その家では認知症の始まったお父さんしかいないという場合、介護している息子や娘がどんなにやさしく注意したりしても、本人は絶対認めません」
 『俺はそんな汚し方はしない。あれは孫がやった』
 『犬が来ておしっこをした』
 明らかにウソだとわかることを言い張ります。
 杉山院長「これを、どのようにとらえればよいのでしょうか。このごまかし自体を、認知症の症状としてとらえていただきたいのです」
 認知症の定義は、知的機能の低下から判断力や推理力などが働かなくなった状態です。「こんなことを言ったらすぐにウソとばれてしまう」と推測・判断できないからこそ平気でウソをつくのであり、だからこそ症状そのものといえるのです。
 杉山院長「症状に対して腹を立てても仕方ありません。お子さんが咳でコンコンと苦しがっているのに、そのお子さんに向かって『どうして咳をするんだ』と叱る親はいません」
 むしろ「肺炎じゃないか」「大丈夫かしら」と心配するのが普通です。「自己有利の法則」で平気でウソをつくのは、咳と同じではないかと割り切って対応するのがベストな方法といえるのです。

介護者は認知症の人に合うシナリオを考え、演じられる名優になること

 杉山院長の提唱する「9大法則・1原則」の1原則とは「介護に関する原則」で、認知症の人の形成している世界を理解し、大切にする、その世界と現実のギャップを感じさせないようにする、ということです。
 杉山院長「私は認知症の人を介護する介護者に対して、『本人の感情や言動をまず受け容れて、それに合うシナリオを考え演じられる名優になってください。それが本人にとっても、あなたにとってもいちばんよい方法です。そして、名優はときに悪役を演じなければなりません』と話しています」
 認知症の人の世話をすることは、ときに大変つらく、苦労が多いものです。介護者は家族の間だけでなく、経済的にも、社会に対しても、いろいろな問題を背負い込むことになるものです。そんな場合に、自分自身も俳優であると発想することは、心の負担をほんの少しでも軽くすることになるはずだと思います。
 杉山院長「とにかく、認知症の人が、『自分は周囲から認められている』『ここは安心して住めるところだ』と感じられるように日ごろから対応することがいちばん楽で上手な介護になるのです」

杉山孝博 (すぎやま・たかひろ)院長 川崎幸(さいわい)クリニック
1947年愛知県生まれ。73年東京大学医学部卒業後、同大附属病院内科へ入局。75年石心会川崎幸病院、87年同病院副院長、98年川崎幸病院の外来部門を独立・新設された川崎幸クリニックの院長へ。81年に(社)「認知症の人と家族の会」の活動に参加して以降、本格的に認知症の診療や在宅診療にかかわる。認知症の患者はもちろん、介護にあたる家族からの信頼が厚い認知症診療の第一人者。著書に『杉山孝博Dr.の認知症の理解と援助』(クリエイツかもがわ刊)、『ぼけ-受け止め方・考え方』(家の光協会)、『痴呆性老人の地域ケア』(医学書院)、『認知症 アルツハイマー病 介護・ケアに役立つ実例集』(主婦の友社刊)など多数。

※掲載内容は2010年4・5月の情報です。

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