突発性難聴の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
突発性難聴とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
突然、おこる難聴で、原因が不明なものを突発性難聴といいます。患者さんの95パーセント以上が片耳だけに難聴をおこし、音がまったく聞こえない、あるいは耳がつまった感じ、耳鳴りがするなど「聞こえにくさ」の状態はさまざまです。
30~60パーセントにめまいを伴うほか、吐き気や嘔吐などの症状が現れるので、メニエール病や聴神経腫瘍など類似の病気との判別が重要となります。
早期に治療を始めれば約3分の2の患者さんで完全に治ったり、症状の改善がみられたりします。発病から1カ月を過ぎると改善が難しくなります。したがってなるべく早く、できれば1週間以内に治療を開始することが望ましいとされています。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
音は、空気の振動として伝わります。人の耳は、外耳、中耳、内耳からなっていて、外耳(耳介)で集められた音波は、外耳道で増幅されながら、中耳との境目にある鼓膜を振動させ、中耳に伝わります。鼓膜で音の振動はさらに増幅され、内耳に伝えられます。内耳には聴覚を司る蝸牛という器官があり、蝸牛のなかにはリンパ液が入っています。中耳から伝えられた音波の振動によって、このリンパ液が揺れ、その揺れを感覚細胞が電気信号に変え、神経から大脳に伝達し、音が聞こえたと認識します。
外耳から中耳までは、音をキャッチして伝える役割をするので伝音系、内耳は神経・大脳に感知、認識させる働きをするので感音系と呼びます。伝音系になんらかの障害があっておこる難聴を伝音難聴、感音系がうまく働かないためにおこる難聴を感音難聴と呼びます。
突発性難聴は感音難聴であり、内耳になんらかの障害がおこっていることだけは明らかです。現在のところ、ウイルスなどの感染、あるいは内耳の血管に障害があり血液の循環が悪化したためと考えられています。
病気の特徴
子どもからお年寄りまで広くおこりますが、40歳~50歳代に多いといわれています。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
可能な限り早く治療を開始する | ★2 | 突発性難聴は、発症後なるべく早く治療を始めたほうが治療成績がよく、いまのところ1カ月を過ぎると回復の見込みはほとんどないといわれています。しかし、軽度難聴の人ではとくに治療をしなくても自然に治癒する場合もあるので、聴力が回復しなかった人が、もし早期に治療を始めていれば回復できたかどうかの判断が困難です。残念なことに、どれほど手を尽くしてもほとんど改善のみられない場合もあります。発症時に聴力が完全になくなってしまった人やめまいを伴う高度難聴の人は治療効果がよくありません。 | |
精神的にも、肉体的にもストレスを避け、安静を保つ | ★2 | 十分に静養し、ストレスを避けることは、どのような病気でも大事なことです。しかし、安静と突発性難聴との関係についての臨床研究は見あたりませんので、その効果はわかっていません。むしろ、安静にしているだけでは難聴が回復しないことが多いので、突然耳が聞こえなくなったら1日も早く受診することが大切です。 | |
テレビ・ラジオの視聴は控え、電話も必要最低限にとどめる | ★2 | 音のボリュームを下げることと突発性難聴との関係についての臨床研究は見あたりませんので、その効果はわかっていません。テレビ、ラジオ、電話の音などが聞こえにくいために、かえってストレスを感じることがあります。精神的にあまり負担がかからない程度に控えたほうがいいかもしれません。 | |
副腎皮質ステロイド薬漸減療法を行う | ★2 | 突発性難聴では血液の循環をよくし、炎症を抑え、弱っている神経の機能を改善するといった目的で副腎皮質ステロイド薬の内服や点滴が一般的に行われます。この治療についてはいくつかの臨床研究が行われていますが、どれも決定的なものとはいえず、効果については議論の余地が残っています。 根拠(1)(2) | |
内耳の血行を改善する薬を用いる | ★2 | アルプロスタジルアルファデクスなどの薬剤は、内耳の血行を改善して内耳の機能を回復させることを目的として用いられます。難聴がおこるしくみを考えたうえで用いられることもありますが、信頼性の高い臨床研究で効果が確認されているわけではありません。 根拠(3) | |
高圧酸素療法を行う | ★3 | 高圧酸素療法は、大きなタンクあるいは高圧室のなかに入って気圧を上げた状態で酸素を吸入することによって血液中に酸素を大量に送り込み、内耳の血行を改善する治療です。ほかの治療で改善がみられなかった場合でも、発症から6週間以内に高圧酸素療法を始めれば、聴力が著しく回復する場合があるということが臨床研究によって確かめられています。 根拠(4)(5) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
副腎皮質ステロイド薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
リンデロン(ベタメタゾン) | ★2 | 副腎皮質ステロイド薬の突発性難聴に対する有効性については効果を認めるとする臨床研究と否定的な臨床研究があり、評価が定まっていません。 根拠(1)(2) | |
デカドロン(デキサメタゾン) | ★2 | ||
プレドニン(プレドニゾロン) | ★2 |
内耳の血行を改善する薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ノイキノン(ユビデカレノン) | ★2 | ユビデカレノンは酸素を効率よく利用できるようにする薬、アデノシン三リン酸二ナトリウムとアルプロスタジルアルファデクスは血管を拡張させる薬、ビタミンB1・B2・B12混合剤は細胞を活性化させる薬です。このように作用は違いますが、いずれの薬も内耳の血行を改善する目的で用いられます。アルプロスタジルアルファデクスについては臨床研究が行われていますが、効果ははっきりしていません。ほかの薬については、有効性を示す臨床研究が見あたりません。しかし、病気の原因から考えて、専門家の意見や経験から支持されています。 根拠(3) | |
アデホスコーワ/トリノシン(アデノシン三リン酸二ナトリウム) | ★2 | ||
ビタメジン-S(ビタミンB1・B2・B12混合剤) | ★2 | ||
プロスタンディン(アルプロスタジルアルファデクス) | ★2 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
さまざまな治療を試す
突発性難聴は感音難聴であり、内耳になんらかの問題があることだけはわかっていますが、原因が定かではないこともあり、現在までのところ、信頼性の高い臨床研究で効果があると認められている治療は見あたりません。
したがって、さまざまな治療が試みられています。副腎皮質ステロイド薬漸減療法、内耳の血行を改善する薬の使用、高圧酸素療法などが代表的な治療となります。抗ウイルス薬が有効であるという報告もありますが、その効果については定かではなく、今後のさらなる研究が待たれます。
できるだけ早い受診が重要
突発性難聴は、発症後なるべく早く治療を始めたほうが治療成績がよいことがわかっています。いまのところ1カ月を過ぎると回復の見込みはほとんどないといわれています。大切なのは、早期発見、早期治療です。
音がまったく聞こえない、あるいは耳がつまった感じ、音が響く感じ、耳鳴りがするといった症状がでたら、一刻も早く専門医に診察してもらうことが大切です。また、その際、メニエール病や聴神経腫瘍など似た病気との判別が重要になります。
安静をはかり、ストレスを回避する
このほか、ストレスが突発性難聴の原因の一つとされています。そこで、心身の安静(とくに音のボリュームを下げるなど、音に対する安静)を図ることも、直接的には関係ないかもしれませんが、ストレス回避にはよいことだと考えられます。
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根拠(参考文献)
- (1) Stachler RJ, Chandrasekhar SS, Archer SM, et al. Clinical practice guideline: sudden hearing loss. Otolaryngol Head Neck Surg 2012; 146:S1.
- (2) Wei BP, Stathopoulos D, O'Leary S. Steroids for idiopathic sudden sensorineural hearing loss. Cochrane Database Syst Rev 2013; 7:CD003998.
- (3) Nakashima T, Kuno K, Yanagita N. Evaluation of prostaglandin E1 therapy for sudden deafness. Laryngoscope. 1989;99:542-546.
- (4) Bennett MH, Kertesz T, Yeung P. Hyperbaric oxygen for idiopathic sudden sensorineural hearing loss and tinnitus. Cochrane Database Syst Rev 2007; :CD004739.
- (5) Suzuki H, Hashida K, Nguyen KH, et al. Efficacy of intratympanic steroid administration on idiopathic sudden sensorineural hearing loss in comparison with hyperbaric oxygen therapy. Laryngoscope 2012; 122:1154.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)