[特発性正常圧水頭症(iNPH)とは] 2015/07/24[金]

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 急速な高齢化が進んでいる日本では、認知症患者の数も急増。厚生労働省の推計によると、2025年には、認知症患者は700万人を超えるとしています。そうしたなか、「治療で改善できる認知症」として、近年、診断と治療が活発になってきているのが特発性正常圧水頭症(以下、iNPH)です。iNPHは髄液の循環や吸収が悪くなって脳室が拡大することで、脳を圧迫したり、血流の低下をひきおこしたりして、認知障害などの症状が起こる病気です。認知症患者さんの約5%、現在では約36万人もの患者さんがいるこのiNPHについて、多くのiNPHの手術実績を持ち、全国から患者さんが相談に訪れる、いえまさ脳神経外科クリニックの張家正先生にお話しを伺いました。

どのような症状がでたらiNPHの可能性がありますか?

歩行障害を中心にして認知症、尿失禁が重なってきます。これらの症状が月単位で進行するようであればiNPHの可能性があります。

 iNPHの代表的な症状は、歩行障害、認知症、尿失禁の3つです。iNPHはこれらの症状が月単位で階段状に進行します。これが他の認知症の病気である、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などと違うところです。

iNPHの重症度スコア

スコアと重症度 歩行障害 認知症 尿失禁
0(正常) 正常 正常 正常
1(疑いあり) ふらつき、歩行障害の自覚のみ 注意・記憶障害の自覚のみ 頻尿または尿意切迫
2(軽度) 歩行障害があるものの、補助器具(杖、手すり、歩行器など)なしでも歩行可能 注意・記憶障害の自覚があるが、現在の年月や時刻、自分がどこに居るかなど基本的な状況把握(見当識)が保たれている 週1~3回以上の失禁
3(中等度) 補助器具(杖、手すり、歩行器など)や介助がなければ歩行不可能 現在の年月や時刻、自分がどこに居るかなど基本的な状況把握(見当識)が保たれていない 1日1回以上の失禁
4(重症) 歩行不能 見当識は全くない。意味ある会話が成立しない 膀胱機能のコントロールがほぼ不能

※日本正常圧水頭症学会「特発性正常圧水頭症診断ガイドライン」をもとにQLife編集部で作成

「症状が月単位で進行」以外でiNPHを見分ける特徴はありますか?

歩行障害に大きな特徴があり、転倒しやすくなります。

 歩行障害はiNPHの初期から現れます。歩きにくいといった自覚的症状から進んでしまうと小刻みによちよち歩く、外股になる、足が上がらずにすり足で歩くといった症状に進み、一歩が出ない、うまく止まることができない、あるいは転倒・骨折の原因となったり、トイレが間に合わず、尿失禁に至ってしまうということも見られる場合があります。

iNPHの歩行障害の症状

iNPHの歩行障害の症状

iNPHは何科に行けば診てもらえますか?

iNPHは神経内科や脳神経外科など中枢神経を診る科で診療されます。手術は脳神経外科で行われます。既にそれぞれの症状で通院されている方は主治医の先生に「他にこんな症状もあるのですが」と相談してみましょう。

 iNPHは脳神経外科や神経内科、物忘れ外来などで診療されますが、患者さんの多くは、例えば認知症なら精神科や神経内科、歩行障害なら整形外科、尿失禁なら泌尿器科のように、既に医療機関を受診され、それぞれ「別の病気」としてお薬を出されたり、治療を行ったりしています。私の患者さんでも、おしっこが近いと前立腺肥大の薬を服用されていましたが、一向に改善せず、認知症や歩行障害なども出てからやっと受診し、iNPHだと気がついたこともありました。
 そのような患者さんは、医師に「他にこんな症状もあるのですが、iNPHではないでしょうか」と相談してみてください。それぞれの先生から、iNPHを診ることのできる脳神経外科や神経内科の先生を紹介してもらえる場合があります。

iNPHはどうやって治療するのですか?

溜まった髄液を他の部位に流す手術が行われます。近年では体の負担が少ない手術も普及しています。

 症状や画像診断でiNPHの疑いがある場合、腰椎から少量の髄液を排除する髄液排除試験(タップテスト)を行います。これで症状が一時的にでも改善すれば手術の効果に期待できます。治療としては、皮下に通したカテーテルで溜まった髄液を体の他の部位へバイパスするシャント手術を行います。シャント手術には、脳室からお腹や心房へ通すものや、腰からお腹へ通すものがありますが、近年では、体の負担が少ない後者の腰椎-腹腔シャント術(LPシャント術)が普及しつつあります。手術時間は、一般的には1時間前後で終わります。お腹側(腹腔)は、流れてきた髄液をどんどん吸収しますので問題ありません。

特発性正常圧水頭症の病態と治療方針

※厚生省難治性水頭症調査研究班「特発性正常圧水頭症の病態と治療方針」を元にQLife編集部で作成

手術を行えば、必ずもとのように戻るのですか?

同様の症状を有する他の病気と併存する場合があり、iNPHを治療してもその症状は残る場合があります。でも、iNPHを治療することで、お薬の数が減ったり、家族の負担が減ることが多くみられます。

 高齢になればどんな方でもいくつかの疾患を抱えるようになります。そのすべてが改善するわけではないにしろ、iNPHだと診断され、適切な治療を受ければ、iNPHが原因の認知症や尿失禁や歩行障害などの症状は改善が期待できます。手すりにつかまってもうまく歩けなかったのが、自力で歩けるようになったり、ある方は山登りまでできるようになったりしています。また、トイレにも間に合うようになるので尿失禁の回数も減り、サポートするご家族の負担が軽減します。歩行やトイレの補助などの負担が減ることは、患者さん本人だけでなく、家族のQOLの改善にもつながります。

寝たきりになる前にできることがあります

張家正 先生 歩行障害があることで、転倒・骨折の危険性は増します。その結果、寝たきりになってしまい、よりよい暮らしを送ることができなくなってしまいます。iNPHは、治療が可能な認知症です。的確に診断されれば、治療は可能です。老化は避けられないものですが、iNPHの治療を行うだけでも今までにより近い生活を行うことができる可能性が高まります。年のせいだからとか、認知症は治らないからもうどうしようもないと諦めず、一度病院を受診してみてください。寝たきりになる前にできることがあるかもしれません。

いえまさ脳神経外科クリニック 張 家正(ちょう いえまさ)先生

昭和57年信州大学医学部卒業。平成元年横浜市立大学医学部大学院修了、医学博士取得。
昭和59年横浜市立大学医学部脳神経外科、神奈川県立こども医療センター、七沢リハビリテーション病院脳血管センター、横浜市立市民総合医療センター高度救命救急センター、横浜市立大学医学部脳神経外科講師、横浜南共済病院脳神経外科部長、平成23年いえまさ脳神経外科クリニック開業。日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医、身体障害者福祉法指定医。

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