出典:家庭医学大全 6訂版(2011年)
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糖尿病網膜症
とうにょうびょうもうまくしょう

糖尿病網膜症とは?

どんな病気か

 日本では糖尿病が急速に増加し、それにつれて糖尿病網膜症も増えています。糖尿病はそれ自体が致命的ということは少なく、さまざまな合併症が全身をじわじわと蝕んでいく病気です。糖尿病網膜症は代表的な糖尿病合併症のひとつです。しばしば失明に至る病気で、最近では日本の中途失明の原因の第2位を占めています。

 糖尿病網膜症は網膜の血管、とくに毛細血管の病気です。毛細血管にこぶができたり、拡張して血管壁が薄くなったり、内腔が閉塞したりします。その程度や範囲が徐々に拡大することで網膜症は進行していき、やがて黄斑症や増殖網膜症に至ると視機能が脅かされます。

原因は何か

 もちろん糖尿病が原因ですが、糖尿病の原因を考えてみる必要があるでしょう。

 日本人の糖尿病は大半が2型(インスリン非依存性)糖尿病です。日本人は遺伝的に2型糖尿病になりやすい人が多く、それに高度成長に伴う過食など生活習慣の変化が加わって、糖尿病が爆発的に増えたのです。

 2型糖尿病は生活習慣病の性格が強い病型ですが、生活習慣病というのは本質的に予防すべきものです。予防の柱は、いうまでもなく食事や運動など生活習慣の改善ということです。しかし日本の現状は、結局のところそれが省みられず野放しであったことを物語っています。

 その根底にあるのは、知識不足だと感じています。糖尿病、糖尿病網膜症のことを皆がよく知っていれば、こうはならなかったでしょう。今や糖尿病と糖尿病網膜症に関しての啓蒙・教育活動は国家的課題といってもいいすぎではないと思います。

症状の現れ方

 糖尿病になってから糖尿病網膜症が起こるまでには、少なくとも5年くらいはかかると考えられています。また、糖尿病網膜症を発症しても、すぐに症状が現れるわけではありません。自覚症状が現れるのは、網膜症がかなり進行した段階です。

 症状は、眼底の中心にある黄斑部の網膜にむくみが出る黄斑症や、硝子体出血網膜剥離を起こす増殖網膜症に至ると現れます。

 黄斑症では視力が低下したり、物がゆがんで見えたりします。増殖網膜症では視界が暗くなったり、視力低下が起こります。硝子体出血が起こると症状は突然現れます。どす黒い雲がかかったようになったり、視野全体がまったく見えなくなったりします。

検査と診断

 眼底検査が基本ですが、蛍光造影検査も必ず行います。糖尿病網膜症は病期を見極めることが治療のうえで重要です。

 ごく簡単にいえば、単純期、前増殖期、増殖期の順に進行していきます。それとは別に、どの病期であれ、黄斑症が現れることがあります。それを的確に把握するには蛍光造影検査が不可欠です。

 網膜症で視機能が損われるのは、黄斑症と増殖網膜症に至った場合です。

 黄斑症は、中心のまわりの血管から血漿(血管内の液体成分)がもれ、中心にたまることによって起こります。中心に水がたまると、やがて視力は大きく低下します(図41図41 黄斑症)。

図41 黄斑症

 増殖網膜症は、毛細血管が広い範囲で詰まることにより、新生血管という異常な血管が発生することで起こります。新生血管が破れると硝子体出血を、収縮すると牽引性の網膜剥離などを引き起こします(図42図42 増殖網膜症)。

図42 増殖網膜症

治療の方法

 有効性が確認されているのはレーザー網膜光凝固術(コラム)と硝子体手術です。薬物治療もありますが、進行した網膜症にはあまり効果が期待できません。

 レーザーは進行した網膜症の治療としては最も強力な方法です。黄斑症では水もれを起こしている部位を凝固したり、あるいは吸収を促進するために格子状に凝固したりします。前増殖期、増殖期の網膜症には汎網膜光凝固術が必要ですが、凝固時期としては増殖期に移行する前の前増殖期が最善です。

 硝子体手術は主として増殖期の網膜症、すなわち硝子体出血や牽引性の網膜剥離に対して行われます。最近では、黄斑症にも硝子体手術が行われるようになっています。

病気に気づいたらどうする

 糖尿病網膜症の場合、病気に気づくには2段階あります。まず、糖尿病に気づいた時、それから網膜症に気づいた時です。もっとも、自覚症状は乏しいので、気づくというより指摘されるといったほうが適切でしょう。理想は糖尿病である、あるいは糖尿病の疑いがあると指摘された時点で十分なコントロールを心がけることです。それによって網膜症の発症は、ほとんど予防できると考えられています。

 網膜症が発症してもまだ間に合います。その時点で、やはり厳密なコントロールを行えば、進行はかなり抑えられることが証明されています。何より重要なのは自分の病気を理解し、内科および眼科にきちんと通院することです。

(執筆者:前帝京大学医学部附属溝口病院眼科教授 河野 眞一郎)

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前帝京大学医学部附属溝口病院眼科教授 河野眞一郎

 網膜光凝固術は眼科医がもつ最も強力な治療手段のひとつで、眼科の臨床では広く応用されています。網膜光凝固が広く普及したのは、光源としてレーザー光が実用化されたことが大きな理由です。レーザー光は波長がよく揃っているという特性があり、正確で効率のよい光凝固ができるようになりました。機器も年々改良され、格段に扱いやすくなっています。

 網膜光凝固の原理は、照射された光が吸収されると熱が発生し、組織の熱凝固が生じるというものです。簡単にいえばやけどを作り、それが瘢痕化することでさまざまな治療効果を期待するということです。光を吸収するのは、通常、網膜の外側にある網膜色素上皮ですが(図45図45 レーザー網膜光凝固術の原理)、血管や赤血球を標的にすることもあります。治療効果には、網膜新生血管の予防と退縮、網膜出血・浮腫の吸収促進、水もれを塞ぐ、網膜と網膜色素上皮・脈絡膜の癒着を増強、脈絡膜新生血管の退縮などがあります。

図45 レーザー網膜光凝固術の原理

 網膜光凝固が行われるのは糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、中心性漿液性脈絡網膜症、加齢黄斑変性症、網膜裂孔、網膜剥離、未熟児網膜症、コーツ病、網膜血管腫など実に多種多様です。

 なかでも糖尿病網膜症が最も多く、網膜新生血管(増殖網膜症)の予防・治療、網膜浮腫(黄斑症)の吸収促進と2通りの目的があります。網膜新生血管の予防・治療を目的とするのは他に網膜静脈閉塞症、未熟児網膜症などがあります。網膜浮腫・出血の吸収は網膜静脈閉塞症、コーツ病、網膜血管腫などでも目的になります。中心性漿液性脈絡網膜症では水もれ部分をピンポイントで凝固します。網膜裂孔、網膜剥離に対する光凝固は網膜の癒着促進が目的です。加齢黄斑変性症では脈絡膜新生血管の退縮が目的で、新生血管を直接凝固します。

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