遺伝子の検査執筆者:昭和大学病院医学部医学教育推進室教授 高木 康/昭和大学横浜市北部病院病院長 田口 進

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遺伝、遺伝子とは

 遺伝とは、生物が次世代へとその形質を伝えることで、身体をつくるのに必要な情報をもつ遺伝物質を伝えます。遺伝情報を伝える基本単位が遺伝子で、細胞の核の中にある染色体に局在します。最近、ヒトゲノム(全遺伝情報)の全配列が明らかになり、ひとつの細胞あたり約3万個の遺伝子があるとされています。

 遺伝子を構成するのは、染色体の中にあるデオキシリボ核酸(DNA)で、これは、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4つの塩基、これに糖とリン酸が結合するヌクレオチドの「繰り返し構造」ででき上がっています。これが遺伝の設計図なのです。

 設計図であるDNAは情報源で極めて重要なため、核内に留まっています。この設計図情報を核内から細胞質に伝達して、蛋白質合成を行うのがリボ核酸(RNA)です。つまりDNAが設計図とするなら、RNAはその青写真ともいえます。

 RNAの塩基はDNAとは異なり、チミンのかわりにウラシル(U)が加わったA、G、C、Uの4つです。蛋白を構成しているのはアミノ酸ですが、3つの塩基が特定のアミノ酸を決定します。例えば、UUUの配列ではフェニルアラニンが合成されます。

 何らかの原因で、突然に遺伝子の核酸配列に変異が生じることがあります。これを突然変異(mutation)といいます。DNAの配列に突然変異が生じると、それに対応するアミノ酸が変化し、蛋白質レベルで異常となります。ですから、突然変異はただひとつの塩基配列が変化することにより起こります。

遺伝子検査の必要性

 従来の検査は、血液や尿などに出現する微量物質を検出・測定し、生体内で起こっている異常を検索していました。しかし、これでは疾患や病態を特定することは不可能です。これに対し遺伝子検査は、生命の根源である遺伝子を検出することで病態を推測したり(感染症、悪性腫瘍)、異常な遺伝子の検出により病態・疾患を確定する(先天性異常、遺伝性疾患)ことにあります。

①感染症

 遺伝子検査の最も重要な検査領域のひとつが、感染症です(表1)。一般の細菌感染症の検査では、細菌が存在する材料を患者から採取した後、培養して、同定を行います。これにはかなりの時間(通常数日、結核菌の場合には数カ月)が必要となります。これでは迅速な診断・治療を行うことができません。一方、遺伝子検査では、材料中の細菌の遺伝子を検出することで診断を行うので、10数時間~20数時間での検査が可能です。

 また、従来の方法では感染微生物を定量できないものでは、遺伝子量を定量することで、どのくらいの感染微生物が存在するかを知ることができます。例えば、C型肝炎やエイズでは通常は抗体検査により、感染していることは判定できます。しかし、これらの病態では、治療の効果判定にはウイルス量を定量することが必要です。つまり、治療によりどのくらいウイルス量に減少したかを知ることで治療効果判定を行い、この減少量は予後とも関連性があります。

 院内感染の検査も、遺伝子検査で行われています。例えば、近年、社会問題にもなっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の遺伝子解析を行うことで、MRSAの起源を推定し、同じ遺伝子であるなら同じ起源であるため、同一病院あるいは病棟から同じ遺伝子のMRSAが検出された場合には、院内感染である可能性が強く示唆されます。

■表1 感染症における遺伝子検査の有用性
①迅速検出塗沫・培養検査を補完し、短時間で感染微生物を同定できる(一般の感染検査、例えば結核菌の培養・同定には数カ月を必要とする)
②特定病原体の検出病原性の強い、特徴的な症状の病原体の検出(例:腸管出血性大腸菌感染症、淋菌、クラミジア、結核、レジオネラ感染症など)
③治療効果の判定ウイルス疾患での核酸の定量(C型肝炎やエイズでは治療効果の判定をウイルスの定量により行う)
④院内感染の判定感染微生物の遺伝子解析を行うことで、相同性を確認(MRSAなどの感染が院内感染か否かの判定を行う)
⑤その他

②悪性腫瘍

 悪性腫瘍では、悪性腫瘍が存在するのか(診断)、悪性の程度はどのくらいか(個性・悪性度診断)、治療によってどの程度反応したか(治療効果ないし治療感受性評価診断)が重要であり、また最近では悪性腫瘍になりやすいか否か(発症前診断)も重要になってきています。

 ヒト遺伝子の中で、約300個の遺伝子が悪性腫瘍に関与し、その中の数個から10個の遺伝子の変異の結果として、ひとつの悪性腫瘍が発生すると考えられています。

 腫瘍の遺伝子検査では、がん遺伝子とがん抑制遺伝子の変異を検出しています。

 腫瘍の中でも最も解析が進んでいるのが造血器腫瘍、すなわち白血病と悪性リンパ腫で、いずれも造血幹細胞レベルでの遺伝子異常が原因となって発病します。

 がん遺伝子は、がんに導く作用のある遺伝子であり、細胞の増殖や分化に極めて重要な役割を果たしています。一方、がん抑制遺伝子は細胞分裂を抑制的に調節する遺伝子であり、細胞増殖・細胞周期・DNA修復などに直接関連し、その制御に関係する遺伝子の転写制御因子としても機能しています(図1)。

③遺伝性疾患

 遺伝性疾患の診断、保因者の発見、あるいは出生前診断により発病を予防する目的で遺伝子検査が行われます。おもな遺伝子診断で検出される染色体異常、遺伝子変異を表2に示しました。このように多くの疾患で遺伝子変異が確認されており、今後、多くの疾患・病態で遺伝子異常との関連が明らかになると思われます。

 また、先天性異常症に対しては出生前診断(胎児診断)も大切であり、重篤な異常の場合には人工流産などの処置を行うことがあります。したがって、倫理的問題も多く、実際の実施にあたっては医療側の慎重な対応が必要です。

■表2 おもな遺伝性疾患の遺伝子検査
神経・筋疾患
晩期発症型アルツハイマー病アポリポ蛋白E遺伝子(第19染色体長腕19q12-q13.2)
デュシェンヌ型筋ジストロフィ症ジストロフィン遺伝子(X染色体短腕Xp21.2)
循環器・呼吸器疾患
家族性肥大型心筋症心筋βミオシン重鎖遺伝子(第14染色体長腕14q2)
心筋トロポニンT遺伝子(第1染色体長腕1q3)
トロポミオシンα鎖遺伝子(第15染色体長腕15q2)
α1-アンチトリプシン欠損症α1-アンチトリプシン遺伝子(第14染色体長腕14q31-32.2)
血液疾患
α-サラセミアα-グロビン遺伝子(第16染色体短腕1613.11-13.33)
異常ヘモグロビン症グロビン遺伝子点突然変異
G-6-PD欠損症G-6-PD遺伝子(X染色体)
血友病A第VIII遺伝子(X染色体長腕Xq28)
血小板無力症糖タンパクIIb、IIIa遺伝子(第17染色体長腕17q21-22)
代謝性疾患
アポ蛋白遺伝子異常症アポA-1遺伝子(11q23-qter)、アポB遺伝子(2p23-24)、アポC-II遺伝子(11q23-qter)、アポE遺伝子(19q12-q13.2)
ゴーシェ病グルコセレブロシダーゼ遺伝子(第1染色体長腕1q21)
フェニルケトン尿症フェニルアラニン水酸化酵素遺伝子(第12染色体長腕12q22-q24.1)
アデノシンデアミナーゼ欠損症ADA遺伝子(第20染色体長腕20q13.11)
ウィルソン病ウィルソン病遺伝子(第13染色体長腕13q14-q21)
マルファン症候群フィブリン遺伝子(第15染色体長腕15q15-q21.3)
内分泌疾患
1型糖尿病主要組織適合複合体(MHC)遺伝子(第6染色体短腕6p21)
下垂体性クレチン病TSHβ遺伝子(第1染色体短腕1p13)

遺伝子治療

 遺伝子の変異が原因で発病する疾患に対して、変異遺伝子を修復したり、機能しない遺伝子にかわって正常な機能を有する遺伝子を補うなど、遺伝子そのものを操作する治療手段を遺伝子治療といいます。

 最初に行われたのが、アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症です(図2)。この疾患では、先天的にリンパ球のADAが欠損しているためにリンパ球の機能が果たせず、重症な免疫不全状態になります。そこで、ADA欠損症の患者のリンパ球をとり出して、体外でADA遺伝子を挿入し、そのリンパ球を患者に戻すことで、患者体内でのADA産生を行わせるというものです。

 ADA欠損症のほかに、家族性高コレステロール血症やゴーシェ病、嚢(のう)胞性線維症などの遺伝性疾患についても検討されています。しかし、技術的にも課題が多く、倫理的な側面もあることから、いまだ一般的な治療として行われていません。

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出典:四訂版 病院で受ける検査がわかる本 2014年7月更新版