出典:家庭医学大全 6訂版(2011年)
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お年寄りのかぜ
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もしかして... 肺炎  結核  糖尿病  敗血症

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お年寄りのかぜとは?

治りが遅い理由

 青壮年に比べるとお年寄りはかぜや肺炎になりやすいだけでなく、治りが遅く、さらにこじれやすいのですが、なぜでしょうか? 3つの大きな理由があります。

 第1は肺そのものの問題です。お年寄りは肺活量に代表されるように肺の力が落ちているために、異物や痰を感知する力(反射)も排出する力も弱っています。また、結核などの肺の病気を経験していると気管支や肺の構造が変形していて感染しやすくなり、治りにくいのです。

 第2は全身的な抵抗力の低下です。加齢に伴って免疫の力や栄養状態が低下しますし、お年寄りになるほど多い各種の病気(糖尿病、肝臓、腎臓、心臓、その他の病気など)も、やはりかぜや肺炎を治す力を弱めます。

 第3は、治療薬剤の効き方の問題です。抗生剤を投与しても、確実に吸収されて確実に病巣に届かなければうまく効きません。お年寄りでは同じ量を内服しても若い人より吸収力が低く、そのためによく点滴注射をしますが、体内の水分や脂肪量が少ないために、今度は逆に必要以上に濃度が上がってしまったりと、調節が難しいのです。

 さて、役目が終わった抗生剤は、原型のままか、肝臓で形が一部変えられて(代謝という)から腎臓などを通って排泄されます。お年寄りはこれらのはたらきがいずれも低下しているために薬が体内に長時間残り、副作用が起きやすくなります。また、お年寄りではこれらのはたらきに個人差が大きく、治療はさらに難しいのです。

診断も難しい

 お年寄りでは診断が困難なことも問題です。かぜや肺炎になってもお年寄りの症状は若い人より一見軽く、見過ごされてしまいやすいのです。発熱も高熱ではなく、咳や痰もあまり出ないことがありますし、本人が体の変化に気がつかずに進んでしまうこともあります。

 検査をしても白血球やCRPの変化が若い人より少なくて目立ちませんし、肺や全身に慢性の病気があるために普段からいろいろな症状があり、それらに紛れてしまうことも多いのです。ですから、家族が異変に気づいた時には脱水症状(全身の水分比率が低下して内臓諸器官のはたらきが悪くなる状態)や意識レベルの低下が始まっていたり、肺炎敗血症にまで進んでいたりすることがあります。

 家族や周囲の人が普段から注意してあげることが大切ですが、いちばん賢いのは、近所にかかりつけの医師を決めておいて、時々X線検査や血液検査をしてもらい、普段の状態を知っておくことです。

(執筆者:東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門教授 渡辺 彰)

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コラム「新型インフルエンザの恐怖」を冷静に考えよう

東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門教授 渡辺彰

 インフルエンザの被害は甚大で、これに関連する死亡は米国では年平均2万数千人、日本で1万人強といわれています。ところが、新型インフルエンザが蔓延すると、日本では50万人~100万人が亡くなるという見込みを厚生労働省が出しました。しかし、どうやらWHOや諸外国はそうはみていないようです。この場合、歴史から学ぶのは正しいとしても、過去におけるどの新型インフルエンザに学ぶべきかによって予想がまったく異なるからです。

 厚生労働省が引用したのは、1918年から大流行した、いわゆるスペインかぜです。世界中で4000万人、日本では38万8千人が亡くなり、とくに青・壮年層の犠牲が多かったようです。

 当時の日本の人口は約6000万人、現在はその倍ですから、同じことが起こったら確かに50万人~100万人が亡くなります。ウイルス感染に対する生体の過剰な免疫防御反応(=サイトカインストーム)が起こって、働き盛りが犠牲になるともいわれています。しかし、あくまでも「同じ状況だったら」という仮定付きです。

 当時は、インフルエンザがウイルス感染症であることはわからず、インフルエンザ罹患後に起こることの多い肺炎に有効な抗生物質もまだありませんでした。インフルエンザウイルスは1933年に発見され、最初の抗生物質のペニシリンは1941年に登場したのです。1918年当時は、社会の条件(経済、衛生、情報、その他)も今とはずいぶん違います。スペインかぜによる死亡の原因をよくみることと、もっと現代に近い時代に起こった新型インフルエンザをよく知ることが重要です。

 スペインかぜによる死亡の原因を詳細に調べた論文が2008年に出ました。米国・国立アレルギー感染症研究所長のFauchiらは、保存されていた当時の死亡者58名の病理組織と8000名以上の病理解剖記録を再調査したところ、死亡の原因の96%は細菌性肺炎によるものであり、70%以上は敗血症を併発していたとのことでした。サイトカインストームなどはなかったようです。しかも、1957年から蔓延したアジアかぜや、1968年からの香港かぜの蔓延初期の死亡原因もほぼ同様であったと報告しています。

 すなわち、過去の新型インフルエンザによる犠牲のほとんどは肺炎によるものだったのです。今日、肺炎の治療薬、すなわち抗生物質は多数ありますし、近年は予防のワクチンもあります(日本で普及していないことは残念ですが)。これらの武器がなかったスペインかぜ当時とは大違いです。

 それでは、これらの武器がそろい始めてからの近年の新型インフルエンザではどうだったのでしょうか?

 1957年からのアジアかぜと1968年からの香港かぜで、日本ではいずれも3~5万人が亡くなったとされていますし、同じ香港かぜながらタイプが大きく変わって大流行した1998年~1999年も、それに近い数字だったといわれています。スペインかぜの犠牲者数、そして厚生労働省が見込んでいる数十万人とは大きな違いですが、やはり社会経済や医療のあり方が似ている最近の事例に学ぶべきでしょう。

 2009年の春から出現した豚由来新型インフルエンザでは、とくに日本の被害が世界で最も小さく、これはやはり治療法の進歩によるところが非常に大きいと思われます。治療が一番進歩しているのは日本といわれているのです。そしてインフルエンザに対する一人一人の防御(無用の外出を控える、外出後のうがいと手洗い、規則正しい生活、適正な食事、体力を蓄える)などに加えて、症状発現後は早期の受診と治療開始、また、高齢者などでは肺炎予防のワクチンの接種などを行っておけば、被害は最小限に抑えられるはずです。

お年寄りのかぜに関する医師Q&A