本態性低血圧の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
本態性低血圧とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
収縮期血圧(上の血圧)が100以下の場合、低血圧といいます。めまい、ふらつき、全身の倦怠感などの症状があるときは治療の対象となります。
ほかの病気が原因で低血圧になったものを症候性(二次性)低血圧といい、原因のはっきりしないものを本態性低血圧といいます。また、立ち上がったときに急に血圧が低下して立ちくらみをおこすものを起立性低血圧、食事摂取に伴って突然、血圧が下がるものを食事性低血圧といいます。
めまい、失神、頭痛、全身の倦怠感、動悸、頻脈、吐き気、腹部不快感、食欲不振といったさまざまな症状がみられます。
精神症状としては、不眠、不安、緊張などがあり、朝起きるのが苦痛で午前中はずっと気分がすぐれない人もいます。
こうした症状は低血圧の人に必ずみられるわけではなく、人によってその症状もいろいろです。また、血圧値と症状にはとくに関係がなく、個人差や季節的な変動もあります。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
低血圧になると循環する血液量が減って、さまざまな症状がおきてきます。
起立性や食事性の場合は、自律神経の働きが悪くて血圧調節の機能がうまく働かないためにおこると考えられています。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
| 治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 生活習慣を改善する | ★2 | 有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、規則正しい生活をする、頭部をやや高くして寝る、朝起きたときに軽い運動を行うなどの生活改善指導が一般的に行われています。 | |
| 食塩やたんぱく質の多い食事にする | ★2 | 有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、食塩やたんぱく質の摂取量が少ない場合には、食事を改善するように指導されています。 | |
| 運動療法をする | ★3 | 定期的な運動を行うと、症状が改善することがあるという臨床研究があります。 根拠(1) | |
| 弾性ストッキングをはく | ★3 | 弾性ストッキングをはくと、起立時の血圧低下が抑制されるという臨床研究があります。 根拠(2) | |
| 昇圧薬や副腎皮質ステロイド薬を用いる | ★5 | 薬物療法以外の治療で症状が十分改善しない場合、血圧を上げる昇圧薬や副腎皮質ステロイド薬などの薬物療法が考慮されます。 根拠(3)(5) | |
| 不安やうつ症状などの精神症状が強いときには薬を用いる | ★2 | 本態性低血圧の患者さんに対する臨床研究は行われていませんが、症状の改善を目的に抗不安薬や抗うつ薬が投与されることがあります。 | |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
昇圧薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| メトリジン(塩酸ミドドリン) | ★5 | 塩酸ミドドリンは非常に信頼性の高い臨床研究によって、症状を改善することが確認されています。 根拠(3) | |
| リズミック(メチル硫酸アメジニウム) | ★2 | メチル硫酸アメジニウムは交感神経を刺激して血圧を上げ、症状を改善する目的で使用されます。 | |
| エホチール(塩酸エチレフリン) | ★1 | 非常に信頼性の高い臨床研究によると、塩酸エチレフリンを用いても症状の改善はみられなかったと報告しています。 根拠(4) | |
副腎皮質ステロイド薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| フロリネフ(酢酸フルドロコルチゾン) | ★5 | 体内に水分を貯留させることによって血圧を上昇させる効果があるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。症状が続いて日常生活に支障をきたすほどであれば副腎皮質ステロイド薬を短期間使用することもあります。 根拠(5) | |
不安や自律神経症状が強いとき
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| リーゼ(クロチアゼパム) | ★2 | 症状の改善を目的に、抗不安薬や自律神経調整薬が投与されることがあります。 | |
| デパス(エチゾラム) | ★2 | ||
| ワイパックス(ロラゼパム) | ★2 | ||
| セディール(クエン酸タンドスピロン) | ★2 | ||
| グランダキシン(トフィソパム) | ★2 | ||
うつ症状が強いとき
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| ルジオミール(塩酸マプロチリン) | ★2 | 症状の改善を目的に、抗うつ薬が投与されることがあります。 | |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まずは低血圧の原因を探る
なんらかの病気や薬の服用が原因で、低血圧がおこることもあります。そこで低血圧の診断では、パーキンソン病や糖尿病、心臓病、副腎皮質不全といった病気が隠れていないか、あるいは降圧薬や利尿薬などの薬によって二次的におこったものではないか、その原因を慎重に調べる必要があります。
なんらかの病気がある場合には、その病気の治療をすることで低血圧も治癒する可能性があります。治療法のない病気がある場合や原因不明の低血圧の場合は、低血圧自体への対処が必要になります。
生活上の工夫も大切
薬物によらない治療法としては、塩分と水分の摂取を多めにすること、頭部をやや高くして寝ること、そして朝、布団から起床する前に手足を動かしたり、ベッドを使っている場合には端から両足をぶらぶらさせた状態で数分間座ったりしてから立ち上がることなどが勧められます。
昇圧薬などを投与することも
生活改善などで症状が十分好転しないときは、薬物療法が行われます。まずは昇圧薬のメトリジン(塩酸ミドドリン)あるいはリズミック(メチル硫酸アメジニウム)を試し、それでも生活に支障がでるような症状が続くようであれば、副腎皮質ステロイド薬のフロリネフ(酢酸フルドロコルチゾン)を用います。
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根拠(参考文献)
- (1) Carroll JF, Wood CE, Pollock ML, et al. Hormonal responses in elders experiencing pre-syncopal symptoms during head-up tilt before and after exercise training. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 1995;50:M324-M329.
- (2) Henry R, Rowe J, O'Mahony D. Haemodynamic analysis of efficacy of compression hosiery in elderly fallers with orthostatic hypotension. Lancet. 1999;354:45-46.
- (3) Low PA, Gilden JL, Freeman R, et al. Efficacy of midodrine vs placebo in neurogenic orthostatic hypotension. A randomized, double-blind multicenter study. Midodrine Study Group. JAMA. 1997;277:1046-1051.
- (4) Raviele A, Brignole M, Sutton R, et al. Effect of etilefrine in preventing syncopal recurrence in patients with vasovagal syncope: a double-blind, randomized, placebo-controlled trial. The Vasovagal Syncope International Study. Circulation. 1999;99:1452-1457.
- (5) Vernikos J, Convertino VA. Advantages and disadvantages of fludrocortisone or saline load in preventing post-spaceflight orthostatic hypotension. Acta Astronaut. 1994;33:259-266.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行