胃潰瘍・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
胃潰瘍・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
胃や十二指腸の粘膜が、自ら分泌した胃液(塩酸・ペプシン)によって消化され、傷ついてしまう(潰瘍になる)病気です。代表的な症状として、心窩部痛といって、みぞおちのあたり(心窩部、上腹部)が痛みます。とくに、空腹時にこの痛みがみられることが多く、ずきずきとした痛み、鈍い痛み、焼けつくような痛みなど、患者さんによっていろいろな痛みがおこります。多くの場合、食事をとると一時的に痛みがやわらぎます。ただし、痛みの程度と潰瘍の重症度は必ずしも一致しません。
げっぷ、胸やけ、胸のむかつき(吐き気)、食欲不振、体重減少といった症状もしばしばみられます。胃壁についた傷から出血していると、吐血やタール便(黒色便)がみられることもあり、出血が激しい場合にはめまいや貧血を伴うこともあります。
この病気の発症、症状の悪化、再発などにはストレスが大きく関与していると考えられています。とくに、なんらかの引きがねになるようなできごと(大きなストレス)がはっきりしていて、その後、急激に心窩部痛などの症状が現れ発病する場合もあります。一方、引きがねになるようなできごとに心あたりがなくても、性格的に非常に几帳面だったりすると、知らず知らずのうちにストレスをため込んでいることもあります。最初は症状も軽く気にならない程度でも、そのうち徐々に症状が強く現れるようになって潰瘍と診断されるような場合も少なくありません。
治りやすい反面、非常に再発しやすいのがこの病気の特徴ともいえます。最初に発病してから3年間の再発率が非常に高いので、この間の治療は重要です。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
潰瘍が発生するしくみをごく簡単にいうと、胃・十二指腸内での攻撃因子と防御因子のバランスが崩れることによっておこります。
胃や十二指腸では、食べ物を消化するための胃液など(攻撃因子)に対しては、たとえば胃粘膜の表面を粘液がおおうなどして、胃を守る作用(防御因子)が働いています。防御因子には、粘膜を保護する粘液のほかにも、アルカリ性物質で胃酸の力をやわらげる重炭酸、粘膜を健全に保つ血流、その血流をよくする働きのあるプロスタグランジンという物質などいろいろなものがあります。
健康なときはこのバランスがとれているため、粘膜が傷つくことはありません。なんらかの原因で攻撃因子の勢力が防御因子の勢力を上回り、そのバランスが崩れると、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を発症します。このバランスを崩す一つの要因として、ストレスが大きくかかわっていると推測されています。
十二指腸潰瘍では健康な人に比べると胃酸の分泌が高まっていますが、胃潰瘍では酸分泌の亢進はみられず、むしろ防御因子の力が弱まっています。したがって酸分泌だけを抑えるのではなく、防御因子の力を強化する治療を行う必要もあります。
また、1983年にヘリコバクター・ピロリという菌が発見されました。その後の研究から、ほとんどの潰瘍の患者さんで、胃粘膜内にピロリ菌が棲息していることが確認され、この菌を取り除くこと(除菌)によって潰瘍の再発を予防できることもわかってきました。ピロリ菌がいなくても、薬剤(とくに非ステロイド抗炎症薬)の副作用として、胃潰瘍が生じることが問題となっています。
そのほか、危険因子として、胃粘膜を傷つける可能性のある強いアルコール類、胃や十二指腸の粘膜の血管を収縮させ血流を悪くするたばこなどがあります。
病気の特徴
胃潰瘍は40~50歳代に、十二指腸潰瘍は20~40歳代に多くみられます。男性の患者さんが多く、女性の約3倍といわれています。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
| 治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 生活改善を行ってストレス・過労・睡眠不足などを軽減させる | ★4 | 生活上のストレスが多いと、潰瘍の治癒が遅くなることが知られています。消化性潰瘍がある場合には、日常生活でのストレスのコントロールを行うことが重要です。こうしたことは、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1) | |
| 食生活を改善し、潰瘍のある消化管に負担がかからないようにする | ★2 | 特定の食事が潰瘍を悪化させるというような臨床研究は見あたりません。食事を1日に何回も小分けにして食べたり、寝る前に食べると夜間の酸の分泌が増加するため、控えたほうがよいかもしれません。こうしたことは、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
| たばこ・アルコールの摂取をやめる | ★4 | 喫煙者は非喫煙者と比較して、潰瘍の治りが悪いことが知られており、消化性潰瘍の患者さんには禁煙が勧められます。アルコールに関しては、少量の飲酒であればむしろ潰瘍の治りを促進しますが、飲みすぎると逆によくないことが知られています。禁酒するほうが無難です。こうしたことは、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(2)(3) | |
| コーヒーを控える | ★1 | コーヒーのカフェインが消化性潰瘍の治癒を遅らせたり、発症を促すことを示す根拠は現在までのところ得られておらず、一般的に専門家からも支持されていません。 根拠(12)(13) | |
| 原因となった薬剤は中止する | ★4 | 原因が疑われる薬剤は中止するのが医療の原則です。とくに非ステロイド抗炎症薬は消化性潰瘍の原因として知られています。また、消化性潰瘍の治療に対する反応を悪くする要因としても知られています。このことは信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(4) | |
| ヘリコバクター・ピロリ感染が確認されたら除菌療法を行う | ★5 | ヘリコバクター・ピロリの除菌を行うことにより、潰瘍の再発の可能性が大幅に減少することが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)(6) | |
| 酸分泌抑制薬を用いる | ★5 | H2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬などの酸分泌抑制薬が、潰瘍の治癒を促すことが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7) | |
| 防御因子増強薬を用いる | ★5 | スクラルファートなどの防御因子増強薬は、潰瘍の治癒を促進するうえで、H2受容体拮抗薬と同等の効果があることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(8) | |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
ヘリコバクター・ピロリ感染の場合
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 次の3剤で除菌療法を行う | タケプロン(ランソプラゾール)+サワシリン/パセトシン(アモキシシリン)+クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン) | ★5 | 胃潰瘍の原因となっているヘリコバクター・ピロリを除菌する目的においてランソプラゾール、アモキシシリン、クラリスロマイシンの3剤の併用が有効であり、さらには消化性潰瘍の再発防止に有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)(6) |
酸分泌抑制薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| プロトンポンプ阻害薬 | オメプラール/オメプラゾン(オメプラゾール) | ★5 | オメプラゾールなどのプロトンポンプ阻害薬と呼ばれる薬は、胃壁からの塩酸の分泌を抑えることによって、胃潰瘍の治療に有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7) |
| タケプロン(ランソプラゾール) | ★5 | ランソプラゾール、ラベプラゾールナトリウムなどのプロトンポンプ阻害薬と呼ばれる薬は、胃壁からの塩酸の分泌を抑えることによって、胃潰瘍の治療に有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7) | |
| パリエット(ラベプラゾールナトリウム) | ★5 | ||
| H2受容体拮抗薬 | タガメット(シメチジン) | ★5 | シメチジン、塩酸ラニチジン、ファモチジン、ニザチジンなどのH2受容体拮抗薬と呼ばれる薬は、ヒスタミンを介した塩酸の分泌を抑えることによって、胃潰瘍の治療に有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7) |
| ザンタック(塩酸ラニチジン) | ★5 | ||
| ガスター(ファモチジン) | ★5 | ||
| アシノン(ニザチジン) | ★5 | ||
選択的ムスカリン受容体拮抗薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| ガストロゼピン(塩酸ピレンゼピン) | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されていますが、ほかに有効性の高い薬剤が多く開発されてきたため、最近ではあまり使用されなくなっています。 根拠(9) | |
プロスタグランジン製剤
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| サイトテック(ミソプロストール) | ★5 | 非ステロイド抗炎症薬の副作用によって生じる胃潰瘍・十二指腸潰瘍の予防に有効であるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(11) | |
防御因子増強薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| ピロリ菌の発育あるいはウレアーゼ活性を阻害する | ガストローム(エカベトナトリウム) | ★3 | 防御因子増強薬であるエカベトナトリウム、プラウノトール、ソファルコン、テプレノン、レバミピドにより、消化性潰瘍の治癒が促されることを示す臨床研究があります。 根拠(10) |
| ケルナック(プラウノトール) | ★3 | ||
| ソロン(ソファルコン) | ★3 | ||
| ピロリ菌の発育あるいはウレアーゼ活性に影響しない | セルベックス(テプレノン) | ★3 | |
| ムコスタ(レバミピド) | ★3 | ||
| アルサルミン(スクラルファート) | ★5 | 消化性潰瘍の治療におけるスクラルファートの有効性は、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(10) | |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
ヘリコバクター・ピロリの除菌が有効
消化性潰瘍の治療の基本方針は、胃粘膜にヘリコバクター・ピロリ菌が棲息していることがわかってから劇的に変わりました。
潰瘍を引きおこすだけでなく、胃がんとの関連性もほぼ確実とみなされているため、ヘリコバクター・ピロリ感染が確認されたなら、特別なことがなければ、除菌療法が強く勧められます。
抗菌薬の組み合わせで除菌
これまでの臨床研究で、もっとも除菌効果が高く、しかも一人ひとりに合わせて副作用がおこる可能性の低い抗菌薬の組み合わせを採用しなくてはなりません。抗菌薬2剤に、プロトンポンプ阻害薬を短期的に用いるのが現在広く行われている除菌療法です。
プロトンポンプ阻害薬が第一選択
ヘリコバクター・ピロリ菌の有無について検査をしない、あるいは検査を行って陰性であった場合には、酸分泌抑制薬と防御因子増強薬を用います。
酸分泌抑制薬のなかでは酸分泌抑制効果がもっとも強力で、臨床的にも有効率がもっとも高いことが確認されているプロトンポンプ阻害薬をまず用いるのが一般的です。
なんらかの理由で、プロトンポンプ阻害薬が用いられない場合にはH2受容体拮抗薬を用います。
防御因子増強薬の中では、アルサルミン(スクラルファート)が有効であることは、非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。
薬剤性の潰瘍にはミソプロストールが有効
また、非ステロイド抗炎症薬の副作用としての胃潰瘍・十二指腸潰瘍を予防するうえで、プロスタグランジンE1製剤であるサイトテック(ミソプロストール)の有効性が確認されています。
出血など特別な場合は手術
いまや消化性潰瘍は、薬物療法によって治療することがほとんどのケースで可能となり、手術を必要とするのは特別な場合(大量出血がある、胃粘膜の穿孔、潰瘍をくり返す結果、粘膜が変形し通過障害をきたすなど)に限られるようになりました。
しかし、喫煙や飲酒、暴飲暴食など、潰瘍の発症率を少しでも上げることがわかっているライフスタイルは必ず改める必要があります。
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根拠(参考文献)
- (1) Mason JB, Moshal MG, Naidoo V, et al. The effect of stressful life situations on the healing of duodenal ulceration. S Afr Med J. 1981;60:734-737.
- (2) Korman MG, Hansky J, Eaves ER, et al. Influence of cigarette smoking on healing and relapse in duodenal ulcer disease. Gastroenterology. 1983;85:871-874.
- (3) Sonnenberg A, Muller-Lissner SA, Vogel E, et al. Predictors of duodenal ulcer healing and relapse. Gastroenterology. 1981;81:1061-1067.
- (4) Lanas AI, Remacha B, Esteva F, et al. Risk factors associated with refractory peptic ulcers. Gastroenterology. 1995;109:1124-1133.
- (5) Hopkins RJ, Girardi LS, Turney EA. Relationship between Helicobacter pylori eradication and reduced duodenal and gastric ulcer recurrence: a review. Gastroenterology. 1996;110:1244-1252.
- (6) Marshall BJ, Goodwin CS, Warren JR, et al. Prospective double-blind trial of duodenal ulcer relapse after eradication of Campylobacter pylori. Lancet. 1988;2:1437-1442.
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- (8) Sucralfate, ranitidine and no treatment in gastric ulcer management--a multicenter, prospective, randomized, 24-month follow-up with a study of risk factors of relapse. GISU (Interdisciplinary Group for Ulcer Study). Digestion. 1992;53:72-78.
- (9) Gent AE, Hellier MD. Comparison of cimetidine and pirenzepine in the healing and maintenance of remission in duodenal ulcer. Digestion. 1990;46:233-238.
- (10) Shirakabe H, Takemoto T, Kobayashi K, et al. Clinical evaluation of teprenone, a mucosal protective agent, in the treatment of patients with gastric ulcers: a nationwide, multicenter clinical study. Clin Ther. 1995;17:924-935.
- (11) Silverstein FE, Graham DY, Senior JR, et al. Misoprostol reduces serious gastrointestinal complications in patients with rheumatoid arthritis receiving nonsteroidal anti-inflammatory drugs. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Ann Intern Med. 1995;123:241-249.
- (12) Rosenstock S, Jorgensen T, Bonnevie O, Risk factors for peptic ulcer disease: a population based prospective cohort study comprising 2416 Danish adults. Gut. 2003;52:186-193.
- (13) Aldoori WH, Giovannucci EL, Stampfer MJ, et al. A prospective study of alcohol, smoking, caffeine, and the risk of duodenal ulcer in men. Epidemiology. 1997;8:420-424.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行