過敏性腸症候群の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
過敏性腸症候群とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
消化管そのもの、あるいはほかの臓器にこれといった病気がないのにもかかわらず、慢性的な腹痛や便通異常といった症状がみられる病気です。さまざまな診断基準がありますが、共通しているのは①下痢もしくは便秘などの便通異常、②排便によって軽快する腹痛、③それらの症状が慢性的に持続する、といったものです。頭重感、めまい、倦怠感、不眠といった消化管以外の症状を伴うことも少なくありません。
こうした症状がストレスなどの精神的な要因によって悪化することも過敏性腸症候群の特徴で、さらに腹部の症状がストレス(トイレが近いことに対する不安)のもととなっていっそう症状を悪化させるという悪循環に陥ることもあります。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
副交感神経の緊張によって腸の運動が高まり、腹痛や便通異常などが引きおこされます。もともと神経質な性格や自律神経系が不安定な人に、いくつかの要因が加わると発症につながると考えられています。アルコールの飲みすぎ、冷たいものの食べすぎなどの食事要因、過労、かぜ、体の冷えなどの身体的要因、対人関係のトラブル、環境の変化、不安や緊張といった精神的要因などが関係しています。
精神的なものとしては不安神経症、うつ病、パニック障害などが病気の背後に潜んでいることもあります。
病気の特徴
腸の病気のなかでもっとも多くみられるもので、増加傾向にあります。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
生活改善によりストレスの解消をはかる | ★5 | ストレスは過敏性腸症候群の症状の悪化要因として知られています。ストレスを取り除くことで症状が改善することが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1) | |
食事の改善を行う | ★3 | 便秘や腹痛の症状がある場合には、繊維成分の多い食物をとると症状が改善することがあることが知られています。腸管に大量のガスがたまるために腹痛などの症状がおこる場合には、ある特定の食物(豆類、たまねぎ、セロリ、レーズン、バナナ、あんずなど)を避けると改善することがあります。これらのことは、臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(2)(3) | |
下痢に対して薬物療法を行う | ★5 | 下痢のためなんどもにトイレに行かなくてはならない場合には、適切な薬物療法を行うことにより症状が改善することが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(4) | |
便秘に対して薬物療法を行う | ★2 | 便秘に対してさまざまな薬剤が専門家の意見や経験によって用いられていますが、その効果については必ずしも明確に示されているわけではありません。便秘解消には食物繊維の多い食物が有効なこともあります。市販されている天然食物繊維サイリウム(オオバコ科の植物プランタゴ・オバタから採れる)が効果的だったとの臨床研究もあります。 根拠(5) | |
不安神経症に対して薬物療法を行う | ★4 | 明らかな不安神経症がある場合には、薬物療法が有効であることが信頼性の高い臨床研究によって示されています。ストレスに対して薬物療法が有効かどうかはわかっていません。したがってストレスがある場合には、それをより悪化させないためにリラクセーションなど、ストレスに対処する方法(ストレスマネージメント)を身につけることのほうが重要です。 根拠(6) | |
生活改善、薬物療法で改善が見られない場合には心身医学的な治療を行う | ★3 | 明らかな不安神経症やうつ病がある場合には、心理療法や認知・行動療法が有効であることがあります。また、患者さんによっては、催眠療法が有効なことも知られています。これらのことは臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(7) | |
絶食療法を行う | ★3 | ほかの方法で効果がなかった場合に「東北大方式」という絶食療法が行われ、有効との報告もありますが、必ずしも一般的ではありません。 根拠(8) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
腹痛に対して用いられる薬剤
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
抗コリン薬 | チアトン(臭化チキジウム) | ★5 | 腹痛の症状に対して、抗コリン薬が有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(9) |
下痢に対して用いられる薬剤
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
乳糖分解酵素 | ミルラクト(チラクターゼ) | ★2 | 乳糖の摂取量が多い場合には、乳糖を含む食物を減らすことで下痢の症状が改善するとする臨床研究があります。しかし、チラクターゼなどの乳糖分解酵素が有効であるかどうかについては明らかではありません。専門家の意見や経験から支持されているものです。 根拠(10) |
止痢薬 | ロペミン(塩酸ロペラミド) | ★5 | 下痢には、塩酸ロペラミドが有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(4) |
便秘に対して用いられる薬剤
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
緩下薬 | 酸化マグネシウム(酸化マグネシウム) | ★2 | これらの薬剤の効果は、必ずしも明確には示されていませんが、専門家によっては経験的に用いられます。 |
消化管運動機能賦活薬 | セレキノン(マレイン酸トリメブチン) | ★2 | |
アセナリン/リサモール(シサプリド) | ★2 | ||
膨脹性下剤 | バルコーゼ(カルメロースナトリウム) | ★2 |
精神症状に対して用いられる薬剤
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
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抗不安薬 | メイラックス(ロフラゼプ酸エチル) | ★4 | 背景に明らかな不安神経症がある場合には、適切な抗不安薬を用いることで症状が改善することが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(6) |
デパス(エチゾラム) | ★4 | ||
セディール(クエン酸タンドスピロン) | ★4 | ||
セルシン/ホリゾン/ソナコン(ジアゼパム) | ★4 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
症状は慢性的な腹痛や便通異常
消化管やほかの臓器にこれといった病気がないのにもかかわらず、慢性的な腹痛や便通異常といった症状がみられる病気です。慢性的な下痢、便秘、あるいは下痢と便秘を交互にくり返すといった症状が典型としてみられます。
ライフスタイルの改善が大切
過敏性腸症候群の治療としてもっとも重要なのは、ライフスタイルや生活環境の問題点の改善です。下痢や便秘の症状にあわせて食事の繊維成分を増減し、過労を避けて、休養と睡眠を十分にとることが有効です。
対症療法として薬物療法
腹痛、便秘、下痢などの症状に対して、抗コリン薬や消化管運動機能賦活薬、止痢薬などが対症的に用いられています。病気そのものを治す効果はありませんが、各症状を緩和することに一定の効果が示されています。
リラクセーションも有効
日常生活の不安や緊張が症状の悪化に影響を与えていることも少なくありません。このような場合には、ストレスに対処する方法を身につけることで、症状が改善することがわかっています。腹式呼吸や自律訓練法などについて、専門家の指導を受けると効果的です。
心の病気があるときは個別に対応が必要
背景に明らかな不安神経症やうつ状態、パニック障害がある場合には、抗不安薬や抗うつ薬などを用いた個別の対応が必要となります。抗不安薬などを適切に用いることで症状が改善することが知られています。
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根拠(参考文献)
- (1) Shaw G, Srivastava ED, Sadlier M, et al. Stress management for irritable bowel syndrome: a controlled trial. Digestion. 1991;50:36-42.
- (2) Lambert JP, Brunt PW, Mowat NA, et al. The value of prescribed 'high-fibre' diets for the treatment of the irritable bowel syndrome. Eur J Clin Nutr. 1991;45:601-609.
- (3) Drossman DA, Whitehead WE, Camilleri M. Irritable bowel syndrome: a technical review for practice guideline development. Gastroenterology. 1997;112:2120-2137.
- (4) Cann PA, Read NW, Holdsworth CD, et al. Role of loperamide and placebo in management of irritable bowel syndrome (IBS). Dig Dis Sci. 1984;29:239-247.
- (5) Prior A, Whorwell PJ. Double blind study of ispaghula in irritable bowel syndrome. Gut. 1987;28:1510-1513.
- (6) Tollefson GD, Luxenberg M, Valentine R, et al. An open label trial of alprazolam in comorbid irritable bowel syndrome and generalized anxiety disorder. J Clin Psychiatry. 1991;52:502-508.
- (7) Blanchard EB, Greene B, Scharff L, et al. Relaxation training as a treatment for irritable bowel syndrome. Biofeedback Self Regul. 1993;18:125-132.
- (8) Yamamoto H, Suzuki J, Yamauchi Y. Psychophysiological study on fasting therapy. Psychother Psychosom. 1979;32:229-240.
- (9) Poynard T, Naveau S, Mory B, et al. Meta-analysis of smooth muscle relaxants in the treatment of irritable bowel syndrome. Aliment Pharmacol Ther. 1994;8:499-510.
- (10) Lisker R, Solomons NW, Perez Briceno R, et al. Lactase and placebo in the management of the irritable bowel syndrome: a double-blind, cross-over study.Am J Gastroenterol. 1989;84:756-762.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行