A型肝炎の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
A型肝炎とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
A型肝炎ウイルスが食べものや飲みものを介して感染(経口感染)することによって発生する病気です。潜伏期間は平均4週間程度です。家庭内での発生が多く、子どもは比較的軽症ですが、成人では強い症状となって現れます。
かぜに似た症状が特徴です。38度以上の発熱により急激に発症します。強い倦怠感があり、吐き気、食欲不振、腹痛などの症状が現れます。こうした症状がおさまるころに、黄疸が現れます。3~4週間でほぼ正常に戻ります。
病後は良好で慢性肝炎に移行することはありません。ただし、ごくまれに非常に激しい症状を伴う劇症肝炎となることがあります。劇症肝炎になると肝細胞が急速に破壊されるため、検査を行うと肝機能異常が認められます。進行すれば意識障害をおこして死に至ることもあるので要注意といえます。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
原因は魚介類、とくに牡蠣の生食からの感染が多く、2月から5月の間に年間発生の9割が集中しています。衛生状態の悪い地域に旅行したときに、生水を飲んだり生ものを食べたりして感染することもあります。
食物や水を通して口から侵入したA型肝炎ウイルスは、消化管粘膜から血中に入り、門脈を経由して肝臓に入り込み、肝細胞内で増殖します。A型肝炎ウイルスが肝細胞を障害するのではなく、ウイルスを排除しようとする免疫の働きによって、ウイルスの存在する肝細胞が障害されると考えられています。
ただし、この病気は免疫ができるため再びかかることはありません。
病気の特徴
日本では、10歳前後の子どもと40歳~50歳の成人に多くみられる傾向があります。A型肝炎ウイルスは日本、北欧、北米以外の世界各国で常在しているウイルスです。衛生環境の整っていない地域に海外赴任、海外旅行する際には、ワクチンの接種が勧められます。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
安静にする | ★2 | かつて、急性A型肝炎では、安静にしてもしなくても治癒する速さと割合に変わりはなかったという臨床研究がありました。しかし、これはもともと頑強なアメリカ軍兵士を対象に行われたものです。したがって、倦怠感などの自覚症状がある限り、比較的安静にするほうがよいでしょう。 | |
急性期は低たんぱく、低脂肪食にして、肝臓への負担をかけないようにする | ★2 | 急性A型肝炎の患者さんに対して、低たんぱく、低脂肪食が有効であるとする臨床研究は見あたりませんが、病気の成り立ちとしくみからそうするほうがいいでしょう。 | |
必要に応じて輸液を行う | ★2 | 軽症であれば、特別な薬物療法は行いません。食欲不振のため食事が十分にとれないときには輸液が行われますが、輸液を行った場合と行わなかった場合を厳密に比較した臨床研究は見あたりません。ただし、専門家の意見や経験から必要に応じて輸液を行うことが支持されています。 | |
グリチルリチン製剤を用いる | ★2 | 急性A型肝炎でAST(GOT)、ALT(GPT)値の異常が続く場合、壊れた肝細胞を修復する働きのあるグリチルリチン製剤が使われることがあります。これは、信頼性の高い臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
劇症肝炎への移行が心配されるときは副腎皮質ステロイド薬を用いる | ★1 | 劇症肝炎に対する副腎皮質ステロイド薬の効果はなく、感染症のリスクを高くするため使用すべきではありません。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって確かめられています。 根拠(1) | |
肝移植を行う | ★4 | 劇症肝炎となった場合に肝移植を行うことは、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(2) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
肝機能改善薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
強力ネオミノファーゲンシー(グリチルリチン製剤) | ★2 | 肝機能が低下したときにグリチルリチン製剤は使われます。急性A型肝炎に対する臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
特別な治療なしで治る
A型肝炎による肝機能障害であることが判明したなら、ほとんどの場合、特別な治療は必要ありません。数週間程度で完全に治ります。
必要に応じて水分・栄養分を点滴で補給
一般に食欲はかなり低下します。水分さえも飲めないほど食欲が低下したり、吐き気・嘔吐が強かったりする場合には、医療機関で点滴による水分補給を受けることが必要になります。また、何日間も食物が口を通らないようでしたら、入院してカロリーを補給してもらう必要がでてきます。
倦怠感が強いときは安静に過ごす
ある程度水分の摂取ができ、食物も口を通るようでしたら、自宅での静養で十分です。全身倦怠感のためあまり動きたくないと感じる間は、その程度に応じて静かに横になっているとよいでしょう。柔らかくてさっぱりした(脂っぽくない)食物が、食欲低下時には食べやすいと思います。
グリチルリチン製剤を使うこともある
必ずしも信頼性の高い臨床研究で実証されているわけではありませんが、肝機能障害の程度が強い場合には、グリチルリチン製剤が用いられることもあります。
出血斑、腹部膨満は劇症化の疑い
まれではありますが、A型肝炎は劇症肝炎に移行することがあり、注意が必要です。
皮膚の出血斑や腹水による腹部膨満などは、肝炎が劇症化している可能性が高いことを示す症状ですのでただちに病院を受診すべきです。
衛生状態の悪い国で生水を飲まない
A型肝炎の原因であるA型ウイルスは、日本ではほとんどみられないウイルスですが、衛生状態の悪い地域では珍しいものではありません。そのような地域へ旅行するときなどは、生水や生ものに十分注意する必要があります。
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根拠(参考文献)
- (1) Rakela J, et al. A double-blinded, randomized trial of hydrocortisone in acute hepatic failure. Dig Dis Sci. 1991;36:1223-1228.
- (2) de Rave S, et al. The importance of orthotopic liver transplantation in acute hepatic failure. Transpl Int. 2002;15:29-33.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行