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痔核・裂肛の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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痔核・裂肛とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 痔核(イボ痔)とは、直腸や肛門周囲の静脈の密集している部分が、うっ血してイボのように膨れた状態になったものです。直腸と肛門の境にある歯状線より直腸側にできたものを内痔核、肛門側にできたものを外痔核といいます。

 直腸は自律神経が支配しているため痛みを感じないので、内痔核の場合は周囲を圧迫するほど大きくならないと痛みはありません。しかし、やわらかい粘膜にできたイボですから出血しやすいのが特徴です。出血は1カ月に1回程度だったものが、次第に回数が増えて週に1回程度になり、悪化すると排便のたびとなります。出血量は紙に付く程度から、ポタポタと落ちるものまでさまざまで、ときにはほとばしるほど激しいこともあります。内痔核では、病気がさらに進むと痔核が大きくなり肛門外に脱出して、出血がひどくなったり、こすられて痛みを感じるようになります。痔核の脱出は排便のときだけで自然に戻っていたものが、周囲の組織では支えることができなくなって次第に指で戻さないと戻らなくなり、やがて脱出したままになってしまう場合があります(脱肛)。こうなると肛門を刺激するので痛みが激しくなり、壊死、感染、発熱などをおこすこともあります。

 一方、外痔核の場合は知覚神経が走っているので強い痛みを感じますが、一種の血豆のような状態で出血はほとんどありません。

 裂肛(切れ痔)は肛門の粘膜が切れる病気のことです。肛門の痛みや排便時の出血がみられます。出血量は紙に付く程度で、それほど多くないのがふつうです。

 痛みは激しく、とくに傷が深くなり、肛門括約筋まで達するようになるとけいれんをおこし、排便後も数時間におよんで痛みが続くこともあり、この排便後痛は裂肛に特有の痛みといえます。くり返し傷ができたり治ったりするうちにその部分の皮膚が固くなって弾力性が失われ徐々に肛門が狭くなっていき、排便が困難になることもあります。

 ほとんどの痔核、裂肛は生活習慣を改善することで症状を軽減することができます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 痔核は肛門部の静脈に負担がかかることで生じます。便秘になると便が硬くなり、いきんだりするため、静脈が圧迫され血流が悪くなるので痔核になりやすくなります。下痢も水分を多く含んだ便が勢いよく排出されるため、肛門部にはよくありません。

 このほか、椅子に座りっぱなしなど、長時間同じ姿勢でいるときも肛門部がうっ血しやすくなります。力仕事や激しい運動、妊娠・出産も肛門部に負担がかかります。アルコールの飲みすぎは肛門部にうっ血を引きおこすと同時に下痢もおこしやすく、痔核の原因になります。唐辛子、わさび、カレーといった香辛料も排便の際に肛門部を刺激します。

 一方、裂肛は便秘で便が硬くなることが原因で、肛門をおおう肛門上皮が傷ついて出血するものです。痛みを伴うため、排便を避けるようになり、ますます便秘になるといった悪循環に陥ることが少なくありません。

 逆に下痢がひどいときも、肛門周囲の皮膚が荒れたりただれたりしてすり傷になり裂肛をおこします。また、すでにできている傷に炎症をおこさせ、悪化させる誘因ともなります。

病気の特徴

 わが国では3人に1人はなんらかの痔を有すると考えられています。痔のうち、痔核は67パーセントと一番多く、裂肛は16パーセントです。痔核はお年寄りに多く、裂肛は比較的女性に多い病気です。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
痔核の保存的治療 生活習慣を改善する ★3 食物繊維を積極的にとることは、痔出血のある患者さんにとって有効であることは臨床研究によって確認されています。また便秘を回避する目的で、適切な量の水分摂取も必要です。必ずしも臨床研究で明らかにされているわけではありませんが、痔を引きおこす要因、悪化させる生活習慣上の要因は専門家の指摘するところです。便秘・下痢をおこさないようにする、肛門周囲を清潔に保つ、長時間座ったまま、あるいは立ったままの姿勢を避ける、過労を避ける、精神的ストレスを避けるといった生活習慣を実行することで、症状はかなり改善されると考えられます。 根拠(1)(2)
便秘を改善する薬を用いる ★2 便秘は痔の原因として考えにくいという研究がありますが、信頼性の高いものではなく、決定的な根拠とはいえません。経験的に痔と便秘の関連は認められており、便秘は改善すべきと考えられています。ただし、まず食生活の改善や適度な運動をするといった生活習慣の改善から行い、それでも便秘が続く、あるいは非常に症状が悪化している場合には薬を用いることもあります。やわらかすぎる便も痔を悪化させるので下剤の使用には注意が必要です。 根拠(3)
下痢を改善する薬を用いる ★2 臨床研究で明らかにされていませんが、下痢が痔核や裂肛を悪化させることは経験的に認められていますので下痢は改善すべきと考えられています。ただし、薬を用いるのは症状が非常に悪化したときなどです。
坐薬や軟膏による治療を行う ★2 痔核・裂肛によるかゆみや痛みのある人に、鎮痛作用や炎症を抑える作用のある坐薬や軟膏、ぬるま湯座浴を用いることがあり、専門家の経験と意見によって支持されています。 根拠(4)
痔核の外科的治療 結紮切除法による手術を行う ★4 内痔核を切除して、傷を糸で縫う方法です。痔核をもっとも確実に治す外科的治療法です。信頼性の高い臨床研究によると、成功率は95パーセント以上で、術創感染症をおこす率も低いとしています。 根拠(5)
硬化注射療法を行う ★5 注射で薬剤を注入し、痔核を固め萎縮させる方法です。肛門外への脱出がみられない内痔核に対して効果があることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。出血を止める効果は高いのですが、痔核を消失させる効果は弱く、ゴム輪結紮法に比べて成績は落ちるようです。 根拠(6)
ゴム輪結紮法を行う ★5 内痔核の根元をゴム輪で縛り、血行を止めて壊死させ脱落させる方法です。肛門外への脱出がおもな症状である内痔核に対してよく行われる治療で、非常に信頼性の高い臨床研究によって認められています。術後の痛みや出血をおこすことはありますが、重い合併症がおこることはありません。 根拠(7)
凍結療法を行う ★2 痔核を凍結、壊死させる方法です。ゴム輪結紮法、レーザー凝固療法、電気的凝固療法に比べて成績は劣り、患者さんの満足度も低いことが臨床研究によって報告されています。 根拠(8)
裂肛の外科的治療 肛門拡張術を行う ★2 指で肛門をゆっくりとマッサージして前後左右に広げる方法です。裂肛が慢性化し、肛門が狭くなってしまった場合に行われます。肛門の開閉をコントロールしているのは、直腸に近いところにある内肛門括約筋と、その外側にある外肛門括約筋です。この方法は内肛門括約筋の攣縮を改善しますが、括約筋断裂と便失禁を高頻度におこします。 根拠(9)
括約筋切開術を行う ★5 内肛門括約筋の一部を切開し、括約筋の緊張をゆるめる方法です。裂肛で日常生活に支障がでるほど症状が強い場合に行われます。内科的治療に比べ、治療成績は良好であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(10)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

坐薬(もしくは軟膏)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ポステリザン(大腸菌死菌) ★2 出血や痛みなどの症状を改善し、悪化を防ぐ効果は専門家の支持するところです。
ボラザG(トリベノシド・リドカイン配合剤) ★2
ネリプロクト(吉草酸ジフルコルトロン・リドカイン配合剤) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

便秘にならないことが大切

 下痢と肥満が痔と関連していて、便秘は痔と関連していないとの症例対照研究(最高の質の臨床研究とは考えられていない)がありますが、決定的な証拠とはいえません。

 そこで、従来から適切な治療とされているように便秘や下痢を予防し便通を整えることが勧められます。食物繊維をたくさん摂取する、水分を多めにとる、運動をするなど、まず生活パターンを整えるようにします。

 それでも便秘になる場合には、緩下薬を用います。緩下薬の効果は個人差が大きく、種類と量については試行錯誤のうえ、決定せざるをえません。

血行を促進し、清潔を保つ生活習慣を

 便通を整える生活パターンとともに肛門付近の血行をよくし、清潔を保つことも重要です。立ちっぱなし、座りっぱなしを避け、腰を冷やさないようにします。なるべく毎日入浴するようにし、お尻だけつかる座浴も悪化を防ぎます。また、洋式トイレのほうが排便時の負担が軽くてすみます。軽症であればこのような生活習慣の改善でかなりよくなります。

坐薬や軟膏を用いる

 痛みや出血がある患者さんでは、ボラザG(トリベノシド・リドカイン配合剤)などの炎症や痛みを抑えたり血行を改善したりする坐薬や軟膏を用います。炎症が激しい場合には、一時的に副腎皮質ステロイド坐薬を用いることもあります。

もっとも確実な手術法は、結紮切除法

 生活習慣の改善や薬による治療でよくならず、日常生活に支障がでるほどのつらい症状がある場合には、結紮切除法、硬化注射療法、ゴム輪結紮法、凍結療法など、さまざまな外科的処置が行われます。これらの治療法のうちもっとも確実なのは、現在のところ、結紮切除法と思われます。

 また裂肛の人で、便通のコントロールがうまくいかず、同じ部分で切り傷がくり返しおこり、肛門が狭くなって排便が困難になるなど日常生活に支障がでるほどの症状がある場合は、括約筋切開術が選択肢となります。

貧血があるときは、がんなどの検査を

 痔があって、しかも貧血が見つかった場合、痔からの出血によるものと決して自己判断してはいけません。胃から直腸までの間にポリープや潰瘍、がんがないかどうか、必ず検査を受けてください。

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根拠(参考文献)

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  • (4) Shafik A. Role of warm-water bath in anorectal conditions. The "thermosphincteric reflex". J Clin Gastroenterol. 1993;16:304-308.
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  • (9) Watts JM, Bennett RC, Gallagher JC. Stretching of anal sphincters in the treatment of fissure in ano. Br Med J. 1964;2:342.
  • (10) Evans J, Luck A, Hewett P. Glyceryl trinitrate vs. lateral sphincterotomy for chronic anal fissure: prospective, randomized trial. Dis Colon Rectum. 2001;44:93-97.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行