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前立腺肥大症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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前立腺肥大症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 前立腺は男性にのみある臓器で、精のうとともに精液をつくる働きをするところです。栗の実のような大きさで、尿道を取り囲むようにしてあります。

 この前立腺がこぶ状に肥大して尿道を圧迫し、さまざまな症状を引きおこすのが前立腺肥大症です。中高年の男性のほとんどにみられる病気ですが、こぶの大きさには個人差があり、自覚症状のないまま終わる人もいます。

 症状としては、尿がでにくくなる、たびたびトイレに行く頻尿、夜間頻尿、残尿感、尿漏れ、脚の付け根の不快感などが現れます。

 最初の症状は夜間頻尿や、トイレに行っても排尿までに時間がかかる、いきまないと尿がでないといったものです。病気が進んでくると、残尿感が次第に強まります。また膀胱にたまった残尿のなかで細菌が繁殖し、結石の原因となることもあります。

 さらに悪化すると、自力での排尿ができなくなり、膀胱が尿で一杯になって漏れだす溢流性尿失禁になるとともに、尿が逆流してしまい腎臓まで達することとなります。そのため腎臓の働きが悪化したりします。まったく尿がでなくなる尿閉をおこすと慢性腎不全など危険な合併症を引きおこすこともあり、早めの処置が必要です。

 ほぼ同じ症状を引きおこす前立腺がんとの区別が非常に大切で、症状のある人は医師の診断が欠かせません。

 前立腺肥大症が悪化して前立腺がんになることはありませんが、両者を合併していることはしばしばあります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 発症には男性ホルモン(アンドロゲン)と加齢が関係していると考えられています。また、前立腺の炎症、遺伝子、ウイルスなどとの関係も指摘されています。

病気の特徴

 60歳代の男性の約半数、70歳を超えるとほぼすべての男性に前立腺肥大症が認められます。ただし、症状を訴える人はそのうちの10パーセント程度です。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
α遮断薬を用いる ★5 頻尿、残尿感、排尿困難などの症状を改善する効果があるということが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)(2)
抗男性ホルモン薬を用いる ★1 抗男性ホルモン薬では排尿障害は改善しなかったという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(3)
植物エキス製剤やアミノ酸製剤を用いる ★2 治療効果は明らかではありませんが、専門家の意見や経験から支持されています。
経尿道的前立腺切除術を行う ★5 尿道から内視鏡を入れ、レーザーなどで前立腺を切除する方法で、薬物療法など保存的治療と比較して、排尿障害が改善する割合が大きいことが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(4)~(6)
前立腺被膜下摘除術を行う ★2 前立腺肥大が大きい場合は、おなかを切って前立腺を切除する方法をとることがあります。この手術の治療効果を確認した臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。
前立腺温熱療法を行う(マイクロ波、レーザーなど) ★5 α遮断薬内服よりも症状の改善効果が高いという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7)(8)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

排尿障害治療薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
α遮断薬 ハルナール(塩酸タムスロシン) ★5 頻尿、残尿感、排尿困難などの症状を改善する効果について、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)(2)
ミニプレス(塩酸プラゾシン) ★5 排尿障害を改善する作用は弱いようですが、効果のあることは非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(9)
バソメット/ハイトラシン(塩酸テラゾシン) ★5 頻尿、残尿感、排尿困難などの症状を改善する効果について、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)(2)
エブランチル(ウラピジル) ★5 前立腺肥大症の有効性について、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。とくに頻尿、残尿量、尿流速度の改善効果があります。 根拠(10)
植物エキス製剤アミノ酸製剤 エビプロスタット ★2 専門家の意見や経験から支持されています。
パラプロスト/バロメタン(アミノ酸配合剤) ★2
セルニルトン(セルニチンポーレンエキス) ★3 臨床研究によって排尿障害の症状が改善することが確かめられています。 根拠(12)

女性ホルモン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロスタール/ルトラール(酢酸クロルマジノン) ★2 有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。
パーセリン/ペリアス(アリルエストレノール) ★3 前立腺の容積は変わりませんが、最大尿流速度は改善するということが、臨床研究で確認されています。 根拠(11)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

手術が必要なことも

 前立腺の肥大の程度が高度で、尿閉状態(尿意があるにもかかわらず、尿がまったくでない状態)になったり、排尿後も膀胱に尿が残り、管を入れて導尿する必要が生じたりする場合には、尿の通り道を圧迫している前立腺を除去し、尿道を改善する手術が必要になります。現在、行われている一般的な手術方法は、経尿道的前立腺切除術です。

排尿治療薬や温熱療法も用いる

 頻尿、残尿感、排尿困難などの症状があるものの、ただちに手術が必要ではないと判断された場合には、まずハルナール(塩酸タムスロシン)、ミニプレス(塩酸プラゾシン)、バソメット/ハイトラシン(塩酸テラゾシン)、エブランチル(ウラピジル)といったα遮断薬のいずれかを用いて、症状が改善するかどうか経過を観察します。さらに可能であれば、マイクロ波やレーザーなどを用いた前立腺温熱療法を行うことになります。

 抗男性ホルモン薬については効果を疑問とする臨床研究や、潜在性の前立腺がんの早期発見を遅らせるとするガイドライン(「EBMに基づく前立腺肥大症ガイドライン」日本泌尿器学会推薦2001)もあり、検討が必要な薬でしょう。なお、そのガイドラインでは、α遮断薬との併用についても効果を示す十分な根拠がないとしています。

 女性ホルモン薬なども治療薬にありますが、信頼性の高い臨床研究ではその効果が確かめられておらず、泌尿器科医の経験から用いられていることが多いようです。

がんとの区別が大切

 この病気でもっとも重要なポイントは、前立腺肥大症と同じような症状をおこす前立腺がんを見逃さないことです。

 前立腺肥大症が悪化して前立腺がんになることはまず考えられませんが、前立腺肥大症と前立腺がんの両方をもち合わせている可能性は捨てきれません。

 そこで、手術しない場合には、定期的に泌尿器科医の診察を受け、血液検査を行うことが必要です。血液検査では前立腺がんに有効な腫瘍マーカーの値の推移を観察します。

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根拠(参考文献)

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  • (9) Steven ID, Coffey GA, Graham NM, et al. The effect of prazosin on patients with symptoms of benign prostatic hypertrophy. Aust Fam Physician. 1993;22:1260-1264.
  • (10) Kawabe K, Tsuchida S, Shimazaki J, et al. Effect of uradipil on benign prostatic hypertrophy: a multicenter, double-blind study. Urol Int. 1993;50:27-32.
  • (11) Noguchi K, Harada M, Masuda M, et al. Clinical significance of interruption of therapy with allylestrenol in patients with benign prostatic hypertrophy. Int J Urol. 1998;5:466-470.
  • (12) Yaumoto R, Kawanishi H, Tsujimoto T, et al. Clinical evaluation of long-term treatment using cernitin pollen extract in patients with benign prostatic hyperplasia. Clin Ther. 1995;17:82-87.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行