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糖代謝異常と妊娠の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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糖代謝異常と妊娠とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 妊娠中、とくに妊娠後期になると胎盤から分泌されるインスリン拮抗ホルモンが増えてくるため、妊娠していないときと比べてインスリンの必要量が増加します。そのため、妊娠中は、糖尿病になりやすく、血糖値が高くなる人がかなりいます。

 また、血糖値が正常な人でも尿糖がでやすくなります。厳密に血糖値がどの程度上がれば、糖尿病と診断するかは議論の多いところですが、妊娠中の血糖値では空腹時で92ミリグラム/デシリットルを超える場合は要注意とされ、ブドウ糖負荷試験を行ったうえで、最終的な診断を下します。

 糖代謝の異常と妊娠の関係では、妊娠前から糖尿病である「糖尿病合併妊娠」と、「妊娠中に発見された糖代謝異常」に分類され、後者は「妊娠糖尿病」と「妊娠時に診断された明らかな糖尿病」に分類されます。事前に糖尿病とわかっている場合には、血糖コントロールを行ったうえで計画妊娠をするようにします。

 一方、妊娠糖尿病では、肥満、高齢(35歳以上)、家族に糖尿病の患者さんがいる、以前の妊娠で流産や巨大児の出産、羊水過多や尿糖陽性の経験がある人などが、なりやすいといわれています。

 妊娠前に糖尿病の検査を行うことが望ましいのですが、それができなかった場合はできるだけ妊娠初期に検査をしたほうがいいでしょう。

 血糖値をしっかりと管理できれば、母親自身が糖尿病の症状で苦しむことはありません。

 しかし、残念ながら、母親が糖尿病の場合、生まれてくる子どもが巨大児や先天的な病気をもっていることが多く、また、流産や死産が多くみられることが統計上明らかになっています。ただし、これらの問題は、妊娠1~2カ月前後のごく初期から血糖値が高い場合におこっており、妊娠糖尿病というよりは、すでに糖尿病である人が予定外の妊娠をした場合に目立ちます。

 現在は、妊娠中の血糖値を管理し、正常値を維持する技術も進んできています。医師の指導のもと、厳格な管理を行えば、糖尿病合併妊娠、妊娠糖尿病ともに、分娩時のトラブルはほとんど防ぐことができます。

 しかし、適切な指導を受けられなかったり、指導を守らなかったりして、妊娠中の血糖値管理が悪いと、母体がケトアシドーシス(血液中のケトン値が高くなり体が強い酸性になった状態)、妊娠中毒症、羊水過多症、糖尿病の合併症などを招きやすく、胎児のほうは巨大児、子宮内胎児死亡、新生児低血糖、高ビリルビン血症、低カルシウム血症、多血症、呼吸障害などに陥りやすくなります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 インスリンは膵臓でつくられるホルモンのひとつで、体の細胞が糖を代謝する際に大切な役割を果たしています。妊娠後期にはインスリン拮抗ホルモンが増え、インスリンの作用不足がおこります。この結果、血糖値が高くなっているのが糖尿病です。

 また、もともと糖尿病になる素質をもち、いずれ糖尿病になるような人が、妊娠という特別の状態をきっかけに糖尿病になるのが早まったという考えもありますが、それがどのようなしくみで、なぜおこるかもわかっていません。

 ただし、妊娠糖尿病の人の大多数では分娩後、正常な血糖値に戻りますが、そのうちの約半数もの人が、5年、10年を経て本格的な糖尿病を発病することが知られています。

病気の特徴

 わが国では、1950年代までは糖尿病患者も少なく、当時は糖尿病の女性は妊娠できないと考えられてきました。その後、糖尿病患者の数は増え、厚生労働省の2012年度調査によれば、糖尿病が強く疑われる人の数が約950万人、糖尿病の可能性を否定できない人を入れると約2050万人になるといわれています。最近では高齢出産の人も多く、糖尿病の人が妊娠する、あるいは妊娠糖尿病をおこしやすい人の確率が高くなっていると考えられます。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
糖尿病が事前にわかっている場合は、血糖コントロールを行って、計画的に妊娠するようにする ★2 妊娠前から糖尿病がわかっていて妊娠した場合を、「糖尿病合併妊娠」といいます。妊娠初期に高血糖状態になると胎児が先天的な病気をもっている可能性が高くなり、妊娠前から血糖コントロールを行うことでその発生率が減少します。計画妊娠では、そのリスクを低下させるために血糖コントロールを良好に保ち、糖尿病性網膜症や糖尿病性腎症がある場合は妊娠に耐えられるかどうか見極めたうえで妊娠を許可します。これは臨床研究によって効果が確認されていませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 根拠(1)~(6)
血糖値の管理を厳格に行う ★5 糖尿病の妊婦は糖尿病ではない妊婦に比べて妊娠中毒症、胎児の子宮内死亡、巨大児や難産などのリスクが高くなります。そのため自己血糖測定を行い、空腹時の血糖値を70~100ミリグラム/デシリットル未満、食後2時間値を120ミリグラム/デシリットル未満を目標とします。臨床研究によって効果が確かめられていますし、一般的な糖尿病の管理から考えても、当然行うべきことです。 根拠(7)(8)
食事療法では、妊娠の時期に合わせて摂取カロリーを調節する ★5 すべての糖尿病の妊婦は栄養指導を受ける必要があります。糖尿病による胎児への影響を最小限にするためには、食後血糖値のピークを抑えることが重要です。非肥満の標準的な妊婦では摂取エネルギーを体重1キログラムあたり30キロカロリーを基本とし、妊娠初期は50キロカロリー、中期は250キロカロリー、末期は450キロカロリーを付加する方法と、一律に200キロカロリーを付加する方法があり、どちらが優れているか日本糖尿病・妊娠学会で検討されています。炭水化物を摂取エネルギーの40パーセント以下に制限し、低グリセミック・インデックス食品を選択します。グリセミック・インデックス(GI)とは、炭水化物を含む食品を分類する指標のことで、低グリセミック・インデックス食品とは血糖値を急激に上げない食品をいいます。 根拠(9)(10)
運動療法を行う ★2 肥満の妊娠糖尿病妊婦において軽い運動が勧められる場合がありますが、一般的には糖尿病妊婦では運動療法の効果は明らかになっていません。 根拠(11)
食事療法、運動療法で血糖コントロールが十分にできない場合は、速やかにインスリン療法を導入する ★5 食事療法、運動療法でも血糖コントロールが十分にできない場合、インスリン療法を行います。その場合、自己血糖測定を行い、医師と定期的に連絡をとりながら、妊娠週数に応じた血糖管理を行います。約15パーセントの妊娠糖尿病に、インスリン療法が必要になるとされています。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(12)
定期的に眼底の状態をチェックし、必要に応じて治療する ★2 妊娠により糖尿病性網膜症(糖尿病によって目のなかの血管が膨れたり、閉塞したり破れたりすることで、網膜に異常がおこり、視力の低下などを招く)が短期的に悪化する可能性があります。悪化は一時的なことが多く、単純網膜症では妊娠を避ける必要はありません。そのため、妊娠前の評価と妊娠中の厳重な管理が必要です。進行した網膜症があると悪化しやすいので、妊娠前の治療が必要です。 根拠(13)(14)
分娩および産褥期には厳密に血糖値を管理する ★2 母体の高血糖は胎児の低血糖を引きおこす可能性があるため、母体の血糖値を厳密に管理する必要があります。これは専門家の意見や経験から支持されています。

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

主に使われる薬 評価 評価のポイント
インスリン ★5 約15パーセントの妊娠糖尿病に、インスリン療法が必要となるとされています。その効果は非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(12)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

糖尿病の女性は計画的な妊娠を

 もともと糖尿病がある女性は、血糖コントロールを十分に行ったうえで計画的に妊娠を考えるのが望ましいと思われます。病状をよく知っている担当の医師と相談しながら決めるべきでしょう。とくに、糖尿病性の網膜症や腎症を合併している場合には、妊娠に耐えられるかどうか医師と十分に話しあったうえで、妊娠するかどうかを決めるべきです。

妊娠中に糖尿病だとわかったら徹底した血糖管理を

 糖尿病の女性が妊娠した場合も、妊娠中に糖尿病であることがわかった場合も、ともに行うべきことは、厳格な血糖値のコントロールです。

 妊婦本人の健康問題というだけでなく生まれてくる子どもの健康問題(子宮内死亡や巨大児など)にも大きくかかわることを十分理解し、食事療法、運動療法、必要ならばインスリン療法を積極的に行う必要があります。

 自己血糖測定を行い、空腹時血糖値を70~100ミリグラム/デシリットル未満、食後2時間値を120ミリグラム/デシリットル未満、グリコアルブミン(GA)15.8パーセント未満などを目標にします。(15)(16)

食事療法、運動療法も取り入れる

 食事療法では、摂取エネルギーを体重1キログラムあたり30~32キロカロリーとし、炭水化物を摂取エネルギーの40パーセント以下に制限し、低グリセミック・インデックス食品をできるだけとるようにします。

 妊娠高血圧、早期破水、子宮内発育遅延などがない限り、腕を使った運動、ウオーキング、プールでの水中ウオーキングなどが勧められます。

出産後も厳密に血糖管理を行い、長期的な体重コントロールを

 分娩時にはインスリン需要量が大きく変化するので、インスリン療法を行っている場合は使用量を慎重に考え使用します。また、分娩の進行に伴って食事をとることが困難になるので、いっそう厳密な血糖のコントロールが必要になってきます。

 子どもが生まれたあとは、授乳を行っているときに乳汁として失われるエネルギーを考えて、授乳中の母体低血糖に注意する必要があります。妊娠中に糖尿病となり、分娩後は耐糖能が正常になった女性の約半数は将来糖尿病を発病するといわれていますので、食事や運動による適正な体重のコントロールを引き続き心がける必要があります。

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根拠(参考文献)

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  • (15)Hiramatsu Y, Shimizu I, Omori Y, et al. Determination of reference intervals of glycated albumin and hemoglobin A1c in healthy pregnant Japanese Women and analysis of their time courses and influencing factors during pregnancy. Endocr J. 2012; 59: 145-151.
  • (16)清水一紀, 平松祐司, 大森安恵ほか. 糖尿病合併妊婦および妊娠糖尿病におけるグリコアルブミンと母児合併症に関する調査. 糖尿病と妊娠. 2010; 10: 27-31.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)