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アルツハイマー病の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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アルツハイマー病とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 老年期にみられる認知症の背景にある病気として代表的なものがアルツハイマー病です。進行性の病気で、いつとはなしに始まり、ゆっくりとではありますが、症状は次第に悪化していきます。

 初期はちょっとした物忘れや、曜日・日付の間違いなど記憶力が低下したり、場所や人、時間を覚えていられなくなる見当識障害が現れたりします。症状は徐々に進行していき、物忘れはいっそうひどくなり、思考力や判断力など知的な働きも低下し、見当識障害も経過とともにさらに悪化していき、やがて、妄想をもち始めたり、夢と現実の間をさまようような異常な言動が現れ始めたりします。患者さん本人も混乱し、幻覚や被害妄想、感情の起伏が激しくなる、徘徊といった異常な行動がみられるようになります。

 さらに症状が進むと、言葉もでなくなり、運動機能が損なわれてさまざまな動作ができなくなるなど、仕事はもちろん自立した日常生活をおくることが困難になり、ついには寝たきりの状態になってしまいます。

 治療としては、知的な働きの低下による症状(記憶、言語力、判断力、思考力の障害などの中核症状)への対応、それに伴っておこってくるさまざまな感情的な混乱や、異常な行動(抑うつ、妄想、興奮、不安、幻覚、徘徊などの周辺症状)などへの対応を検討することになります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 アルツハイマー病は、1907年にドイツの神経学者であるアルツハイマーの名にちなんで名づけられました。アルツハイマーは、徐々に記憶力の低下などの症状が進み、ついに寝たきりになって死亡した女性の大脳に、ある特徴的な変化を発見しました。その女性の大脳は、多くの神経細胞が脱落し、大脳皮質にアミロイドというシミ状の異常たんぱく(老人斑)が沈着し、大脳全体は萎縮していました。この大脳の変化は、アルツハイマーの患者さんの大脳に共通してみられる特徴として今日知られています。アミロイドがアルツハイマー病の発症に深くかかわっているのではないかとの予測はありますが、現在でもなぜ、どのようにしておこってくるのかまだわかっていません。

病気の特徴

 わが国では、アルツハイマー病は、認知症のなかではもっとも多い病気で、いまなお増加傾向を示しています。65歳未満で発症する場合は進行が早い傾向があります。40~50歳代の早期でおこる人は少なく、多くが60~70歳以降で発症し、加齢とともにかかりやすくなります。男性よりも女性でおこる割合の高い病気です。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
認知症の症状が現れるほかの病気としっかり判別する ★5 認知症の症状が、ほかの病気を原因としておこっているものかどうかを正確に判別する必要があるという非常に信頼性の高い臨床研究報告があります。アルツハイマー病以外で認知症の症状が引きおこされる病気のうちでも、とくに治療が可能である病気であるかどうかを判別することが大切です。 根拠(1)
現在服用中の薬を点検する ★4 薬の副作用によって、認知症に似た症状が現れるということが信頼性の高い臨床研究によって報告されています。内服薬のうち、向精神薬・抗コリン薬・鎮静薬などに注意が必要です。 根拠(1)
知的な機能の低下が軽度から中等度であれば薬を用いる ★5 知的な機能の低下が軽度から中等度(比較的深刻でない場合)までであれば、薬が有効であるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。中等度以上の場合でも効果があるといういくつかの臨床研究報告がありますが、長期間の効果に関しては今後の研究の課題でしょう。 根拠(2)(5)(6)
感情面に現れる症状や異常な行為・行動に対しては、必要に応じて薬で抑える ★3 感情的に混乱したり興奮する、幻覚やうつ的な傾向を示す、周囲に攻撃性を示すといった症状に対しては本人(または介護人)の生活や背景をよく考慮し、薬を用いて治療をします。このように積極的な治療は必要であるという臨床研究があります。その研究報告によると、幻覚や攻撃性を示す患者さんはそうではない患者さんに比べ、施設入所の頻度が高くなると述べています。 根拠(3)
新たに現れる症状や異常な行為や行動に対しては、まず原因を探り、取り除くことができるものは取り除く ★2 新たに異常な行動などが認められたときは、常に感染症(尿路感染症、肺炎など)や薬の副作用(抗コリン薬など)に注意を払う必要があります。とくに、急に記憶力や思考力が低下したり、まとまった話や行動ができなくなった場合は気をつけましょう。
知的な機能が低下することによっておこる二次的なけがや病気に注意する ★4 75歳以上のお年寄りのうち、知的な機能が低下した人はそうではない人に比べて股関節の骨折が約2倍であるという信頼性の高い臨床研究があります。患者さんの多くは自分の知的な機能が低下していることに気づいていません。介護している人を含めた周囲の人々は、徘徊による転倒、夏季であれば発汗による脱水、妄想や興奮によるけがなどに注意する必要があります。 根拠(4)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

知的な機能の低下が軽度から中等度の場合に用いられる薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アリセプト(塩酸ドネペジル) ★5 知的な機能の低下が、軽度から中等度までであれば有効であるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(5)(6)

感情面に現れる症状や異常な行為・行動を抑える薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
幻覚、妄想、興奮などを抑える薬 グリマラール(塩酸チアプリド) ★5 これらの薬が、幻覚、妄想、興奮などの症状を抑えるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7)(8)(9)
リスパダール(リスペリドン) ★5
セロクエル(フマル酸クエアチピン) ★5
ルーラン(塩酸ペロスピロン水和物) ★3 信頼性の高い臨床研究ではありませんが、幻覚や妄想を抑える効果があるという臨床研究があります。
抑うつ、意欲低下を抑える薬 ドグマチール(スルピリド) ★3 抑うつ症状を抑える効果があるという臨床研究があります。 根拠(10)
ルボックス/デプロメール(マレイン酸フルボキサミン) ★2 アルツハイマー病による認知症の患者さんの抑うつ症状についての効果は、専門家の意見で支持されています。 根拠(11)
パキシル(塩酸パロキセチン水和物) ★5 抑うつ症状を抑える効果があるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(12)
トレドミン(塩酸ミルナシプラン) ★2 アルツハイマー病による認知症の患者さんの抑うつ症状についての効果は、専門家の意見によって支持されています。
不眠を改善する薬 テトラミド(塩酸ミアンセリン) ★2 アルツハイマー病による認知症の患者さんについての効果は、専門家の意見によって支持されています。
レンドルミン(ブロチゾラム) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

認知症の症状の原因を見極める

 アルツハイマー病を疑わせる認知症の症状があった場合、もっとも重要なことは、まず服用している薬やうつ病、代謝内分泌性疾患などによって引きおこされた二次的な症状かどうかを見極めることです。

 実際にアルツハイマー病と正確に診断するためには、大脳の変化を確かめなければなりませんが、それは不可能ですから、ほかの病気がないかどうか、それによってどんな薬を用いているか、家族関係や社会的な役割の変化まで、その人の背景をくわしく観察する必要があります。もし、二次的な症状であるなら、服用している薬を調整したり、基礎にある病気を治療したりすれば、認知症の症状が完全に治る可能性が高くなります。

軽度から中等度であれば薬を

 知的な機能の低下がそれほど深刻でなく、軽度ないし中等度の症状(記憶、言語、行為、判断力、思考力などの障害)である患者さんでは、アリセプト(塩酸ドネペジル)の服用を検討します。しかし、本薬自体への過敏症、心臓の電気伝導系障害、消化性潰瘍、気管支喘息・慢性閉塞性肺疾患、パーキンソン病などがある患者さんに対しては、慎重に検討し、用いるかどうかを判断します。

異常な行動や感情の変化は、原因を取り除き、必要に応じて薬で抑える

 抑うつ、妄想、興奮、不安、幻覚、徘徊など、異常な行動や感情の変化などの症状は、感染症による二次的な症状である場合や、服用している薬の変化によって引きおこされる場合もあるので、そうした要因がないか、確認する必要があります。そうした要因が見あたらない、また、要因を取り除いても症状がおさまらない場合は、それぞれもっとも有効とされる薬を服用することになります。

二次的なけがや病気に注意する

 症状が進行し、知的な機能が低下していくと、身のまわりのことに気を配ったり、危険なことを避けたりすることができなくなっていきます。興奮しやすくなり、混乱を示すことも多くなり、いきなり外に飛びだして転倒する、必要な水分を補給せずに炎天下を歩き回り脱水症状をおこすといった二次的なけがや病気をおこしかねません。長期にわたるために、周囲の人の負担も重くなりますが、できるだけ安全で、落ち着いた生活が継続できるような配慮が必要となります。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行