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高血圧性脳内出血の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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高血圧性脳内出血とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 脳の小さな動脈瘤が破れて脳内に出血し、意識障害や麻痺などの症状をおこす病気です。

 この病気がおこる背景には高血圧があります。出血をおこす場所は、被殻、視床が多く、ほかに脳幹(とくに橋)、皮質・皮質下、小脳などです。出血によって脳組織が直接破壊されるほか、出血した血液のかたまり(血腫)に圧迫されて脳浮腫(脳の組織のすきまにリンパ液などがたまって腫れた状態)が生じ、脳の組織の破壊が進みます。

 発作は頭痛、吐き気や嘔吐といった症状から始まり、左右どちらかの手足が麻痺します。突然大きないびきをかいて眠るような状態になることもあります。発作がおこった場合は、自分が吐いたもので窒息や誤嚥がないように顔を横向けにして寝かせ、救急車を呼ぶことが大切です。

 大脳の左側に出血がおこると体の右半分に症状がでます。逆に大脳の右側に出血がおこると体の左半分に症状がでます。左側の出血では、場所によって言語障害もみられます。

 出血の範囲が広かったり、脳の中心部におよぶ場合は、麻痺がおこるだけではなく意識障害にも陥ります。軽症なら数時間で意識が戻りますが、24時間以上昏睡が続く場合は、生命の危険があります。合併症として肺炎や消化管出血もしばしばみられます。

 意識を回復したあとも、片方の手足の運動障害、感覚障害、言語障害などが残ることも少なくありません。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 高血圧が続くと脳の深い部分の小さな動脈が壊死して微小動脈瘤ができます。そのような状態で、なんらかのきっかけで血圧が急激に上昇した場合に、微小動脈瘤が破裂して出血をおこします。強い興奮を覚えたり、精神的なストレスを感じた場合におこりやすいものです。日常生活のなかでは、食事、入浴、用便、暖かい場所から寒い場所に急に出た場合などに、よく発作をおこします。

病気の特徴

 脳に栄養を送っている血液の流れが出血または血管がつまることによって障害され、脳の本来の働きが損なわれる病気を総称して脳卒中と呼び、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血を三大脳卒中といいます。

 脳卒中はがん、心疾患に次いで死亡原因第3位です。脳卒中のうちの約2割が高血圧性脳内出血となっています。

 血圧を正常な値で維持することの重要性が理解されるようになってからは、この病気は減る傾向にあります。発作をおこした人の約3割が社会復帰を果たしていますが、約4割は後遺症で介助が必要となっており、約3割は死亡しています。発症年齢の平均は60歳です。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
抗けいれん薬を静脈注射する ★2 脳内出血の場所によっては、けいれん発作をおこすことがあります。その場合、抗けいれん薬を用いることが必要になります。
カルシウム拮抗薬の静脈注射で血圧を下げる ★2 脳内出血をおこした患者さんは、著しい高血圧となる場合が多いのですが、その高血圧に対してどのように治療すべきかということに関しては、臨床研究によってはっきりとした結論が出ていません。あまり高いまま放っておくと血腫が広がる可能性が高くなり、かといってあまり下げすぎると脳への血流量が少なくなってしまうのではないかという懸念があります。185/110程度まで上昇すれば下げたほうがよいと考えられています。 根拠(1)
頭蓋内圧降下薬を点滴する ★2 血腫の周囲におこる脳の腫れ(脳浮腫)は、生命に危険をおよぼすことがあります。そこで、臨床研究によって効果が確認されているわけではありませんが、濃グリセリンやD-マンニトールなどの頭蓋内圧降下薬を用います。症状が重く、少しでも改善を図る必要がある場合には、これらの薬が積極的に用いられます。しかし、それほど重症でない脳内出血の超急性期(発症後約6時間以内)に、そのような薬を用いると、かえって血腫が広がる可能性が高くなるという臨床研究もあります。 根拠(2)
H2ブロッカーを静脈注射する ★2 脳内出血をおこした直後には、消化性潰瘍の危険性が高まることが経験からわかっています。それを予防するために、胃酸の分泌を抑えるH2ブロッカーが用いられます。 根拠(3)
外科的な治療を行う 開頭血腫除去術を行う ★2 頭蓋骨の一部をはずして脳を露出させ、脳内の血腫を取り除く治療です。全身麻酔下で行われます。血腫の場所や大きさ、意識状態などにより、手術が必要かどうかが決定されます。手術は麻痺などの神経症状を改善させる目的ではなく、生命を救う目的で行われることが大半であり、その効果は臨床研究によって確認されています。今後、どういう患者さんに対して手術をすれば効果的か、さらに詳細に研究する必要があります。 根拠(4)~(7)
定位的血腫吸引術を行う ★2 CTで血腫の位置や大きさを確認し、頭蓋骨に小さな穴をあけ、針を挿入して血腫を吸引する治療です。局所麻酔下で行います。開頭血腫除去術と比較して、体にかかる負担は軽くてすみますが、出血部位を直接確認できないため、手術後に再出血の可能性が高くなるともいわれています。手術をしない場合に比べて明らかな有効性があるかどうかについては、いまだに議論があり、今後の研究が待たれます。 根拠(4)(8)~(11)
脳室ドレナージを行う ★3 脳内には髄液がたまっている脳室という空間があります。血液が脳室に大量に流れ込むと、髄液の流れが悪くなり、脳室やくも膜下腔などに髄液が異常にたまる急性の水頭症という状態になり危険です。脳室ドレナージとは、そのような場合に局所麻酔下で頭蓋骨に小さな穴をあけ、細い管を脳室まで挿入して、脳室内の血腫や流れの悪くなった髄液を排出するために行われる治療です。この治療の効果は臨床研究によって確認されています。 根拠(12)(13)
関節を動かすリハビリテーションを行う ★3 脳の組織の破壊によって障害が残った手足を動かさないままにしておくと、関節が固くなり、ますます動きが悪くなります。これを予防するために、脳内出血発症後早期から障害された手足の関節を他動的に動かすことが大切です。リハビリテーションの効果は臨床研究によって確認されています。 根拠(14)~(16)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

血圧を下げる薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
カルシウム拮抗薬 ヘルベッサー(塩酸ジルチアゼム) ★2 脳内出血をおこしたあと、著しく高くなった血圧を下げるために用いられます。血腫の拡大を防ぐには高血圧を改善する必要がありますが、その一方で血圧を下げすぎると脳への血流量が低下してしまうという懸念もあります。両者の兼ね合いを考慮しつつ、慎重に用いることが大切です。 根拠(1)
ペルジピン(塩酸ニカルジピン) ★2

脳浮腫を改善する薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
頭蓋内圧降下薬 グリセオール(濃グリセリン) ★2 血腫の周囲におこった脳浮腫を改善させる目的で用いられます。症状が重い場合は、積極的に用いられます。しかし、発症からあまり時間がたっておらず、症状もさほど重症でない場合は、かえって血腫が広がるリスクが高くなるという臨床研究もあります。 根拠(2)
マンニットール(D-マンニトール) ★2

消化性潰瘍を治療する薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
H2ブロッカー ガスター(ファモチジン) ★3 胃酸の分泌を抑える薬です。脳内出血の発症直後におこりやすい消化性潰瘍を防ぐために用いられ、その効果は臨床研究によって確認されています。 根拠(3)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

出血か梗塞かを見極めるのが大前提

 “血管局所の神経症状ないし大脳の働き全体が急速に低下”する脳卒中は、それが出血によるもの(脳内出血)なのか、血栓によるもの(脳梗塞)なのかによって、治療がまったく異なってきます。したがって、脳のCT検査などにより、脳内出血か脳梗塞かをまず明確に見極めることが、適切な治療を行うための前提になります。

ある程度の大きさの血腫は手術で取り除くのが一般的

 高血圧が長年続いたためにおこった脳内出血では、すでにおこった出血に対する治療と、出血の原因となった高血圧の治療が必要になります。限られた容積の頭蓋骨内で多量の出血(血腫)がおこると、脳内の圧力が高まり(脳圧亢進)、呼吸や心臓の働きが損われてただちに生命にかかわる危険な状態となります。

 そこで、ある程度の大きさの血腫については、開頭血腫除去術や定位的血腫吸引術(コンピュータで病巣の位置を確認し、そこに針を挿入して血腫を吸引する)などの外科的な治療が行われています。

 これらは血腫を除去し脳圧を下げることで救命できるはずである、という医学的論理と観察研究の結果に基づいた治療法です。ただし、これらの外科的な治療が薬物療法のみで経過観察した場合と比較して長期的な利益が大きいかというと、いまのところ、必ずしもそれを明確に示す信頼性の高い医学的証拠はありません。

 したがって、どの治療法を選択するかは、一人ひとりの脳外科医の技術と経験に基づいて決定されているのが実情です。医師の説明を十分に聞き、患者・家族の立場からも最善であろうと納得できる治療法を決めていくことが大切と思われます。

急性期の高すぎる血圧は降圧薬でコントロール

 高血圧のコントロールに関しては、たとえば200/130といった著しく血圧の高い場合に薬物を用いて降圧することに異論はありません。しかし、急性期において血圧がどの程度まで上がっていれば降圧療法が必要になるのか、そしてどこまで下げればよいのかという点については、いまのところ明確な結論はありません。一般的には、神経症状が悪化しないかどうか注意深く観察しながら、130/80程度を目標に降圧を試みているのが現状です。

 なお、急性期を乗りきったあとは、生涯にわたって高血圧やそのほかの動脈硬化リスク因子をきちんとコントロールしていかなければいけないのは当然でしょう。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行