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不眠症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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不眠症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 不眠症とは、眠りたいと思っているのに眠ることができず、体や脳の疲労をとるために必要な夜間睡眠がとれない状態をいいます。人間の睡眠時間や寝つきには、かなりの個人差があり、年齢によっても違いがあります。日本人の睡眠時間は平均7時間半から8時間とされていますが、実際にはもっと幅があるというのが実情です。ですから、どの程度眠りが阻害されたら不眠症というかは、その人の健康なときの睡眠状態を基準とせざるをえません。

 不眠症はそのおこり方からいくつかのタイプに分けられます。寝つきが悪く、床に入ってもふだんより1時間以上眠れないのが「入眠障害」です。夜間になんども(少なくとも3回以上)目が覚める場合は「中途覚醒」といいます。ふだんより2時間以上早く目が覚めてしまい、その後なかなか眠れないのが「早朝覚醒」です。睡眠時間はそれなりに長いのに、十分眠ったという満足感が得られない場合は「熟眠障害」といいます。これらのうちもっとも多いのが入眠障害といわれています。

 また、不眠症の続いている期間による分類もあります。1週間以内であれば一過性不眠、1カ月以内であれば短期不眠、1カ月以上であれば長期不眠と分類されます。一般に治療が必要なのは長期不眠ですが、患者さん本人にとってひどく苦痛で、仕事や学業ができなくなるなど、生活に支障をきたすような場合は短期不眠でも治療が必要でしょう。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 不眠症は、いろいろな体の病気や心の病気が引きがねとなっておこるものと、はっきりした原因がわからず神経質な性格などが関係しているものとに分けられます。

 不眠の原因となる体の病気としては、痛みをおこす腰痛やかゆみをおこす皮膚炎、夜間に呼吸困難をおこす気管支喘息、睡眠時無呼吸症候群などがあります。また、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化症など脳の病気や高血圧や心不全など循環器の病気が原因の場合もあります。

 心の病気としてはうつ病がその代表で、ほとんどの患者さんで不眠がみられます。

 このように原因のはっきりしている場合は、当然ながら原因となる病気の治療が必要です。

 また、はっきりした原因がないのに不眠がおこる場合があり、その大部分は精神生理性不眠と呼ばれるものです。たとえば神経質な性格の人がちょっとした心配事やストレスで不眠を経験すると、「今夜も眠れないのでは」と気になり、緊張するためによけいに眠れなくなります。眠れないことがさらに心配の種になり悪循環をくり返し、不眠が固定してしまうわけです。このような症状が1カ月以上続く場合は治療が必要です。

 このほか、寝酒としてアルコールを飲んでいると、次第に飲酒量が増えて、寝つきはよいものの中途覚醒、早朝覚醒となることがしばしばあります。

 精神的なストレスが原因となっている場合は、そのストレスを緩和するための行動療法をまず行い、それでも改善しない場合に睡眠薬を使って治療するのが一般的です。

 睡眠薬には作用時間の短いものから長いものまでいろいろな種類があるので、不眠のタイプに合わせて使い分けることができます。眠ることができるようになったら、医師の指導のもとに少しずつ睡眠薬を減らして、薬なしでも眠れるようにします。

病気の特徴

 どの年代でもみられますが、年齢が高くなるほどその頻度が高くなる傾向にあります。不眠に悩んでいる人は多く、世界的な調査では全人口の約10パーセントにのぼるとしています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
不眠の原因が体や心の病気の場合は、その病気を治療する ★2 原因となっている病気がある場合は、その病気の治療が当然必要になります。
睡眠薬による薬物療法を行う ★2 薬物療法が入眠障害や中途覚醒に対して有効であることは、非常に信頼性の高い臨床研究で認められています。しかし、原因が心配事やストレスにある場合は治療法の第一選択ではなく、非薬物療法を先行して行うべきです。使用するにしても、症状の重い場合だけに限定して用いるべきでしょう。 根拠(1)(5)
精神療法(行動療法)を行う ★5 カウンセリングなど薬を使わない精神療法を行うことによって、入眠や睡眠時間の延長が得られることが、非常に信頼性の高い臨床研究で報告されています。行動療法は、患者さんや家族に、困っている問題を習慣的な行動特性として理解してもらい、新しい行動習慣を身につけることで、生活や精神面をよりよい方向に導く療法です。 根拠(2)(6)
入眠障害の場合 自律訓練法を行う ★3 行動療法の一つである自律訓練法の効果は、限られた臨床研究で確認されています。自律訓練法は、心と体が密接に関係していることに着目して生まれた治療方法で、瞑想などによって体の筋肉をゆったりとさせ、心の緊張をとき、リラックスすることで心身のバランスを回復させようというものです。つまり、不安や緊張が生じているときには体が硬直し、その硬直が心を緊張させるという考えから、逆に体の緊張をほぐすことで心の安定を得ようというものです。 根拠(4)
睡眠衛生に気を配る ★2 睡眠衛生に気を配ることの効果は、専門家の意見や経験から支持されています。睡眠衛生とは、よい眠りが得られるような条件を整えることをいいます。具体的には、寝具や寝室を眠りやすい環境にする、規則正しい睡眠習慣を身につける、寝る前の飲食や入浴の方法に工夫する、気持ちを切り換える工夫をする、などがあげられます。 根拠(1)
就寝前にカフェイン飲料を飲まない ★2 就寝前にコーヒーや紅茶などカフェインの入った飲み物を避けることが、一般に勧められていますが、カフェインの影響力は個人個人によって差があるため、一概には判断できません。
起床時刻を一定にする ★2 起床時刻を一定にすることは、専門家の意見や経験から支持されています。 根拠(1)
起床後すぐに太陽光を浴びる ★3 日内リズムの異常による睡眠障害に対して、起床後すぐに太陽光を浴びる治療の有効性が臨床研究で認められています。 根拠(3)
就寝の2、3時間前に軽い運動をする ★2 就寝前の軽い運動は専門家の意見や経験から勧められることもあります。

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

入眠障害の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ハルシオン(トリアゾラム) ★4 これらの薬の有効性は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
マイスリー(酒石酸ゾルピデム) ★4
アモバン(ゾピクロン) ★4
レンドルミン(ブロチゾラム) ★4
レキソタン(ブロマゼパム) ★4
デパス(エチゾラム) ★4

中途覚醒、早朝覚醒の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
サイレース/ロヒプノール(フルニトラゼパム) ★4 これらの薬の有効性は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
ユーロジン(エスタゾラム) ★4
ネルボン/ベンザリン(ニトラゼパム) ★4
ドラール(クアゼパム) ★4

熟眠障害の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
サイレース/ロヒプノール(フルニトラゼパム) ★4 これらの薬の有効性は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
ユーロジン(エスタゾラム) ★4

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

不眠のタイプとその原因を知る

 不眠症の治療では、不眠のタイプとその原因を知ることがまず必要です。

 たとえば、心不全による夜間の呼吸困難のための中途覚醒、せきがおもな症状である喘息による入眠障害や中途覚醒、睡眠時無呼吸症候群による中途覚醒、うつ病による早朝覚醒などがあります。

 いずれも、原因となるそれぞれの病気を治療しない限り不眠は治りません。

まず、生活のなかでいろいろな工夫を行う

 特定の病気や症状に伴わない不眠の場合は、睡眠衛生に気を配るという生活の調整をまず行って、それでも不眠で苦しむときにのみ睡眠薬を服用します。

 睡眠衛生には、日中に身体的活動を高めておくこと、寝室での光や音を排除すること、ベッドでは読書や仕事をしない(つまり、ベッドに入ることは睡眠を意味するような条件反射をつくる)ことなどがあげられます。

 個人の好みによって、さまざまな工夫をするとよいと思います。

不眠そのものが寿命を短くするという研究報告はない

 夜間一人だけ眠れない時間を過ごすことは不安なものですが、不眠そのものが身体的な病気を引きおこしたり、寿命を短くしたりするという研究報告はありません。

 したがって、少々眠れなくても、体が疲れてくればそのうち必ず眠れるはずだと、ゆったりとした気持ちをもち続けることが大切です。

睡眠薬は不眠のタイプごとに使い分ける

 睡眠薬は効果がどのくらい持続するかにより、入眠障害や中途覚醒、早朝覚醒などの不眠のタイプごとに使い分ける必要があります。

 いずれの睡眠薬も、有効性はほぼ確実なものですので、使い方を誤りさえしなければ、ほとんどのケースで不眠は解消されるはずです。

 ただし、長時間効く薬は、翌日、脳神経細胞の活動が抑えられて、転倒し骨折の原因になることもあり、注意が必要です。

睡眠薬は心理的な依存に注意が必要

 もう一つの大きな問題は、心理的な依存ができてしまい、睡眠薬を飲まないと眠れないという状態が心配になることです。徐々に、睡眠薬の量と使用頻度を少なくしていきましょう。

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根拠(参考文献)

  • (1) Kupfer DJ, Reynolds CF. Management of insomnia. N Engl J Med. 1997;336:341-346.
  • (2) Morin CM, Culbert JP, Schwartz SM. Nonpharmacological interventions for insomnia: a meta-analysis of treatment efficacy. Am J Psychiatry. 1994;151:1172-1180.
  • (3) Mahowald MW, Chokroverty S, Kader G, et al. Sleep disorders. Continuum. A Program of the American Academy of Neurology, 1997;56.
  • (4) Lacks P, Morin CM. Recent advances in the assessment and treatment of insomnia. J Consult Clin Psychol. 1993;60:586-594.
  • (5) Ashton H. Guidelines for the rational use of benzodiazepines. When and what to use. Drugs. 1994;48:25-40.
  • (6) Edinger JD, Wohlgemuth WK, Radtke RA, et al. Cognitive behavioral therapy for treatment of chronic primary insomnia: a randomized controlled trial. JAMA. 2001;285:1856-1864.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行