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骨盤内感染症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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骨盤内感染症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 卵巣や卵管、子宮など骨盤のなかにある臓器を覆っている薄い膜(骨盤腹膜)に炎症がおきる病気の総称です。

 腹膜が刺激されることで下腹部が持続性に痛み、さらに高熱(38~40度の発熱)、悪寒、吐き気や下痢といった症状をおこします。

 炎症によって骨盤腹膜に膿がたまってくると、膀胱や子宮と直腸の間のすき間であるダグラス窩(直腸子宮窩)という場所に膿がたまって、ダグラス窩膿瘍ができることもあります。

 この場合、軽度の腹痛のほか、下痢や便秘になります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 複数の細菌(大腸菌やブドウ球菌など)による感染が原因です。卵巣や卵管の炎症(急性卵巣炎・卵管炎など)が広がった場合や、急性虫垂炎の穿孔(穴があく)などによる場合があります。

 性交渉によってクラミジアに感染したことが原因で、骨盤内感染症につながることもあります。この場合は痛みが少なく、「無自覚性骨盤内感染症」になりますが、そのままクラミジアの増殖が進むと、急激に症状が進行する「劇症の骨盤内感染症」を引きおこすこともあります。

 腸閉塞のような激しい腹痛、発熱、ショック症状がみられるので、入院が必要です。そのほか、結核菌による卵管炎や後天性免疫不全症候群が原因となって、骨盤内感染症が引きおこされることもあります。

 最初に発病した際に治療が適切に行われない場合、慢性化して治りにくくなります。

病気の特徴

 若い女性に多い病気ですが、とくにクラミジア感染症にかかっていると骨盤内感染症になりやすくなります。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
定期的な検査によってクラミジア感染の有無を確認する ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、性的に活発な女性が定期的にクラミジア感染の検査を受けると、骨盤内感染症の発症率を低下させるということが確認されています。 根拠(1)
入院し、薬物治療を行う ★2 非常に信頼性の高い臨床研究によって、外来治療と入院治療では治療効果に差がないことが確認されています。重症でない限り入院は勧められません。 根拠(2)
抗菌薬を用いる ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、大腸菌やブドウ球菌に有効なセフェム系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬のほか、クラミジアに有効なテトラサイクリン系の抗菌薬は、治癒効果が高いことが確認されています。 根拠(3)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

大腸菌・ブドウ球菌に有効な薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
セフェム系抗菌薬 セフゾン(セフジニル) ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、セフェム系抗菌薬の有効性が確認されています。注射薬の場合、副作用として発熱や発疹、下痢をおこすことがあります。この場合、注射を中止すれば治ります。 根拠(3)
セファメジンα(セファゾリンナトリウム) ★5
セフメタゾン(セフメタゾールナトリウム) ★5
マクロライド系抗菌薬 ジスロマック(アジスロマイシン水和物) ★3 臨床研究によって、アジスロマイシン水和物の有効性が確認されています。クラリスロマイシンについての臨床研究は見あたりませんが、アジスロマイシン水和物とほぼ同じしくみ(細菌のたんぱく合成を阻害して細菌が増えるのを抑える)の薬ですから、同様の効果があると考えられます。 根拠(3)
クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン) ★2

クラミジアに有効な薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
テトラサイクリン系抗菌薬 ミノマイシン(塩酸ミノサイクリン) ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、テトラサイクリン系抗菌薬の有効性が確認されています。 根拠(3)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

原因となった菌を特定して、早期に適切な治療を行う

 これから妊娠、出産を控えている女性が骨盤内感染症を発症した場合、早期に適切な治療が行われないと、不妊や子宮外妊娠の可能性が高くなります。

 したがって、治療のもっとも大切なポイントは、なるべく早くしかも感染の原因となった菌を正しく推定あるいは特定して、セフェム系抗菌薬かテトラサイクリン系抗菌薬のどちらを用いるべきか、適切に判断することです。

 セフェム系抗菌薬もテトラサイクリン系抗菌薬も、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。

 骨盤内の感染の場合、子宮頸管の粘液、子宮内膜からの吸引液、腹腔鏡や開腹術によって採取した組織などを細菌培養して原因菌を特定することになりますが、実際には必ずしも細菌感染を確かめられるわけではなく、臨床上治療を進めるためには原因菌を予測せざるをえないことも少なくありません。

 そこで、外来で治療を開始する場合には、セフェム系抗菌薬とテトラサイクリン系抗菌薬の両方を使用する、あるいはニューキノロン系抗菌薬のタリビッド(オフロキサシン)と抗トリコモナス薬のフラジール(メトロニダゾール)を併用使用するといった処方の組み合わせがしばしば行われます。

 重症の患者さんで入院して治療を行う場合にも、原因菌が特定されなければ、同じように、複数の抗菌薬の静脈注射を行います。

クラミジアや淋菌の場合、パートナーも検査と治療を

 複数の性的パートナーがいるなど性的に活発な女性の場合、本人が定期的に検査を受け、感染を確認するのはもちろん重要なことです。

 同時に、感染の原因菌がクラミジアや淋菌である場合は、性的パートナーもかなり高い確率でそれらの感染が認められます。そこで、たとえ症状がみられなくても、性的パートナーについてもただちに適切な検査と治療を行うべきでしょう。

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根拠(参考文献)

  • (1) Scholes D, Stergachis A, Heidrich F, et al. Prevention of pelvic inflammatory disease by screening for chlamydial infection. N Engl J Med. 1996;334:1362-1366.
  • (2) Ness RB, Soper DE, Holley RL, et al. Effectiveness of inpatient and outpatient treatment strategies for women with pelvic inflammatory disease: Results from the pelvic inflammatory disease evaluation and clinical health (peach) randomized trial. Am J Obstet Gynecol. 2002;186:929-937.
  • (3) Centers for Disease Control and Prevention. Sexually transmitted diseases treatment guidelines 2002. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2002;51:1-80.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行