乳腺炎の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
乳腺炎とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
乳房におこる炎症をまとめて乳腺炎といいます。出産後1~2週間以内に、乳腺に乳汁がたまったままになって、乳房が赤く腫れて硬くなることがあります。これは急性うっ滞性乳腺炎と呼ばれ、基本的に細菌の感染が認められないものです。
多くは痛みを伴いますが、発熱はほとんどみられず、あるとしてもそれほど高熱にはなりません。乳汁がたまらないようにすれば、腫れや痛みは徐々におさまっていきます。また、細菌の感染を防ぐために乳頭や乳輪を清潔に保つことが大切です。
一方、細菌感染によって乳腺に炎症がおこるのが、急性化膿性乳腺炎です。出産後2~3週間後の授乳期によくみられます。乳房が赤く腫れ上がり、しこりができ、熱をもったり、強い痛みをもったりします。また、悪寒やふるえとともに発熱がみられ、炎症が進むと化膿して膿瘍ができます。乳汁に血液や膿が混じることもあります。この場合は、授乳を中止して、抗菌薬によって炎症を抑えます。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
出産後は、乳汁の分泌が盛んになりますが、乳管が十分に開いていなかったり、乳児のお乳を吸う力が弱かったりすると乳汁がたまっていき、乳腺組織を圧迫して炎症をおこすのが急性うっ滞性乳腺炎です。
乳汁のうっ滞に加え、乳頭の亀裂や乳輪の小さな傷口などから、ブドウ球菌や連鎖球菌が侵入して炎症をおこすのが急性化膿性乳腺炎です。
病気の特徴
急性うっ滞性乳腺炎は、乳房の管理に不慣れな産後の女性に多くみられます。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
| 治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 乳頭・乳房をマッサージし、搾乳をする | ★2 | 乳房のマッサージや搾乳などが有効であることを明確に支持する臨床研究は見あたりません。しかし、たまった乳汁が炎症の原因と考えられることから効果は期待でき、専門家の意見や経験もそのことを支持しています。ただし、あまり強くマッサージすることは症状を悪化させますので注意が必要です。 根拠(1) | |
| 乳房を冷やす | ★2 | これを明確に支持する臨床研究は見あたりませんが、腫れや熱をしずめ炎症を抑える効果は期待できます。専門家の意見や経験から支持され、一般に行われています。 根拠(1) | |
| 乳頭・乳輪を清拭して感染を予防する | ★2 | これを明確に支持する臨床研究は見あたりませんが、細菌感染を防ぐ効果は期待でき、これまでの臨床経験から支持されていて、一般に行われています。 根拠(1) | |
| 原因菌に有効な抗菌薬を用いる | ★5 | 授乳中の乳腺炎について、抗菌薬を用いない場合に改善したのは6パーセント、抗菌薬の塗布では16~29パーセント、経口服薬では79パーセントであったと、非常に信頼性の高い臨床研究で示されています。なお、原因菌としては黄色ブドウ球菌である可能性がもっとも高いとされています。 根拠(2)(6) | |
| 腫れなどの症状が強い場合には薬によって乳汁の分泌を抑える | ★5 | 30年近く前から、薬を使って分娩や流産後の乳汁の分泌を抑えると乳房の張りや痛みが速やかに消失することが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(3)~(5) | |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
抗菌薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| バナン(セフポドキシムプロキセチル) | ★5 | 原因菌としては黄色ブドウ球菌による可能性がもっとも高いとされているため、セフポドキシムプロキセチルなどのセフェム系薬剤が有効であると考えられています。 根拠(2) | |
乳汁分泌抑制薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| パーロデル(メシル酸ブロモクリプチン) | ★5 | 乳汁の分泌を抑える作用のあるいくつかの薬のうち、現在までのところメシル酸ブロモクリプチンがもっとも効果的なことが非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(3)~(5) | |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
たまっている乳汁を出して、冷やす
乳房が腫れて痛んだり、熱をもったりする乳腺の炎症は、産後、授乳期の女性にしばしばみられる病気です。
炎症の原因が細菌性のものでなく、乳腺に乳汁がたまったためにおきる場合をうっ滞性乳腺炎といいます。これはホルモンの働きを抑える薬を用いることで症状が速やかに改善することが、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。
薬を使うほどの症状でないときには、まずお乳は規則的に与え、なるべく乳児に吸わせるようにして、ためないようにします。ただし、どうしても乳児のお乳を吸う力が弱かったり、乳管が十分に開いていなかったりして、たまってしまうときには乳頭・乳房を軽くマッサージし、搾乳によってたまった乳汁を出して、うっ滞を解消するようにします。乳房に腫れや熱を感じるときには、冷やすのもよいでしょう。
また、その後の細菌感染を防ぐために、乳頭・乳輪を清拭し清潔に保つことも大切です。いずれも炎症を抑える方向に作用する処置と考えられ、理にかなっています。
細菌感染が疑われたら早期に治療を開始する
乳腺におきる炎症は乳汁のうっ滞によるものだけではなく、化膿性乳腺炎は細菌感染によるものです。うっ滞性乳腺炎から移行する場合もあります。
授乳中の女性で、乳頭に痛みと上皮のひび割れをきたした場合、黄色ブドウ球菌の感染である可能性がもっとも高いと考えられます。早期に経口の抗菌薬で治療を開始しないと、化膿性乳腺炎を発症する可能性が高いことが非常に信頼できる臨床研究によって示されています(2)。
乳房の腫れがひどく、赤味をおびている、痛みが激しく、発熱を伴う場合には、うっ滞性乳腺炎に細菌感染をきたしたものと判断し、抗菌薬の治療が必要になります。
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根拠(参考文献)
- (1) Lawrence RA. Mastitis while breastfeeding: old theories and new evidence. Am J Epidemiol. 2000;155:115-116.
- (2) Amir LH, Lumley J. The treatment of Staphylococcus aureus infected sore nipples: a randomized comparative study. J Hum Lact. 2001;17:115-117.
- (3) Weinstein D, Ben-David M, Polishuk WZ. Serum prolactin and the suppression of lactation. Br J Obstet Gynaecol. 1976;83:679-682.
- (4) Willmott MP, Colhoun EM, Bolton AE. The suppression of puerperal lactation with bromocryptine. Acta Obstet Gynecol Scand. 1977;56:145-149.
- (5) Nyboe Andersen A, Damm P, Tabor A, et al. Prevention of breast pain and milk secretion with bromocriptine after second-trimester abortion. Acta Obstet Gynecol Scand. 1990;69:235-238.
- (6) Livingstone V, Stringer LJ. The treatment of Staphyloccocus aureus infected sore nipples: a randomized comparative study. J Hum Lact. 1999;15:241-246.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行