出典:家庭医学大全 6訂版(2011年)
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胃マルトリンパ腫
いまるとりんぱしゅ

胃マルトリンパ腫とは?

どんな病気か

 リンパ腫はいわばリンパ球のがんですが、リンパ性白血病とは違い、腫瘍細胞は普通は血液中を流れずに、リンパ節を中心に腫瘍塊を形成します。つまりリンパ節の腫瘍ともいえます。ところが人間は正常でも、リンパ節以外にもたとえば消化管の粘膜などにリンパ節によく似た組織を形成します。これをパイエル板やリンパ濾胞などと呼んでいますが、胃マルトリンパ腫はこうした胃のリンパ濾胞から発生する腫瘍と考えられています。

 マルトリンパ腫は一般に良性の経過をたどりますが、時に大細胞型びまん性リンパ腫という悪性リンパ腫へと移行することがあります。なお、リンパ球にはBリンパ球とTリンパ球とがありますが、マルトリンパ腫はBリンパ球の腫瘍です。また、胃のリンパ腫はマルトリンパ腫も含めて、胃がんに比べると非常にめずらしい病気です。

原因は何か

 マルトリンパ腫は体中のどこにもできますが、胃に限っていえばその約80%は、慢性胃炎、胃十二指腸潰瘍胃がんの原因ともなっているヘリコバクター・ピロリの感染が原因となっています。ただしヘリコバクター・ピロリに感染していても、実際にマルトリンパ腫になる人は極めてまれで、感染者のうちのどのような人がマルトリンパ腫になるのかは、まだよくわかっていません。

 一方、残りの20%の原因については、その約半数はAPI2/MALT1という遺伝子の異常が原因であることがわかっています。この遺伝子異常がどうして生じるかは、よくわかっていません。さらに残りの半分については、今のところ原因はまったく不明です。

症状の現れ方

 多くの人は無症状ですから、多くは健診で発見されています。そのほか、腹痛、胸やけ、上腹部の不快感、時に吐血などを生じる人がいますが、症状は一般的に軽い場合が多い傾向にあります。

検査と診断

 唯一の検査が内視鏡です。内視鏡でマルトリンパ腫が疑われたら、生検を行って病理組織学的検査を行い、診断を確定します。診断には通常の病理検査に加えて、さまざまなリンパ球の特殊染色検査や遺伝子の検査などを行います。また原因を明らかにするために、ヘリコバクター・ピロリに関する検査(尿素呼気試験、抗体検査など)を行います。

治療の方法

 内視鏡および病理検査でマルトリンパ腫であって、悪性リンパ腫ではないと判断された場合は、ヘリコバクター・ピロリの検索を行います。ヘリコバクター・ピロリが陽性の場合は1週間の除菌療法をします。約90%の人が除菌に成功し、そのうちの約80~90%の人はマルトリンパ腫が治ります。除菌を行っても治らない場合や逆に進行する場合は、放射線療法や薬物投与(化学療法)、あるいは手術の対象になります。多くの場合、これらで十分な治療効果が得られます。

 一方、ヘリコバクター・ピロリが陰性の場合は、遺伝子検査を行います。遺伝子検査でAPI2/MALT1遺伝子異常が陽性の場合は、ヘリコバクター・ピロリ除菌療法は無効のため、原則的に前記の治療法を行います。ただし、この遺伝子異常がある場合は、逆に悪性リンパ腫へと進行しにくいともいわれているため、場合によっては治療は行わずに経過をみることもあります。

 そのほか、原因不明のマルトリンパ腫の場合は前記の放射線治療、薬物治療、あるいは手術療法を選択します。悪性リンパ腫に進行することもあるので、しっかりした治療が必要です。

 これらヘリコバクター・ピロリ除菌療法以外の治療法については、現在その成績に大きな差はないといわれています。なお、マルトリンパ腫は治ったといっても完全には消えてなくならない場合がありますが、この場合でも多くはがんと違い、経過観察をして大きくならないかどうかをチェックするだけで十分です。

病気に気づいたらどうする

 マルトリンパ腫が疑われたら消化器病の専門医を受診して、さらに詳しい内視鏡検査を受けるようにしてください。

(執筆者:京都大学大学院医学研究科消化器内科学教授/京都大学大学院医学研究科消化器内科学教授 千葉 勉)

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コラムスキルス胃がん

京都大学大学院医学研究科消化器内科学教授/京都大学大学院医学研究科消化器内科学教授 千葉勉

 胃がんは、病理学的には、大部分が腺管構造をとって胃の内壁に現れる分化型腺がんに分類されます。しかし、一部の胃がんは腺管構造を作らず、細胞がばらばらになって胃の粘膜の下に広がっていきます。これは細胞の種類としては病理学的に低分化腺がんや印環細胞がんなどに分類されます。こういった進み方をするがんは、一般に強い線維化を伴って胃壁が硬くなり、胃の弾力性は失われます。このようなタイプのがんは"スキルス胃がん"と呼ばれ、胃がん全体の9%程度を占めます。

 スキルスとはギリシア語のskirrhos(硬いの意)に由来しますが、ボルマン4型胃がんとスキルス胃がんはほぼ同じ意味です。このがんの特徴としては女性に多い(男女比2対3)こと、発症年齢が低い(他の胃がんに比べて3~4歳若く、とくに女性にその傾向が強い)ことがあげられます。

診断・治療上の問題点

 進行したスキルス胃がんは、胃X線造影検査や内視鏡検査で診断は容易です。しかし比較的初期(胃の一部に病変が限られている)のスキルス胃がんは胃の粘膜面の変化が乏しく、内視鏡下の生検による診断が偽陰性になる可能性があるため注意が必要です。若い女性で症状が続く場合は、繰り返し検査を受けることや、セカンドオピニオンを聞くことも重要です。

 臨床的な問題点としては、X線検査や内視鏡検査での早期診断が困難なこと、進行が早く高率に腹膜へ転移するため切除で治る可能性が低く、また有効な抗がん薬もないことがあげられます。70%の人ががん性腹膜炎(腹水貯留や腸管閉塞)が原因で亡くなります。切除できたとしても5年生存率は10%程度で、予後は不良です。

 分化型腺がんとは違い、腸上皮化生粘膜ではなく胃の固有粘膜から発生することが知られており、エストロゲンの関与や、このがんに特有な遺伝子変化も徐々に解明されてはいますが、詳しい発がんの過程はわかっていません。ヘリコバクター・ピロリの関与は、分化型腺がんよりは低いものの、関連はあると考えられています。

 早期発見が困難でもあり、手術だけで完全に切除できる可能性も低いことから、多くの集学的治療(いろいろな治療の組み合わせ)や実験的治療が試みられていますが、現在のところスキルス胃がんに対する有効な治療法はありません。

胃マルトリンパ腫に関する医師Q&A