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心筋梗塞の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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心筋梗塞とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 心臓の筋肉(心筋)に酸素や栄養を送り込む血液の流れが、著しい動脈硬化や血栓のために完全に止まってしまう状態が心筋梗塞です。心筋にはまったく酸素や栄養が供給されなくなるので、やがて心筋の細胞は壊死(細胞や組織の死)していきます。狭心症がさらに悪化した段階といえます。

 ほとんどの患者さんで、耐えられないほどの激しいしめつけられるような痛みがおこります。あまりの苦痛でいまにも死んでしまうのではないかという恐怖感や不安感に襲われ、冷や汗、吐き気や嘔吐、便意などがみられることもあります。

 痛みは30分から数時間続き、ときには数日間にわたる場合もあります。ただし、意識を失って転倒する、息苦しさを感じる、急に発熱するといった胸の痛みを伴わない症状で発病する場合がありうることにも注意が必要です。

 痛みは前胸部に生じることがもっとも多く、胸全体の痛みがおこることもあります。また、頸部(首)、背中、左肩、左腕、上腹部までの広い範囲に痛みを感じる患者さんもいます。

 しばしば発作に伴い、不整脈をおこすことがあり、これが急死の原因になることもあります。

 心筋梗塞は危険な病気で、発病直後に死に至ることもまれではありません。発病後、どれだけ早くしかるべき施設で必要な処置を受けるかによって、その後の状態が左右されます。心筋梗塞が疑われる症状がおこったら、絶対安静を保ち、ただちに救急車などによって循環器専門の施設へ連れていき、なるべく早く検査・治療を開始しなければなりません。

 発症後、1週間を適切な処置によって管理できれば、ショック、心不全、不整脈がおこる危険性は日ごとに減っていき、再発作がおこらない限り、死亡の危険性はかなり小さくなります。その後の経過は、どのくらいの範囲の心筋が壊死してしまったか、冠動脈の硬化がどのくらい進展しているかによって、変わってきます。

 なお、発作がおこった当初を急性心筋梗塞、その後1カ月以上たった状態を陳旧性心筋梗塞と呼んでいます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 全身の血液を循環させる役目を担っているのが心臓ですが、その筋肉を動かすためのエネルギー源となる血液を供給しているのが冠動脈です。この血管で動脈硬化がおこり、血管内が狭くなって血液の流れが悪くなると、心筋への酸素や栄養の十分な供給ができなくなります。これが狭心症の状態です。さらに、この状態が進行すると、血管の壁に盛り上がり(アテローム)ができ、それ自体が完全に血液の流れを止めてしまったり、そのアテロームが壊れ、そこにできた血のかたまり(血栓)が血管を塞いでしまいます。

 血液はまったく流れなくなって、心筋は酸素や栄養を受けとることができなくなります。やがて心臓の細胞が死んでいき、それが激しい痛みを引きおこします。この状態が心筋梗塞です。

病気の特徴

 心筋梗塞はとくに欧米諸国で発症頻度の高い病気ですが、わが国でもお年寄りの人口が増えていくにつれて、患者数は増え続けています。急性心筋梗塞だけでいえば、その発症数は年間約15万人で、そのうち30パーセントの人が死亡していることになります。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
安静にする ★2 酸素不足による心筋の障害を最小限にするために、安静にすることが必要です。 根拠(1)
酸素吸入を行う ★2 心筋梗塞をおこすと血液が酸素不足になる軽度低酸素血症をおこします。そのため酸素吸入が行われます。酸素吸入によって心筋虚血(心筋に血液が流れない状態)が軽減することがあります。 根拠(2)(3)
薬によって激しい痛みを除く ★5 痛みに対しては十分な量の鎮痛薬(塩酸モルヒネ)を用います。痛みを抑えることによって、心筋の酸素消費を抑えます。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)
発作による不整脈を予防する ★2 以前は、心筋梗塞に伴って発生する心室性の不整脈を予防するために、抗不整脈薬が予防的に用いられていました。しかし、これによって心室性不整脈は抑制されるものの、死亡率が逆に高くなる結果が報告されたため、現在では一律的な使用は行われていません。 根拠(1)(4)
できた血栓の進展を防ぐために、薬を用いる ★5 急性心筋梗塞にアスピリン製剤を用いると、その後の再発作などが減少するので、体質に合わない患者さん以外は必ず用います。アスピリン製剤の服用が困難であれば、効果が同等の塩酸チクロピジンを用います。また、外科的な血行回復手術を行う場合、血栓溶解薬を用いる場合などにヘパリンナトリウムを用います。これらは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)(5)(6)
薬物あるいは手術で再灌流療法を行う ★5 再灌流療法とは、閉塞した冠動脈を再び開通させる療法のことをいいます。再灌流療法には大きく分けて薬物によるものと手術によるものがあります。薬物を使う方法は「血栓溶解療法」と呼ばれるもので、血栓溶解薬を使って血栓を溶かす療法です。また、手術による方法では、二つの方法があります。一つは「冠動脈形成術(風船療法)」と呼ばれるもので、血管内に細い管(カテーテル)を通し、つまったところを風船で膨らませ開通させたのち、その場所をステントというステンレスの金網状の筒で補強する療法です。もう一つは「冠動脈バイパス術」で、冠動脈のつまっているところより下の部分と大動脈とを、体のほかの場所の血管を移植してつなぐものです。血栓溶解療法と手術による方法はしばしば併用されます。血栓溶解薬は、発症後なるべく早い時期に使用すると効果が高いとされます。冠動脈形成術が可能であれば、血栓溶解薬の使用より有効な冠動脈形成術を行うことになります。血栓溶解薬を使用しても回復しなかった場合も冠動脈形成術を行います。冠動脈形成術ができない場合や冠動脈形成術で血行回復に失敗した場合には、緊急で冠動脈バイパス術が行われます。これらは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)(7)~(10)
再発予防のための薬を用いる ★5 心筋梗塞の再発を予防するために抗血小板薬、ACE阻害薬、β遮断薬を用います。β遮断薬が使用できない場合は、カルシウム拮抗薬を用います。これは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)
高血圧の予防、あるいはすでに高血圧の場合は血圧のコントロールを十分に行う ★3 心筋梗塞の患者さんでは高血圧は発作などの危険因子なので、ACE阻害薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬などの降圧薬で血圧をコントロールします。これは臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(3)(11)
高(LDL)コレステロールにならない食事に変える ★5 高脂血症がある場合には食事療法を行い、LDLコレステロールが目標値まで低下しない場合には高脂血症治療薬(スタチン系薬)を用います。これは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(3)(4)
適度な運動を行う ★3 適切な運動プログラムの処方に従って運動を行うと、心肺機能や生活の質(QOL)の改善が得られ、心筋梗塞の発作や死亡の危険性が低下します。これは臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)(12)(13)
禁煙をする ★3 禁煙をすることにより、心筋梗塞の再発や死亡が減少します。これは臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(3)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

抗血栓薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ノボ・ヘパリン/ヘパリン(ヘパリンナトリウム) ★5 血栓溶解薬のt-PAを使用する場合にはヘパリンナトリウムを併用すると、その後の発作が減少しますが、出血性合併症の危険性もやや高まります。これは、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(15)

抗血小板薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
バファリン(アスピリン・ダイアルミネート配合剤) ★5 抗血小板薬は非常に信頼性の高い臨床研究によってその後の発作が減少することが確認されています。 根拠(5)
バイアスピリン(アスピリン) ★5

胸痛を取り除く薬(鎮痛薬)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
塩酸モルヒネ/アンペック/プレペノン(塩酸モルヒネ) ★2 十分な痛みのコントロールを得るために使用されます。専門家の意見や経験から支持されています。

血栓溶解療法に用いる薬(血栓溶解薬)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
天然型t-PA ハパーゼコーワ/プラスベータ(チソキナーゼ) ★5 これらの血栓溶解薬をなるべく早期に使用すると、予後を改善させることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(6)(7)
ヒト遺伝子組み換え型t-PA アクチバシン/グルトパ(アルテプラーゼ) ★5
クリアクター(モンテプラーゼ) ★5
ウロキナーゼ ウロキナーゼ/ウロナーゼ(ウロキナーゼ) ★5

冠動脈形成術を行った場合に併用する薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
抗血小板薬 バファリン(アスピリン・ダイアルミネート配合剤) ★5 冠動脈形成術として、風船療法とステント(ステンレスの金網の筒のような補強具)留置を行った場合には、アスピリンと塩酸チクロピジンを併用すると、アスピリン単独使用よりも再狭窄が抑制されることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(14)
バイアスピリン(アスピリン) ★5
パナルジン(塩酸チクロピジン) ★5 冠動脈形成術として、風船療法とステント(ステンレスの金網の筒のような補強具)留置を行った場合には、アスピリンと塩酸チクロピジンを併用すると、アスピリン単独使用よりも再狭窄が抑制されることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(14)
プレタール(シロスタゾール) ★5

再発を予防する薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ACE阻害薬 レニベース(マレイン酸エナラプリル) ★5 ACE阻害薬、β遮断薬、抗血小板薬は非常に信頼性の高い臨床研究によって再発予防効果が確認されています。 根拠(11)(13)
β遮断薬 メインテート(フマル酸ビソプロロール) ★5
抗血小板薬 バファリン(アスピリン・ダイアルミネート配合剤) ★5
バイアスピリン(アスピリン) ★5
硝酸薬 アイトロール(一硝酸イソソルビド) ★3 硝酸薬、カルシウム拮抗薬、冠拡張薬は再発を予防する目的で使用されます。その効果はいずれも臨床研究によって確認されています。 根拠(13)
ニトロダームTTS/ミリステープ/ヘルツァーS(ニトログリセリン貼付剤) ★3
カルシウム拮抗薬 ヘルベッサーR(塩酸ジルチアゼム徐放剤) ★3
冠拡張薬 シグマート(ニコランジル) ★3

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

信頼性の高い臨床研究の結果、確立された治療法

 心筋梗塞は、とくに欧米諸国で発症頻度が高く、死亡原因の大多数を占めていたこともあり、膨大な研究資金が投入されて、精力的に信頼性の高い臨床研究が多数行われてきました。したがって、心筋梗塞はもっとも信頼できる根拠に基づいて治療ができる病気の一つです。

 心筋梗塞を発症(冠動脈が血栓により完全閉塞)した直後には、塩酸モルヒネを使って激烈な胸痛を抑え、硝酸薬を用い、さらには血栓を溶かすか血栓がさらに大きくならないようにするための薬を用います。そのうえで、可能であれば、閉塞した部分を広げる療法(“風船療法”にステントを用いた冠動脈形成術)が行われます。

 約20年前から、この冠動脈形成術や血栓を溶かす治療が行われるようになって、心筋梗塞の死亡率は大幅に減ってきています。

 なお、冠動脈バイパス術も行われますが、日本では血管のつまっている箇所が数カ所にある場合、冠動脈形成術ができないか、うまくいかなかった場合に行われています。しかし、欧米ではもう少し広く行われていて、その適応については、今後の検討課題となっています。

再発防止には、ライフスタイルの改善を

 心筋梗塞の急性期を乗り切ったあとも、ほとんどの患者さんは、再発を防ぐために薬物治療やライフスタイルの改善を続ける必要があります。喫煙者は禁煙することは当然として、硝酸薬やβ遮断薬、ACE阻害薬、バイアスピリン(アスピリン)などは有効性が証明されているために、特別な理由がなければほとんどの人で服用することになります。

 動脈硬化を促進する「危険因子」を取り除くために、禁煙に加えて、高脂血症の改善(低コレステロール食、服薬)、肥満の改善(低カロリー食、運動)、糖尿病のコントロール(適切なカロリーの食事、運動、服薬)、高血圧のコントロール(食塩制限、体重のコントロール、運動、服薬)も必要です。

 心筋梗塞は死の危険を伴う重い心臓病の代表格ですが、発症直後さえ乗り切れば、その後の死亡率は同年代の一般の人たちと、さほど差がないといわれるほど治療が進歩してきました。しかし、それには、動脈硬化を進展させないこれらのライフスタイルの継続が不可欠であることはいうまでもありません。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

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  • (15) An international randomized trial comparing four thrombolytic strategies for acute myocardial infarction. The GUSTO investigators. N Engl J Med. 1993;329:673-682.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行