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心不全の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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心不全とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 心臓は一定のリズムで収縮と拡張をくり返して、全身に血液を送りだす役割を果たしています。このポンプ機能がうまく働かなくなった状態を心不全といいます。

 心不全に陥ると、血液を全身の臓器に送りだせなくなって、血流が滞るため、さまざまな臓器でうっ血がおこります。

 おもな症状は息苦しさやむくみですが、程度が軽いうちは体を動かしたときだけ息苦しさを感じます。症状が悪化すると安静時でも息苦しくなり、横になって眠ることができなくなります。これは立っていたときには下半身に行っていた血液が、横になると心臓に戻ってくるためで、肺がうっ血しているとこのような症状がおこります。

 重症になると、呼吸困難によるチアノーゼ(唇などが青紫色にみえる状態)や、「ぜいぜい、ヒューヒュー」という呼吸音を伴う心臓喘息がおこります。

 そのほか、動悸、尿量の低下、腹部膨満感、食欲不振などの症状がみられます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 心不全は心筋梗塞や心筋炎、心筋症、心臓弁膜症などの心臓の病気に、感染症や水分や塩分の摂取過多などの危険因子が加わっておこります。また、高血圧で長年、心臓に負担がかかっていると、しだいにその働きが低下し心不全の原因となります。

 また、心不全は症状が安定しているかどうかで、大きく二つに分類されます。心臓の機能が急激に低下する場合を急性心不全、心臓の機能が低下しているものの、なんとかバランスを保ち状態が安定している場合を慢性心不全といいます。

 慢性心不全は、いつ急性心不全に移行してもおかしくない状態です。慢性心不全から急性心不全に移行することを慢性心不全急性増悪ということもあります。心臓の機能が低下を招いた病気の治療を行って、急激に悪化しないようにコントロールすることが大切です。

病気の特徴

 心不全患者は年々増加を続けており、厚生労働省の2014年の「患者調査」では30万2000人と推計されています。これは、高齢化と心疾患に対する治療の多様化、つまり、薬物治療だけではなく、高齢者にも適用できる負担の少ないカテーテル治療などの開発により、以前は救えなかった命を救えるようになったことが影響していると考えられています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
できるだけ早急に心臓リハビリテーションを行う ★5 心臓リハビリテーションはできるだけ早急に行います。心臓リハビリテーションには、退院後の生活に関する教育や病気に対する受け入れや社会復帰を円滑にするためのカウンセリングも含まれます。 根拠(1)(2)
心不全の悪化を抑える薬を用いる ★5 心不全では、おもに心臓を拡張する機能が低下している場合と、収縮する機能が低下している場合があります。現時点で研究が進んでいるのは、収縮機能が低下した心不全であり、拡張機能の低下した心不全に対する治療に関してはまだ研究段階です。収縮機能が低下した心不全において、現在のガイドラインで使用が推奨されている薬は、ACE阻害薬、AII受容体阻害薬(ARB)、β遮断薬、抗アルドステロン薬、アミオダロンです。このほか効果が期待されるのは、利尿薬、血管拡張薬、ジギタリスです。心不全の状態においてその推奨の度合いは違いますので、適切な評価を経て、薬を選択する必要があります。 根拠(3)~(12)
原因となっている病気の治療を行う ★2 心筋梗塞や高血圧、心臓弁膜症など、背景に原因となる病気があるときには、その病気を治療することで心不全がおこりにくくなります。
塩分を制限する ★5 塩分のとりすぎは心不全を悪化させる原因(増悪因子)として知られています。塩分7グラム以下に制限することで、心不全がおこりにくくなることが知られており、重症の心不全では1日の塩分摂取を3グラム以下にするよう推奨するガイドラインもあります。心不全に関する減塩の効果は、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)(13)
禁煙する ★5 喫煙は、多くの心疾患の危険因子です。禁煙により死亡率や再入院率が低下することも非常に信頼性の高い臨床研究によって示されており、喫煙者には禁煙が推奨されています。 根拠(1)(14)(15)
インフルエンザの予防接種を行う ★4 インフルエンザの予防接種をすることで冬季の死亡率の低下が示唆されているため、心不全がある場合には、予防接種が望ましいと考えられています。 根拠(1)
体重と尿量を管理する ★2 心不全の状態が悪化しているときは利尿薬を用います。その際は尿量と体重をモニタリングする必要があります。心不全が落ち着いた後も毎日体重を測定し、心不全が再び悪くなっていないかどうかを確認する必要があります。これは再入院を予防するための自己管理の一つとして推奨されています。 根拠(1)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

ACE阻害薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
レニベース(エナラプリルマレイン酸塩) ★5 いずれの薬剤も数多くの非常に信頼性の高い大規模臨床試験で心不全の患者さんの生命予後を改善することが確認されています。左室機能の低下した心不全の患者さんだけではなく、症状のない心不全の患者さんにもその有効性は確認されており、使用が推奨されています。現時点では心不全の第一選択薬と考えてもよい薬剤ですが、電解質異常(カリウムの上昇)や腎機能低下などには留意する必要があります。 根拠(3)~(5)
ロンゲス/ゼストリル(リシノプリル) ★5
カプトリル(カプトプリル) ★5

AII受容体阻害薬(ARB)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ブロプレス(カンデサルタンシレキシチル) ★4 ACE阻害薬と同等の臨床的な有効性が確認されているものもあり、副作用でACE阻害薬が使用できない心不全の患者さんに対して主に用いられています。 根拠(6)(7)
ニューロタン(ロサルタンカリウム) ★4
ディオバン(バルサルタン) ★4

利尿薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ラシックス(フロセミド) ★2 利尿薬は、尿量を増やし水分の排出を促進することで心不全の症状を改善します。ループ利尿薬のどれが一番予後に効果改善効果があるのかというエビデンスは、まだありません。
サムスカ(トルバプタン) ★2 ループ利尿薬よりも臓器のうっ血を取りのぞく作用が強いといわれています。慢性心不すべての患者さんの体重の減少や症状の改善には有効といわれていますが、予後の改善効果に関してはまだ明らかになっていません。
ハンプ(カルペリチド) ★3 カルペリチドは、心機能が急に悪化した時に使用されます。死亡・再入院が抑制されるとの報告はありますが、大規模な臨床試験はありません。 根拠(9)

抗アルドステロン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アルダクトンA(スピロノラクトン) ★3 スピロノラクトンは、重症の心不全で全死亡率,心不全死亡率,突然死のいずれをも減少させることが確認されていますが、血中のカリウム上昇効果があり、ほかの薬剤と併用する場合には慎重を期す必要があります。 根拠(8)

β遮断薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アーチスト(カルベジロール) ★5 重症心不全患者が多く参加した研究は少ないですが、軽度から中等度までの心不全患者へのβ遮断薬の効果は、非常に信頼性の高い大規模な臨床試験で確認されています。 根拠(10)~(12)
メインテート(ビソプロロールフマル酸塩) ★5
セロケン/ロプレソール(メトプロロール酒石酸塩) ★5

ジギタリス製剤

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ジゴシン(ジゴキシン) ★2 ジゴキシンは、心房細動をもつ心不全患者に対して、その症状を改善する目的で使用されますが、慢性心不全における予後改善効果は確認できていません。

抗不整脈薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アンカロン(アミオダロン塩酸塩) ★3 心不全患者の突然死において問題になるのが不整脈ですが、この死亡率を減らす効果が期待されている抗不整脈薬です。ただし、複数の臨床試験での結果は必ずしも一致しておらず、ばらつきがみられています。 根拠(16)(17)

強心薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アカルディ(ピモベンダン) ★2 強心薬の心不全に対する長期生存率の改善効果を示した大規模な臨床試験はありませんが、状況によっては使用を考慮されます。

硝酸薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ミリスロール(ニトログリセリン) ★2 心臓の機能が急激に悪くなったときに使用されることが多い薬ですが、その生命予後の改善効果は不明です。
ニトロール(硝酸イソソルビド) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

急性期の治療をまず行い、慢性期の治療につなげる

 心不全は心臓のポンプ機能が低下し、体が必要とする血液を送りだせなくなった状態です。したがって、治療は心不全状態そのものに対する治療と、原因となっているさまざまな病気ごとの治療に分けて進められます。心不全に対する治療は、さらに急性期の治療と慢性期の治療に分かれます。

 急性心不全に対する治療は、まず安静にして酸素吸入(必要があれば人工呼吸器管理)によって低酸素状態を改善させ、血管拡張薬や利尿薬を用いてうっ血を減少させます。これにより心臓への負担を減らします。心不全の状態が落ち着いたら、ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、利尿薬などを状態に応じて用いることになります。並行して心臓を悪くしている原因となっている病気が何なのかを検査し、治療を行います。

原因となる病気で多い心筋梗塞では禁煙、カロリーのコントロールを

 原因となる病気でもっとも多いのは心筋梗塞で、心筋梗塞をくり返したあとに生じます。その場合には心筋梗塞と同じ治療が行われます。喫煙者は禁煙し、ACE阻害薬や硝酸薬、アスピリンなどの服用を続け、脂質異常症や肥満の改善、糖尿病や高血圧のコントロールなどを行います。

 弁膜症や心筋炎、心筋症、腎不全、甲状腺疾患などが原因となっている心不全では、それぞれに特有の治療を行う必要があります。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

  • (1)循環器病ガイドシリーズ. 慢性心不全治療ガイドライン (2010年改訂版). http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010_matsuzaki_h.pdf
  • (2)循環器病ガイドシリーズ. 急性心不全治療ガイドライン (2011年改訂版). http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_izumi_h.pdf
  • (3)Effects of enalapril on mortality in severe congestive heartfailure. Results of the Cooperative North Scandinavian Enalapril Survival Study (CONSENSUS). The CONSENSUSTrial Study Group. N Eng J Med. 1987;316:1429-1435.
  • (4)Effect of enalapril on mortality and the development ofheart failure in asymptomatic patients with reduced leftventricular ejection fractions. The SOLVD Investigattors. N Eng J Med. 1992;327:685-691.
  • (5)Effect of enalapril on survival in patients with reduced left ventricular ejection fractions and congestive heart failure. The SOLVD Investigators. N Eng J Med. 1991;325:293-302.
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  • (7)Pfeffer MA, McMurray JJ, Velazquez EJ, et al. Valsartan, captopril, or both in myocardial infarction complicated by heart failure, left ventricular dysfunction, or both. N Eng JMed. 2003;349:1893-1906.
  • (8)Pitt B, Zannad F, Remme WJ, et al. The effect of spironolactone on morbidity and mortality in patients with severe heart failure. Randomized Aldactone Evaluation Study Investigators. N Eng J Med. 1999;341:709-717.
  • (9)Hata N, Seino Y, Tsutamoto T, et al. Effects of carperitideon the long-term prognosis of patients with acutedecompensated chronic heart failure: the PROTECT
  • multicenter randomized controlled study. Circ J. 2008;72:1787-1793.
  • (10)Packer M, Bristow MR, Cohn JN, et al. The effect of carvedilol on morbidity and mortality in patients with chronic heart failure. U.S. Carvedilol Heart Failure Study Group. N Eng J Med. 1996;334:1349-1355.
  • (11) Effect of metoprolol CR/XL in chronic heart failure:metoprolol CR/XL Randomised Intervention Trial inCongestive Heart Failure (MERIT-HF). Lancet. 1999;353:2001-2007.
  • (12)Packer M, Coats AJ, Fowler MB, et al. Effect of carvedilol on survival in severe chronic heart failure. N Eng J Med. 2001;344:1651-1658.
  • (13)Konstam MA, Dracup K, Baker DW, et al. Heart failure: evaluation and care of patients with left ventricular systolic dysfunction. J Card Failure. 1995;1:183-187.
  • (14)Evangelista LS, Doering LV, Dracup K. Usefulness of a history of tobacco and alcohol use in predicting multiple heart failure readmissions among veterans. Am J Cardiol. 2000;86:1339-1342.
  • (15)Suskin N, Sheth T, Negassa A, et al. Relationship of current and past smoking to mortality and morbidity in patients with left ventricular dysfunction. J Am CollCardiol. 2001;37:1677-1682.
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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)