肺血栓塞栓症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
肺血栓塞栓症とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
血栓(血液のかたまり)などが肺動脈につまった状態を肺血栓塞栓症といいます。生命にかかわることもある危険な病気です。
症状は、血管の閉塞の程度と閉塞までにかかった時間によって、自覚症状がまったくないものから、突然死まで大きく異なります。突然の胸痛や呼吸困難、血痰、頻呼吸(呼吸数が増え酸素の取り込みができなくなる状態)、動悸、失神などの症状がおこりますが、肺血栓塞栓症に特有の症状はありません。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
静脈の血液は心臓(右心房と右心室)をいったん通過し、肺の血管を巡って心臓(左心房)に戻ります。このとき、血液に血栓などが混ざっていると、網の目状になっている肺の血管につまることがあります。このようになんらかの物質が肺の血管につまって肺の循環障害がおきている状態が肺血栓塞栓症です。
血管のつまりの原因の大部分は下肢の静脈の深部にできた血栓(深部静脈血栓症)で、ほかに脂肪や空気、がん細胞などが原因になることもあります。
肺血栓塞栓症の要因としては、長期にわたる寝たきり、骨盤や下肢の外傷、外科的手術、妊娠・出産、心不全や心房細動などの心臓の病気、肥満などがあります。また、先天的に血栓がつくられやすい血液をもつ人がいます。そうした人は、若くても発症しやすいといわれています。
病気の特徴
肺の比較的太い動脈、あるいは多数の血管で一度に閉塞がおきると、急激な経過で死に至ります。急性肺血栓塞栓症の死亡率はおよそ11.9パーセントと報告されていて、これは急性心筋梗塞よりも高い値です。いままで国内での患者数は米国の8分1程度とされていましたが、昨今の食生活の欧米化などを反映して、増加傾向にあることが確認されています。肺血栓塞栓症を治療しなかった患者さんの再発率はおよそ50パーセントとされ、再発した患者さんの約半数が致命的な状態となります。(2)
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
呼吸と血液の循環を管理する | ★2 | 呼吸と血圧など不安定な全身状態をしっかりと管理することが不可欠です。臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見と経験から支持されています。 | |
抗凝固療法を行う | ★5 | これまで急性期の治療には、即効性のある未分画ヘパリンが多く使用されていましたが、最近ではフォンダパリヌクスナトリウムなどの新薬が代替として用いられています。フォンダパリヌクスナトリウムの効果や合併症は、未分画ヘパリンと同等であることが臨床研究で示されています。 根拠(3) | |
血栓溶解療法を行う | ★3 | 現在、日本で肺血栓症の血栓溶解療法に用いられているのは、rt-PA(遺伝子組み換え組織型プラスミノゲンアクチベータ:モンテプラーゼ)です。広い範囲に血栓塞栓症の影響が及んでいる時に使用されます。血流を改善する効果に関しては、通常の抗凝固薬より高いといわれていますが、予後の改善効果に関しては示されていません。出血性の合併症が多いとの報告があります。なお、出血する危険性が高い人には行うことができません。 根拠(4)~(6) | |
カテーテルを挿入し、血栓を吸引する | ★3 | 急性で大きな血栓の場合、カテーテルという細い管を血管内に挿入して、肺動脈につまっている血栓を直接吸い取る治療が行われることがあります。良好な結果が得られたという報告はありますが、まだ十分な臨床研究の結果が蓄積されているとはいえません。 根拠(7) | |
手術(肺動脈血栓除去術)によって血栓を取り除く | ★2 | 広範な肺血栓塞栓症では適切な内科的治療を行っても、呼吸の状態や血液循環が改善しないことがあります。その場合、手術(肺動脈血栓除去術)を考慮します。 根拠(10) | |
下大静脈にフィルターを挿入する | ★3 | 下大静脈とは、下肢と心臓を結ぶ太い静脈です。肺血栓塞栓症では下肢の静脈にできた血栓がはがれ、この下大静脈を通って肺動脈を閉塞させて発症する例がもっとも多いとされています。そこで、下大静脈にフィルターを入れることで、はがれた血栓を肺に到達する前に捉えることができます。下肢の付け根の血管からカテーテルを挿入し、フィルターを留置します。下大静脈フィルターの長期的な有効性に関しては、まだ臨床研究のデータが不足しており、検討の余地があるといえます。 | |
長時間の寝たきりや座った姿勢を避ける | ★3 | 手術後などで長時間寝たきりの人や、飛行機などで長時間座った姿勢を続けている人は、脚の静脈に血栓ができる危険性が高まります(エコノミークラス症候群・旅行者血栓症)。そうした血栓が肺血栓塞栓症の原因となり得るので、長時間にわたり同じ姿勢を取り続けないようにしたり、体操などをしたりすることが予防につながります。 根拠(10) | |
弾性ストッキングもしくは間欠的空気圧迫法で血栓の形成を予防する | ★5 | 下肢を圧迫することで、表面の静脈に流れる血液を減らして深部の静脈の血流量を増やし、血栓を予防します。弾性ストッキングは安全に深部静脈血栓症を予防しますが、リスクが非常に高い人への予防効果は少ないといわれています。このような患者さんには間欠的空気圧迫法が考慮されます。ただし、圧迫を開始する時点ですでに深部静脈血栓症がある場合は、肺血栓塞栓症を誘発するおそれがあるため、事前にその存在を否定する必要があります。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(8)(9) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
抗凝固薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ヘパリンナトリウム(ヘパリンナトリウム) | ★3 | 初期治療では、未分画ヘパリンもしくはフォンダパリヌクスナトリウムが使用されます。維持治療では従来、ワルファリンカリウムが使用されてきましたが、最近は第Xa因子阻害作用をもつエドキサバントシル酸塩水和物の使用が増加しています。血液をかためる際に重要な役割を果たすのがトロンビンという酵素です。エドキサバントシル酸塩はこのトロンビンをつくり出す過程にかかわる第Xa因子を阻害して血液をかたまりにくくします。その効果はワルファリンカリウムに劣らないとされ、定期的な血液検査も不要です。 根拠(3) | |
ワーファリン(ワルファリンカリウム) | ★3 | ||
アリクストラ(フォンダパリヌクスナトリウム) | ★3 | ||
リクシアナ(エドキサバントシル酸塩水和物) | ★3 |
血栓溶解薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
rt-PA | クリアクター(モンテプラーゼ) | ★2 | 血栓溶解薬は、血栓を速やかに溶かす作用をもつ薬です。血流改善効果に関しては通常の抗凝固薬より高いといわれていますが、予後の改善効果に関しては示されていません。また出血性の合併症が多くなるといわれています。 根拠(4)~(6) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まずは信頼性の高い血栓溶解薬で
肺血栓塞栓症の診断には、造影CTや肺血流シンチグラフィーによる検査が必要です。そこで、突然の呼吸困難や強い胸部痛など、肺塞栓症が疑われる症状が生じた場合は、できるだけ早くこうした検査ができる医療機関を受診することが必要です。
診断がついたら、ただちに抗凝固薬もしくは血栓溶解薬を使用します。
危険な場合は外科的な手術を
比較的太い肺動脈の塞栓で、呼吸困難が強く、血圧低下が認められる重篤な場合は、開胸術あるいはカテーテルを用いて肺塞栓を取り除く治療が必要になります。
急性期の死亡率は発症1時間以内で約10パーセントと非常に高いため、危険な状態と判断された場合は内科的な治療ではなく、手術による血栓除去術が行われます。
その後、いったん症状が落ち着いたら、ワルファリンカリウムやエドキサバントシル酸塩水和物などの抗凝固薬で血液が固まるのを防ぎます。これらの薬の副作用として出血の危険性があるため、モニタリングが必要なワルファリンカリウムでは、定期的な血液検査で状態を確認する必要があります。下肢にできた血栓が肺に到達しないよう、下大静脈にフィルターを挿入する治療もあります。これは抗凝固薬が使えない場合などに行います。
弾性ストッキングで予防を
弾性ストッキングの着用によりで血栓を予防することが期待できます。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されている方法です。
また、長時間の寝たきりや座った姿勢をとり続けることは血栓症のリスクを高めますので、予防を心がけることも大切です。エコノミークラス症候群の予防には、水分摂取、定期的な下肢のマッサージや軽い運動などがあります。
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根拠(参考文献)
- (1)日本循環器学会学術委員会合同研究班. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン (2009年改訂版). 日本循環器学会.
- (2)Sakuma M, Okada O, Nakamura M, et al. Recentdevelopments in diagnostic imaging techniques and management for acute pulmonary embolism: multicenter registry by Japanese Society of Pulmonary Embolism Research. Intern Med. 2003;42:470-476.
- (3)Buller HR, Davidson BL, Decousus H, et al. MatisseInvestigators. Subcutaneous fondaparinux versus intravenous unfractionated heparin in the initial treatment of pulmonary embolism. N Engl J Med. 2003;349:1695-1702.
- (4)Agnelli G, Becattini C, Kirschstein T. Thrombolysis vs heparin in the treatment of pulmonary embolism: a clinical outcome-based meta-analysis. Arch Intern Med. 2002;162:2537-2541.
- (5)Dong B, Jirong Y, Wang Q, et al. Thrombolytic treatmentfor pulmonary embolism. Cochrane Database Syst Rev. 2006;2:CD004437.
- (6)Wan S, Quinlan DJ, Agnelli G, et al. Thrombolysis compared with heparin for the initial treatment of pulmonary embolism: a meta-analysis of the randomized controlled trials. Circulation. 2004;110:744-749.
- (7)Suarez JA, Meyerrose GE, Phisitkul S, et al. Review of catheter thrombectomy devices. Cardiology. 2004;102:11-15.
- (8)Wells PS, Lensing AW, Hirsh J. Graduated compression stockings in the prevention of postoperative venous thromboembolism. A meta-analysis. Arch Intern Med. 1994;154:67-72.
- (9)Nicolaides AN, Miles C, Hoare M, et al. Intermittent sequential pneumatic compression of the legs and thromboembolism-deterrent stockings in the prevention of
- postoperative deep venous thrombosis. Surgery 1983;94:21-25.
- (10)Clarke DB, Abrams LD. Pulmonary embolectomy: a 25 year experience. J ThoracCardiovasc Surg. 1986;92:442-445.
- (11)PIOPED Investigators.Value of the ventilation/perfusion scan in acute pulmonary embolism. Results of the prospective investigation of pulmonary embolism diagnosis (PIOPED). JAMA. 1990;263:2753-2759.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)