2003年初版 2016年改訂版を見る

解離性大動脈瘤の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

つぶやく いいね! はてなブックマーク

解離性大動脈瘤とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 大動脈は、心臓から送りだされたすべての血液を運ぶ血管であり、体のなかでもっとも太い血管です。この大動脈の壁が、いろいろな原因でこぶのような状態になったものを大動脈瘤といいます。大動脈瘤はこぶのでき方によって三つ(真性、仮性、解離性)に分けられ、解離性大動脈瘤はそのうちの一つです。

 大動脈の壁は、内膜、中膜、外膜という三つの層からできています。解離性大動脈瘤は、この三層のうちもっとも内側の内膜がなんらかの損傷を受けて裂け、そこから大きな圧力がかかった血液が急激に流れだすことでおこります。流れだした血液の力によって、中膜は内側と外側の二つの層に裂けてしまい、元々の血液の通路(真腔)のほかに、血管の壁に空間(偽腔)ができ、そこに血液がたまってこぶ状になります。このとき、胸部、あるいは背中に引き裂かれるような急激な痛みが生じます。解離がさらに拡大したり、移動したりすることよって腹部、腰部、頸部などに痛みが移動します。

 解離性大動脈瘤は経過時間と解離の位置によってタイプが分かれています。

 解離がおきた時点からの経過時間によって、急性(発症から2週間以内)、亜急性(発症から2週間~1カ月)、慢性(発症1カ月以後)に、また、解離がおきた場所によってA型解離(上行大動脈に解離がおきている)、B型解離(下行大動脈に解離がおきている)に分類されます。

 急性のA型解離では、大動脈閉鎖心不全や心臓の周囲に液体がたまって心臓の動きを妨げる心タンポナーデによる心不全状態を引きおこす可能性があります。一方、急性のB型解離では、胸腔内出血や縦隔出血がおこることもあります。

 さらに、解離によってできたこぶが大動脈から枝分かれしている動脈を圧迫して血流を妨げると、心筋梗塞、意識を失う、手足が麻痺する、腸管虚血(血液が行かなくなる)、慢性腎不全、下肢虚血、脈拍が弱くなるなどいろいろな症状を合併することもあります。急激な胸部や背中の痛みを感じたら、すぐに専門医の診察を受けなければなりません。

 大動脈瘤が破裂して大量の出血をおこせば、ただちに生命にかかわる状態になります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 動脈硬化によって血管がもろくなり、さらに高血圧が加わることで解離がおこりやすくなります。マルファン症候群などの大動脈が変性する病気の人は、血圧が正常でも解離をおこすことがあります。

 動脈硬化以外にも、ほかの心臓や血管の病気と同じように、高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙などが危険因子となることはいうまでもありません。

病気の特徴

 解離性大動脈瘤は、40歳代以上の中高年の男性に多く発症します。男女比は約2対1になっています。突然の激痛で発症することが多く、放置すれば24時間以内に25パーセント、1週間以内に50パーセント、1カ月以内に75パーセント、1年以内に90パーセントが死亡するといわれています。

 迅速で適切な治療が求められる病気といえます。

続きを読む

治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
解離の範囲を特定する検査を行う ★3 この病気は、解離の範囲などによりいくつかのタイプ(病型)に分けられます。それぞれの病型により、その後の治療法や経過が異なってきますので、正確に病型を診断することが大切です。そのためにレントゲン、エコー、CT、MRI、血管造影などの検査を行います。 根拠(1)
解離病型によってはただちに手術を行う(人工血管によって解離した血管を補強、あるいは置換する) ★5 上行大動脈に解離がある場合(A型解離)には緊急手術を検討します。逆に、解離が下行大動脈にしかない場合(B型解離)は、すぐには手術を行わず内科的な治療が試みられます。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(2)
安静にする ★2 大動脈の破裂は、解離が発症して2日以内がもっとも多いとされています。発症直後は、血圧や心拍数を厳重に管理する必要があるため安静にし、集中治療室で治療されることが勧められています。 根拠(1)(3)
血圧をできる限り下げる ★3 血圧が高いと解離している範囲が広がったり、破裂したりする危険性が増すため、血圧のコントロールは初期治療においてもっとも大切な処置の一つです。降圧薬を用いて可能な限り血圧を下げることが勧められます。これは臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(4)
急性期が過ぎたらリハビリテーションを行う ★2 手術を行わず内科的に治療した場合、急性期が過ぎればリハビリを開始します。病気の経過が順調であれば、発症4日目くらいから徐々にベッド上で起き上がることができます。早期のリハビリで一番問題になるのは、血管の破裂の危険性です。破裂の危険性は大動脈の太さ、解離の部位、解離の性状などが関係しますので、それらによってリハビリの進行は異なります。原則として血圧が低くコントロールされている(120以下など)ことが、リハビリを進める条件となります。 根拠(1)(5)(6)
再発を防ぐため、血圧を十分にコントロールする ★2 できるだけ血管の壁に負担をかけないために、降圧薬を用いるなどして十分に血圧をコントロールすることが必要です。 根拠(7)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

降圧薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
カルシウム拮抗薬 アダラートL(ニフェジピン徐放剤) ★2 解離性大動脈瘤の患者さんに対する降圧薬では、β遮断薬のアテノロールについては臨床研究によって効果が確認されています。塩酸プロプラノロール、ニフェジピン徐放剤の効果については、専門家の経験や意見によって支持されています。 根拠(8)
β遮断薬 テノーミン(アテノロール) ★3
インデラル(塩酸プロプラノロール) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

解離性大動脈瘤が疑われたら、すぐに専門施設へ

 発症当初の胸部の激しい痛みは解離性大動脈瘤だけでなく心筋梗塞も疑われる症状ですが、いずれの病気であるかによって治療がまったく違ってきますから、まず、専門医による正確な診断が必要となります。

 ただちに救急車を呼び、確実な検査と手術ができる病院に入院するべきです。

 胸部だけでなく背部にも激烈な痛みをきたし、しかも腹部の方向に痛みが移動していく、さらには心筋梗塞に伴う血液変化(心筋細胞から流出する酵素の上昇)や心電図変化がないことを確かめれば、大動脈瘤の破裂が強く疑われます。そのうえで、胸部レントゲン写真やCT、心エコー、あるいはMRIなどで診断を確かめます。

病型によって手術をすべきか内科的治療を選択すべきかを検討

 解離性大動脈瘤では、病型によってその後の経過や治療法が変わってきます。そのため、病型の判別は重要です。

 上行大動脈を巻き込むタイプの大動脈解離(A型解離)では、モルヒネなどを用いて痛みをコントロールするとともに緊急手術を行うことで生存率が高まることがわかっています。

 一方、上行大動脈には異常がなく、それを越えた部位、下行大動脈での大動脈解離(B型解離)では、痛みをコントロールして血圧を十分に下げて安静を保つことで、手術をしたときとあまり変わらない生存率が得られるとの報告があります。

 実際上は、破裂の部位や大きさにもよりますし、手術成績は病院によってかなり異なりますので、手術をすべきか内科的な治療を選択すべきかは、病院ごとに異なることも当然ありえます。

危険因子を取り除く日常生活を

 内科的な治療を行った場合は急性期を過ぎ、解離によるこぶの破裂の危険性がないことを確かめたうえで、ベッドから起き上がるようにして、リハビリを開始します。

 この病気の大きな原因は動脈硬化です。また、ほかの心臓や血管の病気と同様に高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙などが危険因子となっています。

 再発を防ぐためにも、食生活の改善や禁煙を行い、日常生活から危険因子となる習慣を取り除くような努力も必要でしょう。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

  • (1) 大動脈解離診療ガイドライン. Jpn Circ J. 2000;64(Suppl V):1249-1283.
  • (2) Hagan PG, Nienaber CA, Isselbacher EM, et al. The International Registry of Acute Aortic Dissection (IRAD): new insights into an old disease. JAMA. 2000;283:897-903.
  • (3) Hirst AE Jr, Johns VJ, Kime SW. Dissecting aneurysms of the aorta. Medicine 1958;37:217-279.
  • (4) Juvonen T, Ergin MA, Galla JD, et al. Risk factors for rupture of chronic type B dissections. J Thorac Cardiovasc Surg. 1999;117:776-786.
  • (5) Masuda Y, Yamada Z, Morooka N, et al. Prognosis of patients with medically treated aortic dissections. Circulation. 1991;84(5 Suppl):III7-III13.
  • (6) Hayashi J, Eguchi S, Moro H, et al. A multi-center study on medical and surgical management in patients with aortic aneurysm and dissection from 1988 through 1993. J Cardiol. 1996;27:335-338.
  • (7) Erbel R, Alfonso F, Boileau C, et al. Diagnosis and management of aortic dissection. Eur Heart J. 2001;22:1642-1681.
  • (8) DeSanctis RW, Doroghazi RM, Austen WG, et al. Aortic dissection. N Engl J Med. 1987;317:1060-1067.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行