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ネフローゼ症候群の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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ネフローゼ症候群とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 腎臓の糸球体から大量のたんぱく質が尿に漏れでて(たんぱく尿)、血液中のたんぱく量が減る(低たんぱく血症)結果、むくみ(浮腫)をおこす状態をネフローゼ症候群といい、多くの場合、高脂血症を合併します。

 ネフローゼ症候群は、腎臓病のなかでもむくみが強く現れ、ある朝起きると突然虫に刺されたようにまぶたが腫れていたり、足がパンパンにむくんでいたりすることもあります。とくに、子どもではこのように顔や手足に現れたむくみが、ひどくなると全身に広がり、腹に水がたまる腹水、肺の周りに水がたまる胸水などをおこします。また、体重が非常に増加します。放置すると、腎臓の働きが低下してしまい腎不全に陥るタイプもあるため、速やかな診断と適切な治療を開始する必要があります。

 腎臓の糸球体そのものの病気によって引きおこされるものを一次性(原発性)ネフローゼ症候群といいます。糸球体にほんのわずかの変化しかみられないものは微小変化群と呼ばれ、子どものネフローゼに圧倒的に多いタイプです。この場合、腎機能は正常に保たれ、腎不全に進行することはまずありません。

 糸球体基底膜という部分が厚くなるのが特徴である膜性糸球体腎炎は、成人のネフローゼの約20パーセントを占めます。最初はたんぱく尿以外に症状がでないことが多く、気づかないまま自然に治る場合と、ネフローゼの状態がずっと継続し、腎機能が低下して高血圧などを引きおこす場合があります。

 そのほか糸球体の一部だけに変化がみられる巣状糸球体腎炎は慢性の腎不全に進行しやすく、糸球体の基底膜が厚くなると同時に炎症をおこしている膜性増殖性糸球体腎炎は比較的短期間に腎機能の低下が進み、腎不全に陥る危険があります。

 一方、腎臓病以外の病気、たとえば、糖尿病やアミロイドーシスなどの代謝性疾患、全身性エリテマトーデスなどによる血管炎、はち刺されや花粉に対するアレルギー、悪性腫瘍、ペニシラミンや金製剤などの薬物によって引きおこされるものを二次性(続発性)ネフローゼ症候群と呼んでいます。

 ネフローゼ症候群と判断する尿中のたんぱく量は3.5グラム/日以上、血液中のたんぱく量は、血清総たんぱくが6.0グラム/デシリットル以下あるいは血清アルブミン濃度が3.0グラム/デシリットル以下となっています。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 ネフローゼ症候群は、同じような症状を現すさまざまな病気の総称です。腎臓の糸球体になんらかの病的な変化がおこることで、本来のろ過作用が低下し、たんぱく質が尿に漏れだします。その結果、血液中のたんぱく量が減ってしまうため、血管から水分を吸収する力が弱まり、血管の外側の組織に水分がたまっていき、むくみがおこることになります。

 高脂血症を合併することが多く、そのため動脈硬化による心臓病の危険性が高くなります。

病気の特徴

 子どものネフローゼ症候群の80~90パーセントは微小変化群ですが、加齢とともにこのタイプは減少し、成人では膜性糸球体腎炎、膜性増殖性糸球体腎炎が増加します。さらに高齢になると、二次性(続発性)ネフローゼ症候群の割合が高くなるという傾向がみられます。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
安静を保つ ★2 たんぱく尿がかなり悪化したときには、腎臓への血流を保つために、安静にすることが一般的に勧められています。
寒さ・ストレスを回避する ★2 たんぱく尿の悪化を避けるために、寒さやストレスを避けることが一般的に勧められます。
食事療法 十分なカロリーを摂取する ★2 ネフローゼ症候群の患者さんに対して、十分なカロリーを摂取することが病状の進行を遅らせるという点は、専門家の意見や経験から支持されています。
たんぱく質を制限する ★5 たんぱく質制限が腎不全への進行を遅らせるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(1)
食塩を制限する ★2 ネフローゼ症候群の患者さんに対して、食塩の制限が病状の進行を遅らせるという点は、専門家の意見や経験から支持されています。
水分を制限する ★2 ネフローゼ症候群の患者さんに対して、水分の制限が病状の進行を遅らせるという点は、専門家の意見や経験から支持されています。
利尿薬を用いる ★3 利尿薬を使用することによって尿量が増加するということは、臨床研究によって確認されています。むくみが強いとき排尿を促すために用います。 根拠(2)
アルブミン製剤を用いる ★3 利尿薬だけでは尿の出方が思わしくない場合、アルブミン製剤を使用すると尿量が増加することが、臨床研究によって確認されています。 根拠(3)
ステロイド療法を行う ★4 糸球体の微小変化群に対しては副腎皮質ステロイド薬の効果の高いことが、信頼性の高い臨床研究によって示されています。 根拠(4)
免疫抑制薬を用いる ★5 副腎皮質ステロイド薬で効果のみられないネフローゼ症候群の患者さんでは、免疫抑制薬が有効であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
抗血小板薬、抗凝固薬を用いる ★5 ネフローゼ症候群では、血管内の体液量が減少し、さらに血液を固める力(血液凝固能)も増しているため、血のかたまり(血栓)ができやすくなっています。このような血栓が血管をふさいでしまう血栓塞栓症を予防するために抗血小板薬や抗凝固薬が有効であることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。また、ジピリダモールとアスピリンの組み合わせが膜性増殖性糸球体腎炎の進行を抑えるのに対して有効であるということが示されています。 根拠(6)(7)
ACE阻害薬を用いる ★5 ACE阻害薬には、血圧を下げる効果だけでなく、腎臓を保護する効果のあることが非常に信頼性の高い研究によって確認されています。 根拠(8)
高脂血症薬を用いる ★2 高脂血症薬の使用により、ネフローゼ症候群に伴う高脂血症が改善することを示す非常に信頼性の高い臨床研究があります。しかし、そのことでネフローゼ症候群の患者さんの病状の進行そのものが抑制されるというわけではありません。 根拠(9)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

排尿を促す

主に使われる薬 評価 評価のポイント
利尿薬 ラシックス(フロセミド) ★3 利尿薬を使用することによって尿量が増加することを示した臨床研究があります。 根拠(2)

強いむくみをとる

主に使われる薬 評価 評価のポイント
アルブミン製剤 アルブミン(人血清アルブミン) ★3 利尿薬だけでは尿量が増えないネフローゼ症候群の場合、アルブミン製剤を使用すると尿量が増加することを示した臨床研究があります。 根拠(3)

強力に炎症を抑える

主に使われる薬 評価 評価のポイント
副腎皮質ステロイド薬 プレドニン(プレドニゾロン) ★4 微小変化群の腎炎に対しては、副腎皮質ステロイド薬の効果が高いことが信頼性の高い臨床研究によって示されています。 根拠(4)
ソル・メドロール(コハク酸メチルプレドニゾロンナトリウム) ★4
免疫抑制薬 エンドキサンP(シクロホスファミド) ★3 シクロホスファミドは副腎皮質ステロイド薬で効果のみられない患者さんにも効果が認められることが、臨床研究によって示されています。シクロスポリンとミゾリビンは副腎皮質ステロイド薬で効果のみられない患者さんにも効果が認められることが、非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(5)(10)(11)
サンディミュン/ネオーラル(シクロスポリン) ★5
ブレディニン(ミゾリビン) ★5

血栓ができるのを防ぐ

主に使われる薬 評価 評価のポイント
抗血小板薬・抗凝固薬 ノボ・ヘパリン/ヘパリン(ヘパリンナトリウム) ★3 血栓塞栓症の予防や合併した血栓塞栓症の治療に抗血小板薬や抗凝固薬を使用することが有効であるという臨床研究があります。ジピリダモールとアスピリンの組み合わせにより、膜性増殖性糸球体腎炎の進行を抑制する効果があったということが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7)(12)
ワーファリン(ワルファリンカリウム) ★2
ペルサンチン(ジピリダモール) ★5
コメリアンコーワ(塩酸ジラゼプ) ★2

腎臓を保護しながら血圧を下げる

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ACE阻害薬 レニベース(マレイン酸エナラプリル) ★5 ACE阻害薬は血圧を下げるのみならず、腎臓を保護する効果があるとする非常に信頼性の高い臨床研究があります。血圧を下げる効果がない場合でも、腎臓の保護効果が現れたとしています。 根拠(8)
エースコール(塩酸テモカプリル) ★5
インヒベース(シラザプリル) ★5
コバシル(ペリンドプリルエルブミン) ★5
ロンゲス/ゼストリル(リシノプリル) ★5
AII受容体拮抗薬 ニューロタン(ロサルタンカリウム) ★2 AII受容体拮抗薬のネフローゼ症候群への使用は専門家の意見や経験から支持されています。ネフローゼ症候群の原因となるアミロイドーシスや糖尿病性腎症に対する効果を認める臨床研究はあります。 根拠(13)
ブロプレス(カンデサルタンシレキセチル) ★2

合併症の高脂血症を改善する

主に使われる薬 評価 評価のポイント
高脂血症薬 リポバス(シンバスタチン) ★2 高脂血症薬の使用によってネフローゼ症候群に合併した高脂血症が改善することを示した信頼性の高い臨床研究があります。しかし、ネフローゼ症候群そのものの進行が抑制されたという信頼性の高い臨床研究は見あたらず、動物実験レベルの研究にとどまっています。 根拠(9)(14)
リピトール(アトルバスタチンカルシウム水和物) ★2
メバロチン(プラバスタチンナトリウム) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

まずはたんぱく制限や利尿剤の使用を

 ネフローゼ症候群の代表的な症状である低たんぱく血症や浮腫、高血圧に対して、それらを抑えるために食事療法(塩分制限、たんぱく質制限)を行ったり利尿薬の服用を行ったりすることは十分、理にかなっています。

子どもでは、まず副腎皮質ステロイド薬を服用する

 子どもで血尿や高血圧を合併しない場合は、ネフローゼ症候群のなかでも糸球体の微小変化群というタイプであることが多く、このタイプには、まず、副腎皮質ステロイド薬の服用が行われます。その効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。

 早期に治療を開始すれば、腎不全に進行することはほとんどありませんが、治療が遅れると、静脈内に血栓ができ、足がさらに腫れあがるといった症状を示す血栓性静脈炎という病気を併発したり、その血栓が肺に飛んでしまう肺塞栓という病気を引きおこしたりすることもあります。診断がついたら、すぐに治療が始められます。

成人では、多様な原因を確定してから方針を決める

 一方、成人では、長い年月にわたって糖尿病にかかっている人やリウマチ治療などのためにペニシラミンを服用している人など、ネフローゼ症候群の原因が多岐にわたります。もちろん、原因となる病気が明らかな場合はその治療を行います。

 まず、腎生検を行って、糸球体の病変の種類を確かめたうえで、治療方針を検討する必要があります。病変の種類によっては、抗凝固薬や抗血小板薬、副腎皮質ステロイド薬、免疫抑制薬などを服用する必要がでてきます。

合併症の高脂血症には一般的な治療方針で

 ネフローゼ症候群に合併しやすい高脂血症は、一般的な虚血性疾患の治療方針にしたがって治療が進められます。食事に気をつけ、コレステロールを制限します。それだけでは十分にコレステロール値が下がらない場合には、高脂血症薬を用います。同時に、高血圧や糖尿病のある人では、それらの管理も厳重に行う必要があります。

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根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行