溶血性尿毒症症候群の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
溶血性尿毒症症候群とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
溶血性尿毒症症候群は、赤血球が壊れるタイプの溶血性貧血、血小板の減少、腎臓の働きが急激に、しかも極端に低下してしまう急性腎不全の三つを大きな特徴とし、全身にさまざまな影響がおよんで、尿毒症の症状を示す状態です。多くは、O-157と呼ばれる腸管出血性大腸菌感染症の合併症として引きおこされます。
発熱、激しい腹痛、水様性の下痢、血便といった症状に引き続き、動悸や顔色が悪くなる貧血症状、点状出血斑、尿がでない、むくみ、高血圧といった症状がみられます。
重症になると、けいれんや意識障害などの中枢神経の症状が現れることもあります。
腎不全に対する治療がもっとも重要で、放置しておくと生命にかかわりますので、一刻も早く専門的な治療ができる病院を受診しなくてはいけません。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
すでにふれたように溶血性尿毒症症候群は病原性大腸菌O-157の感染の合併症としておこることが多く、感染者の10パーセント程度に発症するといわれています。
発症の原因は、大腸菌O-157がつくりだす志賀毒素(ベロ毒素)であり、子どもの患者さんのほとんどはO-157感染の合併症として発症します。
志賀毒素によって、腎臓の内皮細胞が壊され、そこに血小板が集まってかたまり(血栓)をつくります。次々に細胞が壊されるので血小板は消費され、減っていきます。血液の流れが悪くなり、腎臓の働きも低下します。血栓ができているために、そこを通り抜けようとする赤血球は壊され、その結果として貧血がおこります。
志賀毒素以外の原因としては、赤痢菌やウイルスの感染によるもの、シスプラチン、シクロスポリン、マイトマイシンCなどの抗がん薬や免疫抑制薬によるもの、膠原病によるもの、放射線照射、妊娠・分娩、転移がんなどがあります。
病気の特徴
比較的珍しい病気ですが、子どもに多くみられます。90パーセントが子どもの患者さん、10パーセントが成人の患者さんです。とくに、4歳以下の乳幼児が多く、子どもの急性腎不全の約30パーセントを占めるといわれています。成人の場合は子どもより死亡率が高くなっています。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
| 治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 輸液を行う | ★2 | 溶血性尿毒症症候群に先立って発熱や下痢がおこることが多く、脱水症状を改善するために輸液が行われます。このことは専門家の経験や意見により支持されています。 | |
| 副腎皮質ステロイド薬を用いる | ★3 | 副腎皮質ステロイド薬が溶血性尿毒症症候群に効果のあることを示す臨床研究はでていますが、血漿交換療法の効果のほうがより確実なので、いまのところ、第一選択にはなっていません。 根拠(5) | |
| 急性腎不全の症状がみられる場合は血液透析を行う | ★3 | 子どもの溶血性尿毒症症候群の患者さんに対する血液透析の効果は、臨床研究によって確認されています。 根拠(6) | |
| 抗血小板薬を用いる | ★2 | 少なくとも血漿交換療法にあまり反応しなかった患者さんではアスピリンやジピリダモールは有効でなかったとの臨床研究があります。 根拠(5) | |
| 免疫グロブリン製剤を用いる | ★2 | 血漿交換療法に比較して有効でなかったことを示した臨床研究があります。 根拠(7) | |
| 血漿交換療法を行う | ★5 | 溶血性尿毒症症候群に対する血漿交換療法の有効性については、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(3) | |
| 新鮮凍結血漿を用いる | ★1 | 新鮮凍結血漿は血漿交換療法に利用され、効果が認められていますが、アナフィラキシーショック(アレルゲンや薬物投与などによって、生命にかかわる急激なアレルギー反応がおこること。ショック状態に陥る)の危険性が高く、単独で用いることを支持する臨床研究はありません。 根拠(4) | |
| 原因が病原性大腸菌O-157感染である場合、抗菌薬を用いる | ★1 | 病原性大腸菌Oー157の感染により合併症として溶血性尿毒症症候群を発症してしまった場合(発症直前も含めて)には、抗菌薬を用いると病状が悪化する危険性があることが観察研究によって示されています。 根拠(1)(2) | |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
副腎皮質ステロイド薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| ソル・メドロール(コハク酸メチルプレドニゾロン) | ★3 | 副腎皮質ステロイド薬が溶血性尿毒症症候群に有効であったことを示す研究があります。しかし、血漿交換療法の効果のほうがより確実なので、副腎皮質ステロイド薬はいまのところ第一選択にはなっていません。 根拠(5) | |
| プレドニン(プレドニゾロン) | ★3 | ||
抗血小板薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| バイアスピリン(アスピリン)ペルサンチン/アンギナール(ジピリダモール) | ★2 | 少なくとも血漿交換療法にあまり反応しなかった患者さんでは、アスピリンやジピリダモールは有効でなかったとの臨床研究があります。 根拠(5) | |
新鮮凍結血漿
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| FFP新鮮凍結血漿(新鮮凍結人血漿) | ★1 | 新鮮凍結血漿は血漿交換療法に利用され、効果が認められていますが、アナフィラキシーショックの危険性が高く、専門家からも支持されていません。 根拠(4) | |
免疫グロブリン製剤
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 人免疫グロブリン | ★2 | 血漿交換療法に比較して、有効でなかったとの臨床研究の結果が報告されています。 根拠(7) | |
病原性大腸菌O-157感染に対して(溶血性尿毒症症候群を発症しかかっている場合)
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 抗菌薬 | ホスミシン(ホスホマイシンカルシウム) | ★1 | 病原性大腸菌O-157の感染により合併症として溶血性尿毒症症候群を発症してしまった場合(発症直前も含めて)には、抗菌薬の投与を行うと病状が悪化する危険性があることが観察研究によって示されています。使用すべきではありません。 根拠(1)(2) |
| クラビット(レボフロキサシン) | ★1 | ||
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まずは脱水症状を抑える
初期では、下痢や嘔吐などのため脱水症状に陥りやすいので、点滴で水分(輸液)を補給します。一方では、乏尿期・無尿期には過剰な輸液に注意をする必要があります。
血漿交換療法では高い効果が
重症例には、透析療法、血漿交換療法が行われます。
現在までの臨床研究によれば、死亡率および腎不全へ移行する確率ともにもっとも低くするのは血漿交換療法と考えられます。
透析療法は尿がでなくなる状態(乏尿・無尿)をおこして、ほかの治療を試しても効果が得られなかった場合に行われます。
新鮮凍結血漿の点滴は、アナフィラキシーショックという急激なアレルギー反応が引きおこされる危険性が高いため、単独では使いません。
抗菌薬は使用しない
病原性大腸菌O-157による感染症の場合、抗菌薬を使用するとかえって菌体内部の志賀毒素が放出されて、溶血性尿毒症症候群を発症する危険性が高くなることが観察研究によって確認されています。
溶血性尿毒症症候群と診断されていれば抗菌薬を使うことはほとんどありませんが、明確には診断がつかない疑わしい例もありますので、注意が必要です。
ただし、病原性大腸菌感染症の初期においては、まずホスミシン(ホスホマイシンカルシウム)を使用して感染の拡大(菌の増殖)を防ぎます。
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根拠(参考文献)
- (1) Wong CS, Jelacic S, Habeeb RL, et al. The risk of the hemolytic-uremic syndrome after antibiotic treatment of Escherichia coli O157:H7 infections. N Engl J Med. 2000;342:1930-1936.
- (2) Safdar N, Said A, Gangnon RE, et al. Risk of hemolytic uremic syndrome after antibiotic treatment of Escherichia coli O157:H7 enteritis: a meta-analysis. JAMA. 2002;288:996-1001.
- (3) Rock GA, Shumak KH, Buskard NA, et al. Comparison of plasma exchange with plasma infusion in the treatment of thrombotic thrombocytopenic purpura. N Engl J Med. 1991;325:393-397.
- (4) Blackall DP, Uhl L, Spitalnik SL. Cryoprecipitate-reduced plasma:rationale for use and efficacy in the treatment ofthrombotic thrombocytopenic purpura. Transfusion. 2001;41:840-844.
- (5) Bell WR, Braine HG, Ness PM, et al. Improved survival of thrombotic thrombocytopenic purpura-hemolytic uremic syndrome Clinical experience in 108 patients. N Engl J Med. 1991;325:398-403.
- (6) Ekberg M, Holmberg L, Denneberg T. Hemolytic uremic syndrome. Results of treatment with hemodialysis. Acta Paediatr Scand. 1977;66:693-698.
- (7) Adult hemolytic uremic syndrome with renal microangiopathy. Outcome according to therapeutic protocol in 53 cases. French Cooperative Study Group for Adult HUS. Ann Med Interne (Paris). 1992;143(Suppl 1):27-32.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行