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尿失禁の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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尿失禁とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 自分の意思とは関係なく、尿が漏れてしまうことを尿失禁といいます。せきやくしゃみ、重い物を持ち上げたときなどにおこる「腹圧性」、トイレに行こうとして間に合わずにおこる「切迫性」、なんらかの病気が原因で膀胱に尿がたまったままになっていて溢れでてしまう「溢流性」など、さまざまなタイプがあります。

 尿失禁があると、羞恥心にさいなまれたり、自尊心が傷ついたりすることが多く、社会参加に消極的になるなどの問題が生じがちです。適切な治療やケアで日常生活に支障がでないようにすることが大切です。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 腹圧性尿失禁は尿道括約筋のゆるみが原因でおこります。尿道括約筋はふだん膀胱の出口を締めつけて尿が漏れないように働いていて、排尿時にだけ締めつけをゆるめます。女性は男性に比べて尿道が短いことや、男性ほど尿道括約筋が発達していないために、締めつけがゆるみやすくなっています。さらに、尿道括約筋のコントロールに関係する女性ホルモンの分泌が閉経で低下したり、出産や加齢のために骨盤の筋肉が弱ったりしている場合も、腹圧性尿失禁をおこしやすいといえます。

 切迫性尿失禁は膀胱が意思に反して勝手に収縮しておこるものです。脳血管障害のために切迫性尿失禁となることもしばしばあります。

 溢流性尿失禁は、なんらかの病気が原因で膀胱の収縮力が低下し、膀胱内にいつも尿がたまった状態になっているためにおこります。おもな病気として、糖尿病性ニューロパチー、脳梗塞、多発性硬化症、パーキンソン病、前立腺肥大症、それに神経因性膀胱などがあげられます。

病気の特徴

 腹圧性尿失禁は40歳代、50歳代の女性の3人に1人は経験しているともいわれています。切迫性尿失禁は高齢者に多くみられます。溢流性尿失禁は子宮体がん・子宮頸がんや直腸がんなどの手術のあとで膀胱の末梢神経が障害を受けた場合などにみられるものです。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
腹圧性尿失禁の場合 比較的軽症の場合はβ刺激薬を用いる ★2 β刺激薬の使用は、専門家の意見や経験から支持されています。
骨盤底筋体操を行う ★5 ケーゲル法と呼ばれる骨盤底筋体操を正しく行うと症状が改善します。このことは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)
イントロールを装着する ★2 イントロールは膣内に装着する、弾力性のある小型の膀胱頸部支持具です。この方法は、専門家の意見や経験から支持されています。
TVT手術を行う ★3 TVTはポリプロピレン製の特殊なメッシュテープで、瞬間的に腹圧が上がったときだけ尿道がうしろに動かないように支えます。これを埋め込む手術をした女性の腹圧性尿失禁の患者さんの90パーセントは症状が改善したことが、臨床研究によって確認されています。 根拠(2)
コラーゲン注入療法を行う ★2 尿道の周囲にコラーゲンを注入して尿道を締める力を強くします。この療法は、専門家の意見や経験から支持されています。
膀胱頸部吊り上げ術を行う ★3 膀胱の出口の左右に手術用のナイロン糸でループをつくり、膀胱頸部を吊り上げて固定する膀胱頸部吊り上げ術が多く行われています。一定の効果を有していることが、臨床研究によって確認されています。 根拠(3)
切迫性尿失禁の場合 抗コリン薬を用いる ★3 認知・行動療法と合わせて行った場合、80パーセント以上の患者さんに効果があったことが、臨床研究によって確認されています。 根拠(4)
電気刺激療法を行う ★2 膀胱の近くの骨盤表面に電極を貼り付け、一定のパルス波を送って刺激することで骨盤底筋群の収縮を誘発し、きたえます。この療法は、専門家の意見や経験から支持されています。
溢流性尿失禁の場合 自己導尿を行う ★2 自己導尿とは、自分でカテーテル(ゴム製の管)を尿道から挿入し、膀胱から尿をとりだす方法です。患者さん本人あるいは介護者が行える場合は検討の対象となります。内服薬の治療ではうまくいかない場合にのみ選択される治療法として専門家の意見や経験から支持されています。
α遮断薬を用いる ★3 症状だけでなく、排尿状態の検査所見も改善する効果のあることが、臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
副交感神経刺激薬を用いる ★2 治療効果はあまり著しいものではないようです。 根拠(6)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

腹圧性尿失禁の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
β刺激薬 スピロペント(塩酸クレンブテロール) ★2 塩酸クレンブテロールの効果は、専門家の意見や経験から支持されています。

切迫性尿失禁の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
抗コリン薬 バップフォー(塩酸プロピベリン) ★2 専門家の意見や経験から支持されています。
ポラキス(塩酸オキシブチニン) ★5 行動療法と併用した場合に、行動療法単独よりも症状が改善する患者さんの割合が多かったことが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7)

溢流性尿失禁の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
α遮断薬 エブランチル(ウラピジル) ★3 症状だけでなく、排尿状態の検査所見も改善する効果のあることが臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
ハイトラシン/バソメット(塩酸テラゾシン) ★3
副交感神経刺激薬 ウブレチド(臭化ジスチグミン) ★2 いずれの薬も、専門家の意見や経験から支持されています。
ベサコリン(塩化ベタネコール) ★2
アベダイン(塩化カルチニン) ★2
アボビス(ナパジシル酸アクラトニウム) ★2
アクチナミン(塩化カルプロニウム) ★2

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

軽い腹圧性には体操と薬物療法

 女性の腹圧性尿失禁は、比較的軽症であれば、まず骨盤底筋体操を行うと同時にβ刺激薬を用います。それでも症状が改善しない場合や、中等度~高度の失禁で日常生活に支障がでる場合にのみ、TVT手術や膀胱頸部吊り上げ術などの手術を考慮するのが一般的です。

切迫性には抗コリン薬が有効

 切迫性尿失禁については、意思でコントロールできない膀胱の収縮を抑制する目的で、膀胱平滑筋に作用するポラキス(塩酸オキシブチニン)がよく用いられます。これらの抗コリン薬は有効ですが、口渇感(口の渇き)、便秘、眼のかすみなどの副作用のためにしばしば使用が困難になります。

溢流性にはα遮断薬と自己導尿

 溢流性尿失禁の治療には、α遮断薬や副交感神経刺激薬を用い、必要に応じて導尿を行います。

 導尿は以前考えられていたほど厳密に無菌操作が必要というわけでなく、カテーテルを流水で洗って行っても尿路感染の頻度は上がらないと考えられるようになってきました。やり方さえマスターすれば、家庭でも比較的簡単にできるでしょう。

 もちろん、原因となる糖尿病性ニューロパチーや脳梗塞、多発性硬化症、パーキンソン病などに対する治療は、同時に行う必要があります。

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根拠(参考文献)

  • (1) Hay-Smith EJ, Bo K, Berghmans LC, et al. Pelvic floor muscle training for urinary incontinence in women (Cochrane Review). Cochrane Database Syst Rev. 2001;(1):CD001407.
  • (2) Liapis A, Bakas P, Creatsas G. Management of stress urinary incontinence in women with the use of tension-free vaginal tape. Eur Urol. 2001;40:548-551.
  • (3) Fantl JA, Newman DK, Colling J, et al. Urinary Incontinence in Adults: Acute and Chronic Management. Clinical Practice Guideline, No. 2, 1996 Update, AHCPR Publication No. 96-0682. Public Health Service, Agency for Health Care Policy and Research, Rockville, MD.
  • (4) Wyman JF, Choi SC, Harkins SW, et al. The urinary diary in evaluation of incontinent women: a test-retest analysis. Obstet Gynecol. 1988;71:812-817.
  • (5) Serles S, Stein M. Prospective study comparing hyoscyamine, doxazosin, and combination therapy for treatment of urgency and frequency in women. Neurourol Urodyn. 1998;17:31-36.
  • (6) Finkbeiner A. Is bethanechol chloride clinically effective in promoting bladder emptying? A literature review. J Urol. 1985;134:443-449.
  • (7) Szonyi G, Collas DM, Ding YY, et al. Oxybutynin with bladder retraining for detrusor instability in elderly people: A randomized controlled trial. Age Ageing. 1995;24:287-291.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行