肺気腫の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
肺気腫とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
肺気腫は、比較的高齢の人にみられます。おもな症状は運動をすると息切れをおこすことで、せきや痰はほとんどでません。
最初の症状は階段を昇りきることができないなどですが、重症になると平らな場所の歩行、服を着替えるなどの軽い運動でも呼吸が苦しくなります。
原因は喫煙や大気汚染が関係しているといわれます。
実際に肺気腫の患者さんの90パーセント以上は喫煙者で、とくに30パーセントは1日30本以上のヘビースモーカーです。
ただし、ヘビースモーカーのうち肺気腫となるのは2割程度であるため、喫煙感受性遺伝子(たばこの煙に反応する遺伝子)を保有している人だけが発病するものと考えられています。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
肺におけるガス交換(体内の二酸化炭素と呼吸で取り入れた酸素の交換)の場である肺胞組織が、喫煙などにより破壊されたために生じる病気です。
正常な肺胞の数が減り、壊れた肺胞が増えると肺の弾力性が低下して、息を吐きだすときに肺が収縮しにくくなります。反対に気管支はつぶれやすくなり、結果として空気を吐きだしにくくなります。
喫煙で気管支も障害を受けていることが多く、粘膜の腫れによる気管支の閉塞も生じます。こうした状態では呼吸をすること自体に困難を感じます。
さらにガス交換が十分できないために血液中の酸素濃度が低下します。壊された組織を元に戻すことはできないので、残された肺のしくみと働きを維持する治療が行われます。
病気の特徴
高齢の男性に多くみられ、男女比は10対1です。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
| 治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| 禁煙を行う | ★5 | 肺気腫の治療において禁煙がもっとも重要であることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。たばこを吸うと呼吸が苦しくなるだけでなく、病気の進行を早めます。 根拠(1) | |
| 気管支拡張薬、副腎皮質ステロイド薬、去痰薬による薬物療法を行う | ★5 | 薬による治療の目的は気管支を広げ、炎症を抑え、痰の切れをよくすることです。そのためには気管支拡張薬、副腎皮質ステロイド薬、去痰薬などを吸入したり服用したりします。こうした治療は非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(1)(2) | |
| 在宅酸素療法を行う | ★5 | 症状が進行し、薬による治療だけでは息切れや呼吸困難が十分に改善しない患者さんに対しては、在宅酸素療法が行われます。自宅に酸素を送る器機を設置して、外出するときには携帯用の酸素ボンベを使用します。こうした治療は非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(3)(4) | |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
気管支拡張薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| テルシガンエロゾル(臭化オキシトロピウム) | ★5 | 臭化オキシトロピウムとテオフィリン徐放剤、臭化イプラトロピウムは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。また、臭化水素酸フェノテロールも、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(5)(6)(7)(8)(9) | |
| テオドール/ユニコン/ユニフィル(テオフィリン徐放剤) | ★5 | ||
| ベロテックエロゾル(臭化水素酸フェノテロール) | ★4 | ||
| アトロベントエロゾル(臭化イプラトロピウム) | ★5 | ||
| ホクナリンテープ(塩酸ツロブテロール) | ★3 | 臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(13)(14) | |
| サルタノールインヘラー(硫酸サルブタモール) | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって、効果が確認されています。 根拠(15) | |
| メプチンエアー(酸化プロカテロール) | ★2 | 専門家の意見では支持されています。 | |
副腎皮質ステロイド薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| プレドニン(プレドニゾロン) | ★5 | かぜなどが原因で、一時的に症状が悪くなったときに使う薬で、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(10) | |
| フルタイド(プロピオン酸フルチカゾン) | ★5 | いずれの吸入薬も非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。ただし、プロピオン酸ベクロメタゾンは保険適用外です。 根拠(11)(12) | |
| ベコタイド(プロピオン酸ベクロメタゾン) | ★5 | ||
去痰薬
| 主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
|---|---|---|---|
| ムコダイン(カルボシステイン) | ★5 | いずれの薬も非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(16)(17) | |
| ムコソルバン(塩酸アンブロキソール) | ★5 | ||
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まず禁煙が重要
この病気にかかる人の90パーセントが喫煙者であることからわかるように、肺気腫は喫煙との関係が非常に深い病気です。したがって、禁煙がまず第一に重要です。どのような治療をするにしても、喫煙を続ける限り、ほとんど効果は望めません。
また、本人が喫煙しなくても、他人の吸っている煙草の煙を吸い込むこともよくありません。その意味で家族の協力も必要になります。
薬物療法も有効
気管支を広げるための気管支拡張薬、炎症を抑えて気道の崩壊を防ぐための副腎皮質ステロイド薬、痰の切れをよくするための去痰薬などを使うことは、十分理にかなった治療法です。ただし、壊された組織を元に戻すことのできる薬物はありません。薬物療法は残された肺のしくみと働きをうまく維持しながら、苦痛をなるべく最小限に抑えて生活していくための治療となります。
進行した場合は在宅酸素療法
病気が進行し、薬による治療だけでは息切れや呼吸困難といった症状が十分に改善しない患者さんに対しては、在宅酸素療法が有効です。自宅に酸素をおくる器機を設置することにより、十分な酸素の供給を受けながら、入院しないで自宅で生活することができるようになっています。
携帯ボンベで外出も可能
在宅酸素療法の器機には、携帯用の酸素ボンベも用意されており、自由に外出することもできます。携帯用の酸素ボンベを活用することで、生活の質(QOL)の向上や生存期間の延長を示した臨床研究もあります。
おすすめの記事
根拠(参考文献)
- (1) Anthonisen NR, Connett JE, Kiley JP, et al. Effects of smoking intervention and the use of an inhaled anticholinergic bronchodilator on the rate of decline of FEV1. The Lung Health Study. JAMA. 1994;272:1497-1505.
- (2) In chronic obstructive pulmonary disease, a combination of ipratropium and albuterol is more effective than either agent alone. An 85-day multicenter trial. COMBIVENT Inhalation Aerosol Study Group. Chest. 1994;105:1411-1419.
- (3) Continuous or nocturnal oxygen therapy in hypoxemic chronic obstructive lung disease: a clinical trial. Nocturnal Oxygen Therapy Trial Group. Ann Intern Med. 1980; 93:391-398.
- (4) Long term domiciliary oxygen therapy in chronic hypoxic cor pulmonale complicating chronic bronchitis and emphysema. Report of the Medical Research Council Working Party. Lancet. 1981;1:681-686.
- (5) 五十嵐毅, 西村正治, 秋山也寸史, 他. 肺気腫患者における吸入性β刺激薬および抗コリン薬の呼吸機能と血液ガスに与える影響. 日本胸部疾患学会雑誌. 1993;31: 32-36.
- (6) Vaz Fragoso CA, Miller MA. Review of the clinical efficacy of theophylline in the treatment of chronic obstructive pulmonary disease. Am Rev Respir Dis. 1993;147: S40-S47.
- (7) Guleria R, Behera D, Jindal SK. Comparison of bronchodilatation produced by an anticholinergic (ipratropium bromide), a beta-2 adrenergic (fenoterol) and their combination in patients with chronic obstructive airway disease. An open trial. J Assoc Physicians India. 1991;39:680-682.
- (8) Tobin MJ, Hughes JA, Hutchison DC. Effects of ipratropium bromide and fenoterol aerosols on exercise tolerance. Eur J Respir Dis. 1984;65:441-446.
- (9) Oga T, Nishimura K, Tsukino M, et al. A comparison of the effects of salbutamol and ipratropium bromide on exercise endurance in patients with COPD. Chest. 2003;123:1810-1816.
- (10) Niewoehner DE, Erbland ML, Deupree RH, et al. Effect of systemic glucocorticoids on exacerbations of chronic obstructive pulmonary disease. Department of Veterans Affairs Cooperative Study Group. N Engl J Med. 1999;340:1941-1947.
- (11) Burge PS, Calverley PM, Jones PW, et al. Randomised, double blind, placebo controlled study of fluticasone propionate in patients with moderate to severe chronic obstructive pulmonary disease: the ISOLDE trial. BMJ. 2000; 320:1297-1303.
- (12) Weir DC, Bale GA, Bright P, et al. A double-blind placebo-controlled study of the effect of inhaled beclomethasone dipropionate for 2 years in patients with nonasthmatic chronic obstructive pulmonary disease. Clin Exp Allergy. 1999;29(Suppl 2):125-128.
- (13) 石岡伸一, 保澤総一郎, 木村俊樹, 他. 経皮吸収型気管支拡張剤HN-078(ツロブテロールテープ)の慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎,肺気腫)に対する臨床的有用性の検討. Therapeutic Research. 1995;16:1449-1462.
- (14) 三浦傅, 塩谷隆信, 三浦一樹, 他. 慢性気管支炎および肺気腫に対するHN-078の臨床効果. 新薬と臨床. 1995;44:589-601.
- (15) Pezza A, Polistina D, De Matteis L, et al. Evaluation of the therapeutic effectiveness and tolerance of flunisolide (VAL 679) and of flunisolide plus salbutamol (VAL 679/A) in chronic obstructive bronchopneumopathies. Arch Monaldi. 1981;36:59-70.
- (16) Puscinska E, Radwan L, Zielinski J. Effect of intravenous ambroxol hydrochloride on lung function and exercise capacity in patients with severe chronic obstructive pulmonary disease. Pneumonol Alergol Pol. 1994;62:246-249.
- (17) Jahnz-Rozyk K, Kucharczyk A, Chcialowski A, et al. The effect of inhaled ambroxol treatment on clinical symptoms and chosen parameters of ventilation in patients with exacerbation of chronic obstructive pulmonary disease patients. Pol Merkuriusz Lek. 2001;11:239-243.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行