本態性振戦の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
本態性振戦とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
本態性振戦は、ある動作をしようとしたり、一定の姿勢を保とうとしたときに、体がふるえる病気です。ふるえ以外に症状はありません。ふるえはおもに手・腕・頭部・下顎・舌に現れます。
一般に精神が緊張したときや疲れたときなどにふるえが強くなり、アルコールを飲むと改善する傾向があります。しかし、アルコールによってふるえを抑えようとすると、アルコール依存症(アルコールに強い欲求をもち、飲酒行動を抑制できない状態)になることもあります。食事や字を書くのが困難になるなど、日常生活にいくらかの支障はありますが、ほとんどは深刻なものではありません。
ただし、上肢(手)に精密な作業が要求される職業の人にとっては、一見わずかなふるえであっても日常生活への影響は大きいので、個人の背景を十分考慮して治療の必要性を検討しなければなりません。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
同じ病気の人が血縁者にいるなど、遺伝的な要素が明らかな場合は家族性振戦、お年寄りが発症した場合は老人性振戦と呼ばれます。くわしい原因はわかっていません。緊張するとふるえが激しくなることから、興奮したときに働く交感神経が関係しているのではないかという説もあります。
たとえば①人前でスピーチや挨拶をするとき声がふるえる。②宴席などでコップに飲み物を注いでもらうとき手がふるえる。③服のボタンがうまくかけられない。④食事(会食など)ではしをもつ手がふるえる。⑤頭部が左右にふるえ、外出や人に会うことが苦痛になるなどの症状がよくみられる場合は、本態性振戦の疑いがあります。
筋肉が硬くなることもなく、進行はゆるやかで、良性の病気です。
病気の特徴
人口1000人あたり3~17人と調査によってややバラつきがありますが、頻度の高い神経症状の一つです。成年期以降に発症する場合がほとんどで、年齢が上がるほど多くなります。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
日常生活にそれほど支障がなければ、とくに治療は行わない | ★2 | ふるえ以外に症状はなく、悪化する病気でもないので、日常生活に支障がない程度であれば治療は必要ありません。そのため、患者さんに治療を行わないことを説明し、よく理解してもらうことになります。患者さんは安心感を得ることで症状が軽くなることもあります。このことは、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
緊張するとふるえがおこりやすいことを理解する | ★2 | 専門家の意見や経験から支持されています。どのような状況でおこりやすいかがわかれば、ふるえがおこっても不安感が軽減されるようになります。 | |
職業上、あるいは緊張する状況が予想される場合などは薬によってふるえを抑える | ★5 | 精密な手作業を必要とする仕事をしている患者さんなどでは、薬を用いることが有効なことが、非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(1)~(4) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
β遮断薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
インデラル(塩酸プロプラノール) | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって塩酸プロプラノールのふるえに対する効果が確認されています。 根拠(1)(2) |
抗不安薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
コンスタン/ソラナックス(アルプラゾラム) | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。しかし、眠気などの副作用が約半数に認められ、塩酸プロプラノールやプリミドンで効果が認められない場合に使用すべきでしょう。 根拠(3)(4) | |
セルシン/ホリゾン/ソナコン(ジアゼパム) | ★2 | 塩酸プロプラノールで十分な効果が得られず、不安で症状が強くなる場合はこれらの抗不安薬が有効かもしれません。 | |
セレナール(オキソゾラム) | ★2 |
抗てんかん薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
リボトリール/ランドセン(クロナゼパム) | ★2 | 本態性振戦の一種と考えられている起立性振戦(立ち上がったときに下肢や体幹部にふるえがおこる)には効果があるといわれています。 | |
マイソリン(プリミドン) | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって、塩酸プロプラノールと同等の効果があると確認されています。ただし、副作用(眠気、運動失調、吐き気など)のため、約3分の1の患者さんで内服が継続できなくなったと報告されています。気管支喘息や低血圧、徐脈があって塩酸プロプラノールが使えない場合に使用されます。少量の使用と普通の使用量を比較した研究があり、副作用に関しては変わらなかったと報告されています。少量でも副作用に注意をする必要があるでしょう。 根拠(5)(6) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
ふるえ以外に症状はなく、原因不明だが良性の病気
本態性振戦では、ある動作をしようとしたり、一定の姿勢を保とうとしたときに、おもに手・腕・頭部・下顎・舌などにふるえが現れます。遺伝が明らかであれば家族性振戦、お年寄りが発症すれば老人性振戦と呼ばれます。
くわしい原因はわかっていませんが、ふるえ以外に症状はありません。進行性の病気ですが、進行は非常にゆるやかであり、日常生活にほとんど支障をきたすこともなく、治療が必要となる患者さんは、ほんの一部と考えられます。
生活が困難でなければ治療の必要なし
どのような薬でも、副作用の可能性はゼロではありません。日常生活に困るほどのふるえでなければ、薬を使わないのがもっとも安全です。非常に精密な手作業を要求される仕事をもつ患者さんでは、早期から薬を用いることもあります。
インデラル(塩酸プロプラノール)などβ遮断薬が第一選択
薬を使う場合には、以前からインデラル(塩酸プロプラノール)などのβ遮断薬が有効であることが確認されていますので、それが第一選択薬になります。
しかし、β遮断薬は心臓の収縮力を抑えたり、心拍数(脈拍数)を少なくしたり、気管支喘息を悪化させたりする可能性もあり、使用してよいかどうか患者さんごとに注意深く判断する必要があります。
抗てんかん薬マイソリン(プリミドン)も有効
β遮断薬が使えない場合には、抗てんかん薬として使われているマイソリン(プリミドン)が用いられます。この場合も、副作用(眠気、運動失調、吐き気など)に注意する必要があります。
インデラル(塩酸プロプラノール)、マイソリン(プリミドン)でも効果が認められず、不安でふるえが強くなっている場合は、抗不安薬コンスタン/ソラナックス(アルプラゾラム)を使うこともあります。これもやはり、眠気などの副作用には注意すべきです。
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根拠(参考文献)
- (1) Calzetti S, Findley LJ, Gresty MA, et al. Metoprolol and propranolol in essential tremor: a double-blind, controlled study. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1981;44:814-819.
- (2) Baruzzi A, Procaccianti G, Martinelli P, et al. Phenobarbital and propranolol in essential tremor: a double-blind controlled clinical trial. Neurology 1983;33:296-300.
- (3) Gunal DI, Afsar N, Bekiroglu N, et al. New alternative agents in essential tremor therapy: double-blind placebo-controlled study of alprazolam and acetazolamide. Neurol Sci. 2000;21:315-317.
- (4) Huber SJ, Paulson GW. Efficacy of alprazolam for essential tremor. Neurology. 1988;38:241-243.
- (5) Gorman WP, Cooper R, Pocock P, et al. A comparison of primidone, propranolol, and placebo in essential tremor, using quantitative analysis. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1986;49:64-68.
- (6) O'Suilleabhain P, Dewey RB Jr. Randomized trial comparing primidone initiation schedules for treating essential tremor. Mov Disord. 2002;17:382-386.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行