更年期障害の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
更年期障害とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
女性が閉経を迎える前後数年間を更年期といいます。この時期、さまざまな心身の異常や不快な症状に悩まされることが多く、それを総称して更年期障害と呼んでいます。
その症状は実に多様で、ほてり、のぼせ、動悸、発汗などを中心に、頻尿、尿失禁、肩こり、腰痛、関節痛などがおもにみられます。さらに不安、不眠、いらいら、物忘れ、うつ状態などの精神症状が加わる場合も少なくありません。
本人はこれら複数の症状に悩まされ不調を訴えるのですが、状態が不安定であることや症状の現れ方が断続的であることなどから、ほとんど原因となる病気がわからないまま不定愁訴として扱われることが多いようです。
女性の体は、閉経と前後して卵巣の機能が徐々に衰え、女性ホルモン(とくに卵胞ホルモン・エストロゲン)の分泌が低下していきます。女性ホルモンは月経をおこしたり、女性生殖器の発育や骨量の維持、肌のはりをよくするなど、女性の体に欠かせない役目を担っています。更年期の女性に骨粗しょう症が多いのは、必要な骨量がエストロゲンの減少によって維持できなくなるからです。このようにホルモンバランスが崩れることで心身にいろいろな不調が現れますが、エストロゲンの分泌が止まり、卵巣機能が停止した状態に体が慣れれば、症状は自然に消えていきます。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
更年期障害の一番の原因は、卵巣の機能が急激に低下しエストロゲンの分泌が減るためです。それに加え、この時期には子どもの成長に伴う孤独感や疎外感、夫の定年といった人生への不安感、女性性喪失や老化への恐怖、あせりなど、精神的にもいろいろな変化に見舞われます。このようなライフサイクルの変化をきっかけにいろいろな症状が引きおこされます。
病気の特徴
個人差がありますが、平均的な閉経年齢は48歳から55歳くらいで、更年期はその前後数年間、40歳代前半から50歳代後半までに現れることが多いといえます。症状の程度も比較的軽度なものから、多様な症状に襲われる人までさまざまです。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ほかの病気ではないことを確認し、原因を明らかにする | ★2 | 症状の原因が内分泌の病気など、ほかのなんらかの病気によるものではないことを確認することは、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
家族関係や本人の精神状態が原因と考えられる場合は、カウンセリングを行う | ★2 | エストロゲンの減少以外に、生活環境や精神的なものが引きがねとなって症状が引きおこされている場合は、婦人科や精神科の専門医によるカウンセリングが必要です。これは専門家の意見や経験から支持されています。 | |
ホルモン補充療法を検討する | ★3 | ホルモン補充療法は、結合型エストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロンを併用して服用するのが一般的です。非常に信頼性の高い複数の臨床研究によると、この併用療法は更年期障害の症状である、ほてり、うつ症状、尿路症状などを改善させ、骨粗しょう症を予防する一方、乳がんや血栓症を発症する危険性があるとしています。また、アメリカで最近発表された非常に信頼性の高い臨床研究によると、大腸がん(0.66倍)や大腿骨骨折(0.66倍)、それに子宮体がん(0.83倍)が減少するが、冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症、など)(1.29倍)、脳卒中(2.13倍)、乳がん(1.26倍)、肺塞栓症(2.13倍)が増加するとしており、冠動脈疾患の予防に対してこの治療法は有効ではないとしています。効果とリスクをもつ治療法なので医師と十分に相談する必要があります。 根拠(1)(2) | |
漢方薬を用いる | ★2 | 漢方薬の効果を認めた臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から、ホルモン補充療法が行えない患者さんには漢方薬を用いる場合があります。 | |
それぞれの症状を抑えるための薬を用いる | ★2 | 自律神経調節薬や抗不安薬などをそれぞれの症状に応じて用いることは、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
本人が人生の転換点であることを認め、それを受け入れるための環境づくりを行う | ★2 | 更年期は患者さんにとってライフサイクルの節目であり、新たなスタートなのだということを理解し、さまざまな不調からくるストレスを軽減できるよう環境を整えることは、更年期のつらさを少しでも軽減する一つの手段として、専門家の意見や経験から支持されています。 |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
ホルモン補充療法(併用)
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
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エストロゲン(卵胞ホルモン)+プロゲステロン(黄体ホルモン) | プレマリン(結合型エストロゲン)+プロベラ/ヒスロン(酢酸メドロキシプロゲステロン) | ★2 | 結合型エストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロンを併用して服用するのがホルモン補充療法の一般的な方法です。非常に信頼性の高い複数の臨床研究によると、この併用療法はほてりの症状やうつ状態、尿路症状などを改善させ、骨粗しょう症を予防する一方、乳がんや血栓症などを発症する危険性があるとしています。また、別の非常に信頼性の高い臨床研究によると、大腸がん(0.66倍)や大腿骨骨折(0.66倍)、それに子宮体がん(0.83倍)が減少するが、冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症など)(1.29倍)、脳卒中(2.13倍)、乳がん(1.26倍)、肺塞栓症(2.13倍)が増加するとしています。冠動脈疾患の予防にはこの治療法は有効ではないとしています。効果とリスクをあわせもつ治療法なので医師と十分に相談する必要があります。 根拠(1)(2) |
ホルモン補充療法
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
エストロゲン | エストリール(エストリオール) | ★2 | エストリオールは効きめが穏やかであるため、単独で使われます。有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 |
更年期障害にみられる自律神経失調症を改善する漢方薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
加味逍遙散 | ★2 | 漢方薬の効果については専門家の意見や経験から支持されていますが、根拠を示した臨床研究は見あたりません。 | |
女神散 | ★2 | ||
桂枝茯苓丸 | ★2 | ||
当帰芍薬散 | ★2 | ||
桃核承気湯 | ★2 | ||
通導散 | ★2 | ||
黄連解毒湯 | ★2 | ||
<UNI828E>帰調血飲 | ★2 | ||
柴胡加竜骨牡蛎湯 | ★2 | ||
柴胡桂枝乾姜湯 | ★2 |
自律神経失調症を抑える薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
自律神経調節薬 | グランダキシン(トフィソパム) | ★2 | トフィソパムの効果については専門家の意見や経験から支持されています。 |
不安を抑える薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
抗不安薬 | デパス(エチゾラム) | ★2 | エチゾラムの効果については専門家の意見や経験から支持されています。 |
うつ状態を抑える薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
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抗うつ薬 | パキシル(塩酸パロキセチン水和物) | ★2 | 塩酸パロキセチン水和物が、更年期障害の症状の一つであるほてりに対して効果があるとする臨床研究があります。更年期障害のうつ状態に対する効果は不明です。 根拠(3) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
更年期障害の症状の多くはホルモン補充療法で改善できる
エストロゲン(卵胞ホルモン)の減少が更年期障害の原因であることから、卵胞ホルモンの補充が有効であろうことは当然予測されます。実際、ほてり、のぼせ、動悸、発汗、不安、不眠、いらいらなど、更年期障害の症状の多くは、卵胞ホルモンの使用で驚くほどよくなります。
そこで、更年期障害の症状を緩和するために、ホルモン補充療法が行われています。この治療法ではエストロゲンとともにプロゲステロンを併用します。
ホルモン補充療法には継続性や不正出血などのわずらわしさも伴う
しかし、欧米と比べてわが国では、このホルモン補充療法を受けている女性は著しく少ないのが現状です。ホルモン補充療法を受けるためには、婦人科医を受診しなくてはならず、さらに、周期的にホルモン補充を行うことで月経のような出血(不正出血)がおこるなどのわずらわしさがあるためかと思われます。
欧米ではホルモン補充療法の考え方に変化
かつて、ホルモン補充療法では、更年期障害の症状以外に、心筋梗塞などの心臓病も予防でき、女性の認知症も予防できる可能性が高いと考えられていたのですが、最近、これまでの研究(観察研究)よりも信頼性の高い研究(ランダム化比較試験)で心臓病についても認知症についても予防効果がないとされ、大きな話題になりました。
欧米でのホルモン補充療法に対する考え方が大きく変わってくる可能性もあります。
ホルモン補充療法は副作用もある
また、ホルモン補充療法では、大腸がんや子宮体がん、大腿骨骨折を減少させるものの、わずかではありますが、乳がんや冠動脈疾患、脳卒中などの発症率を増加させるとのデータがあります。絶対値としての確率はそれほど高くないのですが、それでも、ホルモン補充療法を多くの女性に思いとどまらせる事実ではあります。
更年期障害のつらさと、このような副作用のおこる確率を考えあわせて判断するのは誰にとっても難しいものです。医師から十分な説明を受けて、自分自身納得がいくようによく考えて判断すべきでしょう。
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根拠(参考文献)
- (1) Morris E, Rymer J. Menopausal symptoms. Clin Evid. 2002;8:1921-1933.
- (2) Rossouw JE, Anderson GL, Prentice RL, et al. ; Writing Group for the Women's Health Initiative Investigators. Risks and benefits of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women: principal results From the Women's Health Initiative randomized controlled trial. JAMA. 2002;288:321-333.
- (3) Stearns V. A pilot trial assessing the efficacy of paroxetine hydrochloride (Paxil) in controlling hot flashes in breast cancer survivors. Ann Oncol. 2000;11:17-22.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行