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前立腺がんの治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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前立腺がんとは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 前立腺は男性の膀胱と尿道のつなぎ目にあり、尿道と射精管を取り囲む栗の実ほどの大きさの臓器です。前立腺がんはここに悪性腫瘍ができる病気です。

 初期の段階ではとくに症状はありません。進行してくると、頻尿や残尿感、排尿困難、会陰部の圧迫感などの症状があらわれます。これらの症状は前立腺肥大症と同じものなので、両者の鑑別が大切です。ただし、いずれも高齢者に多い病気で、両方が合併していることもあります。

 血液検査で腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)を調べると、かなり高い確率で前立腺がんの早期発見に役立ちます。肛門から指を挿入して前立腺を触診する直腸診も有効です。

 前立腺がんと診断された患者さんは、どの程度病気が進んでいるか(限局性がん、局所進行がん、遠隔転移を伴うがん)を調べます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 前立腺肥大症は尿道に対しておもに内側から発生しますが、前立腺がんの場合は尿道に対して外側から発生することが多いという特徴があります。このため、前立腺がんの初期には尿道を圧迫せず、頻尿や残尿感などの症状は少し病気が進行してからでてきます。

 現在までのところ、男性ホルモン、人種、食生活、生活環境、遺伝子またはウイルス感染などが関係しているのではないかと考えられています。もともと欧米に多く、わが国では少なかったがんですが、近年、わが国でも増加傾向にあることから、とくに食生活の欧米化との関係が疑われています。

 また、前立腺がんの多くは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖します。このため、体内での男性ホルモンの分泌や作用を止めると、がん細胞の増殖を抑制することができます。

病気の特徴

 前立腺がんは、世界全体で見ると男性がん患者の約14パーセントを占める頻度の高いがんです。日本でも食生活の欧米化、高年齢化、PSA検査の普及などにより急増しており、泌尿器科のがんではもっとも多いがんです。

 日本では10万人あたりの男性が1年間に前立腺がんにかかる人数は、全年齢をあわせると120人程度です。45歳以下の男性ではまれですが、50歳以後は増加し、80歳代前半で発症のピークを認める高齢者に多いがんといえます。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
PSA監視療法 ★4 前立腺がんと診断されても無治療でPSAの数値をみながら経過を観察し、病勢をみながら治療を検討する方法です。低リスクで高齢者の場合には生活の質を保つことのできる治療として選択肢のひとつと考えられており、専門家から支持されています。 根拠(1)(2)
手術療法 前立腺摘除術を行う ★4 前立腺摘除術はがんがおもに前立腺内にとどまっている早期がんで行われます。最近は腹腔鏡下またはロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘出術などの侵襲の少ない手術が主流になっていますが、全身麻酔をして開腹して行う手術が行われることもあります。腹腔鏡下またはロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘出術は開腹術と比べても治療効果に差がないことが報告されています。 根拠(1)(3)
放射線療法を行う ★4 体外から放射線を照射する外照射療法と、前立腺内に放射線を出す線源を埋め込む組織内照射があります。組織内照射は侵襲が少ないため、手術が困難と考えられる患者さんでも治療が可能であるという利点があります。 初期の前立腺がんでは前立腺摘除術と変わらない治療効果があることが信頼性の高い臨床研究によって確認されています。また局所進行がんなどリスクの高いがんでもホルモン療法と併用することで生存率が向上することが臨床研究で報告されています。 根拠(1)(4)(5)
男性ホルモンを抑制する治療法 去勢術を行う ★2 前立腺がんは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖していきます。これらの治療法は増殖する要因である男性ホルモンを抑えることで、がんを抑え込むことを目的とします。去勢術は、男性ホルモンの大部分をつくっている精巣(睾丸)を取り去ることで、体内の男性ホルモンを急速に低下させます。女性ホルモン薬、抗男性ホルモン薬、LH-RHアゴニストは作用するホルモンの違いはありますが、いずれも男性ホルモンが前立腺に影響をおよぼすのを止める薬です。女性ホルモンは心血管系の副作用のため、現在はほとんど使われておりません。日本で行われた臨床試験では、限局がんにホルモン単独療法を行った場合に一般人口の生存期間と同等の長期生存期間が得られることが報告されており、多くの専門家の支持もあり、現在、これらの治療法は標準的な治療と考えられています。また、LH-RHアゴニストと抗アンドロゲン薬を併用するcombine androgen blockade(CAB)療法が、去勢単独療法に比べて生存率を改善させるという報告があります。 根拠(6)~(10)(1)(8)(11)(12)
女性ホルモン薬を用いる ★2
抗男性ホルモン薬を用いる ★4
LH-RHアゴニストを用いる ★4
化学療法を行う ★4 転移を有する前立腺がんで長期にわたってホルモン療法を行っていると、多くの症例がホルモン抵抗性となることが知られており、このような場合には抗がん薬が使われ、一定の効果があることが信頼できる臨床研究で報告されています。 根拠(13)(14)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

女性ホルモン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
エストラサイト(リン酸エストラムスチンナトリウム) ★2 心血管系の副作用のため、ほとんど使用されなくなっています。 根拠(6)

抗男性ホルモン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロスタール(酢酸クロルマジノン) ★2 フルタミドと同等の効果はあるものと考えられていて、専門家の意見や経験から支持されています。
オダイン(フルタミド) ★4 去勢術と同等の効果を示すことが信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(7)(8)
カソデックス(ビカルタミド) ★4

LH-RHアゴニスト

主に使われる薬 評価 評価のポイント
リュープリン(リュープロレリン酢酸塩) ★4 前立腺がんの患者さんに用いて、安全かつ有効であることが信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(10)(9)
ゾラデックス(ゴセレリン酢酸塩) ★4

抗がん薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
タキソテール(ドセタキセル水和物) ★4 ホルモン抵抗性で転移を伴う場合、一定の効果があることが信頼できる臨床研究で報告されています。 根拠(13)(14)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

治療方針はがんの範囲と転移で決まる

 前立腺がんは、70歳以降の高齢男性では非常に高頻度にみられるものです。しかしながら、必ずしもすべての人に症状が現れて、治療が必要になるわけではありません。排尿困難や残尿感などの症状がおこり、前立腺がんと診断されたら、がんが前立腺にとどまっているのか、リンパ節や肺、骨などほかの器官への転移があるかどうかを確かめます。その結果によって治療の方針が大きく異なってきます。

前立腺摘除術か放射線療法が一般的

 がんが前立腺内にとどまっている早期では、心肺機能が許すなら一般的に、前立腺摘除術か放射線療法のいずれかが選択されます。組織を検査して、がん細胞の悪性度が低く、サイズも非常に小さいと考えられる場合は、特別な治療はしないで、定期的に経過を観察することもあります。手術についても放射線療法についてもさまざまな方法がありますので、がんの大きさや進み具合、そして本人の希望などを十分つき合わせたうえで、具体的な方法を決定します。

転移があればホルモン療法

 すでにがんが転移している場合には、男性ホルモンを薬や手術で除去または遮断する方法が中心となります。前立腺がんは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖していきます。これらの治療法はその男性ホルモンを抑えることで、がんを抑え込むことを目的とします。

 治療法の選択は、病状、年齢、本人の希望などを考え合わせたうえで決定されます。

 再発した場合は、放射線療法や抗がん薬による化学療法が行われることになります。

 前立腺がんは男性ホルモンをコントロールすることで治療できる特異ながんであり、予後もほかのがんに比べ比較的よいとされています。

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根拠(参考文献)

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  • (14)Petrylak DP, Tangen CM, Hussain MH, et al. Docetaxel and estramustine compared with mitoxantrone and prednisone for advanced refractory prostate cancer. N Engl J Med. 2004;351:1513-1520.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)