2003年初版 2016年改訂版を見る

前立腺がんの治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

つぶやく いいね! はてなブックマーク

前立腺がんとは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過


(画像をクリックすると拡大)

 前立腺は男性の膀胱と尿道のつなぎ目にあり、尿道と射精管を取り囲む栗の実ほどの大きさの臓器です。前立腺がんはここに悪性腫瘍ができる病気です。

 初期の段階ではとくに症状はありません。進行してくると、頻尿や残尿感、排尿困難、会陰部の圧迫感などの症状が現れます。これらの症状は前立腺肥大症と同じものなので、両者の鑑別が大切です。ただし、いずれもお年寄りに多い病気で、両方が合併していることもあります。

 血液検査でPSA(前立腺特異抗原)を調べると、かなり高い確率で前立腺がんの早期発見に役立ちます。肛門から指を挿入して前立腺を触診する直腸診も有効です。

 前立腺がんと診断された患者さんは、どの程度病気が進んでいるかを調べます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 前立腺肥大症は尿道に対しておもに内側から発生しますが、前立腺がんの場合は尿道に対して外側から発生することが多いという特徴があります。このため、前立腺がんの初期には尿道を圧迫せず、頻尿や残尿感などの症状は少し病気が進行してからでてきます。

 現在までのところ、男性ホルモン、人種、食生活、生活環境、遺伝子またはウイルス感染などが関係しているのではないかと考えられています。もともと欧米に多く、わが国では少なかったがんですが、近年、わが国でも増加傾向にあることから、とくに食生活の欧米化との関係が疑われています。

 また、前立腺がんの多くは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖します。このため、体内での男性ホルモンの分泌や作用を止めると、がん細胞の増殖を抑制することができます。

病気の特徴

 前立腺がんは、欧米では男性がん死亡者の約20パーセントを占める頻度の高いがんですが、わが国では約3.5パーセントとそれほどでもありません。しかし、年々、増加する傾向にあり、泌尿器科のがんではもっとも多いがんです。

 10万人あたりの男性が1年間に前立腺がんにかかる人数は、全年齢をあわせると10人程度です。45歳以下の男性ではまれですが、50歳以後は増加し、70歳代では約100人、80歳以上では200人を超えるほどになります。

 このように前立腺がんはお年寄りに多いがんといえます。

続きを読む

治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
手術療法 前立腺摘除術を行う ★4 前立腺摘除術はがんがおもに前立腺内にとどまっている早期がんで行われますが、全身麻酔で行うため、患者さんの体力を十分に考慮する必要があります。この治療法を受けた人は、経過観察のみの人と比べて生存期間が延びる傾向があります。比較的初期の段階で前立腺摘除術を受けた場合、7年後の生存率は90パーセントです。このことは信頼性の高い臨床研究によって確認されています。また、術後5年間に再発しなかった患者さんの割合は84パーセントという臨床研究もあります。 根拠(1)~(3)
放射線療法を行う ★4 放射線療法も早期がんで行われる治療法ですが、おもに前立腺摘除術では体力的に負担がかかりすぎるお年寄りの患者さんに対して行われます。放射線療法が効果的であることは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。しかし、前立腺摘除術と比較すると、放射線療法(外照射)のほうが転移の発生率が高いとの報告があります。血清PSA(前立腺特異抗原)を指標とした治療効果の判定からは、治療前の血清PSA値が低い人ほど、5年後、7年後の経過が良好である可能性が高いようです。 根拠(4)(5)
男性ホルモンを抑制する治療法 去勢術を行う ★2 前立腺がんは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖していきます。これらの治療法は増殖する要因である男性ホルモンを抑えることで、がんを抑え込むことを目的とします。去勢術は、男性ホルモンの大部分をつくっている精巣(睾丸)を取り去ることで、体内の男性ホルモンを急速に低下させます。女性ホルモン薬、抗男性ホルモン薬、LH-RHアゴニストは作用するホルモンの違いはありますが、いずれも男性ホルモンが前立腺に影響をおよぼすのを止める薬です。これらの男性ホルモンを抑制する治療法は、当初の臨床研究で、無治療の場合と変わらないと報告されました。しかし、この臨床研究は研究データの解析上の問題があったと考えられています。多くの専門家の支持もあり、現在、これらの治療法は標準的な治療と考えられています。また、四つの治療法の間で、生存期間、無病期間について差がなかったということが臨床研究で確認されています。 根拠(6)~(11)(17)
女性ホルモン薬を用いる ★2
抗男性ホルモン薬を用いる ★2
LH-RHアゴニストを用いる ★2

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

女性ホルモン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ホンバン(ホスフェストロール) ★2 専門家の経験と意見から有効と考えられていますが、高用量ではむしろ症状を悪化させることが指摘されています。 根拠(12)
エストラサイト(リン酸エストラムスチンナトリウム) ★5 プラセボ(偽薬)と比較して生存期間を長くしたという証明は得られていませんが、血液中の腫瘍抗原を減少させる作用が認められ、有効な可能性は示唆されています。 根拠(13)

抗男性ホルモン薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロスタール/ルトラール(酢酸クロルマジノン) ★2 フルタミドと同等の効果はあるものと考えられていて、専門家の意見や経験から支持されています。
オダイン(フルタミド) ★5 去勢術と同等の効果を示すことが信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(14)
カソデックス(ビカルタミド) ★5 男性ホルモンを抑制する治療法を行わない場合に比べると効果がありますが、去勢術によって睾丸を除去した場合と比べると効果が劣ります。このことは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(15)(16)

LH-RHアゴニスト

主に使われる薬 評価 評価のポイント
リュープリン(酢酸リュープロレリン) ★4 前立腺がんの患者さんに用いて、安全かつ有効であることが、信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(18)(19)
ゾラデックス(酢酸ゴセレリン) ★4

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

治療方針はがんの範囲と転移で決まる

 前立腺がんは、70歳以降の高齢男性では非常に高頻度にみられるものです。しかしながら、必ずしもすべての人に症状が現れて、治療が必要になるわけではありません。排尿困難や残尿感などの症状がおこり、前立腺がんと診断されたら、がんが前立腺にとどまっているのか、リンパ節や肺、骨などほかの器官への転移があるかどうかを確かめます。その結果によって治療の方針が大きく異なってきます。

前立腺摘除術か放射線療法が一般的

 がんが前立腺内にとどまっている早期では、心肺機能が許すなら一般的に、前立腺摘除術か放射線療法のいずれかが選択されます。組織を検査して、がん細胞の悪性度が低く、サイズも非常に小さいと考えられる場合は、特別な治療はしないで、定期的に経過を観察することもあります。手術についても放射線療法についてもさまざまな方法がありますので、がんの大きさや進み具合、そして本人の希望などを十分つき合わせたうえで、具体的な方法を決定します。

転移があればホルモン療法

 すでにがんが転移している場合には、男性ホルモンを薬や手術で除去または遮断する方法が中心となります。前立腺がんは、自分の体でつくられる男性ホルモンによって増殖していきます。これらの治療法はその男性ホルモンを抑えることで、がんを抑え込むことを目的とします。

 具体的には、去勢術、女性ホルモン薬、抗男性ホルモン薬、LH-RHアゴニストがあります。去勢術は手術で男性ホルモンの大部分をつくっている精巣(睾丸)を摘出して、体内の男性ホルモンを低下させるものです。女性ホルモン薬、抗男性ホルモン薬、LH-RHアゴニストは作用する場所やホルモンの違いはありますが、いずれも男性ホルモンが前立腺に影響をおよぼすのを止める薬です。どの治療法も臨床研究でその効果が確認されており、治療法の選択は、病状、年齢、本人の希望などを考え合わせたうえで決定されます。なお、女性ホルモン薬は、動脈硬化や血栓症などの副作用が強いことが知られています。また、最近では女性ホルモン薬と抗がん薬との合剤も開発されています。

 再発した場合は、放射線療法や抗がん薬による化学療法が行われることになります。

 前立腺がんは男性ホルモンをコントロールすることで治療できる特異ながんであり、予後もほかのがんに比べ比較的よいとされています。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

  • (1) Iversen P, Madsen PO, Corle DK. Radical prostatectomy versus expectant treatment for early carcinoma of the prostate: 23 year follow-up of a prospective randomized study. Scand J Urol Nephrol Suppl. 1995;172:65-72.
  • (2) Catalona WJ, Smith DS. Cancer recurrence and survival rates after anatomic radical retropubic prostatectomy for prostate cancer: intermediate-term results. J Urol. 1998;160:2428-2434.
  • (3) Kupelian PA, Katcher J, Levin HS, et al. Stage T1-2 prostate cancer: a multivariate analysis of factors affecting biochemical and clinical failures after radical prostatectomy. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 1997;37:1043-1052.
  • (4) Paulson DF, Lin GH, Hinshaw W, et al. Radical surgery versus radiotherapy for adenocarcinoma of the prostate. J Urol. 1982;128:502-504.
  • (5) Shipley WU, Thames HD, Sandler HM, et al. Radiation therapy for clinically localized prostate cancer. JAMA. 1999;281:1598-1604.
  • (6) Byar DP, Corle DK. Hormone therapy for prostate cancer: results of the Veterans Administration Cooperative Urological Research Group studies. NCI Monogr. 1988;7:165-170.
  • (7) Bailar JC 3rd, Byar DP. Estrogen treatment for cancer of the prostate; early results with 3 doses of diethylstilbestrol and placebo. Cancer. 1970;26:257-261.
  • (8) Seidenfeld J, Samson DJ, Hasselblad V, et al. Single-therapy androgen suppression in men with advanced prostate cancer: a systematic review and meta-analysis. Ann Intern Med. 2000;132:566-577.
  • (9) Turkes AO, Peeling WB, Griffiths K. Treatment of patients with advanced cancer of the prostate: phase III trial, zoladex against castration; a study of the British Prostate Group. J Steroid Biochem. 1987;27:543-549.
  • (10) Kaisary AV, Tyrrell CJ, Peeling WB, et al. Comparison of LHRH analogue (Zoladex) with orchiectomy in patients with metastatic prostatic carcinoma. Br J Urol. 1991;67:502-508.
  • (11) Vogelzang NJ, Chodak GW, Soloway MS, et al. Goserelin versus orchiectomy in the treatment of advanced prostate cancer: final results of a randomized trial. Zoladex Prostate Study Group. Urology. 1995;46:220-226.
  • (12) Ahmed M, Choksy S, Chilton CP, et al. High dose intravenous oestrogen (fosfestrol) in the treatment of symptomatic, metastatic, hormone-refractory carcinoma of the prostate. Int Urol Nephrol. 1998;30:159-164.
  • (13) Iversen P, Rasmussen F, Asmussen C, et al. Estramussen phosphate versus placebo as second line treatment after orchiectomy in patients with metastatic prostate cancer. DAPROCA study 9002. Danish Prostatic Cancer Group. J Urol. 1997;157:929-934.
  • (14) Boccon-Gibod L, Fournier G, Bottet P, et al. Flutamide versus orchidectomy in the treatment of metastatic prostate carcinoma. Eur Urol. 1997;32:391-395.
  • (15) Soloway MS, Schellhammer PF, Smith JA, et al. Bicalutamide in the treatment of advanced prostatic carcinoma: a phase II noncomparative multicenter trial evaluating safety, efficacy and long-term endocrine effects of monotherapy. J Urol. 1995;154:2110-2114.
  • (16) Bales GT, Chodak GW. A controlled trial of bicalutamide versus castration in patients with advanced prostate cancer. Urology. 1996;47:38-43.
  • (17) Hedlund PO, Henriksson P. Parenteral estrogen versus total androgen ablation in the treatment of advanced prostate carcinoma: effects on overall survival and cardiovascular mortality. The Scandinavian Prostatic Cancer Group (SPCG)-5 Trial Study. Urology. 2000;55:328-333.
  • (18) Perez-Marreno R, Chu FM, Gleason D, A six-month, open-label study assessing a new formulation of leuprolide 7.5 mg for suppression of testosterone in patients with prostate cancer. Clin Ther. 2002;24:1902-1914.
  • (19) Bolla M, Collette L, Blank L, et al. Long-term results with immediate androgen suppression and external irradiation in patients with locally advanced prostate cancer (an EORTC study): a phase III randomised trial. Lancet. 2002;360:103-106.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行