出典:家庭医学大全 6訂版(2011年)
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乳がん
にゅうがん

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乳がんとは?

どんな病気か

 乳汁を分泌する乳腺小葉上皮、あるいは乳管までの通り道である乳管の上皮が悪性化したものであり、近年の日本人女性の悪性腫瘍のなかでは最も頻度の高いものとなっています。

 乳がんは、小葉由来の小葉がんと乳管由来の乳管がんとに大別されます。乳管内、あるいは小葉内にとどまっていて血管やリンパ管に浸潤していないものを、非浸潤がんといいます。非浸潤性乳管がんは比較的少数です。欧米では非浸潤性小葉がんは悪性疾患としては扱われず、経過観察が原則になっています。浸潤がんは血管やリンパ管から全身への血流にのり、リンパ節、骨、肺、肝臓、脳などに転移します。

 特殊な乳がんとして乳頭や乳輪の湿疹状のただれを症状とするパジェット病がありますが、予後は非浸潤がんと同様に良好です。また乳房全体が炎症状に腫脹(はれる)し、すみやかに全身への転移を起こす炎症性乳がんという極めて予後不良のタイプもあります。

原因は何か

 乳がんの原因は単一ではありません。乳がんを発症する危険因子(リスク)としては、近親者に乳がんにかかった人がいること、過去に乳頭腫や線維腺腫などのリスク病変にかかったこと、片側の乳がんにかかったことなどが最も重要視されます。これらは遺伝的要因によるものです。そのほかにも出産を経験していないこと、授乳をあまりしていないことなどもリスクになります。

 これらは乳がんの発生の母地となる乳腺が、萎縮せずに長期間存在することを意味します。また卵胞ホルモンであるエストロゲンの関与が発がんや増殖、転移に関係していることも知られており、経口のホルモン薬も長期にわたって服用すると発がんのリスクを上げるといわれています。しかし、近年の日本における乳がんの急増は、これだけでは説明しきれません。未知の要因が多く関係しているものと思われます。

症状の現れ方

 乳がんの症状は、90%以上は痛みを伴わない乳房腫瘤です。患者さんは自分で腫瘤を触れることができます。また一部の乳がんでは乳頭からの分泌物を症状とすることがあります。乳がんによる乳頭分泌物は血液が混じったものが多い傾向にあります。その他、乳頭や乳輪の湿疹様のただれを症状とするものもあります。

 骨や肺に転移して手術不能の状態になって初めて病院を受診する例もあります。症状があった場合に、専門医の診察を受けるかどうかで患者さんの運命は大きく変わります。検診によって発見される無症状の乳がんは数%以内です。

検査と診断

 乳がんの診断は視触診が基本です。しかし、これらの理学的診察法は担当医の経験や患者さんの体型により、大いに精度が左右されます。そのための補助的画像診断としては乳房X線撮影(マンモグラフィ)、超音波検査を行います(図3図3 乳がんの画像診断)。X線撮影で腫瘍の陰影や石灰化など典型的な所見があれば、乳がんが強く疑われます。超音波検査では、特徴のある不整形の腫瘤像が認められれば乳がんが疑われますが、典型的な所見を示さない乳がんもあるので、理学的診断や画像診断のみに頼るのは危険があります。

図3 乳がんの画像診断

 乳がんの疑いが濃厚であれば、細胞診、針生検などの顕微鏡的検査を行います。細胞診は腫瘤を注射針で刺して細胞を注射針内に吸引したり(穿刺吸引細胞診)、乳頭分泌物を直接プレパラートに付けて(スメア)、顕微鏡で観察して良性か悪性かを推定する診断法です。比較的容易に検査ができるので乳がんの診断に広く用いられていますが、正確な診断にはかなりの熟練を要し、誤判定がありえます。

 針生検では特殊な針を用いて腫瘤から組織を一部採取し、病理組織診断を行います。細胞診よりは正確さで勝りますが、太い針を用いるために正確に腫瘤を穿刺しないと組織が得られません。そのため、乳頭腫のような良性と悪性との境界病変、非浸潤がんか浸潤がんかの区別がつかないものがあります。また、良性か悪性かの診断がついても、病変の広がりはわかりません。

 乳がんが乳腺内にどのくらい広がっているか、あるいはリンパ節、肺、肝臓などへの転移があるかどうかを調べるには、造影CTが用いられています。MRIを用いた広がり検査もありますが、一方の乳腺しか検査できなかったり、偽陽性の所見がかなりあることから、診断には経験を必要とします。そのほか乳管内視鏡検査なども行われていますが、消化管の内視鏡検査ほどの有用な情報は得られません。腫瘍マーカー、骨シンチグラムなどの全身転移を検査する方法もありますが、以前ほどは重視されなくなりました。これらの検査が陽性であれば、すでに全身転移が起こっていることを意味します。

 以上の検査により乳がんの臨床病期(ステージ)が決まります。このステージにより、治療方針や予後が異なります。乳がんのステージを表1表1 乳がんの臨床病期(ステージ)に示します。

表1 乳がんの臨床病期(ステージ)

治療の方法

 2期までの乳がんであれば、乳房の温存療法も可能です。乳房の部分切除、腋窩リンパ節の郭清(きれいに取り除く)、放射線照射、薬物治療(抗がん薬、内分泌療法薬)を組み合わせた集学的治療です。

 乳がん組織のホルモン受容体が陽性なら、内分泌療法をメインにします。受容体が陰性の場合やリンパ節転移がある場合、腫瘍の組織学的悪性度(グレード)が高い場合は、抗がん薬治療を考慮します。閉経前の患者さんは受容体陰性でグレードが高いことが多いので、抗がん薬治療が行われることが多い傾向にあります。閉経後の患者さんでは内分泌療法が有効であることが多いようです。ただし、日本の多くの施設ではグレードについて検査をしていません。

 多発腫瘤や、乳腺内に広汎に広がった乳がんの場合は、非定型的乳房切断術を行います。3期以後の乳がんであれば、まず薬物治療を行い、有効な症例については手術を行うことがあります(術前化学療法)。4期は根治的治療の対象とはなりません。

 乳がんは術後5年以上経過してからの再発もめずらしくないので、治療成績は10年生存率で計算されます。

病気に気づいたらどうする

 乳腺の専門医がいる総合病院を受診します。病理医が常勤し、放射線治療まで可能な施設が望まれます。いちばん重要な役割を担う化学療法医がいる施設は限られています。乳がんの治療は長期にわたるので、担当医との信頼関係が重要です。他の医師のセカンド・オピニオンも活用し、納得のいく施設で治療を受けるべきです。

乳がんと関連する症状・病気

(執筆者:国家公務員共済組合東京共済病院乳腺外科部長 馬場 紀行)

乳癌に関連する可能性がある薬

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処方は医師によって決定されます。服薬は決して自己判断では行わず、必ず、医師、薬剤師に相談してください。

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国家公務員共済組合東京共済病院乳腺外科部長 馬場紀行

 日本では、人口10万人あたりの乳がんの患者さんはおおよそ40人弱で、死者は10人程度です。欧米に比べると罹患率、死亡率ともに低いのですが、肺がん、大腸がんとともに近年増加が目立つ悪性腫瘍です。日本人の人口構成が高齢化しているのに、乳がんになる人の平均年齢は50歳前後とあまり変化していません。このことは若年の患者さんの数が増えているためと考えられます。

 アメリカでは、人口10万人あたり100人近い患者さんがいて、年間5万人近い死者がいるといわれています。イスラエルも80人程度の患者さんがいて、いずれも日本より高率です。また、乳がんは都市部に多く、地方に少ないという傾向が認められます。

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 乳がんは、初潮年齢が早くて閉経年齢が遅いほど発症しやすいといわれています。これは、長期間乳腺が卵巣ホルモンの影響下にさらされることにより発がんの機会が増すためと推定されています。この仮説は、最近の日本の乳がんの増加の事実をよく反映していると思われます。

 また、乳がんは肥満した人に多いといわれますが、これは動物性脂肪の摂取により高コレステロール血症をまねき、エストロゲンの合成が増えるという代謝経路に基づく仮説です。肥満者は乳房の診察がしにくい傾向にありますが、臨床の場では乳がんの患者さんがとくに肥満しているとは思えません。

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 動物性脂肪の過剰摂取、高栄養が乳がんの原因になるという風説が流布していますが、明らかに乳がんの発症との関連が証明された食べ物はありません。

 欧米などの過剰栄養摂取国に乳がんの患者さんが多発することから、このような説が流布したと考えられますが、臨床の場では、とくに食べ物と乳がんの発症が関連しているとは思えません。

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国家公務員共済組合東京共済病院乳腺外科部長 馬場紀行

 乳がんの治療を受ける患者さんのなかで、検診で発見された無症状の人は数%でしかありません。乳房は体表臓器なので、腫瘤があれば触れることができます。日本のような検診という制度がない欧米では、乳がんに関する啓発が乳がんの早期発見による死亡率の低下に最も有用であると考えられています。

 乳がんの主な症状は乳房の腫瘤、乳頭分泌です。これらを自覚したらすぐに医師のもとを訪れるようにたびたびキャンペーンが行われています。

 乳腺は月経終了後に最も軟らかくなり、小さな腫瘤でも触れやすくなります。入浴後あるいは就寝前に乳房全体をくまなく触り、乳頭をつまんでみて腫瘤や分泌物が出ないかどうか確かめます。これを少なくとも1月経期に一度行うと小さな乳がんを自分で発見することができます。

 現在日本で行われている乳がん検診は視触診が中心であり、これに乳房X線撮影、超音波などの画像診断が併用されています。しかし、乳房の診察を専門としている医師の数は少なく、画像診断も50歳以降の女性でないと厚い乳腺に阻まれて正確な判断は難しいのです。若い女性にとって乳がんから身を守る最も有効な方法は、自己検診であるといえます。

 雑誌や家庭医学書にいろいろな自己検診の方法が書かれていますが、要は乳房全体を触ることと、それを継続することです。自分の健康は自分で守るという意識が大切です。簡単に自己検診の方法を示します。

①まず右手で左の乳房を軽く押すように触ります。少しずつ触るところをずらしながら全体を触ります。腋の下も軽く触り、リンパ節がはれていないかどうか確かめます。

②軽く乳房全体をつまみ上げます。この時も少しずつ乳房をつまむ位置をずらします。

③乳頭を軽く圧迫し、分泌物が出ないか確認します。もし分泌物が出たら、透明か茶色、あるいは血液様の色がついていないかどうか観察します。

④左手で右の乳房を同様に自己検診します。

⑤異常を感じたら、すぐに専門医の診察を受けてください。

コラム乳房再建術

国家公務員共済組合東京共済病院乳腺外科部長 馬場紀行

 乳房切除後の患者さんにとっては、胸の左右差をカバーするための下着をさがさなければならないことや、他の人と温泉に入ることが躊躇されるなど、いろいろ不自由がありました。乳がん検診によって発見されやすいのは、石灰化を伴う乳がんで、そのうちのかなりの数は再発の心配のない非浸潤がんであるといわれています。治りやすい乳がんのために、一生乳房切断による苦労をしなければならなかったのです。とくに若い患者さんではとても深刻な問題でした。

 近年乳房切断術後に再建手術を行うことが健康保険適応となりました。乳房再建術には

1.手術と同時に再建を行う1期的再建術

2.手術後数カ月経ってから再建を行う2期的再建術

 とがあります。切除した乳房を形成するために、

1.背中やおなかの組織を使う筋皮弁術を用いる方法

2.組織拡張器で乳房切除後の皮膚を数カ月かけて拡げてから人工乳腺(シリコン製)に入れ替える方法

 とがあります。健康保険が使えるのは筋皮弁を用いる方法だけで、1期的、2期的いずれも健康保険が適応となります。人工乳腺はまだ保険適応とはなっていないので健康保険適応外となります。人工乳腺はかつては膠原病や発がんなどの危険があるとして使用がひかえられた時期がありましたが、その後の調査で安全性が再確認され、欧米では広く用いられています。日本ではまだ使用できるめどはたっていません。費用は施設によってかなりの差があります。乳がん手術後、抗がん剤の治療を受けなくてはならない場合でも、組織拡張器や人工乳腺があっても大丈夫であるといわれています。

 いずれかの方法で乳房のふくらみが再建された後に、乳頭再建術を行います。乳房再建術は形成外科の高度な技術を要します。乳腺外科医と形成外科医とがいて、両者の信頼関係がよい病院で受けたほうが良い結果になるといえます。まだ数は多くはありませんが、乳房再建術は乳腺外科にとって必須のオプション手術となるでしょう。

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